原初と偽りの勇者
数刻前の出来事。
私は国王に呼ばれていた。
装備を整え、準備は万端。今すぐにでも出撃出来る。
「ヴァルクよ。この戦況をどう見る?」
「ミレッド帝国には前勇者、そして勇者候補や教皇、私と同等の力を持つとされるミレッド帝国軍大将ラグマ。選りすぐりの訓練された部隊もあると聞きます。
攻め込んだ。それはつまり聖書を守りではなく、攻撃に転換することが出来た。
そう私は考えます」
「ではルーヴェスト帝国に勝ちはないと」
「恐れながら、そうとは限らないでしょう。
勇者候補としてトアもいますし、相対した魔族も強力なものでした。
とくに杖を持った魔族。相性が良かったが故勝てました。特に個人ではなく戦争という面に置いて相手や自分を移動させることができるというのは強力すぎます。
相性のいい相手と戦うことが出来る上、離脱も可能でしょう。
分断することも出来ます。文字通り手のひらで踊らされるわけです。
そして一番の強みはあの少女。カンナ。
彼女は魔王の助けがあったとはいえ、終焉魔法をたった一人で発動させました。
危うく世界が凍る所でした。草木も育たぬ氷の世界へと。
終焉魔法の前では聖書は意味を成さないですから」
「魔王自体はどう思う」
「個人戦においては私でも勝つことは不可能でしょう。
私が負けることもありませんが。
もしあのままでしたら聖書自体には手も足も出ず、魔力が尽きて終わりでしょう」
「あのまま、か」
「はい。建国を宣言してからミレッド帝国が攻め込みに入るまで時間がかかっていました。
彼はその間黙って待っているような人ではないですから」
「トアだけでなく、お前はエノアにも特別な思いがあるように見えるが?」
「そういう国王様はエノアがそうとうお嫌いではないのですか?」
「始めこそ期待した。
その期待に答えられなかったのはやつだ。むしろ魔王だったとはな。
やつは用済みだったがゆえに遊んでやったまでよ。それが魔王。
さらにはルーヴェスト帝国などと。私が捨てた名をわざわざ使ってくるとは。
最後まで楽しめそうじゃないか」
「暇つぶしのおもちゃのように言うのですね」
「その通りだ。もうカリムにも期待はしておらん。
可能性が残されているだけだ。後は行く末を眺めるだけよ」
「リィファ様が魔王の元にいらっしゃいますが」
「よい」
それだけ……ですか。
親としての愛情はなさそうですね。一体何を目的としているのやら。
「もしミレット帝国が破れ、ルーヴェスト帝国とその連合国が我が国に攻め込んだ時はどうするおつもりですか? もし聖書を打ち下したのなら神の加護も意味をなさないかも知れません。
実際神の領域内でエノア君はスキルを使ったのでしょう?
そのせいで学園の塔がひとつないのですから」
「聖書なんぞ所詮古い神の書物にすぎない。
この世界はダグラスのものだ」
「比べ物にならない。そういうことですか」
「そうだ。存在しない神の力などたかが知れている。だがこの国は違う。ここはダグラス王国。ダグラスの為に存在する神の国だ」
「……そうですね」
さて、エノア君。これは大変そうですよ。
エノア君はこれまで二回の敗走をしている。それを放っておくような魔王ではないでしょう。しかし世界最大の神の壁。もはや内部に潜り込むことは出来ない。
……なぜこんなことを考えているのでしょう。
やはり国王の言う通り肩入れしているのかも知れませんね。
トアと一緒に戦った洞窟での冒険が楽しかったからかも知れません。
「ヴァルクよ」
「っ、はい!」
「物思いにふけるのはいいが準備は整っているのだろうな」
「はっ……」
「聖騎士団全員を進軍させる許可を与える。
指揮権は当然ヴァルク、お前だ」
「向かう先は……」
「ミレッド帝国だ。王の首を取ってこい。魔王に先を越されるでないぞ」
「はっ!」
やはりそういう選択になりましたか。
勇者候補、勇者がいたとしてもこの戦い、魔王の国が勝つと。
連合国と言えど敗戦間近の二カ国に軍事力で劣るカラムスタ。普通に考えればルーヴェスト帝国に勝ち目などない。
自身も自滅するかも知れない終焉魔法などほぼ使わない。
それでもルーヴェスト帝国を選んだ理由とはなんなのか……
魔王の伸びしろか。トアの伸びしろか。それとも戦争においてその力を発揮する転移の魔族の存在か。はたまたその全てか。
それとも他に……負けるはずのない何かがあるのでしょうか?
