キセルと鈴
俺がロンから聞いていた話より実際はひどい総称だったようだ。
「それで、どう考える?
魔王の国と狼王フラッドのディルマ、人間の国アイリスのカラムスタ王国、この三カ国の同盟に加わる気はないか?」
「そうじゃな……お主ならどうする?」
「俺に聞くのか?」
「そうじゃ。
妾は千年近くをこの国で姫として守り続けてきた。
そして最弱の種族、自由を得た家畜と言われておる妾達はどうするべきだと思うかの?」
「俺なら組む」
「きゃははっ!
良いのー……新米はいさぎが良くて」
「……何が言いたい」
「魔王、その言葉に恐怖し、慄き、腰が抜けるものは多いじゃろう。
しかしな王としては一人の生き物として怯えることは出来ぬ。
はっきり言っておいた方が良いか?」
「言ってくれ」
「ふふ。
簡単な話じゃよ。
――敗北の象徴たる魔王という名の元に下る気はない」
鋭い目で睨みつけられる。
そう、魔王とは一人の強さが強くとも二番目の歴史だ。
一番に必ず勇者という存在がいる。
フェリルは袖の中からひとつの筒を取り出した。
筒の中から取り出したのはキセル。
長い棒状のタバコを吸うための器具である。
その先に近くの箱から葉を詰め火をつける。
ジジッと水分が飛ぶ音がする。
白い煙を吐き、こんなことを言った。
「怒らないのじゃな」
「ああ。否定出来ないからな。
俺も最弱の種族なんて言っちまったしな」
「どの国もそうじゃが民を守りたいという気持ちがある。
中には民が王に付いていくという事もある。
妾はどちらも持ち合わせていると自負しているからの。
……民がかわいくて仕方ないのじゃ。
ミレッド帝国に下ってもいいと考えてしまうほどにの」
「それは辞めといたほうがいい。
やつらの植民地を見たが崩壊する前提だったぞ」
「何も考えておらんわけではない。
ミレッド帝国は千年もの間、妾の国を落とせなかった。
完全なる下に付くのではなくあくまで同盟、もしくは対等な立場として下るのじゃ」
「約束を守ると思うか?」
「ならどうしたらいいと言うのじゃっ!」
ずっと大人びた様子を見せていたフェリル。
そんなフェリルが声を荒げる様子はなぜか胸が痛む。
キセルをコンッと灰を捨てる木の入れ物に軽く叩きつける。
キセルに詰まっていた葉がそこに落ちる。
フェリルはキセルを木の入れ物に当てたまま弱々しく鳴いていた。
「妾はもうっ、民が死ぬのを見とうないっ」
その姿に自然と俺も涙が頬を伝っていた。
「なぜお主が泣くのじゃ!」
「な、なんでかな。感化されたというか、フェリルの感情に触れて涙が勝手に出てきたんだよ」
「どんな魔王じゃ……
妾の涙も枯れてしまうぞ」
俺はすまないと謝り涙を拭いた。
フェリルも深呼吸をしながら落ち着いた。
落ち着いたフェリルはキセルをしまった。
「取り乱してすまなかったの」
「いやいいよ。俺もだし」
「しかしそれとこれとは話が別じゃ。
簡単にミレッド帝国との衝突を話そうかの。
ミレッド帝国が周囲の国々にちょっかいを出していることは知っておるな?」
「ああ。俺たちの所にも着たよ。
無傷で全員殺したけどな」
「ミレッド帝国が誕生してからというもの、誰も攻め落とせず守りの完璧な国に周囲の国々は指を咥えて待っているしかなかった。
攻めたいときに攻める。絶対に自分の国を落とされない。
戦争においてこれほど強力なことがあろうか。
大きくなったミレッド帝国はその後も領土を広げることをやめなかった。
そして妾達の国もその対象になったのじゃ。
千人、もしくは数千人規模で訪れては使い捨て前提で攻めてくる。
相手の戦力を削り、戦意を喪失させ落とせると判断したその時やつらは本隊を送ってくるのじゃ。
妾達も一度そういう状況になったのじゃ。
しかしこの城を落とせなかった。
当然じゃ。この城はある異世界からの男が生涯をかけて作ったこの国を守るための城。
この中において妾達は地形を利用し、刻まれた術式の力でミレッド帝国の想定以上の守りを見せたのじゃ。
しかし振り出しに戻っただけじゃった。
再び戦力を送り込んできては相打ちを目論む。
民を、民だとは思っておらぬのじゃやつらは。
いつか妾達の国は落ちる。そうなる前にもう……」
「そんな俯いた顔で決断して自分の民に堂々と言えるか?
妾はミレッド帝国と手を組むと」
黙り込むフェリル。
「俺が全部変えてやる。
お前らを最弱だという言葉も、魔王が必ず負けるという言葉も、全ての種族と共に平和に暮らすなんて出来ないなんていう言葉も全部だ。
まずはお前を変えなきゃな。
俺の要求を飲め。俺がお前の大事な民を殺しまくったミレッド帝国を潰してやる」
俺はそう言って立ち上がり、自分の手を差し出した。
フェリルは目を見開き、驚いた様子を見せる。
「期待、したくなるのぉ……お主の言葉は」
少し手を出すもののその手を躊躇するフェリル。
民という重みがあるからだろう。
「お前の民はお前についていくんだろう?
お前が俺に期待するのなら民もまた期待する。
自分の大好きな姫さんが決めたことだからな。
兵士達見てて信頼があるのは分かってたよ」
ドドドドッ
階段を駆け上がる音がある。
「姫様っ!!
