原初の血と歪【カラー】
「あっ、自己紹介がまだでしたね。
皆様こんにちは歪の原初リドと申します」
「ど、どうなってる!」
どうやら私の重力操作に困惑されている様子……説明せねばなりませんね。
「あべこべなのですよ。
そうですねぇ……床は天井に、天井は床に」
「一体なんの意味があってこんなっ、ことを……」
「意味? 意味だけで言うのならどうです? まっすぐ歩けます?」
「っ!」
「でしょうねぇ。世界が逆さまに写った状態ではまともに歩くことすら難しいでしょう。
走るなんて以ての外、戦うことが出来ますか?」
「このっくらいっ!」
「ほー……あなた方は適応能力が高そうですねぇ。
もう歩くことが出来るのですか」
「慣れれば地上と変わらない!」
「私は結構掛かったんですがねぇ……」
勇者と謳われたタクマの連れてきた兵士。中々のものです。
それでこそ、歪にしたくなるというもの。
心か、それとも体か、その両方か。おっといけないいけない。
仮面で隠してるとはいえニヤけるなど紳士としてあるまじき行為。
「こほん……ではほんの少しだけ楽しみましょう。
どうぞ、お好きに攻撃なさってください」
「後悔するがいい!」
先程から私と会話していた兵士が剣を振る。
ちらっと見えましたが剣に刻印が掘られてますねぇ。懐かしい。
ごきゅっと音がなり、私の上半身がねじれる。
「ああ……本来ありえないこの姿……いい……」
「生きて、いるのか……それで」
「おやおや、原初がこの程度で死ぬとでも? それともあまりにも昔すぎて知りませんか?
原初がどういう存在なのか」
「原初……?」
「そうですか……我々もまだまだですねぇ。
神代以前の存在」
「なんだと? それがなぜ生きている!」
「おや、まだ話は終わってませんよ?
原初とは神代以前の存在、神というものが定められていなかった時、一体誰がその世界を治めていたと思いますか?」
「……まさか」
「ええ。原初とは全ての始まりの王にしてそれぞれに一つの言葉を与えられたものです。
私は歪の王、リド。
ですがこっちの方が馴染み深いかも知れません。
――またの名を冥王リドリス。
影の世界で王をやらせて頂いておりました初代冥王でございます」
「冗談もほどほどにしておくんだな。この世界に冥界と呼ばれる影の世界など」
「表と裏、白と黒、正位置と逆位置。全てはほどよくバランスを保っている。
ではそのバランスは一体誰が取っているのでしょう」
おや? どうやら本当だと信じて頂けた様子。震えてかわいそうに……
仮面を少し外しただけでこれとは……
「そのバランスを崩す歪とはすばらしいとは思いませんか?
まぁ今はリビアに任せきりですがねぇ……と言いましてもそうしたのは神、ですが。
さて、すぐ殺すと約束してしまいましたので影の世界にご招待致します」
私は両手を勢いよく広げる。
「歪とは、歪むこと。
歪みとは安定しないということ、それはあまりにも美しい……
一方向の愛もまた……歪みなり」
「なにを」
「全ては逆さに。
指の関節は反対に、肘は外側に、首は後ろに、肋骨は逆反りに、股関節も、足の指も、足首も……全ては裏返る。
――あなたの魂もまた”歪ませましょう”
ははっあはははははははははははははははははははははははははは!」
「あら、向こうは終わったみたいよ?」
「なんと酷い……」
「そうかしら? それが酷いと見ると美しいと見るかは観測者によって変わるものよ?」
「観測者は僕だよ」
「それもそうね」
勇者の檻、この四角く光る範囲の上では魔王由来全てのスキルが使えなくなる。
タクマは上で歪になっている仲間を見て黙祷を捧げていた。
「すいません。待っていただいて」
