幼竜
「ああ。終わらせて見せるさ。
ミィレンの民が誰も死なない為に」
俺はフェリルの目の前に座りこう言った。
「顔上げろよ。
傘下に下るんじゃない。
俺たちは同盟を組むんだ。同等だよ。
四カ国同盟。これで成立だ。
そのうち俺の国に来て署名をしてもらうことになるがいいよな?」
フェリルは顔を上げて言った。
「うむ。
それは構わんぞ。
しかし同盟ということはミレッド帝国と本格的に戦争を始めた時、妾達も戦場に赴くことになるのかの?」
「そうだな。
嫌なら別に構わないができれば一緒に戦って欲しい」
「当然指をくわえて見とるつもりはないからの。
おんぶにだっこで全てを終わらせてもらおうなんて虫のいい話じゃ」
「それなら助かるよ。
そうだ一つ聞きたいことがあったんだ」
「なんじゃ?」
俺は立ち上がりイナの手を引く。
そしてフェリルの目の前にイナを座らせる。
フェリルとイナがお互いを見合っていた。
フェリルはイナを見ながら言った。
「この子がどうしたのじゃ?」
「見覚えとかないか?
血縁とか」
「うーむ。妾には見覚えはないのう。
そもそも狐型の獣人自体が珍しいからの。
この子がどうかしたのかの?」
「それがな」
俺はイナが奴隷であったこと。
ロンはたらい回しにされたイナを高額で買い取ったので出どころが全く分からないと言った。
フェリルはその話を聞いて少し考え込んだ。
「ふむ……
つまり親を探したいと」
「そうなんだ」
「難しいじゃろうな。
今どき獣人の奴隷なんてものは珍しくない。
親が生きているかも分からぬ。
売られた可能性だってある。
家畜扱いも同然ということは品種改良だってありうるからの。
それとその目が特徴と言ったが目が赤いからと言ってその親も赤いとは限らぬよ。
ずーっと昔の祖先の血が色濃く出ることもあるからの」
「そうか……
親を見つけてやりたかったんだが……
なんの情報もなくてな」
「気の毒じゃが諦めたほうがよいじゃろ」
イナがしゅん……とわかりやすく落ち込んでいた。
それを見たフェリルが何を思ったのかこんなことを言い始めた。
「妾をお母さんだと思うのはどうじゃ?」
「何言ってんだ?」
「妾も何を言っておるのかよく分かっておらん」
しかしフェリルは両腕を広げイナに言った。
「丁度妾も狐型の獣人。
千年も生きておる。
義理ではあるが代わりに妾が母親となっても良いぞ?
母と呼んで見てはどうじゃ?」
イナは口元に手を当てながら戸惑っていた。
そして躊躇しながらも言った。
「お、おかあ……さん」
お、おお、フェリルの尻尾が揺れまくっている。
表情もにやけている。
「イナと言ったな。
――おいで」
「おかあさんっ!」
イナは本当に母親の包容を受けるようにフェリルに抱きついた。
フェリルはよだれを垂らしながらイナの頭を撫でる。
「はわっ……な、なんじゃこの言い知れぬ感覚は……
これが幸せというものなのかの」
イナがフェリルに夢中になっているのを見て少しムカッとする。
いや別に……寂しいとかは……
「なんじゃお主妬いておるのかの?
役回りで言えばお主は父親であろう?
妾の胸に飛び込んできてもよいのじゃぞ?」
あきらかにからかっていた。
俺は立ち上がり本当に飛び込むことにした。
「な、なんじゃ、ほ、本当に来るのかの?
冗談の、つもり、きゃっ」
ぼふっ。イナと一緒にその胸に飛び込んだ。
なんだこの柔らかさ。包まれる感覚。
「い、いつまで抱きついておるっ!
もう離れるのじゃ!」
イナ共々離される。
フェリルは乱れた着物を整えていた。
――のに開いていた窓から何かがフェリルに向かって飛びついた。
フェリルは体勢を崩しそのなにかにもみくちゃにされていた。
「やめんかレイヴィア!
