好意【カラー】
俺はリーシアが寝泊まりしている宿へと向かい、扉の前で深呼吸をしていた。
いくらお互いのことをよく知っているとはいえまだまだ緊張するものだ。
「リーシア?」
俺はノックをした後、リーシアの名前を呼ぶ。
「いいわよ」
許可をもらい、部屋の中に入る。リーシアはシャツとスカート、寝る準備は出来ている状態だ。小さな机と椅子が部屋には置かれていた。
その椅子にリーシアは座っている。壁向きに置かれた椅子と机は一人分の大きさしかない。俺はベッドの上に腰掛ける。
リーシアは剣の手入れをしながら俺に言った。
「おつかれさま」
「リーシアも」
「ありがとっ。終わったわね……誰も失わなくて良かった」
「ああ。ほんとにな。想像も出来なかったな。魔王になって世界一の大国を相手に圧勝か」
「思った形とは違ったけど、エノアと一緒に入れてよかった」
「俺もそう思ってるよ」
「今度は……どうするの?」
「リビアの話を聞こうと思う。けどその前にカンナを助けに行く」
「そう……カンナを助けられる宛はある?」
「宛はある。確証はない」
「お願いね。ずっと一緒に頑張ってきた仲間だもの。こんな形でお別れなんて嫌」
「ああ。何が何でも助ける。そしてこの国を見せて驚かせてやろう」
「どんな顔するかしら」
「言葉が出ないんじゃないか?」
「あははっ、そうかも」
「……俺、これでいいんだよな」
「どうしたの?」
「いや、魔王として……自分がするべきことをしてるつもりなんだ。
でも……大勢殺した」
「良かった。エノアがちゃんと命の重みを感じていて。私は肯定するよ。
本当にエノアが道を間違えそうになったらちゃんと正す。
だからエノアは自分がやりたいことを、成したいことに前向きでいて」
ああ……リーシア。リーシアがいると安心する。
「もう寝るか?」
「後ちょっとかかりそう。先に寝てていいわよ」
「いや、それじゃ」
「あんなの冗談よ。そりゃしたいけど……でも、疲れたでしょ。
心も、体も。あれだけ力を使って戻ってきて……疲れてないわけない。
だからおやすみ。今日はもうぐっすり寝て、休んで。
まだまだすることはいっぱいある。エノアはまだがんばらなきゃいけない。
エノアのこと、信じてるから。ちゃんと私のことを愛してくれてるって分かってるから。
だからいいの。私はまた、こん、ど……」
俺は座っているリーシアを後ろから、やさしく抱きしめた。
「愛してるよ」
「ちょ、な、なによ急に。もういいから寝」
俺はさらに強く抱きしめる。
リーシアは持っていた剣を机の上に置いた。開いた手で俺の腕に触れる。
「やめて……その気になっちゃうから」
「その気にさせようとしてるんだよ。黙って寝られるわけないだろ。
抑えられない。リーシアを好きだって気持ちが」
「……せっかく……我慢してたのにな……」
リーシアは後ろを向いて俺とキスをした。
そして俺の首に手を回す。耳元でこうつぶやかれた。
「じゃあ……とことん付き合ってもらおうかな」
鳥のさえずりが聞こえる。
俺はベッドから抜け出し、シャツを探す。
「壁に掛けてあるわ」
ベッドの中からリーシアがそう言った。
「ありがとう」
俺は身支度をし、コーヒーを二杯淹れる。リーシアは掛け布団で自分の体を隠しながら起き上がる。
「ふぁー……まだちょっと眠いわ」
「もう少し寝てれば?」
「あまり寝すぎると癖になるから……よっ」
リーシアはベッドから立ち上がり服を着る。
んーっと体を伸ばして、俺の淹れたコーヒーに口をつける。
その後、コーヒーの香りを楽しむ。
「コーヒー淹れるの上手くなったわね」
「いつもルミア頼りだったからな」
「今日はカンナの所に行くの?」
「そうだな。その前にトアの様子を見てからエルフの森、そこからアイリスと一緒にカラムスタへ向かってカンナの所に行く。
アビスの調子次第で次の日になるかも知れない」
「ずっとゴルの体を維持してたんでしょ? 大丈夫なの?」
