炎姫
アイギアと呼ばれた聖書は上空の絵画を見ることをやめた。
そして振り返り、国王を見て口を動かしていた。
「 ?」
「何か?」
「 、 ……」
アイギアは自分の喉に手を触れ、言葉が出ないことを理解したようだ。
目を閉じた後、薄めを開け、国王を見続ける。国王の言葉を待つように。
「そうか、まだ言葉を……アイギア様! どうかその異端者共を殺してください。我々の民は大勢殺され、アイギア様の信者もすべていなくなってしまいます!
どうか……そのお力で我が国をお助けください」
アイギアはこくっと頷いた。
「おおっ! くくっ、どうだ魔王。神を相手に出来るか! 最も力を発揮できるこの聖地という場所においてお前は勝てるのか!」
アイギアは一歩を歩く。足が震え、たった一歩歩くことですら難しそうにしている。
今なら苦労なく殺せる。だがここは国王の言った通り聖地。
そのためにアイリスという天使の名を持つ存在を連れてきた。そして……
「アイリス」
「――パンドラキューブ 起動します」
アイリスはその手に持つパンドラキューブに手を触れる。模様を指先で追っていく。
そうしながらアイリスは言った。
「聖地、すなわちこの空間は神代以前のモノ。ですがその所有者はアイギアです。
パンドラキューブでそれを書き換え、パンドラキューブの中に閉じ込めます。
ですが……」
「やはり無理か」
「ごめんなさい……
英雄の遺産、溜め込んだ魔素、私の名だけでは不十分です。
途方も無い歴史と生贄、神本体という存在があまりに大きすぎます。
理解が、及びません」
「クロエ、手伝ってくれるか?」
「分かりましたマスター」
そう言ってクロエはパンドラキューブに手を触れる。
可能性という希望を生み出すパンドラの箱に。
クロエの演算能力も足す。もしこれで足りなければ……
「マスター。空間所有者の変更は不可です。しかしその特性を打ち消すことには成功しました」
「充分だ。よくやった。アイリス、すこし辛いだろうが維持を頼む」
「お任せください」
アイギアは歩く速度を上げていく。たったったっと足を早め、その距離が俺たちに近づいていく。その顔は笑っていた。
まるで歩くだけで、走るだけで楽しいと言ったような顔だった。
本当の子供のように。
イナが前線に出て迎え撃つ。
狐氷を一振りする。アイギアを対象に、殲滅魔法が発動する。
イナの狐氷が触れた箇所からアイギアが光に包まれる。そしてそのまま消滅する、はずだった。
アイギアを包んだ光はアイギアの持つ本に吸収されていく。
アイギアは立ち止まり、少し考え込む。そしてイナに向かって手を差し出す。
「 」
アイギアの手のひらに光が集まってく。
イナはスキルを発動しながらもう一振りする。
「スキル 狐氷」
アイギアの動きが止まる。それだけではない。集まった光すらも止まる。
少しの間、狐氷で斬られた相手は――その時間を凍らせられる。
続けてイナは血の契約状態でアイギアを殴った。
アイギアの時間が溶け、動き始める。
アイギアはそのまま後方へと飛ばされ、国王のより後ろの壁に衝突した。
国王は振り向き、アイギア様と叫びながら駆け寄る。だがそこにアイギアの姿はなかった。
イナの小さな声。
「どうして」
「 」
イナの前に立っていたアイギアはイナの頭を掴む。
ぺちっ……
レイヴィアがいち早く駆けつけ、その尻尾で殴っていた。
しかしレイヴィアの攻撃はあまりに非力すぎた。
レイヴィアも頭を捕まれ、苦痛に顔を歪める。
「うがっ……ぅぅ」
俺は影踏みでアイギアの目の前に立ち、魂の契約によって得たイナの力でアイギアを殴り飛ばす。
アイギアは先程と同じ用に飛んでいく。
イナとレイヴィアを掴んでいた両腕を置いて。その腕は肘から先、既に俺が斬っていたからだ。
その腕は溶け、消えていく。アイギアは壁に当たる前に体を起こし、前傾姿勢でかかとから着地する。後ろへと向かう慣性を足の摩擦で消していた。当然のように腕は元に戻っていた。
周囲の温度がみるみるうちに上がっていく。
フェリルだ。フェリルの後方に円状の炎が漂っていた。着物から炎が発生し、その炎に包まれている。
その姿は火の神を連想させる。
「貴様……妾の娘達に……何をした」
その怒りを体現するかのように炎は荒ぶりを見せる。
同じ感情が湧き上がっている俺は黒い魔力を溢れさせる。
俺とフェリルはアイギアに怒りを向ける。
「「ただで死ねると思うな」」
アイギアは手を上に向ける。羊水が流れ落ちる。そこから聖書の奴隷が何体も顔を出す。
だがルールを保たない聖書の奴隷など、俺たちの敵ではない。
フェリルに勢いよく襲いかかった聖書の奴隷はフェリルに顔を捕まれ一瞬にして塵にされていた。
俺を襲おうとする複数の聖書の奴隷は俺へと辿り着く前に影に突き刺されていた。
後ろを向くとクロエが両手を差し出していた。俺の視線に気づくと頭を少し下げる。
フェリルは火の玉を作り出し、それを国王に向かって投げた。
「ひっっっ!」
それをアイギアが掴み吸収。アイギアはまた少し考え込むとアイギア自身の後方に円状の炎が浮かび上がる。しかしアイギアほどの大きさはない。
フェリルは俺に耳打ちした。
「妾の技が模倣されておるのか」
「ああ。イナの件といい、ありゃ全ての才能を持ち合わせた神。それが少しずつ学んでいるっていうのが正しい解釈だろうな」
