ルーカス
俺は床を這いずっているルーカスを見つけた。
体を支え、話を聞こうとするが……
「ルーカス……お前、その右目」
「ははっ、ぐちゃぐちゃに、なっちまい……ました。
足も健を、切られ……で」
「すまない……俺がそもそも偵察に行かせなければ」
「俺が勝手、にやっだ、こど、ですから……
それより、も、すま、ねぇ……
おれ、じゃべらないっで、やぐぞく、じた、のに」
謝りだしてからルーカスは涙声で話始めた。
「しゃべっ、あのだのしい、じかん、うばわれ、ちま。
ごる、だち、をたすけ、に! おれは、ほっとい、ていいがら、ぐれんてと、まりを連れてここから」
「喋るな。もういい。
分かったから。あの日喋ったら殺すなんて言ったが……
そんなもの全て忘れていい。
お前、そんなになるまで、我慢したんだな。
それだけでいい。だから今は眠ってろ。な?」
「でもっ!! あいつら、ごろしにいぐっで、きのうっ」
「リビア」
リビアによって三人は寝かされる。
どうせルール外だ。連れ出しても誰にも見つからないだろう。
ルーカスの舌を確認する。先っぽが少し切られている。
「エノア……どう、するの?」
「皆殺しだ。魔王がどんな存在か恐怖と死を持って思い知らせる」
「エノア……そうね。さすがに私も黙ってられないわ。
でも、民間人はダメだからね」
そしてリーシアは俺の手を握る。
「リーシア?」
「今は怒りを抑えて。ルーカス達を一刻も早く助けましょ。
そして国のみんなも守らなきゃ。ね?」
「ふぅ……分かった。
そうだな。俺は一国の主になろうとしてるんだ。
頭に血を上らせてる場合じゃないな」
俺たちはルーカス達を境界線の外に運び出す。
その時、ルーカスが助けた女性も付いてくる。
「ルーカス様!!」
「今は静かにしてやってくれ。
俺のリビアっていうスキルで簡単な処置はしたが重症だ。
これからアビスという魔族に頼んで国に戻る。
お前も連れて行く。それが最善だろうからな。異論は認めない。付いて来い」
「そ、それは構いませんがあなたは」
「魔王だ。当分お前に自由はないし驚愕に付き合う時間もない。
アビスが来るまで少し時間がある。
ありったけのポーションを買ってきてくれ」
気休め程度にしかならないだろうが……
「っっ! あっえ、はい!」
「いい子だ」
アビスのカラスから移動術式を作ったと報告が入る。
急いでアビスの移動術式を利用して国に戻った。
もう既に国と言って差し支えない出来栄えの町並みにコメントする暇もない。
この場でもっとも治療能力が高いアビスに治療を頼み、リィファに破龍を使って空から索敵してくるように頼む。
戦闘能力のあるメンバーを集めまずはもしかしたら大規模な戦闘があるかも知れないと伝える。
ルミアとミルさんに頼み、非戦闘員の避難経路の確保をお願いした。
その補助にゴル達を向かわせる。
ゴルはルーカス達を見て言った。
「僕も……戦わせてもらっていいですか」
「守れる保証はしないぞ」
「構いません。僕が、我慢出来ないだけですので」
スライム達含む、ここに元いた者たちは戦闘に参加するという意を示す。
ひとまずは今出来ることが終わり、一息つく。
旋回していた破龍がゆっくりと降りてきた。
「エノア様、ここにたどり着くにはどんなに早くともあと一日は必要です」
「分かった。リィファも破龍と一緒に戦ってもらうことになる。
構わないな?」
「ええ。問題ありませんわ」
「ふぅ……一日、か。
猶予はあるが落ち着けないな」
「そうですわね。
もし相手が今の私達よりも強かったら」
「全力を尽くすのみだ。
誰も失わせはしないさ」
「そうですわね。
もしお暇でしたら少し街を回ってみてはいかがですか?
すごいですわよ?
