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聖書の奴隷

 一人ずつしか通れないほど細い階段を慎重に歩いていく。

 下に行くに連れ血の匂いが濃くなっていく。

 イナでなくとも感じ取れるくらい血なまぐさい。


 俺は老人に質問した。


「どこへ行こうとしてたんだ。

 ここか?」


「そんなわけあるか……

 このような恐ろしくおぞましい場所に」



「ならどうしようとしていた」


「どうせ言わなければならんのだろ。

 わしはミレッド帝国に連絡を入れようとしただけじゃ。

 このことが外に漏れそうだとな。

 そして魔王がミレッド帝国の事を嗅ぎ回っていることも」


「リーシアが捕まえてくれて正解だったな。

 危うく先手を打たれる所だった」



「ゥゥゥゥォォォォ」



 謎の雄叫びがこだまして聞こえてくる。

 先程の化け物だろうか。


「なぁ老人。

 あの化け物には攻撃の意味がなかった。

 どうなってるんだ」


「当然じゃ。

 やつはそこにいてそこにいない。

 ないものは斬れない。

 あの少年を助けたいのなら少年の足を切り落とし化け物から逃げ続けるしか道はなかったな」


「どういうことだ?

 つまり向こうは無傷でこっちは攻撃を受けるのか?」


「それはない。

 一介の冒険者ならやられることはないだろう。

 やつ自体は攻撃手段を持たない。

 ただ掴み、食すだけ」


「確かに反撃はなかった……

 あの化け物が生贄をどうしているのか分かるか」


「中を覗いたことはない」


「ならここからはお互い初見ということか」



 階段の終わりにつく。

 扉はなく、地面は足首くらいまで水で浸されている。

 歩けばぽちゃぽちゃと水が揺れ、音が鳴る。


「動きづらいな。

 ……イナ? 大丈夫か?」


 イナの顔色が悪すぎる。

 ある程度血に対する耐性は得ているものの心は違う。


 俺はイナを抱きしめる。



「さすがに今回は戻れ。

 大丈夫、絶対戻ってくるから」


「それだけは……いや、です」



 奴隷紋を、使うか?

 痛みを伴うが……


「ご主人さま、お願いします」


「……この水の中に入ることをそれだけ躊躇して、連れて行くと思うか?」



 俺はイナをさらに強く抱きしめる。

 目一杯抱きしめる。


「信じてくれ、イナ」


「嫌です!」



 バシャッ! イナは俺から離れ、水の中に足を入れる。

 危険だと感じているからなのか、イナは言うことを聞かない。

 戦闘の可能性がなければ離れられるが……


「うっ……」


 イナから嗚咽が漏れる。



「だから」


 なんだこの震えは、寒いだとか、怖いだとかそんな震えじゃないぞ。



「ごめ、なさっっ」


「イナ……分かった。連れて行く。

 だけど、理由を教えてくれ。なぜそんなに震えてるんだ」



「人」

「人?」



「この、水は……

 人が溶けた水」


「ちょ、ちょっとまってくれどういう」



「この水は人と混ざってるんです。

 血、肉、骨、魔素、それらが溶け出した水でっ……

 おえっ」


 ぼちゃぼちゃっとイナは嘔吐する。



「はぁっはぁ……大丈夫、です。

 行きましょうご主人さま。早くしないとあの子が」


「……分かった」



 引き離せない。イナの覚悟を目の辺りにした俺はイナの手を握る。

 鼻部分から眉あたりまで影で覆う。


「ごしゅ」


「聞こえてないだろうが当分はそれで休め」



 俺はイナの手を引いた。

 伝わったのかイナは俺の手に引かれるがまま付いてくる。


 老人と、リーシア、リィファもその話を聞いたせいか青ざめている。

 それでも帰ろうとはしない。

 リィファは言った。


「行かなければなりませんもの」


 リーシアも首を縦にふり、あるき始める。



 辺りは暗く、リィファがティアナの使っていた魔力を変換する魔法で明かりをつける。

 宙に浮いた火の玉は様々な場所を照らすが部屋らしきものはない。


 俺は足を止める。

 通路の先に、ある程度の広さを持った空間がある。


 その中央に長方形の台がある。

 溝のようなものが刻まれており、その上に少年が寝かされていた。


 暴れていないところを見ると、死んでいるか気絶しているか。

 よく見ると少し動いている。息をしているのを確認して静かに辺りの様子を見る。

 化け物が俺たちから見て、台の奥から歩いてくる。


 なにやら口ずさんでいる。



「おい、あれは結局なんなんだ」


 俺は老人に言った。老人は普通の音量で話し始める。



「静かにする必要などない。

 あれは決まったことしかやらない。

 わしらの話なんぞ興味もないじゃろう。


 わしも気になって聞いたことがある。


 あれは聖書の奴隷。

 ただの人が”無”から人間を作ろうとした残骸。

 ”人が神の御業を模倣してしまったばっかりに生まれた化け物”

 化け物が何をして、どんな目的で生贄をさらっていくのかは分からない」



「随分と簡単に話してくれるじゃないか」


「もう行く先もない。

 ならおまえさんに協力して拾ってもらおうと思ってな」



「連れて行くわけがないだろ、そんな簡単に裏切るやつを」


「その為の功績を作っているんじゃ」



「この有様の原因、ひとつはお前なんだぞ。

 それを覆すほどの功績なんてそうそう作れない」


「おまえさんも言っておったろう。

 ただ黙って従うのではなく反旗を翻せ、意思を持てとなっ!」



 老人は何かを呟くと化け物がこちらを見た。


「お前ッ!」


「ははっ! 置き土産に話してやったんじゃ!

