窓の内側から【カラー】
「もう行くの?」
トアがうつ伏せの状態でベッドに寝ている。俺は身支度をしていた。
「ああ。もっと居てやりたいんだがやることが多くてな。一刻も早くカンナも助けたい」
「カンナって、あの不思議な服女の子でしょ? 今カラムスタ王国だっけ?」
「そうだよ。向こうで見てもらってる」
「ふーん。いい子だもんねあの子。いってらっしゃい」
俺はヴァルクのことを、トアに話すか悩んでいた。
しかし、ヴァルクが今までトアに話してこなかったということはそれなりの理由があるはずだ。落胤、復讐。
それを鑑みるにトアには知られたくないのだろう。だから俺はヴァルクのことは黙っておくことにした。
「行ってくるよ。体大事にな」
「激しかったくせに」
「っ、じゃ、じゃあな」
「はーい」
俺はアビスのいる魔王城入り口の門へと一人で向かった。
イナはまだ動ける状態じゃないから連れてはいけない。狐氷の負担や、濃い魔力による魔力回路の酷使で寝ている。無理をさせすぎてしまった。
一振りで殲滅魔法や相手の時間を止めるなんて魔力の酷使、負担が小さいわけがない。
「じゃあ転移に問題はないんだな? アビス」
「はい。フラッド達も問題なく転移可能です」
「だってよ。フラッド、フェリル」
その場にはフラッド、ロッグ、フェリル、レイヴィア、アイリスがいた。
フラッドは考え込み、俺に言う。
「お前……女といたか?」
「……これだから獣は……」
「あ? 仕方ねーだろ」
「冗談だよ。まぁ、いたけど」
「何かいうつもりはねーが子供ってのは大変だぞ」
「なんだ、子供いるのか?」
「いるぜ。奥さんが一人、子供が六人」
「意外だな……なんか、そういうことに興味がなさそうな感じがしてた」
「偏見だそれは。まぁそんなことどうでもいいか。
ミレッド帝国のことだが当分は俺が統治してやる。ただしいつまでもとは行かねぇ。
代わりに統治するやつを用意しろ。王としてでも実質支配でもなんでもいい」
「そうは言ってもな……」
「誰かいないのか? 暇そうで、ミレッド帝国に詳しいやつ」
「……ヴァルクかルーカスってとこだな」
あの国でヴァルクが統治したいと考えるだろうか。
「とりあえず声かけとけ」
「だがいいのか? 自分の国もあるだろうしそれに」
「いいんだよ。忙しさなんて気にすることじゃない。もう無益な殺し合いもない。
礼みてーなもんだよ。感謝してんだ。
最初こそお前を認めちゃいなかったが、求めた魔王で居てくれた。
それだけでいい。次の魔王会議で俺が推薦してやる」
「フラッド……腹に穴開けられたんだけど」
「そこは黙って受け入れる所だろうが!」
俺は笑いながら答えた。
「あはは、悪いわるい。冗談だよ。推薦はおそらく必要ない。
全員ねじ伏せる」
「はっ、らしいじゃねぇか。じゃあな」
そう言ってフラッドと共に転移術式で自分の国に戻っていった。
フェリルはだるそうにしているレイヴィアを抱きかかえながら言った。
「じゃあの。またすぐに会いにくる」
レイヴィアが寂しそうな声をあげる。
「またパパと会えなくなるの?」
多分父親というものを勘違いしてるなレイヴィアは。
「ああ。ごめんな。また今度イナと一緒に遊びにいくから」
「待ってるー。我慢するからその分撫でてー」
俺は言われた通り頭を撫でる。つらそうにはしているがにこっと笑みを見せてくれる。
「無理させて悪かったな」
「?」
首をかしげるレイヴィア。理性というものを失った状態。つまりイナと同様記憶がない。
「なんでも無い。ありがとな」
「? うんっ!」
そして二人も自分の国へと移動して行った。
「じゃあ行こうかアイリス。
エルフの森との固定を頼むアビス」
「はい。クロエさんは連れて行かなくて良いのですか?」
「イナの看病をさせてる。
今回は俺だけで問題ない。エルフの森も抜けられるからな」
遠くからティアナが走ってくる。
「ま、まってー! 私も行くー!」
「ティアナも行くのか?」
「うん。みんなの顔が見たい!」
「分かった。じゃあ一緒に行こう」
俺、アイリス、ティアナはエルフの森へと移動した。
あいも変わらず高すぎる木。
俺たちはティアナの案内の元、以前みんなで宴会をした広場まで歩いた。
そこでオリュヌスと落ち合う。