もうお城の建築に取り掛かってるくらいですもの」
「もう作ろうとしてるのか?」
「ええ。一ヶ月ぶりに見る自分の国なのですからゆっくりされてはいかがですか?」
「……じゃあ見てくるか」
リィファに手を振られながら分かれ、俺は街を散策する。
見回すと初対面の魔族が多かった。
近くのゴブリンにゴルの居場所を聞く。
「ゴルさんなら噴水近くにいるのを見ましたよ」
「助かる」
俺は自分がいない間に建てられた噴水を眺めた。
「水はどこから持ってきてるんだ。
そもそもどうやってこんな……」
「人手が増えましたから」
「ゴル。探してたぞ」
「なにか御用でも?」
「ああ。随分と発展してて驚きを隠せなくてな。
ミレッド帝国との接触にも時間があるし話を聞きたい。
魔族も随分と増えたが彼らはゴルが勧誘してきたのか?」
「はい。魔王様みたいに無理強いはしませんでしたが誘いに乗ってくれる者が多かったです。戦闘に参加しなくていいというのも一つの利点みたいです。
立派な家に住めますし、なにより魔王の加護の中というのが最も大きい要因だったのかも知れません」
「痛い所ついてくるな……
元々本気で断るつもりじゃなかっただろ」
「ええ、まぁ。恩はありますし、信用もしてましたから。
殴られるとは思いませんでしたが」
「それは悪かったよ。
今のこの国の人口はわかるか?」
「ある程度は。
元々僕たちがスライム含め百人程度。
魔王様が連れてきた植民地の住民が数千人。
魔族が一万」
「一万っ?! そんなにいるのか?!」
「はい。と言ってもそのほとんどは戦闘には向かず、スライムも一体として数えていますのでそれだけの数がいるとは見ただけではわからないと思います」
「よく集めたな……」
「噂が広まったようです。
魔王が国を作り、住民を集めていると。
僕たちは魔族。昔からずっと魔王という救いにすがる種族です。
もちろん誰も彼もを自由に入れたわけではありません。
ちゃんと住民としての審査や管理も怠っていません」
「ゴル、お前優秀なんだな」
「いえ、僕じゃないです。
審査、管理などはミルさんとルミアさんが手分けして行っています。
急な人口の増加で家も足りていませんが複数人で利用してもらうことによって補っています。早めに魔王城を作りたいとアビスさんから聞いていたのでこのような形になりました」
あの二人が……
そんな大人数の管理、ミルさんでも大変だろうに。
特にルミアはそんな仕事一度もしたことないはずだ。
俺はここまで街が大きくなっているのならとこんな質問をした。
「認識阻害はどうなってる?」
「もう限界だそうです。
アビスさんそうとう無理をされているので後で労ってあげてください。
移動術式を展開し続けながら認識阻害の範囲も広げる。
それを行うのは全てアビスさんであり、アビスさんの魔力です」
「分かった。後で会いに行く。
当分休ませよう。ゴルはここでなにしてたんだ?」
「ルーカス達があんなことになって……
何をすればいいか分からず気づけばここにいました」
「……悪いな。全ての発端は俺だ」
「多分ルーカスはそんなこと言わないですよ。
僕もそう思ってます」
「それでも責任を感じてしまうさ。
ミレッド帝国の弱みを握り、それを利用してフラッドという王と同盟を組もうとしてたんだ。嗅ぎ回っていなければこんな事態にもならなかったろう」
「でもそれで助かった人もいるんですよね」
「ああ。まったく……上手くいかないな」
「うまくいくようサポートしますよ」
「ほんと優秀なゴブリンだ」
「照れますね」
イビアが上空から跳んでくる。
「魔王さん! ルーカス達の治療が終わったぜ!