「厄介じゃな」
「だが本人ほどの力は出せないらしい。それに才能ではなく、与えられた力。クロエの影や俺の魔王、勇者の力は真似られないだろう。
出来てもそれに近いなにか。こっちが常に上位互換だ。
ただし”今は”って話だ。この先はわからん。なにせ犠牲の数が数だからな」
「早めにケリをつけたほうが良さそうじゃな」
「ああ。しかし国王を倒した所で止まらなそうだ」
「本体を消滅させるしかあるまい」
アイギアはもう一度聖書の奴隷を発生させる。
「無駄じゃと……」
と、フェリルが言おうとした瞬間に聖書の奴隷達がとった行動はアイリスを狙うことだった。だが、そんなことは想定内だ。
「イナッ! リーシア! アイリスとレイヴィアを守れ!」
「はいっ!」「分かったわ!」
「アイリス。二人が守ってくれる。もし本当に命の危険を感じたのなら俺を呼べ。
言い終わるその前に助ける」
「信じていますよ」
リーシアは聖書の奴隷に対し、最小限の魔法と剣技で対処する。
イナは魔力の消費が激しい狐氷の殲滅魔法とスキルを使わずに詠唱省略とフィシアを狐氷に纏い対処していた。
「向こうは問題なさそうだな」
「そうじゃな。問題は……」
「真似を続けるアイギア。パンドラキューブによって聖地という特性を失ってるにも関わらず不死を思わせる丈夫さ」
「体力尽きるまで、というのは無理じゃろうな」
「永遠に終わらないと言っても過言じゃない」
フェリルの炎が激しく燃え始める。そして今度は静かな炎に変わる。
青色の炎がフェリルを包んでいた。
「一瞬で塵とする」
「影踏み」
クロエは影を床全面に展開。俺はフェリルの肩に触れ、一緒にアイギアの真後ろに移動。
フェリルはアイギアの背中に触れた。
「炎姫の炎に耐えられるかの?」
アイギアは炎に包まれ、塵と化した。
しかし、その塵は溶けていき、再びその姿をアイギアの姿と変えていた。
国王は高笑いした。
「くっくっく、あっははは! 獣国の姫の炎ですら無意味! 手も足も出るわけがない! 何人犠牲にしたと思っている! 我らが神は魔王をも越えたのだ!」
アイギアは魔王の剣を模した剣を生成した。
今真似たのか、以前の植民地での羊水から情報を得たのか。
その剣をフェリルに振り下ろす。
俺は魔王の剣をフェリルの前に突き出し、アイギアの剣を止める。
「させるかよ。俺の女に手を出すな」
「ふあ…………っと、いかんいかん! 妾の身は自分で守れる。お主はアイギアに集中するのじゃっ!」
「はいはい」
俺はアイギアの剣を弾く。
「リーシア!」
リーシアは俺の呼びかけに反応し、剣をクロエに渡した。
リーシア自身は魔力の剣で聖書の奴隷と戦い始めた。
クロエは俺の隣に影踏みで移動し、俺に剣を渡す。
俺はリーシアの剣をアイギアに向かって投げる。
次の瞬間、影踏みの移動後に背後から魔王の剣で切り上げた。
その魔王の剣を空中に置いたまま正面へと移動する。今度はリーシアの剣でアイギアを正面から斬る。
再び空中にリーシアの剣を置きざりにする。アイギアは”上半身だけ”をぐりんと曲げる。
俺が来ると予測したのだろう。だがそこに立っているのはクロエだ。
クロエは魔王の剣を手に取り、影踏みで消える。上半身を捻り、元に戻そうとするアイギアの肩を抑える。
黒い魔力を少しだけ流し込む。
「侵食しろ、そして崩壊せよ」
しかしその流し込んだ魔力も吸い取られた。厄介過ぎる。
アイギアの顔の前で光の球体が発生する。
「殲滅魔法か」
アイギアはそれを俺に向かって放った。
アイギアの顔の前から放たれた殲滅魔法の光は途中で切り取ったように消える。
その代わり、アイギアの頭上から続きかのように光が放たれる。
「自分を攻撃する気分はどうだ?」
俺はアビスとも血の契約を結んでいる。アイギアの殲滅魔法を顔の正面から転移させ、頭上を出口とした。
「戦いづらいだろ。グラディアスに殺され続けて得た対処能力。それにこの剣の戦い方は理解が難しいはずだ。
どれが無駄なのか、その無駄まで計算して対応しなきゃならない。
最善だけが正解ではないということだ。生まれたばかりの神に教えといてやる」
傍から見ればその差は歴然。初めて会った時の俺とグラディアスのように。
だが不可解な点がある。俺やイナのような再生という不死ではなく、傷をほとんど受けないという不死。この殺し方を考える必要がある。ただし、聖書は破壊せずにだ。
それから異常な速度での学習。
そして少しずつ”ページが埋まっていく本”
その本が半分以上埋まっている。何が書かれているのかまでは見えない。
アイギアは本をパタン、と閉じた。
そして口を開く。
「ボクはアイギア。神である。
ボクとの戯れに付き合ってくれて感謝する。
理解した。学習した。君が魔王、そしてボクを作りだしたのは人の犠牲の上。
人の価値観でものを語るのならばこの国は悪。
けれどボクはこの国の神だ。願われたのなら叶える。その生命を全て糧とする。
もう少しだけお付き合いしてほしい。魔王。
ボクがこの世界を終わらせて見せよう。そしてボクを崇める民の願いの為、用済みとなったら君を殺してあげよう。ボクが君を解放する」
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