竜剣 狐氷
店の主人は俺の剣も裏に持っていった。
「なんで俺の剣まで持っていくんだ?」
「サービスだ。エノアの旦那の剣も研いどいてやるよ。
嬢ちゃんの剣はちょうど今打ってるものがある。
まぁちょいとブラブラしてこい。すぐに終わるから。
っても一日欲しいな。明日にでも取りにこてくれ。
これでも鍛冶スキル高いんだわしは」
「いいのか? じゃあ頼むよ」
「それと嬢ちゃん。ちょっと血を貰ってもいいか?」
イナは俺の顔を見る。俺は店主に言った。
「必要なことなんだな?」
「当然だぜエノアの旦那」
イナはこくりとうなづき手を差し出した。
「ちょっと痛いからね。ごめんね」
すっと指先を切った。
その後俺はイナを連れてギルドに向かった。
依頼を達成したことを報告するためだ。
「ミルさん。こんにちわ」
ギルドに入るとミルさんがいたので声をかけた。
「ああエノアさん! ご用事ですか?」
「昨日の依頼あったろ? それを達成したから報告に来たんだ」
「もう達成したんですか? たしかアシッドボア二体ですからもう少しかかるかと思ってました。最初の依頼って達成するのに時間がかかるんですよね。
採集以外ですけど。
わかりました! 今受付に回るのでお待ち下さい!」
ミルさんは持ってた書類を落とさないように裏に向かった。
視線を感じる。いつものことだがギルド内でもなのか。今剣はない。あらごとは避けたいな。
「エノアさん! この三番窓口に来てください!」
俺は手を振って合図をし三番窓口に向かった。
「ではアシッドボアの討伐した証として牙の提出をお願いします」
俺は腰に下げた袋から牙を二本取り出した。
「鑑定スキル 発動。
んー。はい別個体ですね。こちらが報酬になります」
「ありがとう」
俺は報酬のお金を受け取った。
ミルさんは受付から体を乗り出し小さな声で俺に聞いた。
「あの、後ろの子は?」
「あー。この子はイナ。狐の獣人だ」
「そうなんですね! かわいいです! 獣人は初めてみました!
なつかれてますね」
「みたいだな」
遠くから初めて見るガタイのいい冒険者がずかずかとやってきた。
必要以上に大きな声でこう言った。
「そいつ奴隷だろ?! いくらで買ったんだ? 毎日お楽しみか? いいなぁ好き放題出来て。さすが元貴族様はやることがちげぇ。金も持ってんだろうな。
なぁそこの獣人俺のところに来ないか?
そんなやつより俺の方が楽しませてやれるぜ。大事に扱ってやるよ」
こいつ……
まだリビアの力をうまく使えない。他のやつらも巻き込んでしまう。
「お前のご主人さまはエノアって言ってな。この国の反逆者なんだよ。
勇者候補とおだて上げられた挙げ句調子に乗った。だが勇者候補じゃなかった。
それどころかなんの才能もない人間だ。その腹いせに国の大事な戦力であるリーシア様とカリム王子の使いを建物ごとぶっ壊したんだ。
住民にも怖い思いをさせカリム王子も手を出してもいないのに一方的に殴られたと言っていた。
悪者なんだよ! そいつは!
だから俺のところにおいで。やさしくしてやっから」
はらわたが煮えたぎる思いだった。
お前がイナを欲しいだけだろ。
ふと、イナはどう思うのだろうと怖くなった。俺はまだイナにこのことを話していない。怖がられるだろうか。逃げられるか。
奴隷紋の呪縛なんて使うつもりはない。もしイナが逃げたら……
いや、もしイナがこいつの元へ向かったら……
俺は止めていいのか? もしそうなったら俺はこの男を……
ドクンと心臓の音が聞こえる。
殺してやろう。一片の肉も残さず。後悔させるように自分の行いを反省させるように無残に殺してやろう。
「イナのご主人さまはご主人さまだけです」
「イナ?」
「こいつ、痛い目見たくねーなら俺のとこにこいっつってんだよ」
「イナのことはどんなに悪く言っても構いません。
ですがイナのご主人さまを悪く言うのはやめてください。
虫の居所が悪いです。腹が立ちます」
「いい度胸だ。弱いご主人さまを呪うんだな」
「ご主人さまを悪く言わないでって
――言ったじゃないですか」
イナ? イナなのか?
その気迫は目の前の冒険者の男だけじゃなく俺にまで伝わってきた。
イナは続けて言った。
「それだけは我慢できないんです。イナは」
「ちっ……分かったよ。今日は引く。殺意持った目しやがって。
主人が主人なら奴隷も奴隷だな」
男は背を向けた。
ミルさんが受付から身を乗り出して飛び出してきた。
が、足を引っ掛け顔から床にぶつかった。
「いっっったっ! つう……
すーっ……
見たんですか! ちゃんとその目で見たんですか?!
