表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/178

なりそこない

 サリーはより一層体を震わせ怖いと呟く。

 生贄とはその化け物とやらに連れて行かれるのか、その場で食い殺されるのか。


 ”マスター 部屋の前でサリーの父と母が扉を叩いています”


 時間切れか。俺だけなら死んだと偽装し敢えて生贄になることも出来るが……

 仕方ない。


 リビア。影を解除して二人を部屋に入れてくれ。

 それからもう一度影を展開して閉じ込めて欲しい。


 ”了解しました”


 影が沈み、元の部屋の姿があわらになる。



「「サリー!」」


 サリーの両親が扉を勢いよく開け、中に入る。

 再びこの部屋は影によって黒く染まる。

 父親は片手に斧を、母親は包丁を持っていた。

 帰りが遅いから心配したのだろう。

 父親は俺とサリーを見ると頭に血が上ったのか、サリーの名前を叫びながら斧を振りかざす。


「だめっ! お父さん!!」


 サリーは両手を広げ、俺を守ろうとする。

 不思議なもんだ。俺を殺そうとした者が今度は守っているのだから。

 リーシアがサリーの父親の腕を掴み、動きを止める。


 サリーの父親はリーシアに向かって放った言葉は”離せ”だった。

 リーシアはさらに力を込めて言った。



「離すのはあなたよ――誰に向かって殺意を向けてるのかしら。


 ”殺すわよ”」


「ひっ」



 手から離れた斧は床の木材に刃が刺さり、自立していた。

 俺はサリーの父親に言った。



「大体の事はサリーから聞いた。

 サリーを殺すつもりはない。

 それとな、もし今後俺の仲間になにか危害を加えようと言うのなら。

 ――死を覚悟しろ」


 俺はその一言を発するとサリーの両親は尻もちをつき、後ずさる。

 恐怖心はこのくらいでいいだろう。


「俺は魔王、エノア。

 ミレッド帝国に関する情報が欲しくてな。

 噂を聞いて来てみたらこういうことになっていた。

 お前達が何もしないのなら殺しはしない。

 教えろ、化け物とはなんだ」



 サリーと同じように二人はごめんなさいと何度も謝る。

 それは今まで自分達がしてきたことを罪に感じているからだろう。

 今まで見ないようにしてきた罪の重みが一度に押し寄せているのだろうがこれでは話が進まない。



 俺は二人に謝罪はいらないから情報をくれと言う。

 サリーの父親は顔を上げないまま化け物について話始める。



「ミレッド帝国に支配され、植民地となった時に生贄を用意するよう言われました。

 当時私達はなんのことだか分からず、罪を犯したものを生贄として用意していたのです。

 深夜、外に用意していた生贄とそれを見張る男が二人、合計三人が外に出ておりました。

 そして、現れた化け物はのそりのそりと歩き、生贄と男二人を連れてどこかへ消えました。

 何があったのか、その時はわかりませんでした。


 それから罪人もいなくなり、誰も生贄となりたくないという状況になりました。

 当然の事です。



 生贄を用意出来なかった日の深夜。化け物は現れました。

 すると一つの家に入っていったのです。

 聞こえるのは断末魔。そしてその家に住んでいた少年を一人連れていきました。

 次の日、その家を見ると……」



 サリーの父親は口元を手で抑え、嗚咽が漏れていた。

 深呼吸を繰り返し、息を整え続きを話す。



「家の中では、連れて行かれた少年の家族が食べ散らかされていました。

 例えるなら雑に食べた感じです。

 まるで味見でもするかのように、連れて行くわけでもなく、彼らはただ無意味に殺されていたんです」



 必死に代わりの生贄を探す理由はこれか。

 一度敗戦している。再び立ち上がり、反旗を翻そうなど考えもしないだろう。

 受け入れるしかない。そう言い訳し、罪に背を向け旅人を殺し続けたか。


 ”マスター 外が騒がしくなっています。

 どうやら宿の前で叫んでる者がいるようです”



 俺はサリーの両親に言った。


「俺は助けようだとか、そんなことは考えてはいない。

 ただ自分の身に降りかかる危険を取り除くだけだ。

 俺には関係ないからな。立ち上がるのはお前らだ。

 ただ……いい宿だった」


 影が消える。

 窓を締めていても聞こえる怒号。


「おい!! 生贄はまだか!!

 このままだとまた無意味に食われるぞ!」


「客としてとったんならしっかりと責任を果たしなさいよ!!

