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模倣

 指揮官は未だ動きは見せてない。

 ぎょろっと緑色の目がこちらを見ていた。


「オリュヌス、多分だけどこの人……正気じゃないよね」

「だろうな」


 指揮官が膝を抜くようにして屈んだ。その勢いのまま前傾姿勢を取り、僕たちの方に向かって来る。

 僕はオリュヌスより前に立って、自分の短剣を向けた。

 僕の短剣が指揮官に刺さる前に指揮官は腰の剣を抜き、予想外の速さと力で僕の剣を弾く。


「はやっ……でも、魔王様ほどじゃないっ!」


 僕は持っていたもう一つの短剣を抜いた。

 指揮官は僕の顔を切り落とそうとする。それを僕は剣で塞いだ。


「剣が、通り抜けっ」



 僕は急いで剣を引き、横に転がるように跳んだ。

 ぴたっと指揮官は動きを止める。


 潜んでいた僕たちの他の部隊が出てこようとするが、僕はそれを止める。


「だめだっ! 今来ても、誰も力になれない。

 まだそこで様子を見ててほしい」


 オリュヌスは僕に言った。

「これは以前魔王様がミレッド帝国の植民地に行った時と同じ相手か」


「わからない。でもその時は人間ではなかったはず。

 だからこれは……同じようななにか、じゃないかな」


「ふむ……なら、使うしかあるま……っ!!」



 指揮官が俊敏に動き始めオリュヌスに触る。

 オリュヌスの剣を通り過ぎ、鎧に触れていた。


 影のオークがオリュヌスを引っ張り、オリュヌスは後方に下がる。


「すまぬ、友よ。

 しかし緩急の差が激しいのが厄介だ」


「オリュヌス! 肩が……!」


「うむ。鎧ごと持っていかれた。

 貫通していた大剣も穴が開いてしまった……


 ルールというものが適用されたものは外から内に入ってしまう。

 内に入ってしまった大剣と鎧、そして肩の一部はなくなってしまったな」



 影のオークがオリュヌスに触れ、肩と大剣を再生させる。

 オリュヌスは影のオークに礼を言った。


「助かる……

 これで動けるが、倒すには些か難がありすぎる。


 そして、ここまで読めているとなると魔王様に恐れを抱いてしまいそうだ」


 僕には魔王様から手渡されたものがある。

 ガディさんが建築の合間、寝る間も惜しんで作り上げた剣が。

 僕はあの時、なぜ僕が持つのかと聞いた。

 そしたら魔王様はこう答えた。


 ”お前達が一番リスクがあるからだ。全てを把握する為に、全て初見で相手をしなきゃならない。そうなったら対抗できる手段が必要になる。


 今までミレッド帝国のルールというものはすでに用意された場所が必要だった。もしくは何かしらの役を与えられ、それを遂行するまではルール適用内。というものだな。


 しかし今回ミレッド帝国は出し惜しみ無く兵を出してきた。

 つまり最大戦力だろう。であれば少しでも対抗できる手段を持っておいたほうがいい。

 ――手詰まりは敗北を意味する”


 指揮官が僕の頭を掴もうとしていた。

「いっ、やばっっ!」


 僕は地面に寝そべり指揮官の手を避ける。

 そして体を転がし、体勢を起こした後に後ろに下がる。


 両足にくくられた剣をしまうベルトに手を当てる。

 代償は僕の魔力。



 僕はガディさんの言葉を思い出していた。


 ”いいか。この剣はこのままならただの鉄の剣でしかない。

 効力を使うには魔力が必須だ。


 だが分かっていると思うが魔族にとって魔力は自分自身の命だ。

 魔族や魔物が死んだ後、魔力になり、魔素として大地に返される。

 つまりその源である魔力を使い切ったら”



 僕がこの剣を使って魔力を使い切ったら――死ぬ。


 でも覚悟は出来てる。だって魔王様がいるから。



「だから僕は、自分の命を代償にあなたの為に戦えます」


 僕はベルトの留め具を外し、括り付けられた二本の短剣を握った。

 聖書の写しがあるのなら。


 ――アイリスの剣を模倣した剣があってもおかしくはない。



 僕はアイリスの短剣で指揮官を太ももに切れ込みをいれる。

 指揮官は地面に転んだ。

 それからその緑色の目で自分の足を見て、不思議そうに眺めている。


「ァァ……」


 自分の足が斬れていることに困惑しているのか、頭の角度を変えながら傷口を見ている。

 二本だけ用意できた聖遺物の写し。

 それを僕が預かったんだ。

挿絵(By みてみん)



「必ず君をここで殺す」


 僕は懐に入り込み、肩から先を切り落した。

 地面に指揮官の腕が転がっている。


「僕の仲間の痛み、君には理解できるか知らないけどやり返させてもらったよ」



 指揮官が僕を抑えつけようともう片方の腕を近づけてくる。

 おそらくこのまま僕を挟んで消滅させたいんだと思う。


 僕はその腕を切り落とした。鎧ごと。


「ゥゥァ?」


「魔王様の支配下に入った事で得られた僕のスキル。

 ”フリクション・ゼロ”