権威があるからって勝手な想像だけでなんでその噂を信じたんですか!」
「あ? 疑う理由がどこにあんだよ」
「疑問を持たないのは愚かです!」
「てめぇギルドの人間だからって」
俺はミルさんの首根っこを掴んだ。
「ミルさん。いいよ。もういい。十分だ」
俺は男を睨んだ。男はめんどくせーと言って仲間の元に戻った。
「ぐるしぃですぅ」
「あっごめんミルさん」
「けほっ。はぁー。ごめんなさいエノアさん。
私勝手なことしちゃって」
「いやうれしかったよ」
「そうですか? へへ。
イナちゃんが奴隷かも知れないとは思ってました。
でもたとえ奴隷だとしてもこんなにきれいなお洋服きて、エノアさんにべったりでひどい扱い受けてるわけないじゃないですか。
あの人の言葉にいらっと来たんです!
あんなのただの言い訳じゃないですか。
本音はただ自分が欲しいものを手に入れたいってだけですっ。
それに噂であんな言い分おかしいです。いくら王が決定したからと言って正しいとは限らないじゃないですか。
なにも考えず信じて、許せませんっ!」
「ミルさんみたいな人がいるから俺は……
こうして穏やかな気持ちでいられるんだろうな」
「えっ? なにかいいました?」
「いや?」
「そうですか。イナちゃんは冒険者登録しないんですか?」
「あーと実は……」
かくかくしかじか
「なるほど。つまりイナちゃんを助けるために全額使ってしまったと」
「そういうことだ」
「本当いい人ですね。ふふ。やっぱり噂は噂ですね。
信じなくてよかったっ。
まーイナちゃんは登録しなくてもエノアさんがいれば依頼は受けられますから。ギルドからの依頼は受けられませんけど滅多にないですし。
今日からよろしくねイナちゃん」
こくっ
「……持って帰ってもいいですか」
「駄目ですね」
俺はイナを連れ宿に入った。
「今日は疲れたな。このまま明日まで宿でのんびりしよう。
そしたらまた討伐の依頼をこなす。
っていっても当分はアシッドボアで生活することになると思うけどな」
「肉……」
よだれを垂らすイナ。本当に肉好きなんだな。
俺は部屋の中で袋を取り出した。その中身は今日の夕飯だった。
戻ってくるときにアシッドボアの報酬でパンを買ってきていた。
パンの中には野菜と肉が挟まれており、マヨネーズと酸味の効いたソースがかかっている。イナにはふたつ買ってやった。
おいしいおいしいと頬張るイナに癒やされた後、俺もパンを食べた。
次の日、日が昇った頃に俺はイナを連れて鍛冶屋に向かった。
俺は冷える手に息を吐きながら言った。
「朝はやっぱり冷えるな」
「……」
イナは無言で両手を伸ばした。
俺は最初意図が分からなかったが、意図が分かった途端恥ずかしくなりながらもその手を握った。
「暖かくなったよ」
イナは満面の笑みを浮かべた。手をつなぎながら鍛冶屋までの道のりを歩んだ。
「来たぞ」
「おお、エノアの旦那。できてるぜ」
鍛冶屋はすでにカウンターの上に品を置いていた。
白い布が被されており中身はまだ見えない。
「嬢ちゃんの剣だ」
鍛冶屋は白い布を取っ払った。
イナの片手に収まりきらないくらいの大きさの柄。両手で押し込むことも出来る丁度いいサイズだ。刀身から柄まで一体型で黒く鮮やかに輝いている。
よく見ると透けている。
「すごい透明感だな」
「ああ。こいつはわしの自信作よ。かなり時間もかけた。
東にある龍の洞窟で取れた鉱石に龍の鱗、そして嬢ちゃんの血を混ぜた一品。
嬢ちゃんだけに扱える代物。嬢ちゃんだけがこいつの力を引き出せる」
「それじゃイナ専用ってことだな。
絶対足りないんだが」
「気づいたか」
俺はため息をついた。
「時間をかけた鍛冶屋の一品。希少鉱石と希少な素材である龍の鱗。イナにしか扱えない専用装備。二千五百ルティで済むはずないだろ」
「借金を背負うつもりはないか」
「詐欺もここまで堂々だと動揺するよ」
「まぁ待ってくれよ。こいつはもう嬢ちゃんにしか扱えねぇ。
このままあっても宝の持ち腐れだ。
なら買い取ったほうがいい。そういうことだ」
「会話スキル磨け」
「ははっ! いやなに丁度作ってる時に嬢ちゃんに会ってピンときたんだよ。
気づいたら行動しちまってた。
これはこの子が持つべきだと血が騒いだ。あんたらに金がないと聞いたがやっちまったもんは仕方ない。
こいつの価値は少なく見積もっても一千万ルティだ」
「一千ッッ」
「しかし金なんかどうでもいいのさ。もちろん素材に金はかかってる。
だが運のいいことに生活には困ってない。貯金は随分減ってしまったがな。
そこで交渉だ。この素材の価値。龍の鱗と鉱石二百万ルティ。
それを借金として少しずつ払うって形で買わねーかエノアの旦那。
いい武器もたせたほうがこの先も安心だろ。
とくに嬢ちゃんのこと、かわいがってんだろ?」
「このやろっ……はぁ。
破格だ。そしてそのとおりだ。いつ返せるか分からないぞ」
「よしっ! ついでに活躍したら宣伝もよろしくな!
