勇者の条件
グラディアスは背中の氷の壁を消失させ後ろに下がることによって剣を抜く。
「よく剣の位置が理解出来たな。
それはスキルか?」
「パッシブスキル、支配者だ」
秘密主義によって俺自身からも隠されていたスキル。
自分の周囲の空間を把握、理解することによって支配権を握るという程度のスキルだ。
だがそんなことはどうでもいい。
「続けようぜグラディアス」
「楽しそうだな。説明はいいのか?」
「知らねぇさ!!」
俺はアイリスの剣をグラディアスに向かって投げつける。
グラディアスはその剣を弾く、その瞬間に間合いを詰め切り上げる。
グラディアスが俺の後ろに立っていた。
空中に浮いたままのアイリスの剣を掴みグラディアスを追う。
グラディアスはまたもや位置を移動させていた。
不可解な位置移動に俺はグラディアスに聞いた。
「それは瞬間移動か?」
「言葉としてはそうかもな。
だが真実ではない」
「っ」
俺の胴体にグラディアスの”剣だけ”が刺さっていた。
グラディアスはそこから移動していない。
「物体も自由か」
俺は剣が刺さったまま一歩を踏み出す。
横から不可視の攻撃を複数同時に受け視界が揺らぐ。
骨が折れて肉から突き出ていようが関係なく俺は立ち上がる。
俺は二つの剣をグラディアスに投げ、一瞬にして近づく。
二つの剣が空中に舞っている。
右手で剣を掴みグラディアスの腕を斬る。そしてその剣を再び上空へ投げる。
落ちてきたもう一つの剣で今度は足を斬る。
グラディアスの後方に回り込み最初に投げた剣が落ちてくる。その剣で背中を斬る。
だと言うのにグラディアスは微動だにしなかった。
「おもしろい剣の扱い方だ。
その剣が届くのならな」
斬れてない……だと?
「ははっあはははっ!!」
俺は再び両手の剣を上空に投げる。
その間にグラディアスの背中に近づき手を触れる。
「”空虚”」
「なるほど。私のスキルを無効化すればそのまま刺さるというわけだ」
グラディアスは振り向き、俺の手を掴んだ。グリッと俺の肩を外し、引き寄せる。
軽く足を払われただけで一回転し地面に叩きつけられる。
「がはっっ」
俺の顔の横に二つの剣が突き刺さる。
グラディアスは俺の胸を強く踏みつけ言った。
「まだだ。私を殺せ」
打ち止めだ。もう出来ることがない。
「はぁ……はぁ……」
何も効かない。当たりすらしない。
遠くから走る音が聞こえる。軽い足音、疾い。
「ぁぁぁぁああああ!!」
「起きたか」
イナは狐氷を横に振る。
グラディアスが初めて焦りを見せた。
「……っ」
両手を前に差し出し、手のひらをイナに向ける。
爆風がグラディアスに向かって吹いた。
グラディアスの手が震えている。無理やり力で抑えつけている感じだ。
「ああっ! ああ!!」
イナは何度も狐氷を振る。
「この娘……悪いな、許せ」
イナの両腕、両足が消える。
「えっ……」
グラディアスはイナの腹を押すようにして蹴った。
「ぐぼっ」
ごろっごろっとイナは転がる。
再生しない。
俺はグラディアスに言った。
「イナに、何をした」
「当分再生しない状態で眠ってもらう」
イナが小さく声が聞こえる。
「ァ、ァァ、たすけ、ます、から」
イナはあの状態で立とうともがいていた。
イナ、イナ……あの日からずっと傍にいたイナ。
魔王としての性質が剥がれていく。
グラディアスはイナに近づいた。
「どうやって目を覚ました。
特殊な娘だ。仕方があるまい。そうだな……
再生しない状態が続いているのならこうするか」
イナが静かになる。
「イナ……?」
「心臓を潰した。再生もしない」
再生せず、心臓が潰れた……?
