似たもの同士
この止まった時間の中、動けるのは俺と魂の契約を交わしたイナ。そして俺の使役したレイヴィア。二人をこの止まった時間の中に連れ込み、この魔法を発動した。
代償はグラディアスから受け取ったいくつかのスキル。
二人がこの魔法を維持し続けるための黒い魔力。
二人に理性はない。レイヴィアはアイギアへと迫る。母、フェリルと同じように炎を纏う。
斜めにひっかくようにしてアイギアに攻撃をする。アイギアは澄ました顔でレイヴィアのひっかきを腕で防ぐ。
「っ!」
初めてアイギアが動揺した。すぐに距離をとる。受けたその腕には焦げた後がある。
俺はアイギアに言った。
「お前の不死は再生じゃない。作り変えることで体を不死にしている。
ついでに言っておくが二人は俺の魔法の効果を受けている。避けたほうが身のためだぞ」
「そうだね。
でも驚いた。まさか神に攻撃が届かせる魔法を”作る”なんて。
警戒するべきは君だけだと思っていたよ」
「ああ。もう一人忘れるな? 本命だ」
アイギアは焦るように真下を見た。そこに居たのなら、もう遅い。
複数の連打がアイギアを襲う。
口から血を吐くアイギア。
二人の追撃は止まらない。壁に背があたり、逃げ場をなくした後もアイギアは本能のまま敵を殺す獣に猛撃を受ける。
「ぐっ、あ、はっ……ぶっ、はぁ……はぁ……
これが、息切れか、痛みか……ふ、面白い。ボクはまだ覚えることが多くあるようだ!」
アイギアは俺の使った転移を模倣していた。その転移を使い、別の場所に移動。そして体の交換を始めた。
当然そんな余裕を与えるつもりはない。
「フィシア」
「くっ」
フィシアがアイギアを追う。フィシアとイナ、レイヴィアにアイギアは挟まれる。
アイギアは自分自身を燃やすように炎を発し俺たちとの距離を取った。
転移術式発動、対象はイナとレイヴィア。
「よくやった二人とも。アイギアから余裕という思考の隙間を無くすことが出来た」
二人は空虚により狐龍の効果を失う。
アイギアは口からこう言葉を漏らす。
「しまっ」
「隔絶魔法」
パンッと俺は音を鳴らしながら両手を合わせる。
止まった時間の中、一つの小さな空間が出来上がる。
俺とアイギアは隔絶されたこの小さな空間に閉じ込められていた。
アイギアや聖書自体を転移しない理由は全部吸収されてしまうこと。だからイナとレイヴィアを隔絶魔法から遠ざけた。
そもそも転移が使えるのなら自分の国に連れ帰りたいもんだ。アビスなら出来たかも知れないが俺のは劣化版だからな……確証もない。
「ふぅ……なんとかここまでこぎ着けたな。
さぁどうする? 聖書は隔絶魔法の外に置いてきちまったわけだが」
「やられたよ。この空間の中にさらに別世界を作るなんて。
君は魔王の枠組みを越えすぎじゃないかな」
「いろいろあったからな。表面上じゃ分からないもの(人生)もあるってことだ」
「ボクの手元に聖書はなし。新たなる学習は不可。聖地の利点も当然ない。
ここまで得たボク自身の能力で君を倒さなきゃならない」
「諦めるか?」
「神とは、創造するものだよ」
黒い魔力が体から溢れ、まるで影のように自由な動きを見せる。
この宿二部屋程度の空間を俺の魔力が満たしていく。
イナの覚醒状態の連打。そして壁に体を打ちつけられるアイギア。走る雷撃がそれを追う。隔絶された空間の中で転移するアイギア。
炎が燃えさかり、氷が佇み、行き先を限定する。
「ぐっ……はぁ、はぁ」
アイギアは肩で呼吸し、自分の胸を押さえつける。
「あの本がなけりゃ対処出来ないか」
「体が……魔王の魔力に侵食されていく。君のセリフを覚えている限り、この後は崩壊」
「どうかな」
「超える。越えてみせるさ。
神とは、人の上に立つ存在だ。
全能力をこの黒い魔力の侵食に対応させる!
侵食しかえす!
