魔王の帰還【カラー】
人間界と魔界の境目。
俺たちはそこを歩いていた。
フラッドは俺に言った。
「それで、ヴァルクってやつに国王渡しちまったのかお前は」
「悪い……」
「はぁ……だがフェリルもそれで納得してるんだ。
けど信用出来るんだろうなそいつ」
「問題ない。ヴァルクは必ず国王を殺す」
「にしても、国王が死んだらあの国どうなるんだ?」
「生きていたとしてもどうしようもない。
あの国をずっと支配していたのは聖書だ。それは今ここにある。
聖書のルールも全て消えた。今頃ルール外に押し出された国民は慌てふためいてるだろうさ」
「おいおいまじかよ。それを放っておいて自分の国に帰るつもりか?」
「仕方ないだろ。そんな余裕はないし、他にすることもある。ただ国を討ち取った責任はとるさ。ちゃんと統治する。
問題は誰を王に即位させるか。今後あの国をどうしていくか……
また聖書を使うってのもありだが国民がそれを受け入れるかどうか……」
「第一聖書ってのはまだ効力を発揮するのか?」
「いや、もう力のほとんどはない。アイギアを生み出すためにそのほとんどの力を使っちまったみたいだからな。
そもそもそれが目的だろうし。この聖書はこのままだと国を変えるほどの力はない。
そうだな、英雄の遺産程度ってところか。魔素の溜め込んでないパンドラキューブみたいなものかな」
「なんで持ち帰ってきたんだ?」
「利用価値があるからさ。
そういやフラッドはこっちでいいのか? フェリルも。反対側だろ」
「まぁな。だがルーヴェスト帝国からアビスに送ってもらった方が早い。
後寝かせろ」
見た目はいつもどおりだが、おそらく損傷があるのだろう。ロッグによって形だけ修復されたと見るべきか。
フェリルもフラッドと同様の理由だった。
そして境界線を歩く中、遠目に巨大な生き物が見える。
俺は大声を上げた。
「おーい! ゼート! 大丈夫だったかー!」
「おおっ! 我が友エノアよ。無事だったか。我は問題ない。ティアナも無事だ」
「そうか、それなら、よか……なんだこの巨大な穴……
一体どんな戦いが」
「すまぬ……」
「いや、国の土地とかじゃないから別にいいんだが……後でゴブリン達に相談するか」
その後、事の顛末をティアナから聞いた。
「なるほどね。やりすぎちゃったと」
「加減が……」
「まぁ一万年も使ってなけりゃそうなるのも頷ける。でも今度からゼートが戦闘する時は全部ここにしような……」
「うむ……」
「いやほんとすばらしかったですよ」
リドのような白いスーツ。高さのあるシルクハットに長い耳。黒い尻尾。特質すべきはその黒い翼。リドのように仮面は被っていない。
目は三白眼で、髪は短く黒い。にやりと笑う口から見える歯はぎざぎざしており、長い舌が垣間見える。
やはり、ゼートの過去の話にあったディックという悪魔に似ている。
「……ディック!」
ゼートは有無を言わさずその拳でディックを殴りつける。
ディックは抵抗することなくそのまま吹き飛んでいく。
「がっ、あっ、あっ……ぶへぇ……」
「何しに来た。なぜお前が生きているのかなどどうでもいい。
よく我の前にその顔を見せられたものだ」
ディックは慌てて起き上がり手を振った。
「ま、まってください! これは……そういうつもりではなく、敵対意思などなく」
「問答無用。その体を残すことなくあの世へ送ってやる」
「全部話しますっ! 全部話しますから!!」
「問答無用と言ったはずだ」
「裏切られたのです! ダグラスに! その後のことも全部話します!」
ピタッとゼートの手が止まる。
「裏切られた?」
「す、少しだけお話を……
私はあなたを捕らえる手伝いをし、グロウに勝った暁には四大天使の地位を再び授けると言われたのです。
堕天した身としてはおいしい話。あなた方の敵だったのは間違いありません。
ですがグロウを殺したダグラスはその約束を踏みにじり、天界へと入ることを禁じられこの世界で生きる意味なく彷徨っていたのです。
そんな神に仇なすあなた方は今や私にとって味方そのもの!