――死。
「……」
「来たか。経験も積んだ。
力の出し方も理解した。そして魔王という力の源がどういうものか、身を持って知れ。
お前は――彼女に選ばれたのだろう」
……
「アァァ」
「そうだ。ここの魔力は全てお前の為に用意したものだ。
使え。使えるものは全て使え。
娘だけは守っておくか。正気に戻った後、使い物にならなくなっては困るからな」
「ァァ」
「禍々しい。
どうだ魔の力は。苦しいだろう」
覚醒を始めた魔王は猫背のまま宙に浮いている。
ここに用意された魔力を体の中に溜め込んでいく。
そんな容量はこの魔王にはない。だから余分なものを排除し濃く、真っ黒になるまで濃くしていく。
それでも溢れる黒い魔力は魔王の周囲で渦巻いていた。
剣という武器を捨て、ただ一つの目的の為に行動するだろう。
「全てを終わらせようとするのなら私を殺せ」
これでいい。私の命を踏んでいけ。
あの街を、私の仲間が守り通してくれていたあの平穏をお前が守ってくれ。
ふっ、自分勝手だな。しかしそれが魔王というもの。
「私もただ立っているだけではいけないな。
全ての力を持ってお前と対峙しよう。
魔王同士、時間がなくなるまで殺し合うのだからな」
私は魔王の心臓を自分の手で貫く。
次に腹、そして両足に両腕、首をへし折り頭を潰す。
「スキル”時解”」
この刹那、私の行動に一秒の差もない。同時である。
時間と時間の間。一秒から二秒の間。
その一つの時間を選択し行動、解除することによって同時に攻撃することが可能である。
魔王は血の代わりに魔力を流していた。
「血液すらも魔力に置き換えたか」
「……」
魔王は何も話さない。もはや再生する必要すらないとその状態のまま私に触れた。
私はすぐさま魔王から離れる。
内蔵が全て溶かされている。それを再生させ魔王を見る。
まだ時間が掛かっていようだな。
「受け答えにも反応しないか」
魔王は吸収をやめ、地べたに足をつける。
体をゆっくりと再生させている。
「来い魔王」
「ァ」
部屋の中央にいた私は壁に叩きつけられ全身を潰されていた。
「ぐっ……」
黒い魔力をまるで自分の手足のように動かし、私を何度も叩きつけていた。
私は時間を止め、そこから抜け出す。魔力消費を抑えるため解除した時。
――魔王が私の目の前に立っていた。
なぜすでにそこにいるのか。時間の中で私だけが動いていたはずだ。
スキルは解除され、私は黒い魔力によって弾き飛ばされる。
自分の態勢を立て直し、魔王を視界に入れる。
「私と同じ……いや、スキル自体を習得したわけではないな。
スキルの発動に入り込むこと出来るのだな。厄介だ」
私の止まった時間という世界の中に入ってこれる。
この時間のスキルが死んだ。ならば。
自分の全身に魔力を纏わせる。その魔力が色濃くなっていく。
私は魔王に詰めより避けようともしない魔王に拳を振るう。
魔王の黒い魔力共々散り散りとなる。
散り散りとなった魔王を形成する全てが一つに集まり再生を終わらせる。
今度はこの一撃を連撃として魔王に浴びせる。
「知能が付き始めたな」
当たりそうになると魔力で防ぐ。それまでは私の攻撃を避けるまでになった。
この魔力の扱いだけ極端に上手い。どこかで覚えたか?
後方に下がり、炎を纏った岩を三つ出現させる。
「本来であればこの部屋が、いや魔王城が消し飛ぶほどの威力だがな」
それから私は戦い方を幾度と変え、殺し、殺されを繰り返す。
その全てに適応され、為す術がなくなっていく。
「もういいだろう。
このままだと人格が形成されてしまう。
そうなればこの娘に合わせる顔がない」
このままいけば完全な魔王として世界を蹂躙し、勇者に殺されるだろう。
この者がこの者のまま私を殺さなくてはならない。別人になってはいけない。
「私の独自の魔法だ。
お前のその魔力の支配権を全て消失させる。
空っぽになってもらうぞ魔王。
”人の理、魔の理、交わること無く対となる。
その域を超えるものは理を乱すもの。
消失せよ。それが理であり法である――人魔の天秤”」
魔王の魔力が消失する。
「ァァァ!!」
「なっ……私のスキルを複数代償にした魔法だぞ……!
なんてものを寄越してくれたんだあの女」
私が制御出来ないのなら意味がない!