 元より連絡手段はここにしかない!」



 そう言って老人は閃光を放つ魔法を使い、拘束から逃れる。

 自分の意思で縛ってするせいで標的を見失うと拘束出来ない。


 老人は走り出し、台の上に乗る。



「くははっ! これで終わりだ魔王よ!

 わしの勝ちじゃ! ミレッド帝国を敵に回したこと後悔させて」


「後悔がなんだって?」

挿絵(By みてみん)


 老人は口を開けたままゆっくりと後ろっ振り向く。


「なぜ、わしの後ろに。足元が……黒く染まっ」


「魔王を敵に回したことを後悔するんだな」



「ガッ……」


 老人の腹部に魔王の剣を刺す。

 ぼたっぼたっと血が流れ出ていく。

 その血が少年の服の上に垂れる。


「おっと、汚しちゃったな」


 俺は少年を抱きかかえる。

 老人は倒れ、台の上に寝そべる。



「生贄にはお前がなるんだな。

 魔王を見くびりすぎだ」


「いや、だ、わしはあんな、いやだぁぁぁぁぁ!」



 虫の息である老人を置いて俺は少年をリィファに託す。


「リィファ。俺はこのままあの化け物に対する対抗手段を考える。

 この子を両親の所に返してきてくれないか?」


「……分かりました。

 明かりはこのまま置いていきます。

 後三十分くらいは消えないはずです」


「助かるよ。じゃあ頼んだ」

「はい」



 リィファと分かれ、台の様子を見る。



「ごしゅ、じんさま、ごしゅじん、さま、どこ、ですか?」


「いるよ。ここにいるから」



 俺はイナの手を握る。まだ、震えてるな。

 化け物は先程までこちらを凝視していたが、術者が死んだからか作業に戻る。


 その緑色の目で老人を凝視する。


「いやだっいやだいやだ!!

 その目でわしをみるなぁぁぁ!!」


 ぶしゅっ……

 老人の目から血が吹き出す。


「なっ……おい嘘だろ」



 その後、大きさや形の違う化け物がぞろぞろと集まり出す。

 一口、また一口と食しては水の中に消えていった。

 老人にはもう生気などない。


 最初こそ声を漏らしていたもののその後はされるがままだった。



「こんな殺し方……ひどいわ……こんなことずっとやってきたの……?

 なんでわざわざこんなひどいこと」


「リーシアの言う通りだ。

 ただこうするってことは意味がある。なぜ……」



 骨すらも食され、台の上には何も残っていなかった。

 最初の化け物が台を見ながら呟いた。


「ダリ……ナイ、チガ、ウ」


 ぐりんとこちらを見て言った。



「イタ」



 俺とリーシアの間にある水から化け物が飛び出す。

 化け物は俺たち両方を掴もうとするが俺もリーシアもそんな簡単に捕まるほど弱くはない。


 お互い屈み、その手を避ける。

 避けたその先でまた別の化け物が出現する。


 今までとは比べ物にならない速さで化け物達は俺たちを追う。

 イナを抱きかかえ、その化け物の追撃を躱す。

 避ける先々で化け物が出てくる。

 広さを求める為、台のある空間に俺たちは出てしまった。


「まずいわねエノア。

 逃げ道はない。いくらでも出てくる化け物に攻撃手段はない。

 足場でも凍らせてみる?」


「意味はないだろうな。

 影を無視して出てくるんだ。

 足場が水と氷どっちがいいかって話になるな」



「なら水の方がいいわね。

 私の靴凹凸が少ないのよ」


「同じく」



「ご主人さま、目隠しを外してください」


 俺はイナに言われたとおり目隠しを外す。

 イナは狐氷を手に持って構える。

 イナの言葉を信用して俺は魔王の剣を握り思考を巡らせる。


 魔法も影もダメ。

 ここにいてここにいない。

 次元的な話か?


 聖書の奴隷。

 聖書……ミレッド帝国はダグラス以前の神を信仰している。


 だからなんだ……

 ルール、ルール?

 ミレッド帝国のルール。


 それは聖書の法を守ること。

 それにのっとることでしか攻撃できないとかか?


 足を化け物に掴まれる。



「エノア!!」


「聖書のルールなんか知るかっ!!」



 俺は自分の足を切り落とす。

 再生したものの靴は帰ってこない。


「このやろ……」



 謎の怒りが湧いてくる。

 地面がぬめっている。裸足で触れるには気持ち悪い。

面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

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