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魔王の義眼

「んだぁここ」

「あのゴミを探し出して早く殺しに行くぞ」


「おっキレてんねー」

「当然だ。お前こそ頭に血が上ってたろ」


「そりゃそうさ。

 あんだけコケにされたんだ。勇者として黙っとくわけにもいかないっしょ」


「勇者として? はっ、違うだろ。

 お前自身がコケにされてお前自身が怒ってるんだ。

 その建前を作ろうとする癖は直せ」



「へいへい。

 日本でこういう生き方をしてたもんだからさ。

 そういやあんたも転移組だよな」


「ああ。当時は小学生だった。

 何をしていたかは覚えてないが公園で遊んでいたらこの世界にいた」


「俺は最近だからなー。

 つっても三年はいるけど。魔王が日本人だったら少し話とか聞いてみたいけどなー。

 普通に。魔王になった気分はーとか、魔王として人間に嫌われる気持ちはどうですかーとか、人を殺した気分は晴れやかですかーとか」



「お前……性格悪いな」

「あははっ、そりゃお互い様だろー?」


「まぁいい。

 出口がないぞ。なんだこの空間は」


「とりあえず天井に向かって俺の剣で斬ってみる?

 最悪崩れても俺たちゃ死なないっしょ」



「それもそうだな。手がかりがないのなら」



 俺は二人の話を長々と聞いていたが、この施設を壊されそうだから顔を見せる。

「その必要はないぜ」


 おどけていた男が俺に話しかける。

 髪を後ろで結んだ槍を持った男だ。

「自己紹介頼むわ。

 見た所人間にしか見えねーんだけど」


 俺はその男に返した。

「お前も自己紹介したらどうだ?」


「いやいや、そっちが先っしょ」

「何言ってんだよ。攻め込んできたのはお前らだろ」


 顎まで髪の伸びた男が話を遮る。


「もういい。無駄な話をするな。めんどくさい。

 私はトウヤ。転移してきた勇者候補だ」


 槍の勇者は渋りながら答える。

「えー……あんま引くの好きじゃないんだけど……

 俺はカズ。よろしくなー」



 俺は言い返した。


「誰がよろしくするか。けどここで名前を言わねーってのは男が廃るな。

 俺はルーカス。元ミレッド帝国の国民だ。

 今は魔王と契約を結んだあんたらの敵だ」


 カズは俺の元ミレッド帝国の国民という所に食いついた。


「うっっそまじで?

 なんでそっち側ついちゃったのさ。

 絶対負けるのに。ていうか自分の故郷の人間殺すってどうよ」


「お前には分からねーさ。


 どうしてこっちについたか? そりゃ自分がこっちにいることが正義だと感じたからだ。

 決められた身分、職業、ギリギリ生かすための報酬、裏情報を回して非道な事をしなきゃ生きていけないような国。

 それでも生きる為にはって悪い事もしてたが、魔王が俺を人間に戻してくれたんだよ」



 トウヤは細長い剣を俺に向けた。その剣の柄には長い紐が括り付けられている。


「私たちが人間ではないと?」


「あんたらは違うだろうさ。ルールに縛られてない。正気の上でのクズだ。

 ただあんたらは逃げようと思えば逃げられるはずだ。

 でもそうしない。なんでだ」



「私はあの国で育った時間が長い。それに逃げ出す必要はない。

 あの国で生きていることに不都合はない。たとえ人間を殺しても」


 カズは槍を持ちながら言った。


「まぁそういうこと。

 勇者候補として生きてりゃなに不自由なく生きられるし、女も抱き放題。

 人間は殺せるしそれが正義になる。


 所詮人間なんてただの生物。殺しちゃだめなんてのは自分達が殺されたくないが為のルールさ。下らない。殺したきゃ殺せばいいんだよ。それを罪として、罰として裁くのは所詮人間だ。

 ここにいれば殺しても裁かれない。だからこの国に住んでんだ。


 抜けよ。延命措置はもういらないだろ? 片目だろうが容赦しねーぜ?

 楽しい楽しい殺し合いを始めようぜ」



 俺は右目を指差しながら言った。

「こいつはあんたらの国で拷問されてなくなったもんだ。

 だがおかげで俺は強くなれた。感謝するぜ」


 トウヤは言った。

「強くなった? 勇者候補を二人も目の前にして言うセリフか?

 ただの一般人が勇者候補二人に勝てるわけがない」



「一般人? 魔王と契約したっつったろ?

