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聖書

 俺たちは閑散とした街を歩いていた。


「人がいないな。既に避難済みか。

 案外そういうことも出来るんだな。てっきり民の事なんざ何も考えてないと思ってた」


 俺がそういうとフェリルがそれを否定した。



「避難などほとんどしておらん。ここより東、かなり距離は離れているが戦闘が行われておる。数を考えるにこの国の民じゃろう。

 兵士はもう残っておらんじゃろうからな。女王アイリス。確かダグラス王国が動いたと言っておったな」


「はい。フェリル様。聖騎士団とその団長ヴァルクがミレッド帝国に対し進軍したことは確認済みです」



「その対処の為じゃろう。

 妾達に民をあてがった所で躊躇などないと分かっておるのじゃ。妾達は人間ではない。

 しかし聖騎士団は別じゃ。その剣を振るう相手は同じ人間。それもただの住民。

 こちらに割くより効果的じゃ」


 俺はその人達が生きている意味について少し考えてしまった。

 生まれた時から聖書による洗脳が人生を支配する。それは自分を生きていると言えるのだろうか。知らなければそれでいいのだろうか。

 知ることすら出来ないのはあまりにも残酷ではないだろうか。


 いや、俺も散々兵士を殺した。ルーカスのように救うことはしなかった。

 捕虜とすることもしなかった。無駄だと分かっているからだ。もはや常識などという知識は持ち合わせていない。改善の余地がない。仕方ないことだと。

 そう言って殺した。残酷なのは俺も同じことだ。


 この人達をすくい上げることは出来ない。

 俺は全てを救うような神じゃない。だからこそ守りたいものは全力で守り切る。

 せめて殺した重みを忘れないように。そして聖書なんてものを作り上げ、人を人でなくしてしまったこの国を壊す。


 全ての元凶を破壊する。


 それから、なんの妨害もないまま城にまで着いてしまった。

 俺はあまりの呆気なさにこう言った。


「もう国王は逃げたとかじゃないだろうな」


 俺の言葉にアイリスはこう返した。


「それでしたら私達の勝利です」

「そうは言っても逃げた相手がまた力をつけてなんてこともあるからな」


「そうですね。もし誰もいなかったら痕跡を探しましょう」



「ああ。それと、悪かったな」

「何がです?」


「全部、かな。アイリスという国王をこんな所に連れ出してしまったこととか」


「いえ、そればっかりは仕方ありません。それに私自身も協力したいと考えておりました。

 でも私には王子様がいますから。きっと全力で守ってくれます」


「善処、する」


「あら、もっと胸を張って言ってほしいです」



「分かった分かった! 全力で守るよ。傷一つつけさせやしない」


「わーうれしいっ」



 フェリルが横目で俺を見る。


「随分と仲が良いのじゃな」

「まぁ……な」


「妾の国で三日ほど滞在していた時、あらかた話は聞いたが大変じゃの。

 右も左も女。さすがは魔王。底なしの性欲じゃ」


「そういうわけじゃ」



「あの夜、あんなにも妾を求めてくれたのに」


 ぴしっ…………



「エーノアッ」

「り、リーシア?」


 リーシアは背中に回り込み、俺の耳元でこう呟いた。


「限度ってものが、あるわよね」

「い、いや、その」


「今夜っ、よろしくね」

「あ、の」


「満足するまで、許さないわっ」

「……分かりました」


 扉の軋む音がする。

 突然開かれた扉の中から一人の男が現れる。


 白く長い髪を後ろで結んでいる。その所作はまるでリドを思い起こさせる。



「お待ちしておりました魔王。

 そして獣国の姫、フェリル様、カラムスタ王国、アイリス様。おや、ディルマ王国の獣王フラッド様がいらっしゃらないようですが」


「国の外でお前らの兵士と戦ってるよ」


「それは残念……」



「それで? わざわざ自分から開けたのはなぜだ」


「こんな扉など意味を成さないでしょう。それにおわかりと思いますがここはルール内。

 特にこの城は聖地として設定された領域。

 それでも入ってこられますか?」


「ここで帰るとでも思うか?」



「いやまさか……その返答をお待ちしておりました。

 国王様なら最上階、王の間にてお待ちです」


「そりゃご丁寧にどうも」



 さすがにみんなも怪しんでるな。だが行くしかない。