一体何を見据えているのか。
私は二人も肩入れしてしまう存在がいますからやはりルーヴェスト帝国ということにはなってしまうのですがね。実際エノア君は強かった。もしあれ以上の覚醒を残しているのなら、聖書に対応できているのなら……
まぁ私としては国王がどうお考えだろうが関係ないのですが。
この選択は私にとって都合がいい。もし逆なら面倒でした。
どちらが先にミレッド帝国の首を落とすか。勝負と行きましょうかエノア君。
「暇ねぇ……リド」
「そうですねぇシェフィさん。まだだーれも来てくれませんからねぇ」
私は用意された地下施設で退屈していた。
元々退屈はなれっこだけどごちそうが来ると分かっていれば余計退屈に感じてしまう。
「そういえばあなた……その能力は魔王の義眼を持つルーカスと同じものなのかしら」
「いえ、私のは所詮重力の方向を変える程度のしょぼい能力です。
彼のように強さを変えることなどできません。それに対象は個人に限りますからねぇ。
場所指定などは出来ません」
「あらそうなの。でもそれは”以前のあなたなら”って話でしょ?
その辺どうなのかしら」
「そこはお楽しみということでいかがでしょう? まぁ隠すほどのものではありませんが口に出してしまうほどのものでもないですからねぇ」
「ふーん。まぁ楽しみにしておこうかしら。それにしても今回の魔王、あの子には驚かされてばっかりね。まさか……」
「ええ。原初としての面目が立たないというものです。
グロウよりも思い切ったことをしたのですが、まさか……ふふ」
「そうね。ふふふ、もう、笑わないで頂戴、私まで笑っちゃうじゃない」
「これでニヤけるなというほうが無理な話です。
我々が、原初である我々が王と敬うなどと」
「あははははっ! 他の原初が生きてたら笑っちゃうわよ? 私達が下につくなんてっ。
絶対信じないでしょうね」
「ひひっあはははははっ!」
「ていうかあなたいい加減天井から降りてきなさいよ。首が痛いのよ」
「おっと失敬。つい癖で」
「もし人間なら夜中に絶対会いたくない人物でトップ取れるわよ」
「光栄ですねぇ」
「あなたの価値観歪みすぎじゃないかしら……」
「私”歪の原初”ですので」
「そういうことじゃないでしょ……あら、来たみたいね。
大当たりじゃない」
「おやおや。これはこれは、お久しぶりですねぇ……タクマさん」
タクマは二百人ほどを引き連れて現れた。
「やぁ久しぶり。たしかシェフィとリド、だったかな」
「あら、覚えていてくれたのね。
姿かたちは若いまんま、大勢引き連れてどうしたのかしら」
タクマは頭をかきながら言った。
「いやーちょっといろいろあってね。
封印されてたんだ。この人達はただの兵士だよ。すっごい強いけどね」
リドが少しずつ浮かんでいく。私はその足を掴む。
「なんであなたはそういつもいつも天井に行きたがるのかしら」
「私にとっての地面が上だから、とでも言いましょうか」
「ほんともう……事情は分かるけどやめてもらえるかしら。ここは裏の世界ではなく表の世界なのよ。というかあなた所構わず天井行くからおもしろくなっちゃうのよ」
「気をつけるようにはいたします」
リドは再び地面に降り立つ。
私はタクマに話かけた。
「ごめんなさいね。雰囲気もなにもないからリドは。
お互い手を出さない。そういう約束であの街を守っていたわけだけど、それってグラディアスとの話し合いの上で行われていたのね。
教えてくれても良かったじゃない」
「いやー、そういうわけにもいかないって。
僕が勇者じゃないってバレるのは避けたかったから少しでも可能性をつぶさないとね」
「やっぱりそうなのね。
あなたは勇者ではない。勇者と言われてるだけの勇者候補。ただし最終覚醒。勇者と言って過言ではない存在」
「まぁはい。そういうことです。バレちゃったので殺しますがいいですよね」
「おかしなこと言うのね。元々殺し合いの為に来たんでしょ?」
「そうなんですか? ただの話相手だと思ってました。
だって二人共僕にぼこぼこにされてたじゃないですか」
「あははっ。そうね。だって私達弱いもの。
でもそれは以前の私達の話でしょ? 今は強いわよ?」
「へぇ……僕よりも、ですか?」
「それは自分の目で確かめてみたら?」
「ではそうさせてもらいましょうっ!」
タクマは両手をぱんっと音を鳴らして合わせる。
「勇者スキル 勇者の檻」
「リド、とりあえずこの子は私がもらうわ。あなたはそっちの方がいいでしょ? だからそっちよろしくね」
「では、私はこちらの兵士達をいただくとしましょうか。多少酔ってしまうかも知れませんが……
――すぐ死ぬのでお許しを」
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