客人の前じゃぞ!」
「んっんー! あははっ」
レイヴィアと呼ばれた女の子はフェリルから離れる。
俺はフェリルに聞いた。
「この子は?」
「この子はレイヴィア。
竜種の子じゃ。しかし人間の姿をしておってな。
幼竜じゃが力も強く手こずっておるのじゃよ。
ある日雪の中を一人歩くこの子を兵士が保護したのじゃがいかんせん言葉が通じん。
窓を開けておいて時々帰ってくるこの子と戯れ食事をするのが日課になってしまった。
悪い子じゃないんじゃ、ただ言葉が分からぬゆえ叱ることも出来ぬ」
レイヴィアと呼ばれた少女を見る。
イナより幼い。サリーと同じくらいだろうか。
しかしイナやサリーのような落ち着きはなく、辺りをキョロキョロと見回して忙しない。
性格も天真爛漫、無邪気と言った所。
竜種と言われても納得出来る角。少し後ろで結ばれたツインテール。
その長さは結ばれた状態で肩ほどまである。
フェリルの着物と違い、簡単に着られた普段着のような着物は余計子供っぽさを強調していた。
ずっとにこにこしていてかわいい女の子である。
フェリルはレイヴィアを抱きかかえ、頭を撫でながら落ち着かせる。
「最初は服すら着ておらんかった。
会話は出来なくとも意思疎通は出来た。
ゆえに身振り手振りでがんばっておるわ。
お主らはこの子についてなにか知っとるかの?」
「いや……
うちにも破龍という竜種はいるが角の材質が違う。
それに封印されてたからな。
あ、そういえばここに来る前に洞窟で野宿したんだがその奥で鱗をひとつ見つけた。
持ってきてはいないがそこで生まれた可能性はあるかも知れないな」
「後で調査に向かわせるとしようかの」
その時、この和室の部屋の中に風が吹き荒れる。
「な、なんじゃ!」
俺は見覚えのある風の吹き方に嫌な予感がした。
「こ、これは……」
そう言えばシェフィが言っていた。
――その力はね、気まぐれなのよ。
「気まぐれってそういうことかよっ!」
ってことは……
血の契約、リィファのテイマーの力が勝手に発動したという事は。
レイヴィアはきょとんとしたまま俺を見ている。
そして風が止んでしまう。
フェリルは髪を乱したまま言った。
「な、なんだったんじゃ」
「ママーッ!」
「?!?!」
俺は頭を抱えながらフェリルに言った。
「ごめん……ほんとごめん……」
一通りの説明を終わらせる。
フェリルは自分の髪をとかしながらため息をついた。
「つまりお主は自分の意思と関係なくレイヴィアと主従関係を作ってしまった。
そして主従関係を結んだことでなぜか人間の言葉が分かるようになり話せるようになった。そういうことじゃな?」
「ああ。年相応の事しか話せないと思うがそういうことになる」
「まさかママだと思われていたとはの」
レイヴィアは悲しそうな顔でフェリルに言った。
「違うの?」
「ふぐっ……
別によい……一日で二人の娘が出来るとはの」
俺はフェリルに言った。
「すまない。
勝手に主従契約を結んじゃって……」
「構わぬ。
元より誰のものでもない。
それにテイムとやらの力は相手も了承しなければならんのじゃろ?」
「ああ。強制的な支配は出来ない。
奴隷じゃないからな」
「この子がそれを選んだと言うのなら文句などいうはずもない」
レイヴィアは俺に駆け寄りビタッと抱きつき言った。
「パパだいすきっ!」
「ぱっ」
わ、悪くないかも知れない。
ただフェリルが俺を指差しながら馬鹿にするように笑っているのはちょっと許せないな。
その後、俺はフェリルとレイヴィアについて相談していた。
「それでこの子どうする?
俺が連れ帰ってもいいが今までここで過ごしてきたんだろう?」
「そうじゃな……
しかし主従関係を結んでしまったのならお主についていったほうがいいじゃろ」
なんだこの離婚話のような会話は。
「レイヴィアに決めさせるか?」
「本人が良ければというのもいいがその判断が出来る年頃かの?」
二人で頭を悩ませた後、俺はフェリルに言った。
「今のままここで預かってもらったほうがいいんじゃないか?
俺は魔王だし、危険も多い。
だがここならある程度の守りはある。
今までの生活も続けられるし、今まで通り母親として面倒を見てやってくれ」
「そうじゃな。
最終的な判断はレイヴィアの判断も仰ごうかの。
レイヴィア。このままここで過ごしてもよいか?」
「いいよママー! でもパパにも会いたいっ!」
「お主も気に入られておるの。
自分の家だと思って時々帰ってくるのじゃぞ」
「あ、ああ。
本当に家族になったような錯覚を覚えたよ」
「妾もじゃ……
帰ってくる時はイナも一緒にの。
母の元に帰ってくるのじゃぞ?」
「はいっ! お母さん!」
イナも気に入ったらしいな。
突然の出来事に慌てふためきながらも事態は収束し、目的も達成出来た。
その日から三日間ほど疲れを癒やすことも考えミィレンで過ごす。
本当に家族のような三日間を過ごし、俺とイナはミィレンを出た。
そして前魔王城に向かった。
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