焼き魚【カラー】
俺はクロエから離れた。頭を何度も、何度も撫でた。
クロエは優しくちゅっとキスをする。
っ……俺は少し驚いたが、微笑みまた頭を撫でた。クロエは立ち上がりぎゅーっと俺を抱きしめ離れる。
俺は荷物をまとめ、行ってきますと行った。行ってらっしゃいの声を聞き、トア、リーシアとの待ち合わせ場所まで向かう。
リーシアは俺の顔を覗き込みなにかあった? と声を掛ける。
「ちょっとうれしいことがあってな」
「うん、うれしそうな顔してる」
「後で話すよ」
俺たちは神の塔カルガディアへの旅を始めた。
「アー、アー」
上空からカラスが降りてくる。カラスは俺の方に止まった。
トアが説明を求めてきた。
「なんでカラスがいんの? アビスの使い魔でしょ? 連絡用とか?」
「補助って感じかな。
本当は神の塔までアビスの転移術式で行きたいとこだったんだが行ったことのない場所はさすがに無理らしくてな。
血の契約を結んでるとは言え俺の転移術式は設置こそ早いものの距離は極端に短い。そこで目的についたらアビスの魔力を持ったカラスを使ってルーヴェスト帝国と神の塔を繋いじまおうって話だ。
そしたらすぐに帰ってこれるしな」
「はーん。んでこいつは鳥なのに飛ばず、肩に揺られていると」
「まぁ別に重いわけではないし、いいよ」
「道順とか予定は?」
「一週間以上かかるからな。少し道を外れても二日、三日ごとにどこかしらの街による予定だよ。
フェリルの国みたいに吹雪で足止めを食らうことはないだろうし予定通り行くと思う」
「着くまでは、でしょ?」
「ああ。攻略に何日かかるか……もしかしたら一日で終わるかもな。以前神の塔に似たってそうか、トアはダグラス王国に居たんだよな。
学園は知ってるか?」
「少し通ってたよ。回りと気が合わなくて行かなくなったけど……」
「あそこにいくつか塔があるだろ。ガディ曰くあの塔は神の塔と同じような代物だとか。それ一個壊したんだ」
「それなら知ってる。それがきっかけだったんでしょ?」
「あー、うん、まぁ」
リーシアがしゅんとしている。俺はリーシアのせいじゃないよと言っておいた。
「続きだけどその神の塔と同じ代物を壊せたわけだ。
ただクロエのスキルの一つって話だから今の俺に使えるかどうか」
「使ってみれば?」
「そうだな。満ちろ」
……
「だめだな。クロエ自身のスキルみたいだ」
まぁ使えないと分かっただけでも良しとするか。
「でも大丈夫でしょ。勇者候補のあたしにリーシア、神を殺した魔王エノア」
「だといいんだけどな……」
平坦な道を進みつつ約二日、最初の街で宿を取った。
荷物をほとんど宿の部屋の中に置き、俺たちは手の凝んだ料理を食べるべく店を探す。
トアがすんすんと匂いを嗅いでいた。
「エノア! あそこにしよう!」
木造の建物に扉は開けっ放し、そのおかげかおいしそうな料理の匂いが大通りまで漂っていた。
洒落た看板が扉の上に取り付けられている。
「よし、ここにしよう」
俺とトア、リーシアはその店に入る。昼間だというのにオレンジ色の光を放つ魔具をつけている。窓の少なさのせいか入ってくる光が弱いのだろう。
丸い机を伸びるように柱が一本、それを支える台。中央にはナイフやフォークなどの食器が置かれている。それらが規則正しく、程よい間隔を保って置かれている。
楽器で演奏している人がおり、雰囲気は中々いい。
「ご注文は?」
身だしなみが整えられたウェイトレスの男性に話しかけられる。
「何がある?」
「オススメはここより離れた港町、カルガディアより取り寄せた魚料理です。
内蔵を処理し、魔具によって温度を一定に保ち熟成させた焼き魚はどうでしょう?」
「いいな……それを一つ」
「あたしは肉がいー!」
トアがそう言うと、ウェイトレスは牛の熟成肉を提案した。トアは納得し、それを注文した。
リーシアも同様その肉料理を頼んだ。
運び込まれた焼き魚は皮がほんのり焦げている。いい焼き加減だ。横に添えられたソースには酸味と果物の香りがほんのりとあり、かけるとまた違ったおいしさが口に広がる。
「……良くやったトア」
トアは返事することなく肉を夢中で食べていた。リーシアは程よいペースで食べているものの一向に手が止まらない。
食事を終えた俺たちは食後のお茶を頂いていた。
「高そうだな。問題ないが」
トアは後数日泊まろうよ……とか言い出す。
「ダメです」
と、俺は答える
とんっ、と俺の肩に手をおいたのはリーシアだった。若干力が入って痛い。
「……うんリーシア、ダメだよ」
リーシアがここまでするなんて相当美味かったのだろう。焼き魚も絶品だった。夜はもう一度ここに来よう……
