侵食
目を覚ますとベッドの上だった。
飛び上がり近くに誰かいないか確認する。
するとイナとティアナ、イビアとアビスが部屋にいた。
「魔王さん!!」「魔王様!」「エノア!!」「ご主人さま!!」
どかっと全員に押し倒される。
「待て待て! まずは時間だ!
どれくらい寝てた! ルーカスは?! ミレッド帝国はどうなった!」
「魔王さん、そんなに時間は経ってないぜ。
日付が変わる直前くらいだよ。
心配させんなよ」
「そうですよ魔王様。
起きたら魔王様の上着を着て寝ていて、目の前では泣きじゃくってるイビアが居て大変だったんですよ!
治癒も効かず怖かったんですから!!」
「ご、ごめん。
ルーカス、ルーカスはどうなった」
部屋の扉が開く。
「無事だよ。
まだまっすぐ歩けないけどな」
「無事だったかルーカス」
「ああ。死ぬほど苦しかったがなんとかな」
「どうだった」
「見せた方が早いかな」
ルーカスは右目が隠れている包帯を解いていく。
「ルーカスお前、その目」
「どうやらあんたにもらった力みたいだ。
ただ目が復活きただけじゃない。
スキルとして入手したのが分かる。
<魔王の義眼>
ただ、包帯巻いてないと見えてる世界が違いすぎてまともに歩けないんだ。
慣れるまで時間がかかりそうだけど強く慣れる確信は得た」
「良かった……
本当は可能性が低かったんだ。
自分のスキルに止められたしな」
「信じてくれたんだな。ありがとな。
俺も魔王のあんたを信じてよかった」
俺は一安心し、イナ達と一緒に食事を取ると言った。
「ルーカスはどうする?」
「俺は……グレンテとマリのとこに行くよ」
「そうか。グレンテは大丈夫そうだがマリはどうか分からない。
俺よりお前の方が助けになるだろ。
謝ってたって言っておいてくれ。もし起きてたら、だが」
「分かったよ。必ず戦力になって見せるからよ。
じゃあな」
「ああ。でもまだ使いこなせてないんだ。
明日は休んでろよ。明日のことはゴル達に任せろ」
「ゴル達? でも」
「あいつらが戦うとさ。我慢出来ないんだってよ。
いい信頼関係を得たんだな」
「あんたのおかげだよ」
ルーカスはそう言って部屋を出た。
「ルーカス! 無事だったか」
「よぉグレンテ。悪いな。俺が突っ走ったばっかりにこんなことになっちまって。
お前はミレッド帝国の人間じゃないのに今まで付き合わせて悪かったな」
「何言ってんだ。いいんだよ。
言わなくても分かるだろ?」
「ああ。だからお前はもう故郷に帰れ」
「なんの冗談だルーカス」
「恋人、いるんだろ? 貧しい村の為に稼ぎに出てたことは知ってる。
ある程度の金は俺が責任持ってなんとかするから」
「ルーカス!! 大概にしろ!!」
「っ……」
「お前の意思で決めるな。
確かに今回俺は死ぬような目にあった。
なんなら死んだほうがマシだったかも知れない。
だが俺が帰るといつ言った!
恋人にはこの国に来ないかと手紙を送った。
返事を待っている所だ。
そしてそれを撤回するつもりもない。
俺だって魔王についていく覚悟をしたんだ」
「……本当に死ぬかも知れないんだぞ。
今までみたいなゴル達との仲良しこよしじゃない。
戦争をするんだ」
「どんな国でも起こりうる話だ。
そしてその覚悟を誰もが持っている」
「……分かった。撤回するよ。
こんなこと言って悪かったな」
「いや、俺も怒鳴って悪かった。
マリの所に行くのか?」
「ああ。今から」
「マリは……お前に惚れてるぞ。
ただ、こんなことになってどんな感情なのか想像もつかない。
慎重にな」
「ああ。知ってるよ」
俺はグレンテの部屋を出て隣のマリの部屋に入った。
マリは……起きていた。
部屋に入った時の足音だけでマリが怯えているのが見えた。
「あ……ルーカス……」
「よっ、マリ」
俺は隣のベッドに腰掛け、掛ける言葉が見つからないまま時間が過ぎた。
「ごめんな……怖い思いさせちまって」
「ううん……私も覚悟は決めてたから」
「でも、俺は操られてお前を……刺した」
「気にしてないよ」
気にしてないものの反応じゃない。
強がりだとすぐに分かった。
「あ……だめかも、涙止まんなくなっちゃった」
「マリ……」
マリは笑顔だった。けど作り笑顔だった。
あふれる涙を見て、やっぱり強がりだったんだと思い、胸が痛くなる。
マリは涙を拭きながら俺に言った。
「ごめん、泣くつもりはなかったんだけど」
「そんな強がり、見せなくていい。悪いのは、俺だから」
「全部ルーカスのせいにして感情をぶつけろってこと?」
「そうだ。俺にはその責任がある」
「なによ責任って!!」
普段温厚なマリが叫んだのを聞いて体が固まる。
「責任とってなんて言ってない!
