残酷な真実
足音がとん……とん……と静かに近づいてくる。
「少しでも……一秒でも遅く。
行きたくない……でも」
小声でサリーの独り言が聞こえてくる。
やはり裏はあったな。この宿に泊まったからか? いやそれは違うな。
サリーに文句を言っていた少年は先に目をつけていたと言っていた。
それに対してサリーは早いもの勝ちだと言った。
寝ている俺の上にサリーは乗っかる。
体重が俺の体にかかるが異様に軽い。
胸に鋭い痛みが走る。血が流れ出るのが分かる。
その血が服に滲んでいくのが分かる。ナイフに震えがあるのが……分かる。
薄く目をを開けた。サリーは目を真っ赤にしていた。
泣いたばかりとは言えない。おそらくもっと前から涙を流していたのだろう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
楽しい時間を奪ってごめんなさい、おにーちゃんの人生を奪ってごめんなさい」
目をもう少し開けた。
しわくちゃになった顔で泣きながらサリーはナイフを握りしめている。
この国の問題を解決しに来たわけじゃないとは言ったものの。
放ってはおけないよな。
「ごめんねおにーちゃん……」
「ご主人、さ……まっ」
イナはか細い声を出した。俺の胸にナイフが刺さっているのを見たのだろう。
寝ていた体を跳ね上げ、右足でサリーを殺す勢いで蹴ろうとする。
寸前、俺は影を何枚も重ねて分厚く展開し、その攻撃を止める。
何枚も重ねたというのに影はまるで風船が割れたかのようにパンッと弾け飛ぶ。
だが勢いは殺せた。
蹴りはサリーには届かなかった。
風圧がサリーの髪をなびかせる。
サリーは死の恐怖と突然の出来事、罪悪感からか言葉を失う。
そして嗚咽が混じりながら言った。
「っ、ご、ごめんなさっ、ごめんなさいっ!
わだ、し、ごめっ、ああああ!」
泣きじゃくるサリー。俺はイナの腕を掴み、攻撃しないよう静止させる。
バタンッ、扉がリィファによって閉められる。
リーシア達が起きていることはサリーにとって”ありえないこと”だろうがおそらく見えてはいない。
それどころじゃないはずだ。
俺は上半身を起こし、胸に刺さったナイフを抜いた。
「いっって……」
ナイフを枕元に起き、未だ俺が起きていることに気づかないサリーを抱きしめる。
「えっ……なんっ、で」
「なんでもいい。この部屋を影で覆った。誰にも聞こえないしバレることもない。
許してやるから気が済むまで泣いていい」
「うぇっ、えぐっ、どうして、ゆるされっ」
俺はやさしく抱きしめた。気が緩んだサリーは謝りながら泣き始める。
おそらくこの国全体が問題を抱えているだろうからな。
弱音なんて吐けないだろう。
こんなに小さいのに。
はぁ……いい宿だったんだけどな……
そりゃ安く出来るよな。だっていくら取っても結果は同じなんだから。
にしても随分手が込んでるな。
わざわざこんな回りくどいことをするのはなぜだ。
泣き声は止んだがサリーは俺の血がついたシャツから顔を上げようとはしない。
「サリー、そのままでもいいから聞いてくれ。
もう一度言うが今、俺たちの会話は誰にも聞かれることはない。
だから、教えてくれないか? サリーが言ったとも言わないし、上手くごまかすから。
もし危ない目にあってもおにーちゃんが守ってあげるから」
「……なんで、おにーちゃんは生きてるの?」
「おお、先に質問してくるのか。
まぁ疑問だよな。サリーは確実に俺の胸を刺した。
そもそも煙で眠っているはずなのにって。
まぁ考えないだろうな。
お金を払った宿で警戒しながら寝るなんて。そんなめんどくさいこと普通はしない。
けど俺たちはこの国に入ってからずっと、警戒してたんだ。普通じゃないだろうって。
俺がなぜ生きているのか。その答えは俺の正体を知ることが手っ取り早いかな」
「正体……?」