ですから……その、仲間に」
「聞くまでもなかったな。魔素へと変われディック」
「どんなことでも致します。あの神に復讐できるのなら。それまでは……死にたくない。
あなただって同じでしょう? 自分の知らぬ間に親友を殺されたあなたも」
ゼートの手が止まっていた。拳が震え、葛藤していた。
俺はディックに言った。
「断る。お前を味方とすることは出来ない。
もしそうなりたいのなら、それなりの働きと信用を得よ」
「もちろんですともっ! いやー話の分かる魔王だ」
ゼートは拳を下ろした。
「友が……エノアがそういうのならば……」
うきうきで近づいてくるディックに俺は言った。
「だが俺の親切を少しでも裏切ってみろ。
お前に苦痛を恐怖を植え込み殺す。俺の仲間を傷つければまともな死に方はできない。
肝に命じておけ」
「うっ……これは、グロウを思い起こさせるような威圧感……
えぇ……当然そんなことしませんとも。目的は同じ、なのですから」
ディックは俺の腰に差してある魔王の剣を見て言った。
「今日は一本なのですねぇ。もう一つの剣はどちらに?」
「必要な話か?」
「いえいえ。なんでもありませんよ。やはり鞘が力を……仮面と同じ……」
その後、小声で何かを呟いていた。信用はまだ出来そうにないな。
自分の国へと戻り、荒らされていないことに俺は安堵した。上空からリィファが破龍と共に降りてくる。
「リィファ! 無事だったか」
「エノア様っ!」
リィファは破龍から降りると俺に抱きついた。と言ってもイナを抱えていたからやさしく包容される形となった。
「状況は?」
「被害はありませんわ。あくまで死者として、ですが……」
「どうした?」
「ルーカス様が体調を崩しております」
「力を使いすぎたな。他は?」
「現在エルフの森にてオリュヌス様がいらっしゃいますが安否の確認は取れています」
「後でティアナと一緒に迎えに行く」
「それと部屋でシェフィ様がお呼びです」
「……分かった。一応行く」
「トア様、アビス様とイビア様もご無事です。ただトア様が全身筋肉痛とのことでお休みになられてます」
「そうか……そっちにも顔を出そう」
「そして最も重症を負ったものがゴル様です」
「どんな状態だ」
「話によれば聖書の奴隷を捕食。現在聖書の力に侵食されそうになっているそうです。
体の維持をアビス様が取っている状態です」
「分かった。
フラッド、フェリル、アイリス達に部屋を用意してやってくれ。
俺とクロエはゴルの元へと向かう。
リーシア、イナを頼む」
「分かりましたわ」「分かったわ」
俺とクロエはゴルが休んでいると言われた部屋に入る。
ルーカス達が治療を受けていた部屋だ。
「ゴル、いるか?」
中に入るとアビスが手をかざしていた。その手は揺れているのを見て俺は言った。
「アビス。もう大丈夫だ。随分長いこと見てくれたんだな。
イビアも椅子に座ったまま寝てるし」
「魔王様……すみません、私……もう」
そう言って倒れた。ゴルの崩壊しかけた体を維持していたんだ。魔力を流し続けることによって。
「よくがんばった。ゆっくり休め」
俺はアビスを抱え、隣のベッドに寝かせた。そしてイビアも同じベッドに寝かせる。
「姉妹だな。そっくりだ」
そして俺はゴルに手をかざし、魔力を流し込む。
「とりあえず体はこれで持つ。問題は……
クロエ、出来るか?」
俺は聖書をクロエに渡す。
「問題ありません。聖書の侵食を沈静化します」
クロエは聖書とゴルに触れた。なにやら影を操っているが俺には何をしているのかは分からない。聖書がパラパラとめくれている。
「終わりました」
それからたった数分でクロエは仕事を終わらせた。
「もう終わったのか?」
「はい。余裕ですっ」
クロエはこちらを見ながら尻尾をぶんぶんと振り回している。
「? ああ、そうか。イナと同じか」
俺はクロエの頭を撫でる。ぶんぶんぶんぶんぶん。
「お、おお、おお……そこもイナと同じなんだな。
おつかれ。よくやったクロエ」
「はい」
そして俺はゴルの頭に手をおいた。
「ゴルもお疲れ。きっと無理したんだろ。
全く、俺が弱いと言ったのに無理して。死んだら意味がないだろ。
しかし、ま……よく頑張ったよ。けどな、死んでもいいなんて覚悟を持つのはだめだ。
起きたら説教だからな」
俺はそう言い残して部屋を出た。
「クロエ、イナとレイヴィアの様子を見てきてくれ」
「分かりました。マスターはどちらへ?」
「シェフィに呼ばれてるからそっちにな」
「ごゆっくり」
「なに勘違いしてるんだ。まぁそうなるかも知れないが今夜はリーシアがな……」
「……二人というのは」
「そんな体力はないよ」
「そうですか。では私はここで」
「ああ」
クロエと分かれ、俺はシェフィの待っている部屋へと向かった。