ダグラスの魔王という枠組みをボクが壊してみせる。
君の背負わされた運命をボクが」
「言ってるだろ。背負わされた運命だってのは分かってるよ。
リビアが用意した神を欺く手だ。
けど俺はそれを、受け入れた。
もう一度歩むことになったこの人生を、捨てる気はないんだ」
「君は……
しなくていいことを、させられているはずだ」
「リビアが助けてって言ってるんだ。
まぁ、生まれる前からの自分の性格かな。
――ほっとけない。
それに、ここまでのエノアとしての人生をなかった事にはしたくない。
理解したとお前は言った。それは俺の置かれた境遇すらも理解したんだろ。
記憶は見れないと言った。だがそれ以外は見れる。
俺の勇者としての、魔王としてのスキル。そこから推測を立てたはずだ。
どこまで理解したかは分からないが、口ぶりから分かる。
ったく、どんなクソ野郎かと思えば……
異端者であろうと救おうとする懐の深い神だったとはな」
「理解されたのはボクも同じか……」
「そんな考えを持つやつが生まれるとは思わなかった。
この国、生まれた理由、原因、犠牲、願い、改ざんされた聖書。
苦しいのは、お前だろ。
救われようとしないのは……自分の立場ゆえか」
止まった時間、隔絶されたこの世界の中でアイギアは上を見た。
「ボクは生まれた時、両親を見ようとした。存在しないはずのボクを生んだ両親は……
人の水に埋まっていた。両親の顔すら見ることは出来なかった。
学習していくたび、ボクの中の疑念は深まる。ボクは、何故こんな生まれ方をしてしまったのかと。
――それでもボクは、神としての在り方を……」
「揺らいだな」
「っ」
「狐氷」
俺はその狐氷をアイギアの胸に刺した。
本来イナにしか扱えない短剣。だが魂の契約をした俺とイナはお互いの能力を一部自分の物のように扱うことが出来る。
空虚、狐氷、威圧、血の契約で得た覚醒状態。この狐氷は神でさえも凍らせることが出来る。それを可能とするスキはアイギアの心の揺らぎ。
「イナとレイヴィアの件はこれで勘弁してやる。
そりゃ親近感はお互い湧くだろうさ。俺たちは似たもの同士だ。
お前だって、運命を背負わされた。
抗うため選んだその抜け道は、全てを終わらせること。
終焉の神になろうとすること。
――そんなことしなくていい」
「はぁ……この空間に入った時点でボクの負けか……
なら、その断れない性格に乗じてボクのお願いを聞いてもらおうじゃないか。
これはボク自身の願いだ。君はミレッド帝国の神ではないからね。
――世界を停滞させ、自分のおもちゃ箱にしている神に……終焉を」
「任せろ。だからお前は悪い夢でも見たと思って寝ていろ」
「……それも悪くないかな。
ついでだから、言っておく。影の力を操る女の子……あの子は危険だ。
もし、君に出来るのなら殺しておいたほうがリスクは低い。
ま、しないだろうけどね」
「しないな。だが忠告は受け取っておく」
「あの子と君は……特殊すぎる。
それじゃ、うちの馬鹿な信徒である国王にお灸を据えといてね。
もちろん殺してしまっても構わない」
「自分の感情でものを語るようになったじゃないか」
「神という重荷はもうないからね。
……おやすみ」
「ああ。安らかに」
国王は動いた時間の中で俺に言った。
「ど、どうなった。なにがあったのだ……」
俺は聖書を手の上に浮かせていた。それを黒い魔力で包み込む。そしてアイリスに言った。
「パンドラキューブは解除して構わない」
「分かりました」
国王は声を荒げた。
「どうなったのだ! 答えよ魔王」
「殺したよ」
「く、くく、生き残った……」
ジーランが自分の顔を強く掴み、叫んでいた。
「そんなばかなっ! この長い歴史の中でようやく作り出すことが出来た神!
この世界を作り変え世界の創造主となるアイギアが死んでしまうことなるあるはずがない!
――返せっ! 返せ返せ返せ! その聖書を返せ!」
ジーランは鬼のような形相で俺に向かって走り出した。
俺は哀れみの目を向けた。
パキッ……直前、俺はジーランを氷の中に閉じ込めた。
指先でトンッと叩く。
氷は粉々に砕け、魔素に変わっていく。ジーランの肉も、骨も全て。
「国王、お前も生きていられると思うな。
これまでミレッド帝国の行ってきた行為。その全ての責任はお前が持つんだよ」
「な、なぜ私が」
こいつは……それを本気で言っているのだろう。
「お前が王であるからだ」
「私は、ただっ前見レッド帝国国王の子供だっただけだ、他の、民、民ならいくら殺してもいい!
