オリュヌスの友
オリュヌスが装備を整えた状態で僕に話しかける。
「ゴル、予定通り進みそうだな」
「そうだね。スライム達も配置についたかな」
「そのように連絡を受けている」
「ルーカス達の故郷、僕たちの天敵、そんなミレッド帝国と戦争かー」
「不安か?」
「まぁ……ね。
僕は元々戦闘に参加しない予定だったから。
怖いよ。でも魔王様を信頼してるからきっと僕が死んでも他のみんなを守ってくれる」
「同じだ。
友が死に、オリュヌスという名前をつけられた。
友の意思を継ぎ、私が魔族を守ると誓った。
その意思を魔王様に託せる。これは我々が魔族だからなのか、魔王様が王であるからなのか。それともあの人であるからなのか」
「きっと、全部だよ。
僕たちは魔族という決められた立ち位置にいた。
でもそれを覆せるかも知れないのが魔王様だから。
そしてあの目の前にした時の威厳。ひれ伏したくなる重圧は魔王様から離れても残る。
魔王様は、僕たちを見捨てない。必ず視野に入れる。使い捨ての雑魚でもなく、使い捨ての労力でもなく、一人として見てくれる。
――だから全部だよ」
「ふっ……
運がいいな私達は。そんな魔王様の最初の配下になれたのだから。
想像出来たか。守られ、雨風を凌ぐことができ、朝目覚めたら食の心配をする必要はない。警戒することなくベッドで眠るという日が来るなどと」
「想像も出来なかった。そうなる以前に多分僕たちは殺されていたと思う。
だから、僕たちは魔王様に付き従う。
さて、僕たちも持ち場につこう。本気の囮ってものを見せないとね」
僕たちは城下町を出る。
この国に入るには正面の門をくぐらないといけない。正面の門に続く道はこの道だけ。
それ以外は外壁を崩さなきゃいけないけど僕たちの作った外壁にはレンガ一つ一つに強固な術式が彫り込んである。
外壁の上から打ち下ろされるだけじゃなく、破龍の迎撃もある。
つまり外壁の心配はしなくていいということ。
僕たちはこのルーヴェスト帝国につながる道を守ればいい。
この大きな道を僕たちは通らず、その隣にある林の中を進んでいた。
僕たちの部隊は千人程度の小さなもの。
ゴブリンとオークが混ざった混合部隊。歩きなれた林を進んでいく。
魔王様からの指示は囮。
ただし勇者候補や勇者など逃げることすらできなさそうなら術式を踏んでしまえとのことだった。
”もし最初に進軍してきた敵を自分たちで崩せそうなら崩し、誘導せよ”
そして僕たちは持ち場についた。
木の陰に隠れ、ミレッド帝国の軍隊を待つ。
足音や騒がしい声がだんだんと聞こえてくる。
心臓が激しく高鳴る。緊張し、高ぶり、呼吸を荒くする。
――オリュヌスが一人でいきなり道のど真ん中に立つ。
「オリュッなにしてるんだ!」
「先陣は私にまかせてもらおう。強さを図るのは私一人で十分」
「な、一万人単位なのにっ!」
一万の部隊、その指揮官らしき人物が歩みを止めさせる。
「貴様は何者だッ!」
「私はオリュヌス。
ルーヴェスト帝国、魔王エノアの配下の一人である」
「ふっふはははっ!
みな笑え!!
たった、たった一人っあはははっ!
ルーヴェスト帝国には戦闘出来るものが少ないとは聞いていたが、いやはやここまで人手不足だとは。おっと失敬、魔族不足ですかな?
魔王というものだから我々はたった一つの部隊に一万も用意してしまったよ。
たかがオーク一匹に足を止められるとは。
魔王も考えることがえぐい、あはははっ」
「魔王様を侮辱するか。
どうやら際立ったものはいないようだな。魔王様の見立ては正しかった。
貴様らミレッド帝国は最初に雑魚をあてがい、戦力を削いでからでないと歩けない臆病者であるのだとな」
「……なに? 私達が臆病ものだと?
この、私が? バカを言うなっ! 生まれた時より軍師としての英才教育を受けたこの私を臆病者だとバカにするのかッ! 恥を知れこの豚がッッ!」
ミレッド帝国の部隊は一万の部隊を五つに分け、最初の二千をオリュヌスに突撃させた。
「オリュヌスッ!」
「ゴルッ! まだそこで見ていろ」
すぐにオリュヌスは二千の兵士に囲まれ、砂埃と兵士によってどうなってしまったのか見れなくなった。
指揮官は高笑いをしていた。
「はっ、ははっ!
口ほどにもない。ただの豚ごときが人間の言葉を喋り、あまつさえ人間を侮辱するからこうなるのだ! 豚はおとなしく家畜として死ぬか奴隷として一生を終えればいいのだよ」
「所詮クズはクズ。
一万の力を借りて自分の力だと過信する大馬鹿者よ」
「な、んだと? なぜ死んでいない。
訓練された兵士だぞ、たかだが豚一匹」
「豚一匹だと侮ったな。
私は魔王様の配下。ただの豚だとでも思ったか。
軍師の英才教育を受けた? それを匂わせるような威厳など一ミリも感じ取ることが出来んな」
「あ、ありえないっ!
