最後まで諦めない者
転移術式が私を鍵として目的の場所へと発動する。
私とゼートは転移術式の光にのまれる。私はゼートの肩にしっかりと捕まっていた。
土煙を起こし、大地を揺らし、ゼートはこの世界に再び現れた。もし神が見ているのならその顔は容易に想像がつく。
目の前の兵士達のように、恐怖と驚愕、唖然。
口々に聞こえる恐怖の声がゼートの異質さを物語っていた。
「なんだ……この巨体は。魔族、なのか」
「なぜこんなものが……夢でも見ているのか」
ゼートはその場に胡座をかき、肩にいる私に手を伸ばした。
「ティアナ。ここは危険だ。ひとまず降りるがいい」
「分かった。でも私も戦うよ」
「……承知した」
私はゼートの指に乗り移った。ゼートは指を地面に近づけ、私はその指から降りた。
その間、彼ら兵士が襲ってくることはなかった。
戦闘意欲すらない。そんな感じだった。分かるかもと私は共感していた。
もし、神の刻印の力がないままゼートを目の前にしていたら……きっと。
「貴様はなんだ」
唯一動じていない大男が言った。
見るからに鍛え上げられた体、短い髪、人間で言えば中年。
数々の死地を乗り越えた英雄のような佇まい。
その男が口を開いた瞬間、他の兵は私語をやめ、姿勢を正す。
圧倒的な信頼感。
「我の名はゼート。長らく封印されていた神代の魔族だ」
「にわかには信じがたいな」
「どちらでもいい」
「信じがたい、が……そこにエルフの娘がいることを考えると信用せざるを得ない」
そんなっ、耳を隠してたのに。
私はとっさにフードに手を触れた。ちゃんと被ってる。どうして……
その男は私に説明した。
「驚かせてすまない。君たちが突如空から降って湧いた時に見えたのだ。
我々は魔王の国、ルーヴェストへ向かわないといけない。
この魔界と人間界の境目を越えてな。
ゆえにそこをどいてほしい」
「ここを退かないのが我の役目である」
「出来れば相手にしたくなかったが……
今までいろんなものと戦っていたが竜種より大きいものを見たのは初めてだ」
「我も自分より大きい者を見たことはない」
「自分の名前を言っていなかったな。私はラグマ。ミレッド帝国軍総大将ラグマ。
数千万の民の上に立つ最後の戦士である」
「引くつもりはないのだな。先に言っておく。汝に勝ち目はない」
「どうかな。竜種なら数多く殺してきた」
「我は終焉の魔物なり」
「私はそれを討ち倒す英雄となる」
目の前で起きた出来事の理解が、出来なかった。
ゼートの上半身が一瞬にして飛び散っていた。
ラグマがしたことはただ剣を振るっただけ。ゼートの下半身は胡座をかいたままだ。
「「オオオオオオ!!」
そして兵士達は歓喜の声を上げる。
「ゼート!」
そんな……神の刻印でもここまでの力は出せない。
一瞬にして上半身を消すなんて。
「ゼート! ゼート!」
ラグマは私に話しかける。
「エルフのお嬢さん。私は女性を殺すのは好きじゃない。
だからそこをどいてほしい。この剣をあなたに向けたくはない」
炎の弓を魔力で生成する。部隊の数は少ない。
多く見積もって五千。足りる。
全員、射抜ける。大丈夫、エノアならきっとここからでもゼートを……
ううんゼートだからこそ……
上空から野太い声が聞こえる。
「この程度で死ねるのなら我はここまで苦しむことはなかった」
「ゼート! 心配したよ!」
「すまぬ……」
ラグマは再び剣を抜いた。
「これは驚いた。体のほとんどがなくなって死なない。
それどころか、再生の瞬間すら見えなかった。一瞬で元に戻る。
――ずるいな」
「好きでこうなったわけではない」
「うらやましい悩みだ!!」
さっきと同じっ! しかも今度は二回も! やばい私も巻き込まれ……