ミレッド帝国軍が攻めてまいりました!
その数三千……
表に出れる者たちで対処致します」
フェリルは三千という言葉を聞いて下唇を噛んだ。
ずっと相手してきたんだ。何人死ぬのか想定がついているのだろう。
俺は手を引っ込めた。
「ったく、魔王と姫様の時間を邪魔するとは許せないな」
「どこに行くのじゃ魔王」
「俺は魔王だぞ。
今から味方につけようとしている国を攻める自分達の敵国が攻めてきてるんだ。
殺すんだよ。俺が、その三千の敵を全てな」
「お主がそこまでする理由は」
「もし俺がここで相手を全滅させられたのなら……
フェリルは俺に恩が出来るな」
「……怪我、するでないぞ」
「魔王にそのセリフを言うのか。
ああ。しないよ。心配させちゃ意味がないからな。
イナ、戦えるな?」
「はいっ! イナは大丈夫です」
フェリルがイナを見て言った。
「その娘……なぜお主と」
「奴隷商から買ったんだ。
死ぬ直前みたいな状態でな。見捨てられなかった。
有り金全部消えたが助けてよかったと心から言えるよ。
じゃあ行ってくる」
そう言って俺は階段を急いで降りていく。
その後ろをイナが付いてくる。
城の外に出て、報告に来た兵士に場所を聞く。
「俺たちが入ってきた所と同じ場所か」
ミィレンの兵士達は武器を構え、ミレッド帝国の軍と対峙していた。
今にも戦争の火蓋が切られようとした時、俺はミィレンの軍の中を突っ切り一番前に出ていった。
イナはその後ろから付いてきている。
もう俺の情報は向こうに伝わっている。
相手は俺が魔王であることは分かっているだろう。にも関わらず引く気配はない。
あんな死に方を仲間がしたにも関わらずやることは変わらない。
聖書のせいかも知れないな。使い捨て、か。
数はいくらでも用意出来るだろうからな。植民地の人間を生贄に使えるくらいなのだから。
隊長が剣を前に突き出し、叫んだ。
「とつげきぃぃぃぃぃ!!」
「「ウォォォォォ!!」」
スッとミレッド帝国の前衛隊を冷たい空気が後衛帯に向かって吹いていく。
違和感のある冷気に前衛隊は言葉を失う。
「なんだ……今の風は」
前衛に居た隊長がそう言った瞬間、中衛から後衛まで全てを巻き込んだ氷の波が出来上がる。
隊長は後ろを振り返り剣を構えていた手の力が抜けだらんと構えを解く。
「めちゃくちゃだ……」
「それが魔王だ。少ない魔力で済んだよ。
使い慣れた魔法はやはりいいな」
後方には山のように氷の波が出来ている。
逃げることは出来ない。元より逃げるつもりなどないだろうが。
「ハァ……」
顔がニヤけるのを感じる。
リーシアを思い出し、心を落ち着かせる。
前衛に残った数百の兵士は勇敢にも立ち向かってくる。
イナが前線に出る。
狐氷を顔の前で構え、向かってくる兵士を捉えていた。
雪の上だと言うのに戦闘状態となったイナはそれを物ともせず数百の兵士を無傷で倒していく。
空中を踊るように自在に戦う姿はうつくしいものだった。
イナもここまで戦えるようになったのかと関心していた。
「イナ、下がっていい」
「はいっ」
イナは俺より後ろに下がる。
心を落ち着かせた俺は空中に影を展開する。
影が鉱石の形を作り出す。
「こんなもんか」
俺は人差し指でクイッと合図を出す。
鉱石は残った兵士の心臓を撃ち抜いていった。
こちらは全て無傷。
見える光景は悲惨な死を遂げたもの達。
圧倒的な力の差に逃げることを許されない彼らは死を迎えた。
食べようとする影を押さえつけくるりと振り返る。
口を開け、見たことのないだろう大規模な魔法と同じ獣人のイナの戦闘に驚き、見惚れ、頭の中の整理がつかない状況だろう。
戻ろうと歩みを進めようとした時、我に帰ったミィレンの兵士達は片膝をつき、俺に感謝の声を述べた。
「ありがとうございます。
他国である我々の為にその身を危険にさらしてくださって、なんとお礼を申したらいいか」
「やることに利益があったからだ。
なければ助けはしない」
イナが横で口を出す。
「いえご主人さまはなんの利益がなくともたすけむぐっ」
俺は小声で魔王の威厳があるんだと言った。
コクコクと頷き、イナは口を閉じる。
兵士は続けて話す。
「死ぬことを、覚悟していました。
姫の為、この国の未来の為、皆を守るためにこの命と……
この助かった命、生きることが出来た未来をくださった魔王様に感謝の意を伝えさせて頂きます」
「いいよ。
その命で姫さん守ってやれよ」
「「はっ!」」
俺はもと来た道を戻り、城の最上階へとたどり着く。
するとそわそわしているフェリルが俺に気づく。
「無事だったか……!」
「ああ。死者はミレッド帝国だけだ」
「ありがとう……」
「んで、どうする?」
「いけずじゃなぁ……
分かっておろう? これでときめかん乙女がいるものか」
フェリルは正座をした。
両手を前に出し、頭を深々と下げる。
「獣国ミィレンの行く末――お主に託す」
城の最上階、静かな空間に鈴の音がひとつ。
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喜びます。