分かった、じゃあ全部ぶつける!!
怖かったよ! もう死ぬと思った!
生きた心地なんてしなかったし、ルーカスに刺された時は絶望した!
手首が痛いのにずっと痛いままで動けば動くほど痛いのに殴られた!
ルーカスが私達の限界を知って喋っちゃうまでつらかった。
でも喋っちゃった時もっとつらかった!
だってルーカスはそんなこと絶対したくないって思ってるから。私達の為に自分だけが罪をかぶって魔王様に殺されようとしてたでしょ!!」
「……お見通しか」
「当たり前じゃん好きなんだもん!!」
真夜中。息を切らしたマリの音だけが聞こえる。
「ごめんね、私の方こそごめんね……
私達が居なければルーカスはきっと魔王様が来るまで耐えてた」
「どう、かな」
限界だった。俺だって。それでも話してはいけない。
でもどう見てもマリとグレンテが持ちそうにない。
そう思った俺は自分だけが死に、ミレッド帝国の進軍はきっと魔王がなんとかしてくれると思った。
そうするしか全員が助かる道がなかった。
「ごわかった……今までヒーラーだったから擦り傷くらいしか経験したことなかったのにっ、あんなことされて痛かった……
でも、ルーカスに付いていったことを後悔したくなった、からっ!
頑張ったよ……」
「マリ」
俺はマリに怖がられてもいい。
だから抱きしめたいと思った。
マリは俺の腕の中で泣いた。マリの手が俺の腕に触れ、力強く握られる。
そして涙声でマリはこう言った。
「責任、とってくれる?」
「……そのつもりじゃなきゃこんなことしない」
「うんっ」
マリにお腹が空いたと言われた。
確かに俺達は一週間ほとんど何も食べていない。
グレンテも呼び、オークが経営を始めた食堂レストランに入る。
そこには魔王エノアもいた。
エノアは俺を見て言った。
「二人もくっつけてモテモテだな」
「からかうなよ……」
俺の腕にはマリと、助けた女性が抱きついていた。
途中で会い、俺とマリがくっつているのを見て自分もとくっついてきた。
それを見てグレンテは指を指しながら腹抱えて笑いやがった。
今まで女っ気ひとつなかったやつが綱引きで面白くて仕方ないらしい。
この目を使った最初の犠牲者をグレンテと決めたのはその瞬間だった。
俺は朝食を食べ終わり、ミレッド帝国が来るのを待っていた。
「エノア様、ミレッド帝国の部隊が近づいてまいりましたわ」
「ありがとうリィファ」
「数はおよそ千です」
「それだけか、なめられたものだな」
「皆さん前に出しますか?」
「いや、俺とリーシア、リィファとイナ、ゴル達、イビアとアビスだけでいいだろう」
「分かりました」
イリアスの仮面を被り、街の前で待ち構える。
「トア、お前も来たのか」
「うん……自分でこっちに付くって決めたから。
肌で感じとこうと思ってさ」
俺はなにか言うわけでもなく、そのまま敵を待つ。
陣形を組んだまま千の軍隊が押し寄せてくる。
その姿は圧巻だが、恐怖は一切感じない。
一人の男が軍隊の後方から馬に乗り、近づいてくる。
馬から降りると男は言った。
「貴様が魔王か!
我らミレッド帝国軍が討ち取らせてもらう!!」
「お前は隊長か? 宣言こそ立派なものだが……
見くびりすぎてないか?」
「これが我らのやり方なのだ。
勇者候補すらいない。その本分は魔王を打ち倒すことにあると言うのにな。
我と一騎打ちをせよ!!」
ゴルが前に出て言った。
「誰がっ!!」
「構わん」
「なっ……でもそれじゃ」
「安心しろゴル。お前の出番はある」
俺は一歩ずつ前へ歩き、隊長の前にまで行って足を止める。
「お前らは聖書を使わないのか?
