教皇の最後
イビアがトアを心配していた。
「大丈夫かトア」
「平気。勇者スキルが覚醒したけどやっぱり体が追いつかない。
でも不屈があるから耐えられる。
ヴァルクに勝つ。だからこんなの相手に負けてらんない」
「いい覚悟だトア。
んじゃあ終わらせるぜ。あたしも我慢ならないからな」
二人は教皇に向かって走り出す。
近づいてきた二人に向かって腕を薙ぎ払う。薙ぎ払った方向に衝撃が走り二人の足が止まる。
イビアがなんとか耐えている。
「とっととっ、あっぶね。姉ちゃん」
「ええ」
私は全員を視野に入れる。トアがもう一度走り出す。
教皇は上から叩き潰すかのように拳を振るった。地面に触れた拳はこの地下空間を揺らす。
教皇は馬鹿にするかのように言った。
「口ほどにもない」
私はにやりと笑いながら呟いた。
「残念でしたっ」
「ぐぉっっっ!!」
トアは教皇の後頭部から攻撃を入れる。教皇は頭から地面に叩きつけられ、すぐさま顔を上げトアに攻撃を返す。
が、そこにトアはもういない。
「なにっ?!」
「よそ見してんなよ」
教皇の顔の横からイビアが言う。その声がすると共にイビアが横から殴りつける。
「ぶっっっ」
「最高だ。気持ちいいね。
一発殴るたびに気持ちが晴れる気分だ」
「この、魔族ゴトキガァァァァァ!!」
教皇はイビアを握り潰そうとする。その前に教皇は天井に転移していた。
「くっ……先程から位置が移動しているなッ!
――貴様か!!」
「ええ、私の視界の中で立ち止まることはおすすめしません。
そして既に用意した術式を踏むのもおすすめしません」
「お前に戦闘能力はないと見た。厄介だ、お前から殺してやろう」
「なんて荒々しい口調でしょうか。教皇としては、随分と下品ですね」
教皇は天井を踏みつけ私に向かって跳んでくる。
そして目の前に着地した瞬間。
「ほら、言ったじゃないですか。
既に用意した術式は踏まないほうがいいと」
教皇の四肢が転移で消える。
「こんなものすぐに再生をっ」
教皇は私の後ろに転移する。
「っ!!」
そこには特化型スキルと不屈を使い力を貯めているトア。
そして使える魔力を全身から溢れ出させ、一発に全てを乗せようとしているイビア。
四肢のない教皇にそれを避ける方法はない。
「「だぁぁぁぁぁ!!」」
二人の拳が教皇に触れる。攻撃を受けた教皇の体は拳から波打つように衝撃が走る。
体の中心から肉が飛び散るように教皇は吹き飛ぶ。
「こん、なっことで教皇が務まるかぁァァァ!!
私はっ! 魔族の小細工で負けるような愚か者では」
私は両手を見せて言った。
「ならその考え、死んだ先で改めるのね。
死ぬがいいわ。アイリスの剣に貫かれて」
私は壁にアイリスの剣を転移させていた。そこに教皇の頭が刺さるように。
刺さるまでの間、教皇は叫ぶ。
「魔族なんかに、私の人生を壊されてたまるか!ここに上り詰めるのに何年かかったとっっ」
教皇はアイリスの剣が貫通した後、体が縮んでいった。
アイリスの剣に刺さったままぶら下がる教皇を見て言った。
「最後まで下品な教皇です。死んだ先で後悔しなさい」
私はアイリスの剣を自分の手元に転移させる。教皇は地面にドチャッという音を立てて落ちていく。
「わだひがっ!! ごんなごとでじぬはずが」
「っっ!!」
私は剣をもう一度転移させようとした。が、様子がおかしかった。
「まぞく、を、ごろしでミレッドで……な、んだ、しず、む」
「なんで……お父さん? お母さん? みんなも」
喋りはしない。でも自分の両親を見間違えたりはしない。たとえ真っ黒でも。
こちらを振り向くことはせず、教皇の体を地面へと連れ去っていく。
私とイビアは二人に話しかけたがやはり反応はない。
教皇もまた、連れ去っていこうとする者に叫ぶが届かない。
「なんだっ、ヤメ、さわるな! どこへ、つれていくつもりだっ!」
声が聞こえた。
「約束するわぁ。教皇は絶望と恐怖、この世の地獄を見せてから消滅させてあげる」
「あなたはっ! あなたは誰なんですか。これは」
「魔王の知り合いだとでも思って頂戴。私も胸糞悪くてねぇ……
あの子、ああ魔王ね。にも頼まれてたから。もし地獄を見せられらるのならそうしてくれって。
あの子なしだと少ししか出てこれないから瀕死にまで追い込んでくれて助かったわ。
それと安心して、あなた達の両親は本物よ。残念ながら生前の知性や記憶などは持ち合わせていないけど……もしかしたら刹那の一瞬だけ記憶が戻るかもね」
そう言って声は聞こえなくなった。お父さんとお母さんの影が近づいてきた。
私とイビアは若干の怖さを持ちながら二人を待った。
そして、お父さんと、お母さんに抱きしめられて涙が止まらなくなる。
「オオ、キク、ナッ……タナ」「マタ、ダキシメ……ラレタ」
お父さん……お母さん。
私達は二人を抱き返した。そして影は溶けて落ちていく。私達の溢れ出す涙と一緒に。
そして教皇はなにやら言葉を繰り返し、引きずり込まれていく。
トアが後ろから私達を抱きしめた。
「良かったね……」
私はトアに言った。
「涙止まらなくなっちゃうから……」
「あはは」
トアはそのまま倒れた。
「トアッ?!」
「ごめん……不屈のスキルが切れた……
二人でゴルのとこ行ってきて……」
イビアはトアの肩を持つ。
「しゃあねぇな。
一人で居ても意味ないだろ。肩、貸してやるよ」
「足手まといになるから……」
「危なくなったら姉ちゃんが転移させてくれっから」
「ありがと」
「……いいよ。こっちこそありがとな。
うれしかったよ。人間のあんたがあたし達の為に怒ってくれて。
こんなになるまでさ。なに泣いてんだよ姉ちゃん!!」
「だっでぇぇぇぇぇ! イビアがぁぁぁ」
「だああっもう! 姉ちゃん早く行くぞ!」
そして私達はゴルがいる地下空間へと転移した。
「相変わらず暗いわね……
ゴルくーん!」
返事はない。一瞬緑色に光る目が見える。
私はアイリスの剣を抜いた。近づくと残るは五体。
アイリスの剣を見て怯え、逃げ出そうとする。
私は転移を繰り返しながら近づき、首を落としていく。
五体を斬った後、ゴルくんを探す。
「いないわ……そんな……」
千体は居たはず。もう逃げ出したのかしら。
それともゴルくんが……?