「ようオリュヌス。体の調子はどうだ?」
「魔王様、問題ありません。ゴルは……」
「大丈夫だ。心配はいらない」
「ありがとうございます!」
「こっちのセリフだ。随分きつい役回りをさせてしまったな。
スライム達にも言っておいてくれ。ごくろうさまだとな」
「はっ……」
そこへ族長が顔を出す。
「なんじゃ、ついにその時が来たのか?」
「そうなる。その前に怪我とか大丈夫か?」
「ゼートと比べればあんなもの脅威にはならん」
「それならいいが、人を殺したのは初めてだろ?」
「はっは。そこまで気にすることではない。人と言っても異種族。それにそれが戦いだと言うのは受け継がれてきた神代からの物語で分かっておる」
「そうか……みんなを集めてくれ。まとめては出来ないから一人ずつってことになる。
その説明と順番、組分けといろいろやっておきたい。
それと、刻印は消さなくともゼートが出口に近づくことはもうない。転移だしな。
だからそのままの方が力は持てるがどうする?」
族長はパイプタバコを取り出し、それをふかしながら頬を掻く。
「ふむ……もしそのままで居て欲しいのならそうする。
じゃがこれはわしらにとって呪いの証。出来れば破壊してほしい」
「分かった。ならまずは族長からだな」
俺は族長の肩に触れた。ガラスが割れるような音と共に族長の刻印が消えた。
族長は吸い終わっていないパイプタバコを置いた。
後ろを向いた後、声をほんの少しだけ震わせながら族長は言った。
「千年……長かったのぉ…」
「最初に見たい景色は?」
俺は族長にそう問いかける。
「お主の国が見てみたい。木で覆われていない街が見たい」
「それはちょうど良かった。後でティアナに案内してもらうといい」
ティアナは任せてっと胸を張る。
それから千人以上の刻印を消すのに思いの外時間がかかり、俺たちはエルフの森で夜を明かすことになった。
ティアナは自室、俺とアイリスは同室で休んでいた。
二人で一つのベッドに腰掛け、話し込む。
「悪いなアイリス。すぐにでも帰してやりたいんだが……付き合わせてしまって」
「構いません。エノアが人に感謝される姿を見ていて……うれしかった」
「後、俺はアイリスに謝らないといけないことがある」
「なんです?」
「アイリスの剣、戦略の為とは言え別の奴に貸してたんだ。ごめんな」
「あれは授けたもの。どう扱おうとエノアの自由です。でも、ちゃんと大事にしてくれてることが分かって……ちょっとうれしいです」
「なら、良かった……
カラムスタまで結構歩くけど大丈夫か? もしきついならアビスに頼んで」
「大丈夫です! だってそれまでは……一緒に旅が出来るのでしょう?」
「っ……そう、だな」
そのセリフを聞いた瞬間、アイリスのことを意識してしまう。初めて告白され、はっきりと好意を向けられた相手。
横目でアイリスを見ると、顔が赤い。意識していたのは俺だけではなかった。
アイリスは俺の肩に触れた。
「いつか……私達は、その、するじゃ……ないですか」
「こ、恋仲だからな」
そのまま頭を俺の肩に乗せる。
「いつか、そのいつかは……」
「アイリス……」
「私はついていけず、置いてけぼりでした。
いつも窓の内側からあなたを思うのにあなたはそこにはいなくて、焦燥感と虚無感だけが私を包む。触れて欲しいと、抱きしめて欲しいと思っても伝えることすらできない」
アイリスは俺の上にまたがり、俺の両肩に手を置く。
「こんなにも思っているのに」
そう言った後、自身のコルセットのボタンを外す。
緩んだコルセットにより、服がゆるくなる。見えそうで見えないギリギリの状態。
手袋を外し、その両手で俺の頬を包む。
「こんなにも、愛してるのに」
俺は顔を上げる。そしてアイリスは顔を近づながら言った。
「寂しかったんですよ?」
「待たせたな……」
ゆっくりと、濃厚なキスを交わす。
「んっ……もう我慢、できません。逃しませんから」
アイリスはそのまま両腕を伸ばす。
その肘を曲げ、たたむようにして俺の顔を近づける。
俺は唇を押し付けることでその返答を行う。
暖かいアイリスに包まれながら包み込んだ。溶け合うように。
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