コンコンッとノックをする。
ガチャッと扉が勢いよく開き、シェフィが飛びついてくる。
「うおっ!」
「おかえりーーー!」
「待て待てっ! まずは部屋に入れてくれ」
「あら、うーん、それもそうね。どうぞ」
シェフィは俺から離れ、中に案内する。
「それで? 用ってなんだ?」
「まぁまずは契約の話でもしましょうか」
「あー、シェフィとリドが悪魔でって話か」
「そっ。まぁ私達が下になっちゃってもはや下僕なんだけど。
私達は勇者。厳密には最終覚醒の勇者候補と戦ったのだけれど力は全盛期の状態だったわ。あくまで戦闘能力として、よ。
後、その勇者候補は性格が勇者に寄ってたわ。
トアって子とちゃんと契約結んだほうがいいわよ」
「勇者候補と結べるもんなのか?」
「血の契約は魔王の力ではないわ。あなた自身の力よ。
いえ、それだと誤解を生むわね。
あのイナっていう女の子。あの子から授けられたのかも知れないわ。
原初。歪、血。この中に属する悪魔。つまりイナは獣人でありながら血の悪魔の力をその身に宿している。
だから血の契約を使えるのはあの子のおかげかもね。状況が状況だったもの。
あの子から契約を持ちかけられてあなたが主人となったんじゃないかしら。
私とリドのように」
「多分そうだな。リビア、じゃなかった。クロエは強制的に干渉されたと言っていたからな」
「なら決まりね」
「それで他のようってのは?」
「ええ、私もうっ……あ、あの、こ、こここここここんや、あれ、おかしいわね。
血の原初とあろうものが、この程度……」
「シェフィ?」
「あ、の、そのっやだっうそ……なんで、キスは問題なく出来たじゃない!
冗談なら言えるのに本気でってなった途端こんな……ありえないわ」
「あのー……シェフィ?」
「そんな、この私が緊張している? あははっそんなまさか。
いい? ん、けほんっ、あー……エノア」
「はい」
「わ、わたしと、えっ、ええええち、あー。
今度デートしなさい。構わないでしょ? そうね。この街を一緒に散策しましょう。
返事は?」
「あ、ああ。それくらい構わないが」
「って違うでしょ!! そうじゃないわよっ!!」
「えっ」
「あ、いや違わないっていうかその」
シェフィは胸を押さえる。
「いえ、なんでもないわ……今日はゆっくりおやすみなさい」
「ああ。時間が出来たら言ってくれ」
「その時はまた呼ぶわ」
そして俺はその部屋を出た。
「うわぁぁぁぁぁん」
扉の向こうからシェフィの泣き声? のようなものが聞こえる。
「な、なんだったんだ……」
俺はその後、フェリルが休んでいる部屋へと向かっていた。
少し心配だったこと、約束を果たすことを理由にだ。
「フェリル、入るぞ」
「はぁっはぁっ……」
部屋に入るとフェリルはベッドの上にいた。着物は脱げており、呼吸は非常に荒い。
「フェリル?」
「なんじゃお主か……」
「天照の代償だな」
「ふふっ、気づいておったのか」
「あれは……終焉魔法に匹敵する力だった」
「お主に止めてもらわなければ妾はこの世にいなかったかも知れんな」
「大丈夫か?」
「そうじゃな。体が常に熱いのじゃ。汗も止まらん。水分は補給しているが用を足そうなどという状態にはならんな。
本当はアイギアに使うつもりじゃった。効果があるのかは分からんがもしお主が死ぬようなことがあればとな」
「フィシア」
氷を着物やフェリルの周囲に作るがすぐに溶けていく。
「気持ちいい……」
「いくらでも作り続けてやる」
「すまんの。大丈夫じゃ。途中で天照の効果は切れた。そのうちこの反動も消えるはずじゃ。お主も疲れたはず。妾の事は」
「まだ撫でてない。泣いてもらってない。慰めてもいない」
「もっと早くお主と出会いたかったのぉ……こんなにも汗をかいているのに涙まで流させるとはなんて罪深い魔王じゃ。
火照ってしまった。お主を求めたくて仕方ない」
「余裕あるのか?」
フェリルは体を震わせながら、ベッドに腰掛ける俺に顔を近づけた。
「獣人の体力を舐めてはいかんぞ? んっ……」
天照の反動で体温の上がっているフェリルは弱々しくて、とてもあたたかい。
フェリルは未だ唇を離さない。
「くちゅっ、んっ、んん……」
フェリルの熱い舌が入ってくる。
俺はフィシアを使ったまま、フェリルを押し倒した。
そして日が落ち、フェリルは反動が消え、すやすやと眠っている。
気持ちよさそうな寝顔だ。
「さて、リーシアの所に行くか……持つかなー……俺の体力」
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喜びます。
いつもと違う塗り方をしています。
なので違和感があるかも知れませんし下手かも知れません……
もしそうでしたら謝ります、申し訳ないです……