教皇
「はぁっはぁ……クソ……エルフがこんなに強いとはっ」
私達は出口の見当たらない巨大な森の中を走り抜けていた。
馬を走らせ、足を動かし、魔法を放つ。
「隊長!! こちらの魔法が届きません!!」
「近くのものだけを狙え!! 距離が遠すぎる!」
できるだけ死角が出来るように逃げる。一体どこから来るのか分からない光る矢を避けるためだ。こっちは見えてすらいないのに平然と当ててくる。
しかも掠っただけで体が弾け飛ぶ。避けれたとしても近くの木が割れ危険だ。
我々は一体今、どこにいる? こんな巨大な木があるのなら人類が知らないはずがない。
エルフ達にも驚いたがここを知らなかったことの方が衝撃的だ。
それになぜ魔王の側につく。人間にひれ伏した方が安全だろう。全く、これだから人間以外は理解が出来ん。
「うわぁぁぁっ!!」
「ちっ……また一人やられたか」
出口はどこだ! 分が悪すぎる。やつらに有利な場所で戦うなどこちらの負けは濃厚じゃないか。
馬が前足を上げ、止まる。
「豚……いつの間にそこにいた」
「気づく必要はない。お前に譲歩して教えてやろう。
お前は戻ってきた」
「方角は変わっていないはずだ」
「だからこそだ。
ここはエルフの森、入り口も出口もない。
西から東へ抜ければ西に出る。そういう場所だ」
「訳がわからないが信じるほかないようだな」
私は馬から降りた。この豚の近くにいれば巻き添えを避けるためかエルフも矢を射ってはこない。ここは一騎打ちを申し込んで乗り切るしかあるまい。
「ちっ、たかだが豚にここまでされるとはな」
「どうした。たかが知れているのではないのか?」
こいつ……腹の立つ豚だ。しかし鎧を見るに相当疲弊している。
傷や汚れがたくさんついているではないか。あの雑魚共も少しは役に立ったということだな。
私は剣をオークに向ける。
「豚、いやオークよ。貴殿に一騎打ちを申し出たい」
「自分たちが劣勢になったから態度を変え、少しでも有利に働かせようとするか」
「っ……」
剣を持つ手に力が入る。我慢だ。相手が乗るのを待て。
「分かった。受けよう」
勝った! 所詮豚は豚。後悔するがいい。
「では始めるとしよう。死んで後悔するなよオーク」
「ゲスな顔が出てしまっているぞ。
上手く言ったとでもいいたげだな」
「ははは! その通りだ!! ニーアアタッチメントォ!!」
私はこのミレッド帝国軍先鋭部隊の隊長にしてダグラスの神代魔法を扱う異端者だ。
それでもこの地位に位置づけているのは。
「私が強いからだっ!! 焼け焦げろ!」
雷と雷鳴を纏った剣がオークの剣と接触する。
ニーアはオークの体を駆け巡り、魔力回路ごと焦がす! ダグラス系統の炎よりも強力なニーア系統。耐えられるはずがない!
「なにっっ!」
オークは私の剣を弾き返した。
おかしい、なぜ立っている。
「驚いているな」
「っ……お前の後ろ、なんだその黒い影のようなオークは」
「友だ。私に流れた雷は全て友が食した」
「クソが!!
”ルーフェンは怒り、ルーフェンに仇をなすグロウの恋人を貫いた。
そしてその怒りは留まることを知らず、人の国を燃やした!
――ルーフェンダグラス!”」
炎の槍がオークに向かっていく。オークはそれを避けたが周囲は炎に囲まれていた。
「どうだ。抜けられるか? 追撃だ豚には勿体ないがなぁ!!
”神の怒りは留まることを知らなかった。
人も、家畜も、すべてを飲み込んだ。
そして逃げる罪人の背中にいたのは悪魔だった。
名だたる悪魔は神の怒りに立ちはだかり、その怒りを凍らせた。
――フィシア シグベル!」
最上位魔法だ。貴様に耐えられるか? どこまで耐えられる? 無理だ!
二つの最上位魔法を同時に放ったのだ。耐えられるわけがない!
空気中に白い小さな光が無数にふわふわと浮いている。
「さぁっ!! 凍れ! 全て!!
ダグラスの炎も全てを凍らせるがいい!!」
パキパキッと空中に氷の塊が出来始める。
「さぁっさぁっさぁ!!」
その氷の塊が一点に向って吸い込まれ始める。
「なんだ……何が起こってる」
吸い込んでいる。ダグラスの炎も、フィシアの氷も全て。
底なしなのかこの影のオークは!
オークは言った。
「戦いを楽しむつもりはない。
ここで終わらせる。友よ。やれ」
「くっ! こうなれば魔力回路が心配だが三つ使うしか」
影のオークは両手を地面につけ、その手で地面を強く握る。握られた地面に指が埋まっている。
こちらに向かって口を開けていた。
「溜め込みすぎたからな。
少しは吐き出させないと友が動けなくなる」
影のオークの口から小さい黒い玉が集まりだんだんと大きくなっていく。
その玉の周囲に雷鳴が轟き、草木が凍る。
私は剣を構えるのをやめた。受け入れるしかない。
「豚にしてはやるじゃないか」
甲高い音の後、爆音が体を包んだ。
「どうしたんだ姉ちゃん」
「オリュヌスからの伝達よ」
どうしたのかしら……
っ! そんな、ゴルくんが?!