 出来ないんなら最初からしないで!!」




「はやく、ああああああ!!」

「ば、ばけものがっいやっいやぁぁぁ誰かっ、肩、肩貸し」



 俺はイリアスの仮面を被り、サリーを抱きかかえ窓から外に飛び出る。

 リーシアとイナ、リィファも俺に続く。


 俺はサリーを大事に抱えながら周囲を見渡した。

 すると二メートルほどの化け物が人間の腕をもぎって食べていた。


 一口かじるとその腕を捨てた。

挿絵(By みてみん)


 周囲の人間は逃げ惑うだけ、戦おうとはしない。

 当然と言えば当然だ。普通の人間がこれに対して戦意を持てるとは思えない。

 化け物の構造としては人間の形だった。

 しかしそれを人間と呼ぶには到底無理がある。


 体は細く、骨と皮だけのような見た目。なぜか尻尾が付いていた。顔に至っては溶けているのかパーツが判別出来ない。唯一緑に光る眼が一つだ見える。


 そこだけは人と呼べる唯一の器官だった。

 猫背の状態でたった一つの目玉をぎょろりと動かす。

 一人の少年が化け物のもう片方の手で足を掴まれていた。



「たっ、助けてっ!!

 助けてっ、サリー、さりぃぃぃ!!」


「っっ」



 サリーは言葉を失った。

 掴まれていたのは昼間の少年だった。



 リーシアは剣を抜き、その腕を切り落とす。

 はずだった。


 リーシアの剣は確実に化け物の腕をなぞっていた。

 実際に化け物の腕と肩はくっついていない。

 にも関わらず化け物の手に変化はなく、少年を掴み続けていた。

 さらに魔法を使い、化け物を炎で包むが依然として効果はなし。


 俺はイナにサリーを預け、化け物の近くによる。

 地面に影を展開し、化け物を飲み込もうと考えた。



「なっ……」


 化け物は影に飲まれることなく、歩いていった。

 理解が出来なかった。


 少年はものを運ばれるように引きづられ、夜に消えていった。

 なんの術もないまま、あっという間に連れ去られてしまった。



「ぁ、ぁぁ」


 少年の両親らしき二人が這うように化け物を追っていた。

 俺の姿を見た途端表情が一変し、俺の足を掴みながら母親は言った。


「あんたらが、あんたらがおとなしく死んでいれば私の息子は」

「その言葉に正当性を持っているか」


 歯を食いしばり、地面に額を当て、泣き叫ぶ。


 この国の人間が俺たちを取り囲む。



「逃がすわけにはいかないんだ……

 君たちを外に出してしまったら、私達は」


「そうか。とばっちりもいいところだな」


「っ……すまない」



「俺はこれからあの化け物の所に行く。

 ミレッド帝国の情報がほしいからな。

 ついでにあの化け物も殺す。


 だが俺を殺すと言うのならやってみろ。

 この土地の広さ、建物の数を見ると、もう随分と殺されてしまったんだな。

 はっきり言ってやる。俺を敵に回すのならこの国の人間は全滅する。

 お前らの中に勇者候補はいるか? いないのなら諦めろ」


「どういうっ」



 俺はイリアスの仮面を外した。


「こういうこどだ人間」

「っ……」


「お前らの言い分だと、お前達の未来は”死”一択だ。

 俺に殺されるか、ミレッド帝国に殺されるか」


「くそ……弱いから私達は」



「さすがに他の選択肢は出ない、か。


 反旗を翻せ。

 俺にでも、ミレッド帝国にでもいい。

 それともお前らはただ黙って殺されるのか?」



「……そんなの無理にっ!!」

「助けてください」


 大人たちが死を受け入れようとしている中、言葉を発したのはサリーだった。

 地に頭をつけ、俺の目の前でそう言った。



「乞うだけか?」


 先程まで話していた青年が俺の一言に激怒した。


「こんな小さな子になにをっ」


「お前には聞いていない。

 死を受け入れるしか出来ず、自分の意思で生きようとも逃げようともしないものの言葉など聞くつもりはない。

 黙れ」


 青年は口をつぐんだ。

 サリーはただ、俺に要求した。当然の対価として、自分を差し出そうとした。


「お願いします。助けてください。

 何でもします。私達を救ってください。

 ――代わりに私を差し出します」


 それからサリーは再び要求した。


「どうか、私達を拾って、ください。

 ごはんが食べたい。


 自由なんてなくていいから生きたい。

 お父さんとお母さんに、食べ物を、ください。

