聖遺物 アイリスの剣
翌日、誰かが部屋をノックする。
「アビスです。魔王様いらっしゃいますか?」
「いるよ」
「入ってよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
アビスは鍵のかかっていない扉を開け、中に入る。
「お一人ですか?」
「ああ」
今はな。さっきまでリィファが居たとは言えない。
「カラムスタ王国、アイリス様とディルマ王国、フラッドへの伝言が完了しました。
双方の返事に関してもご報告があります」
「教えてくれ」
「はい。双方了承致しましたとのことです。
それぞれ警備を数人引き連れこちらに向かうとのことです。
数日後に出発なさるとのことなのでそれまで私はお休みということになりますか?」
「そうか。そうだな……
もう一日早く働いてもらうことになるかも知れない。
国の主三人だからな。
建設途中の魔王城の一部屋を使う。
その部屋にリドから守った時のような結界を張って欲しい」
「かしこまりました。
そのように」
「頼んだぞ」
「誰のお相手をなされてたんですか?」
「……」
気づいてたのか……
「だんまりですか?
私は誰が相手でも構いませんよ?
私の行動に変化はありませんから」
「……黙ってても意味はない、か」
「はいっ」
元気に返事をされてもな……
「リィ……ファ」
「……少し意外です。
長い間一緒にいたわけではありませんがもっと奥手な子だと思っていましたので。
それとも魔王様が」
「いや、俺じゃない」
「ふふ。知ってましたけどねっ。
魔王様の方が奥手ですから。
――こっちからお願いしないと何もしてくれないくらい。
でもたまには魔王様から行動してくれてもいいのではないですか?
それともよりどりみどりで後回し、とか?」
「違う違うっ!
そんなつもりはない!
確かに、いろんな子から好意を寄せてもらってうれしい限りだがアビスを後回しにしてるだとかそんなことはない。
ただ、自分からはあまり行動しないだけで……」
「ふーんそーなんですかー。
期待、してますよ?」
ベッドに座っている俺の顔をそういいながら覗き込む。
かわいいんだよな……
唾をごくりと飲み込む。
俺の戸惑いなど視野にも入れずアビスは微笑んだ後、くるっと扉の方を向く。
俺をからかうのが楽しかったのか体を揺らしながらご機嫌で部屋を出る扉に向かって歩いていく。
――俺は部屋を出ようとするアビスを抱きとめる。
「えっっっっ?!」
「なに戸惑ってんだよ。自分からって言ったのはアビスだろ?」
「ま、まま、魔王様、いくらなんでもこんな時間に」
「なるほど、先に行動するのも悪くないな」
「あっあっ、のっ……」
いつもと立場が逆転し、慌てふためくアビスを愛おしく感じる。
「かわいいよ、アビス」
「ふぁ……」
俺は朝食を取るため、宿の部屋を出る。
そして一階のスペースでリィファと遭遇する。
「遅かったですわね。
二度寝でもしましたの?」
「ん? んー……まぁそんなとこ、かな」
「き、きのうは……よかっ、いえっ!! なんでもありませんわっ!」
これだけ魅力的な女性と触れあえば自信もつくものだが恥ずかしさなどは未だ健在であった。
リィファのセリフにドキドキが止まらない。昨日のリィファを思い出してしまう。
イビアが宿に入ってきて俺に聞いた。
「あれ、姉ちゃんは?」
「ん? あー、二○二でうずくまってるよ」
「え、なんで?」
「聞いてみればいいんじゃないか?」
「ふーん、分かった。
魔王さんに用があるって行ってから随分遅かったからよ。
二時間くらい待ってたかな。まぁいいや」
そう言ってイビアは階段を上がっていく。
俺はリィファに用意してもらったサンドイッチを頬張る。
ドタドタドタ!
二階が騒がしい。おそらくイビア達だろう。
あまりにも大きな声で会話するものだから微かに声が聞こえてくる。
「なんだよっ! ちょっと聞いただけじゃねーか!
なんでそんな怒ってんだよねーちゃん!」
「うっさい! うっさいうっさいうっさーーーーい!
もうっ! 何も聞かないでよばかっ!!」
俺はリィファに入れてもらった温かいコーヒーを口に運ぶ。
「エノア様。おいしいですか?」
「おいしいよ」
それから数日後、この魔王城にアイリスとフラッド、それぞれの警備の者が集まる。
となりにはアビスがいるがあの一件以来、実は自分でも恥ずかしくなって若干顔を合わせづらい。
他にはイナとリーシア、リィファもいる。
ティアナやイビア、トアには表の警備を任せていた。
用意された部屋の床は黒みがかった漆喰の木で出来ている。
壁は白いレンガ。そして至る所に彫刻がされ、その中にはアビスの結界の一部となっているものも存在する。
三十人ほどは座れるだろう長いテーブル。
端と端にフラッドとその傭兵。
フラッドと同じく、狼男のような姿をしている。
そしてアイリスはガルスと兵士を引き連れ双方、主のみが椅子に座る。
俺は挟まれる形で真ん中の椅子に座った。
最初に口を開いたのはフラッドだった。
「そこの、ちまっこい娘が王だと?」
アイリスは話しかけられ、怯えながらもこう強く言い返した。
「私がカラムスタ王国、アイリスです。
ご不満があるのでしたらそれは民に対する冒涜とみなしますよ」
「くくっははっ!
おい中途半端魔王!
おもしろいの連れてきたじゃねーか。
こいつ魔族事態を見るのは初めてだろ?