 俺は最初にその扉を越えた。若干の息苦しさを感じる。聖地がゆえか。

 この圧迫感。歓迎されていないのだと分かる。まぁ異端者だからな。


「ほう……躊躇なく入られますか」

「悪いか?」


「いえいえ……さぁ他の皆様もどうぞ」


 全員言う通り中に入る。やはり息苦しさ自体は感じるようだがアイリスは問題なさそうだ。

 アイリスという天使の名。その生まれ。嫌われてはいないらしい。

 だがこの威圧感。うざいな。


「空虚」


 俺は自分自身に掛かった威圧感を追い払った。スキルのひとつなのか。


「イナ」「はい。空虚」


 イナは自分自身に空虚のスキルを使用した。再度掛かることが無い所を見ると発動条件は扉を越えた瞬間。


 俺とイナは一人ひとりに触れ、そのスキルを解除していった。


「よろしいですか?」



 案内人の男はそう言って歩き始める。

 何を考えているのやら。自分から敵を誘い入れる利点はなんだ?


 いくつもの階段を上り、王の間直前の大扉に到着する。


 案内人の男はその扉を開ける。何百人も入れるほどの大きな空間。真ん中に轢かれた赤いカーペット。規則正しく並ぶ円柱の柱。天井には絵が描かれている。


 二人の男女。そして中央に存在する聖書。大事そうに抱える男女、か……


 それに装飾の一部が金で出来ている。贅沢だ。

 刻印が掘られている可能性も考えたほうがいいな。


「よく来たな魔王」


 中央奥、王の椅子に座る男は紛れもなくミレッド帝国の王。


「ああ。案内ありがとうな。探す手間が省けた」


「こちらこそ感謝しよう。魔王が死ぬ姿をこの目で見届けることが出来るのだから」


「随分な自信じゃないか。スアード国王」


「きやすく私の名を呼ぶな魔王」



「ははっ、なら愚王とでも呼ぶか」


「魔王というのは口の減らない王のようだな。

 まだ自分が勝利出来ると思っている。数だけ揃えれば勝てるとでも?」


「そのまま返すぜ愚王。魔王の国を舐め過ぎだ」


「ジーラン。準備せよ」

「はっ!」


 俺は国王に聞いた。


「なにかするのか?」


「ここは王の間と呼んでいるがそれは建前だ。偽りだ。

 この天井の絵はただの絵じゃない。儀式に使うもの」


「儀式ねぇ……」


 二人の男女、そして聖書、それを大事に抱えて……

 聖書を、大事に……? リーシアはまるで二人の主神ではなく、”聖書”を奉ってるみたいと言った。

 国王は聖書らしきものを取り出し、語り始める。


「我々が崇め、奉っていのは主神の二人ではない。

 ――存在しないはずの主神の子」


 国王はその手に持った聖書を前に投げる。そして聖書は絵の聖書と重なる。


「ついに完成した。だからお前たちをここに呼んだ。

 だからこそ魔王の国を襲撃したのだ!」


 ぽたっぽたっと天井から何かが垂れてくる。この見覚えのある水。

 人の溶けた水。天井を見上げると二人の主神はどす黒い涙を流し、黒く染まっていく。


 主神の絵が溶け、見えなくなっていく。


 中央に白く円が描かれ、胎児の絵が浮かび上がる。

 俺はその様子を見て驚いていた。


「この胎児の絵、呼吸してないか?」


 胎児は成長を続け、最後は球体に包まれていた。


 この人の溶けた水は羊水。生贄とは胎児の羊水を作るために必要だったもの。

 ここに流れ着いていたのか。


 そして球体は破裂し、大量の羊水が流れ出る。一体どれだけの人を溶かしたのか。


 フェリルの顔が曇る。そうか、イナと同じだけの嗅覚を持っている。理解している。


 俺はフェリルの肩に手を置く。フェリルならなにも言う必要はない。

 これだけで伝わる。


 フェリルはもう良い。心配かけたと言った。



 俺は流れ出る羊水を見続けた。そして流れ出た羊水が再び中央に集まっていく。


 球体となり、人の形を模して、色が変わる。


 白っぽい肌、緑色の両目。短い白髪と体に巻かれた白い布。どす黒い水の中から生まれたとは到底思えない。そして左手に本を持っている。パラパラとめくれるその本は白紙。


 そして顔を上げ、何も描かれていない絵画を見つめていた。



 国王は感涙していた。


「ついに、ついにその姿を見ることが出来た。

 ああ、我らが神――アイギア……」

挿絵(By みてみん)

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