 勇者ならまだしも勇者候補二人っつーひよっ子なんざ……


 ――俺一人で十分なんだよ」



 トウヤが俺の目の前に瞬間移動して言った。

「ルーヴェスト帝国ってのはほんと腹の立つゴミしかいないんだな」


 トウヤの細長い剣が俺の胴体を斬りつける。

 俺は後ろに下がり傷口を抑えた。


 トウヤが再び剣を振るう。その瞬間俺の真横に出た。

 俺は予測していたおかげでトウヤの攻撃に対する剣での防御が間に合う。


「脳みそはついてるようだな」

「剣で斬った先に瞬間移動。だろ?」


「そうだ。だがそんなとこでのんびり立っていていいのか?」


 自分の指先がなにもないのに斬れていく。俺は傷口の入った方向とは逆に腕を回した。

 トウヤは落ちた俺の指を持って言った。


「おいおい……落とし物だぞ?」

「はっ……くれてやるよ」


「いらねぇなぁ」

 トウヤは俺の指を燃やした。魔法も使えるらしい。



「剣で瞬間移動しながら攻撃してきて、遠くからは見えない斬撃、か」


「俺たちは相性がいいのさ。能力のな。性格は合わないが」


 カズは遠くで「んなこと言うなよー」と大声を上げる。

 トウヤは再び剣を向けてから言った。


「私達を閉じ込めるためにこの狭い空間に転移させたみたいだが、失敗だったな。

 こっちの方が私達の能力は最大限活かされる」


「はっ……この空間は俺用に作られてんだよ。魔王の手によってな」

「愚策だったな」


 トウヤは剣を斜めに振り下ろす。俺はそれを後ろに体勢を崩しながら避ける。

 そのまま手をついて後転する。その後あえてトウヤの方へ進行方向を変え、カズの斬撃を避けた。


 そしてトウヤの剣技とのぶつかりあい。

「私の近くに居れば安全だと踏んだか。甘く見すぎだ。勇者候補であることを忘れるな」


 突然誰も居ない背中に切れ込みが入る。俺はその場から動かずにトウヤの剣技を捌く。


 トウヤは笑いながら言った。


「ほらほらどうした! なに立ち止まってんだよ!!

 教えてやるよ。私が勇者スキルを使った場所には斬撃が残るのさ!」



 俺は一瞬のスキを見て回り込みながら避け、トウヤの後ろに回り込む。


 ――が、腹部に何かが刺さる。痛む場所を見てもなにもない。

 見えない何かに体を貫かれていた。しかも消滅しない。刺さったままだ。


「そしてカズも同じだ。お前は今、見えない槍に自分から刺さりに行ったんだよ。

 私のは斬撃、カズは見えない槍を設置することが出来る。

 どうする? どこが安全か分からないだろ? 言ったはずだ。この場所は最適なんだよ」


 カズが後ろから話かけてくる。


「どうやって槍を設置したか、気になる感じ?