その割には肝が座ってやがる」
「からかうなフラッド。
中途半端は認めるが、今はそんな話をする為に呼んだんじゃないぞ」
「んだよ。殺しかけたこと怒ってるのか?」
「それは当然だが今は私情を挟まない」
「なら、約束は覚えてるな」
フラッドは席を立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側に立つ。
「魔王と名乗れるだけの説得力は持ってきたか?
弱いと言われないだけの強さは得たか?」
「確かめてみればいい」
イリアスの仮面をつけていない俺は少し圧をかけただけで常人なら冷や汗が止まらなくなる威圧をかけることが出来る。
「かっ! 以前とは違って威圧感はある。
だがそれは強さと同義じゃない。
覚悟は決めたか? ああ?」
アイリスが机をバンッ! と叩きながら立ち上がる。
「待ってください!
今はそんなことする必要は」
「あんだよ。
現に力もねぇてめーらは何も出来ずにいるだろうが」
それを聞いたアイリスはそのまま歩き、俺の前で両手を広げる。
「なんの真似だ小娘。
そんなことして自分の国の民はどうでもいいのかよ」
「同じことはあなたにいいます。
そんなことして、魔族の未来はどうでもよいのですかっ!」
「この」
俺はアイリスの肩に手をのせ、横へと追いやる。
フラッドは笑った。
「いい目だ。惚れた女か?」
フラッドはあの時のように腕を引き、構えを取る。
ほんの少し、動いた瞬間。
「! これは」
影がフラッドの腕、足を拘束する。
「俺の力のひとつだ。
振りほどいてもいいが俺は死なない。
決着のつかない勝負を永遠と続けるつもりか? フラッド」
フラッドは影を振りほどいていった。
「まぁ多少は出来るようになったみたいだな。
だがまだ弱すぎる。
今回は多めに見てやるよ。
次は俺の前で堂々と魔王と名乗れるよう努力するんだな」
フラッドは元の席に戻る。
俺はアイリスにも席に戻るように指示し、席についたのを確認した後に今回の本題を話し始めた。
「話は伝わっていると思うが同盟を組んで欲しい。
その上でルーヴェスト帝国が国であることを認めて欲しい」
アイリスは言った。
「構いません。元よりそのつもりで来たのですから」
フラッドは机に足を乗っけて言った。
「俺は断る。
メリットがねぇ。お前の国と同盟を組んだ所でなんの意味がある。
助けに来ます、助けに行きます?
はっ! 仲良しこよししてーんじゃねぇんだ。
勇者候補なる強者にわざわざ自国の民を行かせるかよ」
「ミレッド帝国を潰す」
「なに?」
「以前ミレッド帝国と戦争をしていると聞いた。
ならばそのミレッド帝国を俺たちが潰そう」
「くっくくっあははっあはははははは!
俺たちがずっと苦しんできた大帝国を昨日今日出来たばっかのちっせぇ国が潰すだと?
おもしれぇこと言うじゃねぇか!
あはは! くーっ涙出てきたぜ。
そんな簡単に潰せるなら苦労しねーんだよクソが」
「聖書」
ぴくっとフラッドの耳が反応する。
「そこまでは調べたか」
「ああ。
やつらの土俵ならたしかに勝ち目は少ないだろうな。
棲み分けは内と外。
内のものは内のもの同士でしか接触できない。
外のものは外のもの同士でしか接触できない。
世界が別みたいなもんだ。
そしてもっと厄介なのはあいつらが聖書と聖書の写しを利用して相手を自由に内、外と入れ替えることが出来ることだ。
ただしそれはルールが適用される中でしか行えない。
生贄の水、帝国内、教会の中。
手は二つ。
やつらが俺を潰しに来るのを待つことだ。
なんせあいつらは喉から手が出るほど勇者を欲している。
もう一つはこれだ」
俺はアイリスの剣を見せる。
アイリスは当然反応した。
「エノア? その剣がどうしたのですか?」
「アイリス、この剣は一体何なんだ。
この剣。聖書と同じ聖遺物だぞ」
「聖遺物? というのは」
「つまりだ。
主神がダグラスとなる以前の話。
神代の前の時代。おそらくは原初の時、作られた、もしくは原初の時代に生きていたものが由来の聖遺物なんだよ」
「そ、そんな……まさか、いえ、でも」
「教えてくれ」
ではお話しますとアイリスは真剣な表情で語り始める。
「……私の、アイリスという名は一人の天使から取った名です。
あくまで伝承として王家に伝わるお話なのですがおとぎ話とばかり……
一人のアイリスという天使は地に足をつけました。
天使は恋をしたのです。その翼を隠すため村娘となりました。
村娘となった天使はニーアと名乗ります。
ニーアは表では恋をした男性と愛を育み、裏では堕天した天使、イリアスとしていくつもの道具を作り上げていました。
それらは全て恋をした男性の為に用意していたものです。
男性は勇敢で、神を討ち倒さんと世界の為に立ち上がります。
しかし、その剣が神には届かないことをニーアは察していました。
いくつもの道具を信頼できる各々に預け、恋をした男性の為に道具を作り続けていました。
――神に殺される最後まで、彼に正体を隠したまま彼の恋人の村娘ニーアとしてその生涯を閉じたのです。
ニーアの遺した遺物は後に多大なる力を発揮したとのことです。
その先は分かりません。
火の海となったニーアの過ごしていた村は復興し、カラムスタ王国として建国されました。
その際、継承され続け、国宝とされてきたのが王の剣なのです。
つまりこれは、おとぎ話などではなく、本当の話だったということになります」
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。