第二陣っ! 進めぇ!!」
オリュヌスは二千の兵士と渡り合っていた。さらに第二陣も合わせ四千の兵士を囲みながら戦うことになる。
だめだ、我慢出来ない。
「今行くよオリュヌス!」
「来るなッ! まだ温存しろ!!」
指揮官は茂みに潜んでいた僕に気づいた。
「まだいたのか。
しかし仲間が戦っているというのに足を止めて眺めているとは。
これこそ臆病者」
オリュヌスの声が金属がぶつかる音と共に聞こえてくる。
「ゴルは私が足止めさせている。
だが貴様はどうだ? ただ進めしか言えない馬鹿だろう。
そんな単調な戦い方で勝てる相手だと高をくくって見ている。
馬の上からいつでも逃げられるようにビクビク震えている臆病者だ」
「このッ、癪に障る!!
もういい。全員進め! 八つ裂きにせよ!」
「「オオオオオオ!」」
幾千もの兵士がオリュヌスめがけて進軍する。
指揮官は自分のおでこに手を当て、笑いながら言う。
「ふ、はははっ!
たかだか豚一匹に本気を出しすぎてしまったな。
後どれくらいで死骸となるか。亡骸すら残らないかも知れんなぁ!
残った肉を踏みつけてあの世で後悔しろ、聖書に懇願しろっ!
私をどうか来世では”人間”にしてくださいとなぁぁぁぁぁ!!」
「聖書に懇願するのは貴様だ。
どうか命をお助けください。奇跡を起こしてくださいとな。
魔王様を侮辱したこと、悔いろ。お前の命はここで終わる」
オリュヌスは立っていた。
一万の兵を相手にして、悠然と立っていた。
「ど、どうなってる……嘘だ」
オリュヌスを殺しに向かった兵士で生き残っているのは数十人ほどだった。
オリュヌスの近くには死体がひとつもない。
指揮官の馬が突然暴れだし逃げ出す。
「あっ、おいっ! あばれるなっ!
言うこと聞け! ぐっ」
指揮官は馬から落とされ、背中から地面にぶつかる。
オリュヌスは馬鹿にするように言った。
「馬一匹言うことを聞かせられないか」
「貴様……なにを食っている」
声を震わせながら指揮官はオリュヌスに問う。
オリュヌスはただ、事実を述べた。
「見て分かるはずだ――人間だとな」
「ひっ……ば、ばけ」
「どうした腰が引けているぞ。
残りは数十人、逃げるのならば逃げるがいい」
「あっ、ああっあっ!」
指揮官は尻もちをつき、立とうとするが砂が手を滑らせる。
「あっあ、なんでったてっ」
そして指揮官の後ろからは悲鳴が聞こえてくる。
オリュヌスは食べていた人間を地面に捨てて言った。
「スライム達も動き始めたな」
「す、すらいむ? たかだがスライムでなぜあんな悲鳴が」
「魔王様の配下である我々は支配下に入ることで全員特殊な能力を身に着けた。
私は食べたものから魔力や体力を吸収したのち即座に自分の物に変換する」
「戦いながら食べていたというのか、だから豚一匹に一万と同等の力が」
「勘違いをするな。
――食べていたのは私ではない」
「何を言っているんだ……お前しかいないだろ!!」
「戦いを繰り返しながら骨もなく、肉もなく、血すらも残さず食べることが出来ると思うか」
「はぁっ、はぁ……ただの、雑魚だと思っていたのに……」
「甘く見たな。
私は元から”強い”」
「なのになんだその黒い影は!
なぜお前が”もうひとり”いるのだ!!」
オリュヌスの隣に黒い影で構成されたオークが一人。
影のオークは地面に捨てられた人間を拾い上げ、食べていた。
手の先についた人間の血を舐めている。
「私ではない。
友だ。これがなんなのか、私は知らない。だが友であることは分かる。
仕上げだ。一万を食した友が貴様らの部隊を討ち滅ぼす。
――魔王様への侮辱、友への侮辱、死を以て償え」
残酷。そう言うしかないだろう。
残っていた数十人は影のオークに体をちぎられ、そのまま食され、影に飲まれていった。
「残ったのは貴様だけだな」
「はぁっ、はぁ……
わ、わたしとてただの指揮官ではない。
せ、戦闘能力くらい」
足をガクガクと震わせながら立ち上がる。
「ここで黙って死ぬわけには」
オリュヌスを眼光を見た指揮官は剣を地面に落とし、後退りした。
「だめだっ、や、やっぱり無理だ、にげ」
途端に指揮官の足が止まる。
胸元から一枚の紙切れが出てくる。指揮官はそれを見ながら言った。
「これは……部隊の指揮官に配られた……
そうか、聖書の写し! その一ページか! は、あははっ勝った!
これがあればっ! やはり私は使い捨てのざっ」
一枚の紙が指揮官の顔にへばりつく。指揮官は呼吸が出来ないのか一生懸命その紙を剥がそうとしていた。
「んんっ! んんん!! ふぁがっ!!」
だが剥がれる気配は一向にない。
紙の上から爪を立てようと、端からめくろうと意味がない。
そして、立ったまま剥がそうとするのをやめていた。
顔は上を向き、手はだらんと下げている。
紙が指揮官の顔に溶けていく。
オリュヌスは警戒していた。当然僕自身も。
剣を片手に構えた。オリュヌスは僕に言った。
「どう思うゴル」
「ただ死んだって訳じゃなさそうだけど……」
バッと眼の前の指揮官は目を開けた。
――僕はその指揮官の目を見て言った。
「目が……緑色になってる」
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