私は両手で自分の顔を隠していた。しかしなんの手応えもないことを感じ、手を下ろすとゼートの指によって視界が隠れていた。
ラグマは頭をかきながらこれは困ったと悩んでいた。
「嘘だと言って欲しいくらいだ。
まさかあのたった一発で私の秘剣に対処したのか」
「勝手にそうなるのだ」
「ふー……お前ら、向こうに行け。できるだけ離れて」
「悪いがそのもの達も含めて我は」
「分かってる。だがそれをしたら私が諦めたことになる。
そうなってはいけない。
私は総大将。もっとも”諦めてはいけない者”だ」
「いい戦士だ。
神に見せてやりたいほどにだ。残念ながら汝とは敵同士」
「分かっている」
私は離れていった兵士達の方へ向かう。
「ティアナ?」
「ゼート。私は多分その人に勝てない。だから任せていい?」
「当然だ」
「けど、私もただ傍観者としてここにいるわけじゃない。
それはあの人達も同じ。だから私があの人達の相手をしてくるね」
「……しかし」
「心配しすぎだよ。覚悟は決めてる」
「分かった」
私は距離をとった兵士達に近づいて言った。
「みんなの相手をします。
それと……ごめんね」
兵士達は私が女だとか、子供だとかを考えてはいないようだった。
敵意はむき出し、遠慮なしに魔法は放つし足も止めない。
もっと、もっと情報が欲しい。
私は彼らの攻撃を全て躱す。
ほんの少しも当たることはない。
私は今までかすれば死ぬゼートの攻撃を毎日相手にしてきた。
衝撃で割れた木の破片も全部避けなきゃならない。
たったひとつの遅れが死に繋がるから。
遅い、弱い、ゼートとは比べることが出来ないほど、この人達は弱い。
「――揃った」
全速力で距離を取る。彼らは一度体勢を立て直し、陣形を組み始めた。
「まず一本」
射るだけじゃ遅い。もっと早く。そう思った。
リーシアは剣を操作していた。なら、私も矢を操作出来るんじゃないか。
私の魔力が操作出来る距離はまだ限られてる。
でも一キロ以内なら寸分たがわず操作出来る。
人を殺すには充分。配置する。
動物と一緒。人も個性はあれどどう動くか決まってる。
ある程度の予測、それを外した場合の失敗率を考慮した補助。
私は地面に手を当て、振動、音、魔力の操作。それら全てに集中する。
「ぐぁっっ」
まず一人。そして彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
その先に矢が置いてあると知らず。
振り返った瞬間、あなたを焼く炎の矢が首に刺さる。
「おぐっ」「ぐぉっ」「っっ!」
数が多い。頭が、魔力回路が焼ける。
汗が滴る。死んだ境界線という土地に私の汗が滲んでいく。
そしてその汗が乾いた頃。
「はぁ……はぁ……補助は、いらなったみたい……
……た、立てない。疲れた」
私は顔を見上げ、自分の目で摘み取ってしまった命達を見た。
「人間は脆いね。
命を摘み取ることはごはんを食べる為に殺すことと同じだけど……
彼らはこのまま魔素になる。
これが、戦争の為に、自分の国を守る為に、欲のために殺し合うっていうこと」
私は縮こまって言った。
「もう、したくないな。こんなの」
分かってる。これが必然になってしまうというのが。
後方から強風と轟音、衝撃の波が連続して伝わる。
「うっ……まだ、戦ってたんだ。
っ! 違う、ゼートはただ座ってるだけ……
まだ胡座をかいてる」
ゼートが口を開いた。
「それだけの攻撃の手段。その一つ一つの完成度。失うには惜しいな」
「全部座ったまま受けておいて白々しい」
「この言葉は本当だ。我は努力した人間を知っている。
汝の努力も大方想像がつくというもの」
「そうだ。
これでも私は総大将。国の命運を握ると言っても過言じゃない。
その強さをヴァルクに近づけるよう努力した」