命に別状はないが、傷はひどい。
その、心の方はどうなるかは分からないってよ」
「そう、だよな。
もし神父の言ったことが本当なら、そうとうな心の傷を負っているはずだ」
「一応見にやってくれないか?」
「そうだな、傷の具合もみたい。心の方も含めてな。ゴルもくるか?」
「っ……いえ、僕はまだいいです」
「なぜだ?」
「無事だと分かっただけでいいです。
それに会ってしまったらこの怒りが和らいでしまいそうで」
「分かった。俺が様子を見てくるから高ぶらせとけ」
「はい」
俺はイビアについていき、ルーカス達の元へといく。
治療用の建物が用意されており、その中に俺は急いで入った。
するとアビスが壁に背中から寄りかかり眠っていた。
毛布もかけずに寝息を立てるアビスを見て涙が出てきた。
アビスが魔王に対する期待を持っているのは分かっている。そしてこんなに頑張るのは俺が魔王だからではなく、俺の為だからというのも分かっている。
自分の来ていた上着をアビスに被せ、おでこにキスをした。
「おつかれさま。よく、がんばってくれたな。
俺も頼りすぎた。ゆっくり休んでてくれ」
そしてそれぞれが寝ていると言われる部屋を一人ひとり覗く。
マリの外傷は目立たないがやはり手首が心配だ。
怯えがちな女の子だからな。トラウマがどれだけのものか……
それからグレンテの部屋に入る。
「ああ、魔王様」
「グレンテっ! 起きてて大丈夫なのか?」
「大丈夫です。体は結構痛みますが」
「……体は、良くても」
「俺は、ほとんど意識がなかったんで。
目を覚ますたび、マリとルーカスが悲痛な声を上げてました」
「っ……」
「気にしないでくださいとは言えないですが……
俺たちが自分から助けようと思ったことですから、そんな顔せずにマリとルーカスに向き合ってやってください」
俺は自分の顔を片手で隠す。責任が重い。他人の人生を左右するのが怖くなってくる。
ギリッ、歯ぎしりが自分の口から聞こえてくる。
「ごめんな」
グレンテはやさしく微笑んだ後、再び眠りについた。
ルーカスの部屋へと向かってる途中、イビアが俺の心配をしていた。
「大丈夫か魔王さんよ。
ひどい顔だぜ」
「そう見えるのなら大丈夫じゃないな」
「も、もし、その、支えきれないんなら、あたしも支えてやっからよ」
俺はイビアの口からそんな言葉が出てくるとは思わず呆気にとられていた。
「な、なんだよっ! んな顔すんなよ!
魔王さんがあたしらを救ってくれるって言うならあたしらも魔王さんを支えようってだけだよ、こっち見んな!!」
グイッと顔を掴まれそっぽを無理やり向かされる。
俺はイビアの頭に手を乗せ、ありがとなと言った。
「ちっ、なんだよ、調子くるうぜ」
こっちのセリフだよ。口には出さないがな。
ルーカスの部屋に入るとルーカスも目を覚ましていた。
だが、膝を抱え、頭に手をのせ震えていた。
「るっ」
「あっああっ!! あぁぁ!! 来ないでくれっ! 俺は殺したく、っあ。
あんた……か」
「悪い……近づかないよ」
「ち、ちがうんだっ!
寝れなくて……寝るとまだ夢に出てきちまって」
舌は回復したのか。良かった。普通に話せてるもんな。
「無理するな。夢も見ないくらいぐっすりと眠らせてやる」
「まっ、待ってくれ!
手をわずらわせるつもりもないし、まだ考えたいんだ」
「考える?」
「ああ、俺はなんでこんなに弱いんだってな。
あんたみたいに強ければ自分の正義を押し通せたってのにさ。
右目も戻らないみたいだしな」
十分強いなんてルーカスには言えないな。
ルーカスが言ってるのは戦闘力であって精神力じゃない。
「もっと、強ければ……
グレンテとマリがあんな目に合わなくて済んだってのによぉ!!」
ガンッッ!!
ルーカスが枕側にある壁を力いっぱい殴った。
若干のヒビが入っている。
「ゴル達が作ってくれた建物なんだ。
あまり壊すなよ?」
「あっ……手が、でちまった。
でも悔しい、悔しいんだよ!! ただされるがままだった自分が、ただ見てることしか出来なかった自分が悔しくて仕方ないんだよ!!