 僕はなんの抵抗もなく、斬ることが出来る。

 岩だろうと山だろうとその剣が届く範囲なら、空を斬るのと同じように斬ることが出来るんだ。だから僕の前じゃ鎧なんて意味はない」


 僕は聖書の写しが溶けていった顔を斬る。

 聖書の写し、その一ページが姿を現した後、僕の斬った通りに線が入る。


 そして二枚に分かれ、燃えていく。

 指揮官はそのまま倒れた。


 僕は短剣をベルトにしまう。


「とりあえず倒せた。

 思ったより早く終わって良かったよ。

 ……冷たい。もう死んでる。聖書の写しに乗っ取られた時点で死んでたのかもね」


「まずは一部隊だな。

 出来得る限り雑魚は我々で引き受けなければ。

 適材適所。我々に出来ることをしよう」


「ちょっとスライム達の様子を見てくるよ。

 僕一人で大丈夫だから。

 その代わりみんなを頼むよオリュヌス」


「うむ、任された」



 僕はスライム達が少し心配で早足で向かう。

 途中から林に入り、遠くから様子を伺っていた。

 ぴょこぴょこっとスライムが一匹僕の前に来た。

 体をはてなマークにしていた。


「ごめんね。様子を見に来ただけなんだ。

 異常事態とかじゃないから、心配かけてごめんね」


 ぴょこぴょことスライムは跳ねる。


「どう? 問題なさそう?」


 するとスライムは跳ねながら道の方へ向かっていく。

 そして振り返って僕を見ていた。


「ついてこいってことかな」


 僕はスライムに付いていくとそこの道には何もなかった。

 よく見るとスライムたちが死んだ兵士達を林の方へ運んで隠していた。


「もしかして……次もやるつもり?」

 スライムはこくっと頷いた。と言っても頷いたというより少し前に転がった。


「手伝おうか?」

 スライムが右、左と体をひねる。これは拒否ってことか。


「じゃあ見てればいいんだね。

 でも危なかったら助けに入るよ?」


 ミレッド帝国の次の部隊が進軍している。

 僕は気配を消してその様子を見ていた。


 兵士の一人がこんなことを言う。


「先に言った部隊どうなったと思う?」


「さぁ? 魔王の国つったって恐ろしいのは魔王だけだろ?

 それ以外は普段相手してる魔族とか魔物と変わんないって」



「だよなぁ」


 隊長らしき人が止まれと合図を送る。


「全体止まれっ!

 ここで一度小休止をとるっ!」


 先程の二人が近くに腰を下ろした。



「だぁ、歩くの疲れたー。

 なんで俺らが魔王の国なんぞ攻めに行かなきゃいけないんだよ」


「仕方ないだろ。王様の命令なんだからさ」



「俺たちが行かなくても勇者候補にでも行かせろよ。

 それが仕事だろ?」



「そうは言うけど、勇者候補だけじゃ大変なんだよ。

 こういう相手もいるからさ」


「あ? こういう相手? ……ごほっ……え、あ、あ? なん、なんで、お前」

「え? なんで? んー、なんでだろ」


 会話していたもうひとりの兵士が剣を抜き、それを話し相手に突き刺していた。

 話し相手はそのまま命を落とす。


 次々と悲鳴が聞こえ、休憩どころではなくなる。

 全員が剣を抜き、叫んでいた。


「なんだよっ!

 おまえ、さっきまで普通に話してたじゃんかよ!!」


「え? いまだって普通にハナシテルヨ?」



「くそっ! おらぁぁぁぁぁ!!」

兵士は相手の胸を斬りつけていた。

「ヒドイ、ヨ」


「何がヒドイだよ!

 お前仲間に化けてたな! どうだくそっ! このっこのっ!!」


 何度も剣を刺す。ニュルッとスライムが姿を変えて出ていく。


「なっ、死んでないのかよ!

 おいっまっ……クソ、もう誰かわかんねぇ……

 どうなってんだよどうしようもねぇじゃねぇか!

 隊長! どうすりゃいいっ!!」



 兵士は座っている隊長に話しかける。

「ドウスレバイイカナ」


「っっ! ふざけんなよ……

 剣も刺さらない誰が相手かも分からないこんなのどうしろって言うんだよ!!」


 バクッ……

 隊長に化けていたスライムがその男を丸呑みにする。


 そして一万の部隊がまた一つ、消えた。

 スライムが聖書の写しを見せる。



「そうか、聖書の写しが発動する前に殺したんだね。

 確かにそうなる前ならどちらもルールの外だから。でも簡単じゃない。

 がんばったね」


 スライムが聖書の写しを掲げて喜んでいた。

 とりあえず僕はちょっとごめんねーと言いながら聖書の写しを手に取り、模倣したアイリスの短剣で斬った。


 スライムたちはどうやら消化にもう少し時間がかかるらしい。

 次の部隊は僕たちで相手することになった。


 その後僕はオリュヌスのところに戻って、聖書の写しが発動する前に殺せばいいことを伝えた。

 オリュヌスは伝達役のカラスに隊長の首を即刻落とせということを伝えた。

 僕はオリュヌスにこう言った。


「もう当分は僕たちだけで良さそうだね。

 でもどこで囮として分散するか……

 もし予想外の戦力なんて来たら僕たちで対応できるか……」


「その時は魔王様の言う通り逃げるしかあるまい」



 僕たちの考えが当たってしまうのは日没の事だった。

 全員疲労困憊の状況の中、夕日を背に歩いてくる集団。


 兵士のように規律を守って行動してるのではなく、たった一つの指示を受けているようなそんな集団だった。

面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

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