「ヴァルクとやらはそうとう強いとみえる」
「聖書の写しを使ってようやく同等ではないかと思っている。
手合わせしたことはないが、勇者候補よりも警戒している」
「敵となるならばヴァルクと言う者も殺さなくてはならん」
「それは結末が見たいもんだ。
ここで降参してそっちにつければいいものの、そんなつもりは微塵もない。
――この人生、全てはミレッド帝国の為に」
「我も胡座をかくのをやめよう。その誠意。正面から受けて立つ」
「全ての刻印は重ねられるように出来ている。そしてそれらを重ね、なおかつ文字列を作ることが出来る。
――もっとも私に効果を与える文字は自分の名だ」
ゼートは立ち上がり、両腕を組む。
「神によって作り出されたものではない我の力で相手しよう」
ゼートを中心として五つの魔法陣。
ゼートと重なるように一つ。その横に二つ。その後ろにずれるようにして二つ。
ラグマは剣を真後ろから体ごとひねるように剣を振るう。
「ラグマ・ガリディア!」
剣の先から大量の光が溢れている。おそらくそれは全て魔素。
この境界線に溜まった大量の魔素を自分の魔力回路を通して使役してる。
自分自身が崩壊してもおかしくない。
再生能力を保たない人間が振るっていることに私は驚いていた。
ゼートを渦巻いていた魔法陣は発動を済ませたのか光を失う。
そしてゼートを包むように黒いオーラが纏われる。
ゼートは右手を振り上げた。そして左足に重心を思いっきりかけながら踏み込んでその拳を振り下ろした。
「モルティグ・ディオン(神殺し)」
その日から、境界線には巨大な穴が生まれた。
ゼートの振り下ろした拳から広がるように、まるで干からびた湖のように地面は穴を作り出した。その衝撃は空に向かい、雲は開いた穴と同じ大きさだけ空が広がる。
陽の光に当たっているのはゼートだけ。ラグマの姿はどこにもない。
なぜか陽の光に当たるゼートの姿が神々しく見えた。
まるで、神のような……
「って! 何してるのゼート! こーーーんなおっきな穴あけたら歩きづらいよ?!」
「はっ……しまった……
久しぶりの戦闘で力加減が……抑えたつもりだったのだ」
「後でエノアに謝ろ。それでなんとかしてもらお?」
「うむ、友は許してくれるだろうか」
「エノアは許す許さないじゃないと思うけど注意は受けるかもね。
多分国の近くで戦闘に出されることはないと思う……」
落ち込んでいたゼートだったけど、気持ちを切り替えたのか巨大な穴に向かって呟く。
「……ラグマ・ガリディア。
我の相手として不足はなし」
ゼートなりのはなむけ……かな。
私は報告に耳を傾ける。
いらつきから落ち着くことが出来ず、指をとんとんと机に当てている。
「ラグマに追いつけません。もしかすると既にルーヴェスト帝国に入ってしまわれたものかと思います!」
「うちの魔術師はなにをしている!」
「もう聖騎士団長ヴァルクが境界線を越えます!」
「ヴァルクに聖書対策があるか否か…………
魔王頼りであれば幾分か時間は稼げるが」
青ざめた魔術師が私の部屋に入ってくる。
「どうした! そんな所で何をしている!」
「魔王が……」
「魔王がどうしたと言うのだ」
「お助けをぉぉぉぉぉ!!」
魔術師の足元にあった影から手が伸び、魔術師をさらっていった。
「なんだ、なんなのだこれは。なにが起きている。説明せい!」
「わ、分かりません!
っ! これは魔術師の使っていた水晶……これに何か写って」
「どうした! 何を黙っている! 早く伝えよ!」
「そんな……どうして」
「ええい見せよ!!」
私は水晶を奪い取りその水晶に写った姿を見た。
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