すっと耳を済ませた。魔王という単語が聞こえたからだ。聞く限りでは俺が魔王だとバレているわけではない。
ミレッド帝国が魔王の手に渡ったという話だった。どうやらこの国はミレッド帝国と貿易をしている友好的な国だったらしい。
魔王の手に渡ったことによって自分達がどんな扱いを受けるか、商売としては問題ないかと不安なようだ。
安心してほしい。ぜひとも交易しよう。
「いかがでしたか?」
「ああ。おいしかったよ。
さっきカルガディアから取り寄せたと言ったが神の塔と同じ名前じゃないか?」
「そうですね。元々カルガディアがあり、そこに荒くれ者が集まって街を作ったのが始まりです」
「なるほど、それで名前が同じなのか」
「ええ。たとえカルガディアが件の格闘家に攻略されたとしても名前はそのまま残るでしょう」
「格闘家について知ってるのか?」
「いえ、噂程度です。街が出来てから時間が経っていますので荒くれ者が居たとは言っても治安は良くなっています。
ですが当然そういう盗賊もいるのですが格闘家には近づかないそうです」
「ほぉ……強いのか?」
「歴代で勇者候補を圧倒しているとか。攻略しようとする勇者候補の門番的な存在でもあるそうですよ」
「勇者候補を歴代で? 一体どんなやつだ……」
なぜ返り討ちにするのか。一緒に攻略しないのはその一家の悲願だからか?
そして勇者候補を返り討ちにした歴代の格闘家が攻略出来ていない……か。
「今は青年が一人で住んでいるそうです。代を重ねるごとに強くなっているそうで、当然その青年は歴代最強だとか」
ちょっと興味が湧いてきたな。しかし青年が一人、家族や歴代の挑戦者は死んだことになる。
神の塔は攻略する以外に帰ってくる方法がないとされているからだ。
「ありがとう、会計は?」
俺は提示された金額よりも多めに支払った。
「今お返しを」
「いいよ。情報料だ」
「ですが」
「おいしかったよ。夜も来るから」
「っ! ありがとうございます! 料理長にそう伝えさせて頂きます!」
俺たちはその店を出た。もし冒険者だったのならここで食べるのは金額的に避けるだろうな……
食事後、暇だった俺たちは街を散歩していたのだが付けてきてるやつらがいる。
俺はトアとリーシアの二人に目で訴える。二人は頷いた。
人気の無い裏路地に向かって足を進める。
ある程度進んだ時、後ろから二人、正面に八人、計十人が行き場を塞いだ。
「よぉ、あんなとこで飯食ってんだ。そうとう金あんだろ? 出しな」
ナイフを突き出す男はそう言った。俺は単純な興味でこう聞いた。
「その金をどうするんだ?」
「あの店に食材を運んでいる人間はカルガディアの商人だ。けど俺たちの警護資金が出せねぇと来た。それじゃ親分に怒られちまうわけさ」
「なるほどね。お前らが強制的に警備して金を取ろうとしたら金が足りなかった。それじゃ示しもつかず、上に怒られると。んで目星をつけたのは高い店に入る旅行客。
戦闘力のある冒険者達は入らないような高級店なら危険も少ない、か」
荷物をほとんど置いていったせいであるのはアイリスの剣と魔王の剣。リーシアは剣を置いてきているし、トアは拳。俺一人なら人数差でなんとかなると思ったのか。
「へへ、まーそういうこった。話が早くて助かるぜ。んじゃさっさと」
「おまえら……運がないというかなんというか……」
全員の足元が凍りついた。先程までナイフをちらつかせていた男から笑顔が消える。
「はへっ?」
「ちょっとお話しようか」
俺は食材を運んでいたという人の元へとこいつらの案内で向かった。
俺たちを見て怯えていたが敵意はないことを伝え、お金も払う必要はないと伝えた。
「あ、ありがとうございます! ほんと、お金なくて……」
「いいって、偶然だしな」
「あ、帰りは荷台に何もないのでどうでしょう? カルガディアまでの道のりの間ならお送りしますが」
「そりゃ助かるよ! 運賃料も払う。……そうだな、こいつらは引き続き警備としてつけよう。
どうせ行く宛なんてないだろうし、このまま帰れば命がどうなるかも分からない。だったら俺が正式に雇ってやる。片道分だけだけどな」
リーシアがちょ、いいの? と言ってくる。俺は小声でこう言った。
「こいつらはこれしか生きる方法がない。おそらくはその仲間全員な」
リーシアも耳元で言った。
「まさか、こんな人達を助けるつもり? 代わりの仕事あるか分かんないわよ?」
「全員漁師にでもするさ。もしくは大事な交易の相手として。転移術式は繋ぐし」
リーシアーじとーっと俺の顔を見た後、腰に両手を当ててにっこりと笑って言った。
「そんなにおいしかった?」
「……うん」
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