「よく俺の目を見てごらん」
「みんなのお目々と、ちが、う?」
「そう。俺は――魔王なんだよ」
「まっ!!」
サリーは反射的に距離を取ろうとする。
が、目をそらした後、再び顔を埋める。
「怖がってごめんなさい」
「ははっ、怖がらない方が珍しいよ」
「こんなことしてごめんなさい。だからお父さんとお母さんは殺さないでください」
やはり魔王はそういうイメージなんだな。
「お父さんとお母さん、大好きなんだな。
殺さないよ。ただし、この件ではの話だ。
もし俺の仲間を殺そうとするのなら、その命は摘み取るよ。
俺は聖人じゃない。魔王だからな。誰も殺さないなんていう綺麗事では生きていない。
命は選んでいる。ってこんな小さな子に言うことじゃないな。
仲間を傷つけなければ殺さないから安心してくれ」
「ほんと?」「本当だよ」
サリーは怖がりながらも俺の瞳を見て、ありがとうと言った。
俺はその頭を撫でるとイナが後ろから中々強めの衝撃で抱きつく。
「イナ?」「イナも怖かったです」
「後で目一杯抱きしめるよ」
ぎゅーっと抱きしめられた後、イナは俺から離れる。
サリーはどうしてこんな事をしたのか、話し始める。
「私達はお金を稼いでもお米を収穫しても、ほとんど手元に残らないの……
ミレッド帝国の偉い人が来て、ほとんど馬車に乗せて持っていっちゃうの。
だから、ごはんも全然食べられなくて……」
「それで旅人の持ち物を?」
「それだけじゃないのっ! でも、その話はもう少し後にするね。
旅人の持ち物は税? って言うのが、かからなくて全部自分達のものにしていいの。
だから、おにーちゃん達みたいな旅人は……
私達にとって――大事な収入源なの。
悪いことだって分かってるよ! 私だって殺されたら嫌だもん、お母さんお父さんが死んじゃったら嫌だもん!
殺した人達にだって、家族や友達がいるって分かってるよっ!
でも、私達はそれをするしか命を繋ぐ手段がないの……」
「なるほどな……
さっき言ったそれだけじゃないってのはなんのことなんだ?」
「……私達が要求されてるのはお金や食べ物だけじゃなくて。
……っあ、う……っ……」
「言いづらいか?」
そうとう後ろめたいことがあるんだろうな。
「いけ、にえ……」
「生贄?」
「ミレッド帝国が私達に要求しているのは人間の生贄っていう捧げものなの。
要求された数だけ人を用意しなきゃいけない。
それは私達の事、でも……代わりを用意すれば……」
「……自分たちが生贄になりたくなければ他の人間を差し出せ、か。
腐ってるな。反吐が出る」
こりゃ定期的に要求してるな。
しかしあれだな……その生贄問題とやらが旅人を襲うことに拍車を掛けている。
いや、旅人の持ち物に税をかけないということはむしろそれが狙いか。
サリーは俺に顔を近づけながら力強く喋り始める。
「だから、みんないい顔して、ごちそう作って、人を呼んで泊まらせるの。
そうじゃないと、みんな殺されちゃう。
昨日だって隣の家族がみんな生贄にされたばっかりなんだよ!!
いつ、私達になるか、明日かも知れない。今日かも知れない、今からかも知れない、お母さんとお父さんだけ生贄になって私は生き残るかも知れない、いつころされっ」
「ああ、怖かったよな」
より一層強く、サリーを抱きしめる。サリーは話すのをやめ、俺に身を預ける。
サリーの見てきた惨状を想像すると自然と抱きしめる力も強くなるというもの。
なにせその生贄という名の殺人はこの国の中で行われているのだから。
そりゃ怖いさ。みんなここで死んでいくんだ。
イナの嗅いだ血生臭さがそれを物語っている。
「化け物がみんな食べていくんだ……
だから、お金を掛けて人を殺す工夫をしてるの」
「化け物……?」
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