低い位置で緑色に光る目がある。
「まだっ……」
私は転移して近づき、アイリスの剣を振ろうとした時、その正体に驚いた。
「えっ……ゴルくん?」
イビアとトアも私に追いつく。
イビアはゴルくんに言った。
「どうしたんだよその目!」
ゴルくんは壁に寄りかかり、地べたに座っていた。
顔を上げ私達を見て言った。
「ああ、来てくれたんですか。全部は、倒しきれませんでした。
少し、残っちゃって」
「んなもんいいんだよ今はっ!
それより説明しろ!」
「僕は、何が何でもここから聖書の奴隷達を出さないと決めてたんですが、思ったよりも早く魔力が尽きそうになっちゃいまして……
それで、戦いながら思ったんです。
オリュヌスが食べて力を得るのなら」
「お前、まさか、食ったのか? 聖書の奴隷を!!」
「死ぬつもりでしたから。かじる程度の捕食を繰り返して魔力を補充してたんですが魔力以外の聖書の力が流れ込んできて……
もう自我が保てそうにないんです。
だから――僕を殺してください」
私はゴルくんの治療を始めた。
「あの……アビスさん。僕を」
「ダメです」
「でも、僕が自我を失ったら」
「ダメなものはダメですよ。
魔王様ならそう言うと思います。自我を失わないでね」
「は、ははっ……まだ休めそうにないや」
「体力を回復させてからアイリスの剣で斬ります。
だから回復するまで絶対自我を保って」
「努力、します」
「なんだここは。体が、元に戻ってる」
「こんにちわぁ、初めましてね教皇」
へんな場所だ。太陽も月もない。薄暗い世界。
それなのに前が見えている。
「あなたはどちらさまかな? 私はたしか魔族と戦っていたはずでしたが」
「戦っていたぁ? 面白いこと言うじゃない。
手も足も出なかったのに。いえ、手も足もなくなったんでしたっけ。うふふ」
「死にたいようですね。いいでしょ私が聖書の力をもって……
なぜ、だ」
「ここは神の居た世界じゃない。縁もない場所で使えるはずがないでしょ?
あなたはここにいる限りただの一般人。まぁもう体なんてないけれど。
言うなれば死人。魂だけの存在」
「何がいいたい」
「あなたはここで死に続けるのよ。
あなたが虐殺した魔族や人間たちの気が済むまで。
彼らの気が済んだのなら消滅させてあげる。済まないのなら、永遠に殺され続けなさい。
いろんな死に方が体験出来るわよ」
「ふざけるな! なぜ私がそんな」
「そんなだからよ。ここまで来てまだ自分が正義の側に立っているとでも思っているの?
そんなものは自分達の視点でしかないのよ。
それとも自分が正義だと信じたくて目を背けているのかしら。
あなたはね。罰を受ける側なのよ」
「私は国王の為にっっ……」
私は顔を後ろから掴まれる。
「哀れね。さようなら」
――ゴキュッと私の首から音がした。
「キュルルルル」
「ええ、分かってますわ」
わたくしは破龍さんの頭を撫で、外から進軍してくるミレッド帝国の兵士を見ていました。
「わたくしは大丈夫。彼らの命を奪うことも、その尊さも理解しています。
きっとエノア様なら戦わなくていい。そう言うかもしれません。
わたくしでなくてもいいのならですが。でもわたくしだって分かっています。
これは戦争。負けたものには破滅が。敗戦国には何も語ることは出来ない」
破龍さんの背中に乗り、兵隊たちの前に立ち塞がりました。
破龍さんの背中から降り、頭を下げて言いました。
「ごめんなさい。そしてどうか安らかに。
殲滅魔法 ヴィレスト」
破龍さんが魔法陣を展開、私に向かって軍から魔法が放たれますがそれは全て障壁によって防がれます。
そして細く、長い光が直線状に伸びました。
林を壊さないため、長く、道なりに。
「放ってください」
破龍さんの口からヴィレストが放たれ、わたくしも破龍さんも飛ばされないように耐えます。
殲滅魔法の光は徐々に小さくなっていきいながら消えました。
「本当に、何も残らないんですね」
鎧も無く、骨もなく、道の草木ですら残らず。
「キュルル……」
「大丈夫ですわ。大丈夫」
わたくしは再び破龍さんに乗り、城壁の上へと降り立ちました。
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喜びます。