「構わないわ。何も悪いことではないのだから」
「あなたとは味方でいたかった……」
「なに? 惚れたの?」
「そうだね。結構タイプだから」
「ごめんなさい。私はあなたのことタイプじゃないの」
「それは残念。どっちだとしても殺すけどね」
「どうぞ?」
「それじゃお言葉に甘えて首を落とそうかな」
私の頭だけが床に転がる。こんなことじゃ死なない。意識がなくなることもない。
そして元に戻っていく。
「あー……やっぱり死なないかー」
「これじゃ死ねないわよ。どれだけ生きてると思ってるの?」
「勇者スキル 完全なる障壁」
「ん、あらら。挟まれちゃったわね。
動ける隙間がないじゃない。右にも左にも、上にも下にもいけない」
「逃げられると困るから閉じ込めさせてもらったよ。
勇者のスキルだから壊せるとは思わないでね」
「ほんと……クソッたれたルールよね。
魔王に勝ち目がないように出来ている。魔王は力を使えず、魔族には壊せない壁」
「そうなんだ。これは所詮神のゲームだよ。
絶対に主人公が勝つっていう。ただ勇者候補という主人公がたくさんいる。
誰の勇者候補が勇者となるか。そういうクソッたれたゲームさ」
「逆らうことが出来ない。それすら許されない。あぁ……つまらないわ」
「それでもね。遊ぶ側は楽しいもんさ」
見えない箱に閉じ込められた私は詠唱なしの魔法を続けて食らう。
タクマは私に最上位魔法を当て続けながら話す。
「だって言うのに、グラディアスはボスにしては強すぎた。
スキルを犠牲にして僕の檻を破った。あのまま戦っていたらもしかしたら負けていたかも知れない。そこで手に入ったのがこの壁さ。
チートだよね。あ、チートって言うのはずるいって意味ね。
本来僕の持つもう一つのスキルは焼却。ダグラスの炎を超えるスキルさ。
けどグラディアスは時間を操るチート能力だったよ。だからお互い近づけない。グラディアスはそもそも魔力が尽きるまで死なない。
檻を壊された僕は作業ゲーを強いられた……
そしたらグラディアスから交渉されたのさ。僕の目的は達成出来るし魔族と言えど市民を殺すのは嫌だったからね。
受けたんだよ。その話を」
「あなた……随分勇者らしくなったわよね。
昔はもっと勝つことに貪欲じゃなかったかしら。まるで聖人よ?」
「え……?」
「気づいてないの? あなた、性格がどんどん改変されているのよ。そんな欲のないような子じゃなかったと思うけど」
「……嘘だ……そんな、はずは」
「誰も教えてくれなかったのね。今回の魔王側にももうひとり勇者候補がいるわ。
おそらく次の覚醒から性格改変が起き始めるでしょうね。
よほどの精神力の持ち主か、魔王と契約でも結ばない限り勇者候補は精神が勇者に近づいていくのよ。おかしいと思ったことはないかしら」
タクマは頭を掴み瞳孔を揺らしている。
「僕は……どんな、人間だった。僕は……いや、いい。
これも僕だ。記憶が変わったわけじゃない」
「”あなたらしさ”は消えたけどね」
「いいさ。気にすることじゃない」
もうダメね。どちらにせよ殺し合うことには変わらないけれど本当のあなたと殺し合いたかったわ。
「そう。じゃあ始めましょうか」
「そうだね。スキル 焼却発動。
僕のはスキルだ。空気を必要とはしない。その狭い空間の中で勇者の炎で焼かれてくれ」
「無理よ。私、強いもの。それに原初がこの程度で死ぬはずないでしょう」
「……もっと温度を上げないとだめかな」
壁の中の温度はどんどん上がっていく。
「血の原初の命令よ。
――やめなさい」
スキルは私の言うことを聞いた。炎は消え、壁はなくなり、檻は消滅した。
「ええ。驚くでしょうね。
前回私はあなたに手も足も出ずに倒された。こう思ったはずよ?