魔王は消えたはずの魔力を無から取り出した。
少しずつ、それらは元に戻り始める。
だが元々私は死ぬ。ならば……
「ほとんどくれてやろう。
お前の自我を取り戻すためにな」
体が重い。
目を覚ますとグラディアスが椅子に座っていた。
最初のような余裕はなく、頬杖をつかずに両腕を椅子にのせて上を向いていた。
俺は壁に寄りかかっていて何も覚えていない。
とりあえず服がぼろぼろである。
俺はグラディアスに言った。
「何が、どうなったんだ」
「目が覚めたか」
「体がぴくりとも動かないんだが」
「いいから聞け」
「今度は聞けって、マイペースだなグラディアス」
「もう消えるからな。時間がない」
「はっ?」
「ここは私の隔絶魔法と時間のスキルを使って作り出した空間だ。
ほとんどの力をそちらに注いでいる。
過去の話だ。
私は勇者と対峙したあの日、私は勝てないことを知った。
そして勇者に負けないことも分かった。
拮抗していたのだ。そして自分の街にミレッド帝国軍が向かっていることを知った。
そこで私は勇者に提案をしたのだ。
この世界から消える。だからお前の勝利だ。そして口裏を合わせろとな。
街への侵略を辞めさせるためにもそう言った。
あの街で仲間と勇者の国が戦争をする。こちらと向こうで無駄な殺し合いをすることになる。
こちらも攻め込まないという話をし、了承された。
そして私は約束通りこの世界から消えた」
「何いってんだよ。ここに」
「ここは別世界だ。
理解できないかも知れないがこの部屋を別の世界として隔離している。
当然あれからかなりの時間が経っていることだろう。
私には確認出来ないがな。
なにせこの部屋を持たせるため、魔王の素質を持つ何者かがこの部屋に入ろうとするまで私ごと時間を止めるという条件にしていたからな。
この魔力自体は以前から貯め続けたものだ。
ある女に言われてな。
”全てを終わらせたい。もしあなたでダメなら強力してほしい”
実際勇者を倒せなかった私はその女に協力する為、この部屋を作った。
待っていたのだ。この勇者と魔王という下らない神の娯楽を終わらせる者を。
そしてお前が来たということだ」
「女……?」
「会っていないか?
まぁいい。私はここでお前を待った。
しかし来たのは完全に覚醒していないひよっこの魔王。
時間の動き出したこの世界を保つ時間があまり残されていないと考えた。
予定よりは早く終わったが。娘に感謝するのだな。
それと娘に邪魔だと言ったことを詫びていたと伝えてくれ」
「そうだイナっ! イナは!」
「そこから見えるかは分からないがもう再生も終わっている。直に目を覚ますだろう。
お前は魔王として覚醒した。得た力は後で理解するといい。
全く、苦労したものだ。
私のスキルだけでなく私自身を取り込もうとしていたからな。
それではだめだ。
取り込むのではなく殺さなくてはいけない」
「さっきから何言ってんだ。なぜ殺す必要があるんだ」
「ふっ、理解が追いついていないか。
勇者が勇者たる証拠とはなんだ」
「は? 証拠…………まさかっ」
「――魔王を殺すことによって初めて勇者となる。
お前は私を殺した。おかげでもう虫の息だ。死ぬことは確定した。
お前は勇者となるんだ」
「だが俺は勇者候補じゃないっ!」
「勇者候補だ。口ぶりから察するに鑑定は受けたのだろう。
だがお前の秘密主義というスキルによって鑑定を弾いた。違うか?
であれば勇者候補でない理由とはならない」
「そんな、でもこんな矛盾するようなこと」
「ある。
あの女は言った。
”勇者候補である魔王を連れてくる。いつになるかは分からないけれど”とな」
「なら……俺は」
「お前はお前の為すべきことをしろ。
私があの街を守りたいと思ったようにお前のするべきことをすればいい。
ただ、あの女の願いにも耳を傾けてやれ。
魔王、名前を教えろ」
「え、エノアだよ。エノア・ルーヴェスト」
ルーヴェストは一度剥奪されたが剥奪するこれは母さんの姓、捨てる気はない。
「エノア。
私の……この魔王城の近くに街があるだろ。今はどうなっている」
「みんな、平穏に暮らしてるよ」
「すまないが私の代わりに守ってやってくれ。
強制はしない。
お前と一日殺し合った仲だ、いいものをやろう。
私が死んだ後になるが」
「……分かったよ。
ただもうちょっと説明してからでも良かったじゃないか」
「時間は有限であり、お前の覚醒は先が見えなかった。
一秒でも早く行動を起こしたかったのだ。許せ。
この空間は後一日持つ。だから想定より早いと言ったんだ。
……もう時間のようだな。まだ聞きたいことはあるだろうがここでお別れだ。
ふっ、もう少しお前と話をしていたかった。
さらばだ終焉の魔王エノア・ルーヴェスト。
リビアに約束は守ったと言っておいてくれ」
「リビア?! あっおい!」
「すまないな。私は……マイペースなんだ」
グラディアスは消失した。完全に。
死体が残ることもなく、魔素に変換されることもなく、消失した。
「くそ……最後までペースをにぎ、ら、れた、まま」
あれ、目が……勝手に閉じ……
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