そうだっ! ひひっ、女も、金も好きにするといい、だから私は見逃し」
「どこ、までっ……お主は……」
フェリルの青い炎がこれまでにないほどに燃え上がる。
もはや全身が包まれていた。
国王はフェリルの怒りに怯えながら言った。
「っ、た、助け……悪かった! あっあてがう! それでどうだ?
これまで殺したミィレンの国民の数だけこちらで人を用意する。ディルマ王国の分も当然用意する! ははっ……はっ!
ルーヴェスト帝国にはもちろん労働力として言われた数を……」
フェリルの青い炎はその色を白く変化させる。
俺ですら恐怖するその白焔に誰もが言葉を失う。フェリルは死を連想させるような低い声でその言葉を放った。
「――天照」
「空現」
「空虚」
三人のスキルがほぼ同時に発動する。
突然飛び込んできたヴァルクはフェリルの天照に向かってスキルを発動した。
周囲が炎の海になりそうな中、俺は体を刻まれながら二人のスキルを空虚で無効化した。
「どういうつもりだヴァルク。突然入ってきたと思えば天照にスキルを使ったな?」
「殺すつもりはありませんでしたよ」
「そんなことは分かってる。なぜ邪魔をしたのかだ」
「目的の為、とでも言いましょうか」
「フェリルの顔見て言えるのか」
フェリルは過呼吸になりながら泣いていた。こんなやつに、自分の民が殺されていったことを苦しんでいるのかも知れない。
代わりを用意すればいいと思っているこの国王に対して、怒りで涙が出ているのかも知れない。
「はぁっはっ……、うっ、はぁ……っ、邪魔をするなッッ!
妾はこやつを燃やし尽くす!
妾の、民を……っ――なんだと思っているのじゃこの外道めがぁッッ!!」
ヴァルクの取った行動は驚くものだった。
ヴァルクは剣を地面に置き、片膝をつき、頭を下げた。
「フェリル様の激情。お察しします。いえ、私ごときが理解など恐れ多いかも知れません。
ですがどうか、そのお怒り……鎮めていただけないでしょうか」
フェリルは少しずつ息を整えていく。それに合わせ、炎は小さくなっていく。
「ふーっ、ふーっ…………
……妾で……良かったの。もし、フラッドならこうはいかなかったじゃろう」
「はい。感謝しますフェリル様」
ヴァルクは顔を上げ、要求した。
「国王の命、この私に譲っていただけないでしょうか。
必ず殺すことをお約束します」
「妾はもう冷静な判断が出来ぬ。エノアに全て委ねる」
「エノア君……」
「構わない」
「……即答でいいんですか?」
「お前の本心だ。初めてちゃんとお前の感情を見た気がするよヴァルク。
けどな、フェリル、フラッド、植民地となった国。彼らの怒りが国王に集約されていることを忘れるな。
約束しろ――必ず殺せ」
「はっ、必ず」
「それと聖書は俺が持っていく。構わないな?」
「ええ。構いません。私の君主からは持ってこいと言われてますがもう仕える必要もありませんので」
「それならいい。それがお前の目的だと言うのならな」
リーシアは俺に言った。
「いいの? またヴァルクが討ち取ったーってあの糞国王に言われちゃうかもよ?」
「いいんだよ。俺の目的は最初からこれだ。異世界の力でも、ダグラスの力でもないこの聖書が必要だったんだ。ミレッド帝国とミィレン、ディルマの無益な殺し合いもなくなる。
それに……ヴァルクには恩がある」
俺は仲間に俺たちの勝利だと伝え、帰るぞと言った。
この国の立て直しは後だ。それよりも攻め込まれたみんなが心配だ。
エルフ達の刻印も消してやりたい。
俺は意識を失ったイナを、フェリルはレイヴィアを抱きかかえた。
「ごめんなフェリル」
「よい。ただ……後で妾を慰めて欲しい。頭を撫でてくれ。お主の腕の中でめいっぱい泣いてもよいかの?」
「その涙が枯れるまで付き合うよ」「ふふっ……楽しみじゃ」
その場を後にしようとした時、ヴァルクが俺に言った。
「エノア君。ありがとう。それと……妹を――頼むよ」
「妹……? あっ、そうか……そうだったのか。
ヴァルクの異名、妹の存在、貧困街。目的。
そりゃ頭下げるわけだ。じゃあな。生きてたらまた会おう。
敵か味方は分からないが」
振り返るとヴァルクはまだ頭を下げ続けていた。
不敗の落胤ヴァルクの目的は――国王に復讐をすることだ。
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喜びます。