 俺の持ってる勇者スキルの一つで足音なく移動出来るのがあんだわ。

 この空間にたっくさん仕掛けといたから、そこんとこよろしく」


 そう言って俺から離れてく。





 俺は不気味な笑い声が口から漏れてしまった。

「は、はは、はははっ」


「自分が詰みだと分かって絶望したか?」



「あははは! おい嘘だろ……こんなもんかよ。

 これで勇者候補? いいこと教えてやるよ。あんたら、魔王に手も足も出ないぜ。

 本当に勇者候補なのか?」


「ぼろぼろの体で何を言ってる。お前は今カズの槍に貫かれ、逃げることも出来ずに私の相手をしなきゃならないという状況なんだぞ?」



「笑っちまうぜ。こんなのに警戒して力を温存してたなんて。

 見せてやるよ。魔王との契約で手に入れたこの力を」


 俺は右目の包帯に手を置いた。

 そしてゆっくりと包帯を引っ張る。この目は閉じてる間はなんの力もない。

 だが、この目を開いた時、この目はそのスキルを発動する。



「なんだその目は、お前、本当に人間か?」


「んなもんどっちでもいいんだよ。

 スキル <魔王の義眼>」


 俺は不敵な笑みをこぼす。


「あんたら……死んだぜ」


「何を言うかと思えば……」



 俺は崩れてきた髪をかきあげる。

 トウヤは気づいた。俺の指があることに。そしてこの威圧感に。


「どうしたよ。手が震えてるぜ」

 トウヤは自分の手が震えていることに気づき震えている剣をもう片方の手で抑える。


「お前が魔王だったのか……」


「勘違いするなよ。俺は魔王の配下。

 ルーカスっつー元冒険者だ。本気出させてくれよ。

 強くなったもんだから試してみたくてウズウズしてんだ」


 パキッと音がなり、トウヤは氷の壁にのまれる。



「氷漬けのお前に声が届くかは知らないが教えてやる。

 これは魔王の義眼。魔王としての性質を受け継ぐ。

 あんまり使いすぎると魔王に寄るらしいけどな。


 魔王の威圧に再生能力、詠唱を必要としない魔法の行使。

 こんなのただの標準装備なんだよ。頼むぜおい」



 魔王の義眼から魔王の魔力が流れ込み、魔力回路を侵食していく。

 カズが走りながら近づく。


「トウヤ!」

 カズが氷を槍で切り裂いていく。


「大事に掘ってやれよ? 間違えてお仲間傷つけねーようにな」

「うるせぇ!」


「余裕がなくなったな」



 カズは手を止める。氷が溶けていったからだ。

 トウヤがその中から出てくるがその顔は怒りに満ちていた。


「あんまり勇者候補なめんなよ。

 てめぇなんぞ本気出せば一瞬で殺せんだよ」


「なら見せてくれよ。勇者候補の力ってやつを」



「上等だコラ。お前が魔王と同じ性質を持つなら丁度いい。

 勇者候補としての力を使う相手としてはな!!

 前準備としてぶっ殺してやるよ……カズ!」


「あ、ああ!」



 トウヤは訳の分からない方向へ向かって剣を振るった。

 なにもないとこに移動してはまた剣を振って瞬間移動。

 俺は退屈になりながらそれを眺めていた。


 すると剣だけが俺の胸に刺さっていた。そして再び消える。

 トウヤの剣を使った瞬間移動は剣だけを移動させることも出来るらしい。

 そして自分の手元に剣を戻していた。


 動くのをやめた二人を見て、仕方なく俺は歩み始める。



「退屈だったぜ。やるべきことは終わったのか?」

「ああ。来れるもんならこいよ」


「トウヤ、だったか……もう震えてないんだな」


「怒りで全部消し飛んださ。

 お前を殺せなきゃ魔王は倒せない」


「じゃあ無理だわ」



 俺は勇者候補の残した無数の斬撃と見えない槍に傷をつけられながら二人に近づいていく。

「よぉ……これで終わりでいいのか?」


 俺の歩いた後には血の道が出来ている。俺は再生を終わらせて二人にそう聞いた。

 トウヤは俺に言った。


「はっ! んなわきゃねーだろうが!