自分の強さを分かってるはずなのに行動しちまった自分が許せねぇ!」
向き合え、か。
「受け入れろ。それがお前の現実だ」
「ははっ、ひでぇぜ……言い返す言葉がねぇ。
それでもこの湧き上がる悔しさはなくなんねーよ……
どうしたらあんたみたいに強くなれる。何をすればいい。
どんな方法でもいい。俺をもっと強くしてくれ!
その為ならどんな努力でもしてみせる!
自分のしたことに後悔したくねぇんだ!!」
「なら」
”やめなさい”
リビア、じゃないな。
”あなた血の契約を結ぼうとしたでしょ”
男が覚悟決めたんだ。だったら俺がやることは決まってる。
”いい? この際だからちゃんと教えてあげるわ。
血の契約は素質があるものしか結べないのよ。
イナという狐の獣人はその素質があった。そしてリィファという子もテイマーという特別な力があった。
それを引き出し、最大の力にするのが血の契約。
代償として契約は切れないし失敗すれば死ぬ。
そしてあなたは主人として相手の能力を少しだけ得ることが出来た。
どちらもまだ使いこなせてはいないけどね。
でもあなたの目の前の男にその可能性を感じる?
私にはただの冒険者にしか見えないわ”
そうか? 俺には、他の人間とは違う覚悟を持った男だと思うがな。
”能力の話よ! これで失敗したらあなたでも再生出来ないのよ?!
今までの全てを水の泡にするつもり?! 私が一体どれだけの労力を”
心配してくれてるのは分かってるよ。自分のためじゃなく、俺の心配だろ?
”っ?! な、なによ……
分かった口聞いちゃって、私が誰かも分からないのに”
ああ。全く検討がつかないが、味方なのは分かる。
”そんな……あなたが思っているような人じゃないわよ。
はぁ、もう好きにしたらいいわ。
本当に、昔からそうなのね。日本に居たときからずっと”
にほっ……
”彼女なら去りましたよ?”
クソ、また謎を置いて行きやがった。
好きにしたらいい、か。
「ルーカス」
「ああ」
「俺に対する忠誠心はあるか」
「ある」
「俺を裏切ることなく、自分の人生を全て俺に捧げる覚悟はあるか」
「なんだよ……今俺はあんたに口説かれてるのか?」
「どうなんだ」
「ある。最初は気に食わなかったが俺の人生を変えた人だ。
俺が人として歩めるようにしてくれた人だ。
あんたが言うのなら、なんでも出来るぜ」
「嘘、偽りはないな?」
「ない。断言できる」
確か、血と血が混ざればいいんだよな。
俺はルーカスに近づいた。
そして自分の手の甲を斬りつける。
「なっ、なにしてんだよ!!」
「ルーカス。お前ははっきりいって死ぬかも知れない。
俺もだが――覚悟はあるな?」
「っ、俺だけじゃ、なくあんたも……
俺に命、預けられるのか?」
「だからこうしてるんだ。
あるなら指を出せ」
ルーカスは迷うことなく手のひらを見せる。
俺はルーカスの親指を切る。
「いっっ……」
「俺の手の甲にその親指を合わせろ。
それで全て決まる」
ルーカスは恐る恐る指を近づける。
血と血が接触した。
その瞬間、体中を何かが駆け巡る。
「ごはっっっ!」
俺は吐血した。
「魔王さん!! なんだっ、なにしたんだよ!!」
そしてルーカスは喉がはちきれそうな勢いで叫び声を上げた。
「ああっあああああ!! ああっああ!!」
俺はイビアに支えられながらルーカスの様子を見ていた。
ルーカスは痛みを抑えるように腕で自分の体を押し付ける。
「うっうううう!!」
そしてなくなった右目を抑え、ベッドの上で暴れ始める。
俺は収まらない吐血によってうまく息が出来ない。
ぐりんと自分の目玉が上を向いたのを感じた。
それを最後に意識を失った。
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