「酷使してたからな。転移術式は厳しいかも知れない」
「ただでさえ負担の大きい魔法だもんね。
もしカンナの目が覚めたら抱きしめてあげてね」
「思いっきり抱きしめてくる」
「うん。あ、でも私より強く抱きしめちゃだめだからね。正妻は私よっ!」
「はいはい」
「あー! 本気にしてないわねー?」
「してるしてる。コーヒー冷めちゃうよ」
「おっとっと……今日も一日頑張ってね」
「ああ。リーシアのおかげで元気いっぱいだよ」
「えへへ」
コーヒーを飲み終え、俺は部屋を出る。
トアは三つとなりの部屋で寝ている。
「トアー? 大丈夫かー?」
「大丈夫、だけど……」
俺は部屋に入る。
トアはベッドに突っ伏していてる。
「元気ないな。まだ痛いか?」
「うん、結構……動きたくない。動けない」
「何かしてほしいことは?」
「おんぶ……」
「は?」
「トイレまで連れてって……」
「仕方ないな……ほら」
俺は屈んで背中を見せる。トアはのそりと起き上がり俺の背中に乗る。
「ふぐっ!」
軽い。軽いのだが重量感のあるものが二つ。
フェリル並の胸が押しつぶされるように背中に当たっている。
「どうかした?」
「いや……行くぞ」
俺は部屋に備え付けられたトイレへと向かった。そしてちょうど便座に座れるようにトアを下ろした。
そしてドアを閉める。用を足し終わったのか、トアが俺に声をかける。
「ベッドまで連れてってー……」
「とことん無気力だな……」
俺はトアをもう一度おんぶし、ベッドへと運ぶ。
同じ構造の部屋の為、ここにも小さな机と椅子がある。
俺はその椅子に座りトアを眺めていた。トアと目が合うと、トアは目をそらす。
「トア? どうかしたか?」
「あっ、いや……ほら、ちょっとまだ顔見づらくて」
「?」
「あの日、追いかけっこした日、その……キス、しちゃったじゃんか」
「ああ」
「あ、ああって! こっちは真剣に悩んでるだぞ?!」
「ご、ごめん」
「やっぱり、リーシアとか、みんなとかと、その、そういうこと、してるから……
所詮あたしとのキスなんか……記憶にも、残らねーよな……
いいんだ、別に……」
「そんなわけあるか!」
「うっ……」
俺はつい怒鳴り声を上げてしまう。
「うれしかったよ。でも、トアがどういう気持ちでそれをしたのか、トア自身が俺をどう思っているのか。俺には分からない。
やることが山積みで確かに頭から抜けてた。
でも軽んじてるわけじゃない。さっきだって……胸が当たって俺は……」
トアが寝ながら自分の胸をバッと勢いよく隠す。
「へ、へんたい!」
「男なんだから仕方ないだろ?!
かわいい女の子の胸が当たればそりゃ……」
「か、かわいい……」
「そうだよ。かわいいよ。
とにかく、トアのことを軽い気持ちで見てるわけじゃない」
「~~~~ッ! バカッ!」
「なんでだよ!」
「なんか罵倒したくなっただけ!」
トアは俺に背中を向けるように寝返りをうった。
「あたし……今、動けないから」
「? そうだな」
「だから……何しても反抗出来ないよ」
「……」
後ろから見ても分かる。トアの耳が真っ赤であることに。
俺はトアの上で四つん這いになる。
トアはそれに気づき、横向きの顔を少しだけこちらに向ける。
真っ赤な顔で、うるっとした目。そんな表情を見せられたら、何もしないなんてこと出来るはずもない。
顔を近づける。近づくたびにトアは目をぎゅっと強くつぶり手で俺の胸を抑える。
震えながらもその手に力は入っていない。
その葛藤がかわいらしい。
そして、顔をまっすぐこちらに向け、目はつむったまま、顎をあげる。
軽くキスをしてから、唇を離す。涙目でこちらを見るトア。
「や、やっぱり、この後も、するの?」
「反抗出来ないんだろ?」
「う、うぅ……す、好きにして……いいよ。エノアのこと、好きだから」
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