こりゃ胸が高鳴るわい! ははは! この目で活躍を見たいもんだ!」
イナは俺の服の裾をくいくいっと引っ張った。
「いいんですか?」
「ああ。安いもんだ。鍛冶屋の主人に感謝しないとな」
「あ、あのお名前は」
「お? わしはガディだ」
「ガディさん。ありがとっ」
首を傾げお礼を言うイナ。当然無事なはずもなく。
「生きてて、長く生きててよかった。娘がほしいっ!」
新たな欲望を生み出していた。俺も異論はない。
「ガディ。俺の剣の方はどうなってる?」
「ああ。そっちは本当に鍛え直しただけだがな。
結構良くなってるぜ。ただし剣に掘られた紋様は無くなった。
悪いとは思ってるが」
「構わない。国の紋様なんていらないさ」
「分かった。じゃあ今から持ってくる」
ガディは店の奥からイナの剣と同じように白い布を被せて持ってきた。
「取ってみな」
「これは、しっくりくるな」
ガディに言われ俺は自分の剣を手にとった。確かに俺の持っていた剣と同じものだが振りやすい。重心が安定している。
「少し細くなったか?」
「気づいたか。そう、剣が細くなり長くなった。しっくりくると感じているのは一定だからだ。手元の方に重心を寄せたってのもあるがな。
素人には分かりづらいが以前の剣には歪みがあった。
それでアシッドボアに突き刺したんじゃ折れてもおかしくなかった。
それを整えた。エノアの旦那の大きさや重心、動き方から適切な長さにしてみた。
どうだ? わしの予想は当たっているか?」
「ガディは案外すごいやつなんだな。そんなことまで考えてたのか。
そんで振りやすいよ。いい」
「へへ。褒めんなよ褒めてくれ」
「謙遜と本音どっちか隠せなかったのか?」
何事もなかったかのようにガディは話を続ける。
「それと長くなったせいで以前の鞘は使えなくなった。
うちに余ってるやつで見繕った。黒鞘に金で龍と川をイメージした模様が掘ってある。
ほら嬢ちゃんも自分の剣、持ってみな。
竜剣 狐氷の使いやすさはどうだい?」
イナは狐氷を受け取り握った。
ぴくっ
と耳を反応させた。
「初めて持った感じがしないです。
一体感があるというか、自分の体の一部みたいな」
「最高の褒め言葉だ」
「ガディ。至り尽くせりだが俺は何もしてないぞ」
「エノアの旦那。これは期待だよ。きっと返してくれる。金だけじゃなくな。
そして職人としての腕が旦那たちに尽くしたいって言ってんのさ。
こんなこと初めてだったがなぁ……
鞘と打ち直しのお代もいらねぇ。ただうちを贔屓しながら外で活躍して宣伝してきてくれや。ははっ! 期待、してるぞ」
ガディは俺の背中を叩いた。
「いって! 期待って俺の評判は知ってるだろ」
「無能、一般人、凡人」
「うっく……」
「だがそんなやつがどうして塔を壊せる。リーシア様でも王子カリムでもそいつは無理だ。
職人だからこそ分かることもある。
あれは過去の職人達の傑作だ。他の塔も含めて簡単に壊せるものじゃない。
世界に散らばる神の塔と同じ代物だ。強度、素材としては劣るがな。
そんなものを壊したやつが無能? 一般人? 凡人? バカ言え職人をなめるな。
国中の宝と言われる存在が集まる場所だぞ。
とまぁ根拠なしに言ってる訳じゃないってことさ」
俺は唖然とした。
「完全に見誤ってたよ。なんでこんな国で鍛冶屋やってるのか不思議なくらいだ。
ただの面白い親父じゃないってことなんだな。
あれは俺にもどうしてあそこまで出来たのかなんとなくしか分かってないんだ。
期待されるのならそれに応えられるよう努力するよ」
「へっ。こりゃまだまだ長生きしねーとなぁ」
ガディに礼を告げ店を出た。
「エノアの旦那……気づいてるかもなぁ」
わしは近くに置いておいた葉巻に火をつけた。
「素材が二百万ルティ。狐氷に鍛え上げ一千万。
そんな安いわけないってなぁ。
こいつは神の代物や英雄の遺産とも張り合えるレベルだ」
すー……わしは葉巻から口いっぱいの煙を頬張る。
ふー……葉巻の煙が鼻の奥から抜けていく。舌に残った味が非常にうまい。
狐氷に値なんかつかない。国で争うほどの代物だ。
危険なものを渡しちまったが……
まぁ、そのために嬢ちゃんの血を使って嬢ちゃん専用にした。
旦那もついてる。きっと大丈夫だろう。
わりぃなエノアの旦那。
わしの人生最大の傑作。どんな活躍をするのか……
その日が待ち遠しくなるな。
ま、嬢ちゃんのレベルが追いついてないから真価を発揮するのはまだまだ先だな。
「ああ待ちきれん!」
ジュッ
「あっっっつ!!!」
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喜びます。