それとも、ここでは使えないか?」
「あれは限られたもののみしか扱えん。
しかし……そこまで情報が分かっているのか。
なら手段を考えず、討ち倒すべき相手だ。
――ってぇ!!」
その合図と共に後方千の部隊は魔法を放つ。
千人分の魔法か。
それは輝き、眩しいものだった。
隊長は言った。
「あれ、なんで目の前が俺の部隊なんだ?」
「そりゃお前の顔が真後ろ向いてるからだろ」
「ヴェ……」
隊長は膝をつく。
「自分ごと犠牲にして俺を打ち倒そうとしたか。
その覚悟や見事。
だがな、たかが千人の魔法程度で俺を殺せると思うな」
俺はイリアスの仮面を外した。そして漂う冷気。
「はぁ……この魔法はやはり寒いな」
空中に千人の放った魔法が凍りついた状態で漂っていた。
ミレッド帝国の者たちは尻もちをつき、後ろへと下がろうとする。
「ああっ! ば、ばけもの!!
こんなの」
「化け物? そりゃお前たちだろ」
「な、なんだ黒いなにかで外に出れないぞ!!」
「ゴル。蹂躙しろ」
ゴル達は俺を通り過ぎ影により逃げられなくなったミレッド帝国の人間を殺し始める。
戦闘意欲などない。虐殺だ。
仮面を外したことにより、彼らは怯え、まともに戦うことなんて出来ない。
ゴル達でも誰一人かけることなく殺せるだろう。
俺は後ろに悠々と戻る。
横目でトアを見ると口を両手で塞いで青ざめていた。
「怖くなったのなら下がれ」
「なんで、そんな言い方できるんだよ」
「俺が魔王だからだ」
「あたしが思ってた魔王とは違うと思ってたのに」
トアは涙目でその場を去り、街の中に戻った。
俺は無言でゴル達の様子を見ていた。
そしてゴルが最後の一人を殺そうとしていた。
兵士は必死に命乞いをしていた。
「たったすけてっ! 俺は、呼び出されただけで!
今回だって全滅する前提で出撃させられたんだっ! だから」
ゴルは問答無用で剣を向ける。
「これは戦争ですよ」
その剣が息の根を止める寸前。
「待て」
ゴルはその声を聞いて剣の動きを止める。
「そいつだけは生かしておけ。
そいつにはまだやってもらうことがある」
兵士は四つん這いで寄り、俺に言った。
「な、なんでもするよ! だから」
「俺たち魔王軍はお前らミレッド帝国を潰す。
それを伝えに行け。守らなければ殺す」
「わ、わかった!!」
兵士は鎧を脱ぎ捨て、逃げ帰った。
「ゴル。気は済んだか?」
「……」
ゴルは自分の手を見ながら言った。
「どう、ですかね」
「解散だ。
脅威ではなかった。
来たるミレッド帝国との全面戦争に備える。
各々休め」
皆が街に戻る中、俺はそこに立ち続けていた。
どう殺そうか。やつらに惨めな死を与えるにはどうしたらいいか。
自然と口角が上がっていく。
「エノア」
「リーシアか。どうした」
「いいの? 皆殺しだって言ってたけど」
「ああ。あいつは死ぬよ。
全てを伝えた後に、俺の仕込んだ魔法によって死ぬ。ははっ」
「ねぇ、エノア。こっち向いて」
「なんっ」
唇を重ねるリーシア。
「ちゃんと……私を感じる?」
「……」
「のまれそうだったでしょ。
少しずつ、変になってたよ。戦う時、本当に殺すのが楽しそう。
お願いだから人の命を刈り取ることに慣れないで。
もうルーカス達の復讐としてじゃなく、魔王として殺すことを考えてたでしょ。
今のままだと、私……怖いな」
ずっと冷静だった心に揺らぎが生まれる。
「あ、ああっ、きづかな、かった。
俺、はっ、ああっ」
自分を失いかけていた。少しずつ、魔王らしくなっていた。
リーシアはやさしく俺を抱きしめる。
「怖がらなくていいよ。
いつでも私がいるから。
エノアはエノア自身が求めた魔王になってね。
いつものエノアはちゃんと私が分かってるから。
だってずっと隣に居たんだもの。任せなさい」
「りぃ……しあ」
俺はリーシアを力強く抱きしめる。
怖い、怖い怖い。でも、リーシアがいるから大丈夫。
この温もりが俺を人間に戻してくれる。
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喜びます。