 これからの未来に希望をください。


 私達に……可能性をください」



「私に、じゃなく私達に、か。

 サリーとその両親は連れて行く」


「どうか他のみんなも」



「だめだ」

「どうして」



「意思がない。

 邪魔だ。サリーは両親の為に俺の胸にナイフを刺した。

 サリーの両親はサリーの為に武器を掲げた。

 だがこいつらはどうだ。生きる屍を連れて行けるほど俺は余裕がないんだ」



 言葉を詰まらせる周囲の人々。

 連れて行かれた少年の両親はサリーと同じように土下座をした。



「お願いします。息子を、助けてください。

 私達も行きます」


「どう信用しろと?」



「この場で命を絶ってみせます」

「やってみろ」


「はい」


 その言葉通り少年の母親は持っていた包丁で自分の首を刺そうとした。

 俺は影でその動きを止める。



「分かった。ただし保証は出来ない。

 間に合うかも分からない」


「ありがとうございます、ありがとうございます」



 周囲の人々はぞろぞろと建物の中に入っていく。

 各々が武器を持ち、まっすぐ俺の目を見た。


 俺は言った。



「もう止めない。自害するのなら好きにしろ」


「違う……私たちは、この国の子供を助けに行く。

 サリーに心配され、救いの手を差し伸ばされるなんて、大人失格だ。

 目が覚めたよ。


 私たちは子供を守るんだ。

 私達大人は子供を守るために武器を持つべきだった。

 たとえ無茶でも可能性があるのなら、助けにいかなくちゃならない。

 そうやって私達もこの国で守られてきたんだ。


 敗戦したらかと言ってこんな現実を素直に受け入れちゃいけなかったんだ。

 仕方ないで済ませちゃだめだったんだ。



 ただ、気づくのが遅かった……たくさんの人間を殺してしまった」



 俺はリィファを見る。リィファはにこっと笑顔を見せる。


「分かった。もし生き残れたのなら俺の国に連れて行く。

 


 ……人を殺してしまった罪悪感は永遠に残るだろう。

 償いなんて無い。

 ただ背負い続けろ。

 背負い続けたまま生きるか死ぬしかない。


 良かったなサリー。お前が変えたんだ」



「ありがと、ありがとうっおにーちゃん」



 まだおにーちゃんと呼んでくれるのか。


 サリーの涙で土が滲む。

 地につけた両手は力が入りすぎて土を削っていた。



「はいちょっと待とうね」


 リーシアの声だ。

 建物の影に逃げ込もうとする者がいた。



「なっっ! な、なんのことですかな」


「早朝にここで一泊して行かれてはなんて随分気が早いのねぇ」



 今朝話しかけてきた老人はだらだらと冷や汗を流す。


「はっ、はなせ小娘ッッ!」

「よっ」


 リーシアは老人の杖を軽々と避け、老人の足を払う。

 老人は地面に突っ伏すと魔法を唱えようとしていた。

 リーシアの剣が老人の顔を掠める。


「案内よろしくねっ」

「なぜわしが」


「だって、この国の監視役なんでしょ?

 あんなに国の中をじろじろと見て、今だってどこに行こうとしてたの?

 それに私の後をつけていたわよね。

 あなたは誰にも挨拶されず、談話する相手もいなかった。

 まるでこの国の人間じゃないみたい」



「くぅぅぅ……降参じゃ……」


「よろしいっ」


 リーシアは剣をクルッと回し、鞘に収める。


 俺はイリアスの仮面を被り老人の元へ行く。

 影で老人を縛り先頭を歩けと言う。


 俺たちの後ろを住民達がついてくるが俺は彼らに言った。



「お前達はお留守番だ。

 大事な労力に死なれちゃ困るからな」


「そんなっ、やっと立ち上がれたのに」



「邪魔だ。俺に守られない強さの者はいないだろ。

 おとなしく帰りを待て。必要なものは得られた。それで充分だ」


「……分かりました。

 お待ちしております」



 老人は国を出るとすぐ右に曲がる。そこには小さな小屋があった。



「この先を降りればやつがいる。

 気をつけろ」


「お前もな」



「なぜじゃっ! 案内したではないかっ!」


「まだ知りたい情報もある。


 いいから来い。自分だけ安全な場所にいれると思うなよ。

 散々人の命を弄んだんだ。最後まで利用させてもらう」


「ぐっ……」

面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