「まずいわ。ゴルくんが聖書の奴隷およそ千と対峙中って」
「おいおいやべぇじゃねぇか!!」
トアが私に言った。
「それ、まずいんじゃ……
この地下空間で敵を待ち伏せてる場合じゃない、早く助けに行かないと」
私の転移術式が発動した。
「そんな……こんな時に……」
魔王様と血の契約を結んだ私は設置型の転移術式を同時にいくつも用意出来るようになった。さらにその質量や距離も大幅に増やせた。
その術式を踏んでここに来たのは……
「魔族にも神のご加護を」
イビアが怒りを顕にしていた。当然私も。
トアは私達が怒りにのまれていることを察していた。
「二人共落ち着いて。
何があったのかは分からないけど頭に血が上った状態じゃ戦力が落ちるから」
「そいつは無理ってもんだトア。
こいつは、このクソ野郎はあたしらの同族を、家族を洗脳して殺したんだ。
あたし達も奴隷だったんだ!!」
私達の村に来た宣教師が白い服を来て本を持っている。
おそらく聖書か聖書の写し。その後ろには同じく聖書の写しらしきものを持っているものが複数人いる。
私は仇の宣教師に言った。
「随分出世したのね」
「ええ、おかげさまで教皇となりました。あなたがたの犠牲のおかげです。
あ、ご安心ください。彼らはルールを作り上げるための生贄で戦うことは出来ません。
それにしても随分と成長なされましたね。まさか死にかけにも関わらず周囲の人間を殺してしまうとは”恐ろしい”……
せめて角を切って売っておけば良かったですねぇ。
――あなた方の”ご両親”のように」
もう、我慢ならない。殺す、殺してやる。
一片の肉片も残さず魔素すらも全て。
「おやっ、まさか人間のあなたが一番最初に攻撃してくるとは」
え、トア?
トアは私達の間を駆け抜け、教皇に向かって拳を振った。
その衝撃は百メートル以上離れた壁にヒビを入れるものだった。
しかし教皇はまるでなにもなかったかのように立っている。
「なぜ人間のあなたがそんなにも怒り、泣いているのですか」
「そんなの、イビアとアビスが仲間だからに決まってるじゃんか。
あたしだってよくわかんないよ! でも体が勝手に動いた。
このクズ野郎を殺さなきゃ……そう血が騒いだんだよ。
イビアとアビスにひどいことしたあんたを殺す!!」
「触れることすら出来なかったお嬢ちゃんがよく吠える。
あなた方は為すすべなくただ命を落とすのです。
聖書の導きによって」
キィィンと剣が地面に刺さり、そんな音を鳴らす。
私は杖を地面に刺し、転移させた剣を握った。
「ありがと、トア。私達と同じくらい怒ってくれて嬉しいわ。今度一緒にごはん食べましょうか。
その前に早くこの人を殺してゴルを助けに行きましょう。
――いいわよトア」
「勇者スキル 格闘特化 終いの型」
「ふっ、なにを……」
ガチッ、ガチガチッッとトアの歯と歯が当たる音がする。
トアは自分の力に自分自身が持っていかれないよう耐えていた。
トアの拳が教皇の顔面に食い込み、歯を折りながら先程の壁まで一瞬で到達する。
地面をえぐり、周囲の信徒は強風の吹いた葉っぱの如く宙を舞った。
教皇は衝撃によって出来た大きな穴と共に壁にめり込んだ。
「ガァッ! この、力はっ……
なぜ、私に攻撃がっ、がっ」
「喋れるんですね。驚きです。
もう死んだものと思っていました。
いつか仇と会うことになるかも知れない。もしそうなった時、攻撃手段はゴルしかいないかも知れない。だがゴルとは分散させたいと魔王様はおっしゃったのです。
そして私にこれを預けてくださいました」
「そ、れは……」
「アイリスの剣。神代以前の天使、アイリスの作った聖遺物。
これによって私達はあなたと戦う魔王の手下として役に入り込めたのです。
本当の魔王とはエノア様のことはでなく、グロウ様のことを想定していたのでしょうが……」
私はアイリスの剣を見つめる。
「大事な物だと知っています。それなのに、この剣を預けてくださった。
信頼しているからと……大事な人に預けられたものを預けてくださいました。
ほんと、ベタぼれです。大好きです魔王様……」
「姉ちゃん!! のろけてる場合じゃねーだろ!
ゴルッ! ゴルを忘れるな!」
「あ、ええ忘れてませんよ?」
「嘘つくなよ……完全に女の顔だったぞ姉ちゃん」
「くだない!!
たとえ攻撃が当たろうと私が負けることはない!!」
信徒たちの聖書から本が一ページ一ページ破れていく、破れた一ページが教皇へと向かっていく。そして自分の聖書をも取り込んだ。
「聖書は国王様を守るため持ち出すことは出来ない。
だが聖書の写しのほとんどをこの戦争に使った。私は十の聖書の写しを取り込んで正気を保つことの出来る唯一の存在だ。
勇者候補が相手だろうと殺してみせましょう」
片目を緑色にした教皇は体が膨れ上がり、四倍ほどの大きさとなっていた。
上半身の筋肉が発達している。
私はトアとイビアに言った。
「手加減はいらないわ。私も、本気で戦います。
不幸に気づくこと無く死んでいった同族と、私達を守るために命を落とした家族の仇をいまここでとります」
私は指をパチンッと鳴らした。
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