隔絶された世界への鍵【カラー】
「ご報告致します!!」
「どうした」
一向に届かない勝利という報告。届くのは誰からも報告が入らないという報告のみ。
苛立ちが私を襲う。
「最後に向かった勇者のタクマ様ですが……連絡が途絶えました」
私は怒りを抑えるべく拳を強く握る。しかし耐えきれなかった私は机の上に並べられた食器と食事を力任せに腕ではらう。
「使えないゴミ共がっ! はぁ……はぁ……連絡のひとつも出来んのか!」
「……」
報告に入った者が怯えていた。しかしそれを気にするほどの余裕は私にはない。
立ち上がっていた私はどかっと椅子に深く座る。
「ふぅ……」
こんなはずでは、こんなはずでは……なかった。背けようにも背けられない現実。
準備は完全だと自負していた。
しかしルーヴェスト帝国に攻め込んだ者全てと連絡が途絶えている。
分かっている。まずいことに聖書の写しのほとんどを攻め込みに使ってしまった。
そしてもしだ。もし聖書の写しに対応しているのだとしたら、攻め込んだ者全てからの連絡が途絶えることにも説明がつく。
そしてそれが聖書本体にも対応できるものだとしたら。
大丈夫だ。だとしても問題はない。
最も予想外だったのはタクマの死だ。
「タクマの封印に何人使ったか覚えているか」
「いえ……おそらくですが七千人以上は」
「生贄にまわしておけば良かったな……
タクマを老化しないよう眠らせ続けるのに一人が飲まず食わず、寝ることすら許されない状態で封印を何百年も続けた。
来るべき時のためにそれだけしたというのにあっさりと死におって……」
いなくなった者の事を考えても仕方ない。一番優先するべきは私の命。次に国の存続。
再び守りに入るしかあるまい。
「陛下!!」
「なんだ次は!!」
「聖騎士団が我が国に近づいてまいりました。対策を……
それと……確かな情報ではないのですが索敵魔法を扱ったものがほんの一瞬だけ魔王の力を確認したそうです。
場所はミレッド帝国境界線より徒歩五時間の位置となります」
「徒歩五時間だと! なぜ自分の国にいないのだ魔王は!
まさかとは思うが魔王はミレッド帝国に乗り込んでくるとでも言うのか!」
「……申し上げにくいですが、おそらくは……」
「以前植民地がもぬけの殻になっていた。魔王の仕業だと魔王の配下から吐かせたが……
やはり聖書の奴隷対策は出来ていると見るべきか。
そうなれば聖書の存在も知っているはず。その上でこの国に攻め込んでいるということは私の首を取れる自信があるのだろう……
聖騎士だけでも厄介だと言うのに……聖騎士団長ヴァルクが最も厄介だ。やつは未知数。
聖書だけで対応できるか……」
「どうなされますか」
「今考えている! 黙っていろ!!」
「! はっ……」
「ラグマを引き戻せ!!」
「それは……難しいかと」
「なぜだ!」
「最後に出発なされたラグマ様はすでに魔界と人間界の境界線にまで歩みを進めております。こちらに戻るにはラグマ様単騎だとしても襲撃には間に合いませぬ」
「…………民だ」
「……はい?」
「民を使え。民に武装をさせ時間を稼がせるのだ。数だけは腐るほどいるのだ。最悪生贄にして刻印魔法の魔素に変換せよ! その間にラグマを連れ戻せ!」
「民がいなくなれば国は崩壊致します!」
「国王がいなくなっても同じことだろう!」
「どうか……お考え直しを……降伏という手も」
私はその者の首を切り落とした。残っていた者に聞いた。
「私は間違っているか」
「い、いえ……」
「であれば今すぐに行え。側近のジーランに今すぐ聖書による書き換えを申し付けよ」
「はっ!」
これでいい。最悪私は逃げ切ればいい。充分甘い蜜は吸った。財宝と聖書だけ持ち出せば他の国を乗っ取ることだって出来る。
ラグマならヴァルク相手でも時間稼ぎは出来る。魔王は聖書で対応すればいい。
大丈夫だ。まだ問題はない。最後に笑うのはこの私なのだ!
「どうしたエルフの娘よ」
「あ、ううん。なんでもないっ! ぼーっとしてごめんねゼート」
「構わない。それよりも向こうで戦闘が行われているようだが心配ではないのか?
もし心配であるなら転移を遅らせてもらい我が戦闘に参加しても良い」
「大丈夫。みんな強いから。約束したもん。この戦争が終わったらみんなの刻印を解除してルーヴェスト帝国に移住するんだーって!
まぁ残る人が大半みたいだけど。アビスが転移術式を固定し続けてくれるって言うし。
ちょっとお散歩気分で外に出れるようになる。
もうゼートも暴走しないもんね」
「その件は本当に迷惑をかけた。すまなかったな」
「もう謝らなくてもいいんだよ。もう全部エノアが解決してくれた。そもそもゼートのせいじゃないじゃん。だからもういいんだよ。
今は戦争を終わらせるために力を温存して。 ゼートなら大丈夫だと思うけど」
「うむ。転移先は魔素も濃いと聞くし我も魔力の貯蔵はかなりある。たとえ神が相手であろうと善戦してみせよう」
「楽しみにしてるよゼートッ!