 自分の怠慢さを呪え!」


 トウヤは剣を振る。カズと一緒に俺が元居た位置へと瞬間移動していた。

 トウヤはカズに言った。


「やれカズ!」


 その瞬間大量の真っ白に光る光線のようなものが網の用に張り巡らされた。

 カズは言った。


「こいつは設置した槍の直線状に発生する攻撃だ。

 触れれば一瞬で溶けるぜ」


 トウヤはカズに続いた。

「喰らえ、刻印魔法……ライディア!!」



 こいつは……魔法陣じゃない。刻印と言ったか。

 なるほど、自分の斬撃を刻印として残すことで刻印魔法の発動条件を満たしたのか。


「回りくどい」


 確かに強力だ。触れれば消滅するような光の網。

 強力であろう刻印魔法。


 これが勇者候補? トアを見習え。

 己の拳で直球勝負。自分の体を傷つけるが真っ直ぐな戦い方だからな。トアの方がよっぽど勇者らしいってもんだ。


 そして刻印魔法が発動する。この空間のほとんどが刻印魔法による光の柱によって埋め尽くされていた。その光は中に入った者を消滅させるような攻撃だった。


 光が消えていく。トウヤは独り言を呟いた。



「雑魚が……勇者候補に生意気な口を聞くようなやつじゃ……」


 俺は勝ち誇ったトウヤに現実を突きつけた。


「あー……もういいか。お前ら弱すぎだわ。

 このスキルが使えるようになった時、この力についてある程度勉強させられたんだよ。

 光って重力にのまれるらしい」



 カズがスキルによってリーチを伸ばした槍で俺を攻撃する。

 しかしそれが俺に当たることはない。遠い後ろの壁に槍の攻撃後が残る。


 トウヤは無数の炎を作り出し、俺へ向けて放った。

 俺は指で上へ向くよう合図する。炎は天井へと当たる。下に落ちてきた石や土は俺を避けるように落ちていた。


 二人の攻撃全てが俺を避けていく。トウヤの瞬間移動させた剣が俺の足元に刺さる。


 俺は二人に言った。


「無意味だ。俺のスキルは重力。魔法だろうと剣だろうと俺には当てられない。

 問題は魔力回路を酷使することだがそれは義眼が補佐してくれる。

 方向性を持つもの全て俺を避けていくんだよ」


 トウヤは深呼吸してカズに言った。


「……だめだカズ、やるしかない。きっと教皇が戻してくれる」

「クソ……こえーなぁ……」


 二人は胸元に入れた聖書の写しを取り出す。

 あれが……聖書の写し。


「「取り込め」」

 二人に聖書の写しが溶け込んでいく。


「「ああっがぁっっ!」」


 そして両方とも片目が緑色になる。

 トウヤはカズを見て言った。


「どうやらお互い自我を保ててるらしいな」

「すっげー……使い方もなんとなく分かるわ」


 試してみるか。

 俺は剣を構え、普通の左目を閉じる。


「ふー……」



「なんかやろうとしてるな」

「無駄に決まってんのに。ミレッド帝国にいたなら分かるっしょ」


 次の瞬間俺の剣が壁に刺さる。間にトウヤを挟んで。手応えはない。


「はっっっや!」

 カズは驚いていた。


 攻撃が通らない。やっぱめんどうな縛りだ。

 この空間に置いていってもらった魔王の魔力を魔王の義眼に流していく。

 イチかバチか。


 魔力が体から溢れ出る。黒く、黒く……

 吐きそうだ。もっと……剣先だけでいい。魔王の言っていた能力に達するにはもっと。


「なんかヤバそうじゃね? トウヤこれ早めにやっといた方が」

「いや、待ってやろう。

 散々退屈だと馬鹿にされたんだ。馬鹿にし返してやるさ」


「お、おう。もう黒い魔力でほとんど見えねーんだけどルーカス」


 魔王の義眼のもう一つの標準装備。それは見えてる時間が違いすぎること。

 脳の中に入ってくる情報が多すぎるせいだ。世界が遅すぎる。すぐに熱を持ってしまう。

 だが能力を使うにはその力が必要だ。


 重力も、性質も、時間が遅く感じるのも全てはこの技の為に。

 たとえ光であろうと抜け出せない死の重力。

挿絵(By みてみん)

「グラヴィ・コ・モルト」


 自分に重力を掛ける。それによって生み出される速度。

 瞬きなど遅すぎる世界。


 ――俺はこの瞬間、誰よりも疾く、ただ、疾く。



 俺は二人の前で剣を収める。


 カズは言った。

「あれ? なにか、した?」


 俺はカズの質問に答えた。


「ああ。もう斬った」


「っっ! な、んだよこれ。この胸にある黒いの!!」

「今から分かる」


 黒い玉がカズの胸で渦巻いている。それは少しずつ大きくなり、カズを飲み込んでいく。

「な、なんなんだよこれよぉ!!」


 カズは走り出すが重力の玉はカズの胸から位置を変えることはない。

 カズだけを吸い込むブラックホール。

 ほんとにそんなものが存在するのかは知らないがこのスキルはそれを証明している。


「あっああ! 嫌だっ! 消えたくない!!

 日本に、日本に帰りてェよ! 社畜だろうがなんだろうがいいからかえし」


 カズは消滅した。あいつ自身がどうなったのか俺には分からない。



 そして俺はトウヤを見た。


「なんだ、泣いてんのかよ」

「死ぬと分かって泣かないやつがいるか」


「死ぬ覚悟もしてねぇやつが命を弄ぶんじゃねぇよ。

 散々虐殺して来たんだろうが」


「仕方、ないだろ! こうなる他なかったんだ!

 クソ……こんなことなら」


「逃げ出せばよかったな。こうなったのはお前の選択が故だ。

 じゃあな」


「かあさ」


 最後の一言に若干の苦しみを感じる。

「おもてーなー……命は」


 本来自分の世界で静かに暮らすはずだった子供。それがあんな国で成長したんだ。

 そりゃ普通には育たねーわ。


「うっ……おぇぇぇぇっ!! っは、はぁ……おっ……」

 俺は嘔吐した。この目には慣れない。

 目を開けるたび酔ったような感覚に襲われて吐いてしまう。


「はぁ……きつ……」


 勇者候補相手に義眼を使わずにってのはさすがに無理だからな。

 仕方ないが、ぎもちわるい。

「おええええええ」

面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

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