今回強くなったと言っても”魔王によって”強くさせられたのだとそう考えたのでしょう?」
「その通りだよ。だから檻の中でシェフィ、君が無事であることが不思議でならないんだ」
「ダグラスなんて私の後に生まれた若輩者。
そんな後から生まれた”神なんて子供”に原初としての力を取り戻した私が囚われるとでも思っているの?」
「でもこの世界はダグラスのものだ。君の時代は終わったはずだ」
「ええ。永遠の力なんて存在しない。特に私達原初はその力を維持するのに必要なものが多すぎた。そして――命が長すぎた。
退屈なのよ。だから原初の時代は終わりを告げた。
私とリドも永遠の命以外に残ったのは弱すぎる力だったわ。
ねぇ、原初って……存在に例えるとなんだと思う? 人? 魔物? 魔族? 獣人? それとも神、かしら」
「魔族、じゃないかな」
「私達とは対をなす存在として神に作られたそれは天使と呼ばれたわ。
そうよ。世界を統べた原初というのは悪魔の事。そして原初とはその悪魔の王。
十人の悪魔のうち、歪を司った冥王リドリス。
そして血の原初として私、原初の王シェフィ・ルドラス。
これでも私全原初の王なのっ! あなたに勝ち目はないわ」
「ふー……それで引けないのが勇者なんだなーこれが」
タクマは剣を構えた。
「ああ、楽しい。たのしいったのしいたのしいたのしいっ!」
私は自分の顔を両手で抑える。
「ああっ……滾っちゃう……私への殺意、いいわ……
――どうか私を殺して見せて?」
「その期待に答えてみせるよ」
「ああっ……腕がなくなっちゃったわよ? 勇者は再生は出来ないのよね。
そんなの勇者らしくないもんね。ああ……苦痛で顔が歪んでしまっているのね。
リドリスが喜びそうだわっ」
「ぐっ……焼却!」
「自分の腕を……それが出来るのが勇者よね。覚悟が決まってていいと思うわ。
それがあなた自身なら、だけど。
ああっ……いますぐあの子に抱いて欲しい……濡れて濡れて……」
「僕はただの興奮材料でしかない、か」
次の瞬間、タクマは私の攻撃によって壁に埋まってしまう。人型の穴が出来ている。タクマはその壁を崩しながら出てきてくれた。
久しくなかった戦いの興奮。まるであの子にキスした時みたいっ。
「あはぁ……悪魔はこうでなくっちゃ……
私と契約してあの子を下僕にしようとしたのにリドリスも私も下に付かされるなんて」
私は自分の体を抱きしめるように両手で抑えた。
「ああっ……何もかもが桁違い。世界はあの子を愛するんじゃない。あの子が世界を愛する側なのよ」
「僕のことなんか一ミリも頭に入ってないって感じかな。それは少々腹が立つ、かな」
「そんなことないわ。あっそうだ。さっきのなんで檻が意味なかったのか、教えてあげる。
もう答えは分かってるでしょうけどこれは全部私達に備わった元々の力。
あの子との契約で取り戻したもの。だから魔王の力じゃないの。
ごめんなさい。あなたが神からどんな力を受け取ろうと意味がないわ。
だってその神より私達の方が強いんですもの。懇願するのならダグラスにお願いすることね」
「残念ながら僕はミレッド帝国。それは無理かな。僕は……死ぬんだろ」
「ええ」
ぽたっぽたっ……天井に張り付いたタクマから血が滴り落ちる。
「ぜーんぶ潰れてね」
興奮が収まらない。処理してこようかしら。
「リド、私ちょっと席を外すわ。その子あげる」
「おや、リドリスとは呼ばないのですねぇ」
「当然でしょ? あなたはもう冥王じゃないもの」
「ふむ……あげると言われましてもぺらぺらなのですが」
「魂は残ってるでしょ?」
「……まぁ良いですか。勿体ないですからねぇ。
さぁ行きましょう。私の自室に人形がありまして、少々歪ですが魂の入れ物としては……」
リドはそう独り言を続け、天井を歩きながら消えていく。
「さてっ私もいこーっと」
上機嫌になりながら私も自室へと向かった。
はやくあの子に私を味わって欲しいわ。ふふっ。早く帰ってこないかしら。
今回は気分でカラーにして見ました。
今後もたまにカラーになる……かも知れません。体力次第です。
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