うーん、でも……まだかかりそうだね」
「うむ……大きくてすまない」
「あははっ! それは仕方ないよ」
「お主も悪いな。本当は国で皆と戦いたかったろう」
「まぁ離れ離れは嫌だけど、エノアを除いたらこの世界を繋ぐ鍵は私しかいないから。
それに……いいこともあったし」
「いいこと? 聞いてもよいか?」
「だっだめっ!」
「ふむ、顔が赤くなった所を見ると友、エノアと進展があったのだな。
応援するぞエルフの娘、ティアナよ」
「い、いいの!! 変な考察しないで!」
うー……恥ずかしい……
私が鍵となるって話を数日前にエノアに聞かされてた。
机を挟んで二人きり。エノアが執務を行うようの部屋らしい。
エノアは椅子に座っていて、私はその机の前でエノアと話してた。
「というわけだ。エルフの森とこっちを繋ぐ間ティアナには鍵としての活動をしてもらうことになる。
だから戦闘に参加するということはあまりないと思うが……嫌か?」
「だって、私のいないところでみんなが危険な目に会うんでしょ?
それはやっぱり……ちょっと嫌」
「だが俺が鍵になるわけにはいかないんだ。相手の強さもはっきりとは分かってない。
想定を越えてくる可能性だってある。だからティアナしかいないんだ」
「うん……分かった。私が鍵になる。アビスにそう伝えて」
「そうか……無理強いして悪いな」
「仕方ないことだもん。それにこの戦争が終わればみんな自由になるんでしょ?」
「なる。思ったよりまたせちゃったけどな。
族長にそれを伝えた時の反応をみたいもんだ」
「きっとみんな喜ぶよ。内心どこかで諦めていたことだと思うから。エノアのおかげで希望が生まれてそれが実現できる。喜ぶに決まってるよ」
「昔は……と言ってもこの世界に転生してから、俺が誰かを助けようとしても無駄になったり、裏目に出て、もしろ後悔すると思ってた。
だから、勇者にはなろうとしてなかったんだ」
「え、でも勇者になろうとしてたって」
「そんな風に前向きにさせてくれたのがリーシアだったんだよ。それからいろんな人と出会えて、誰かを助ける、そしてみんなを守るっていう自分の欲も生まれた。
当然ティアナもその一人だ。感謝してるんだ。
そして今は自信を持って言える。助けて……良かったなって」
「今エノアすっっっっごくいい顔してるよ」
穏やかな笑みを見せるエノアがかわいい。
「そうか? なんだか照れるな」
自分でもなんでそうしたか、分からない。流れるように、そうするべきだと体が勝手に動いていた。
エノアとエルフの森を出た前日。あの日の宴会。
みんながお酒に酔っていたあの日。
あの日と――同じ用に私は机に自分の体ごと乗り上げた。
そして椅子に座ったエノアの胸元に手を置いた。顔を近づけエノアの唇に私の唇が触れる。呼吸が少しの時間だけ止まる。
離れるほんの少しの間も惜しむように口先までキスを続ける。
「酔ってるわけじゃ……ないよ?」
少し赤くなっちゃって、かわいい。けど私はもっと赤いんだろうな。
「だからかな、ちょっと物足りない」
そんなことを言った私をエノアは抱き寄せた。
私は机から降ろされ、今度はエノアの膝の上に乗っていた。
「え、エノア、その」
どうしよ、やっぱり恥ずかしい。きっと……私はこの後。
「俺も物足りない。もっとティアナを知りたい」
ああ、もう、だめだ。もう私は、エノアから離れられない。
求めたい。そんなこと……言われたら……頭の中エノアでいっぱいだよ。
「先にキス……もう一回だけしてほしいな」
「いいよ。俺もそうしようと思ってたから」
「んっ……ぁっんんっ!」
溶けるような……そんな……
「物思いにふけっているようだが……顔がだらしないぞティアナよ」
「はっ! な、なんでもないっ! なんでもにゃいから!」
「うーむ……呂律が回っていないな。そうとうな出来事があったと見える」
「お願いだから考察しないで! 次に起こる戦闘にそ! な! え! て!」
「う、うむ。分かった……」
巨大な術式が浮かび上がる。一万年という長い歳月隔離されていた終焉の魔物ゼート。
その首輪は魔王エノアが掴んでいる。
「どう? 一万年ぶりの外の世界、楽しみ?」
「もともとあまり魔界から足を踏み出さなかった。あまり変化はないと見ている。
それに今は戦いに集中する。ティアナに言われたからな」
「そっか、そうだよね。今一番大切なのは私達が誰も死なずに戦争に勝つこと。
死んじゃったら意味ないもん。だから、死なないように殺さなきゃ」
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