蘇り地味令嬢と髑髏(しゃれこうべ)令息〜復讐も地味に地道に〜
目を開けると、そこは、私の部屋だった。
もう、何十年も前に、幼い私が暮らした場所は、何故か、出来立てホヤホヤの美しさを保っていた。
「まぁ、セリ、目を覚ましたの?」
横になる私を見下ろしてくるのは、ダリアお母様。
その横には、ケイトウお兄様の顔もあった。
二人とも若く、お兄様に至っては、十歳にも満たない幼さ。
「ははうえ!セリは、なぜ、じみなのですか?」
直球の質問に、お母さまも困り顔だ。
華麗で、気品に溢れ、優雅なお母様。
お洒落で、気取り屋で、変わり者のお兄様。
二人は、社交会でも有名な美形親子だった。
それに比べて、私は、地味。
同じく地味なお父様の顔をそのまま引き継いだ私は、隣に立っていても気付かれないほど、その他大勢に紛れ込んでしまう。
「うえっ、うえっ、うえっ」
悲しくなって泣き出した。
体が上手く動かせなくて、バタバタ上下に振ってみると、小さな手が目に映った。
「ケイトウが酷い事を言うから、セリが泣いてしまったではないですか」
「ぼくは、じみがわるいなんて、いってない」
温かなお母様の腕に抱かれて、小さいお兄様の手が私の頬を撫でると、こんなに愛されていたんだと実感する。
死に際の夢にしては、とても、幸せな光景。
公爵令嬢に生まれたのに、さまざまな不幸が重なり、最後は、娼婦として人生の幕を閉じた私への、神様の最後のプレゼントかしら。
「あぅ」
両手を突き出して、お母様の頬に触れた。
「まぁ、なんて可愛いのかしら」
「あぁ!ははうえ、ずるい!」
お父様と恋愛結婚したお母様は、地味顔好きだった。
そして、お兄様も、私を溺愛してくださっていた。
最後に、この二人に会えて、本当に良かった。
ホッとしたからなのか、
ブリブリブリブリ
私のお尻から、物凄い音が聞こえた。
「まぁ、セリ、オムツを換えなくては。クローバー、クローバー」
お母様が私専属のメイドを呼ぶ。
オムツ片手に部屋に入ってきたのは、国を追放される時に、最後まで付き添ってくれたクローバーだった。
お兄様もいる前で、神業的早さで私はお尻を丸出しにされて、綺麗にフキフキされる。
「うんぎゃー(やめてー)」
言葉にならない泣き声に、私は、これが夢じゃないんだと思い知らされた。
一体、何が起こったのかしら?
赤ん坊として生まれ変わって、三日。
周りを確認していると、どうやら、私は、三十八年の時を遡ったようだ。
娼館に売り飛ばされたのが、十六の時。
この国の王子に婚約破棄された挙句、冤罪をかけられて国外追放された、すぐ後のことだった。
最初から話が出来ていたみたいで、国境越えをする私とクローバーは、数人の男に捕まって、そのまま初売りの競に掛けられていた。
セリが競に掛けられる。
ざけんじゃないわよ、駄洒落言ってる場合?
あんな世界に二十二年もいたら、擦り切れて、言葉遣いだって変わるわよ。
まだ、救いは、とても愛らしい顔をしていたクローバーが、二十五歳の時に身請けされて、娼館を出ていけた事。
相手は、相当な年寄りだったけど、毎日大勢を相手させられるより、ずっとマシ。
正に、底辺を這いずって生きた私が、ここに戻ったという事は、今度こそ、どんな事をしても皆を守れという神様からの啓示。
本当なら、前世で助けて欲しかったけど、あの時は、私も甘かったから仕方ない。
今度こそは、どんな事をしてでも、家族を守る。
えぇ、どんな事をしてでもね。
生まれ変わって、二年が経った。
「セリは、いつか、植物博士になるのかい?」
泥遊びをするフリをして自分だけの花壇を作ろうとしていた私の横から、ケイトウお兄様が、デレデレの顔で覗き込んでくる。
そんなに、分かりやすかったかしら?
私の目の前には、薬になる草が並んでいる。
娼婦時代、医者にかかるお金なんて無かった。
だから、唯一文字が読める私が、民間療法や薬草の本を与えられて、皆の健康管理をさせられていた。
便秘解消から解熱剤まで。
対症療法しかできなかったけど、結構重宝がられた。
流石に、最後、私を死に至らしめた流行病には、何も効かなかったけど。
「でも、セリ、コレは危ないよ」
お兄様は、私から毒になるオオセリだけを奪うと、ポイッと投げ捨てた。
こっそり紛れ込ませていたのに、何故分かった?
「あぁ〜、おに〜たま、かえちてぇ」
ふぇ〜〜〜ん
嘘泣きすると、庭の東屋で寛いでいたダリアお母様が、わざわざ此方まで来てくださった。
「ケイトウ、駄目でしょ、セリを虐めたら」
「虐めてないもん。これ、危ないもん」
神童と言われるお兄様は、分厚い植物図鑑なんて、軽い読み物なのね。
私が長年の経験で手に入れた植物の情報が、既に頭に入っているらしい。
つい、焦って毒も一緒に育てようとしたのがいけなかったわ。
毒は、草じゃなくて花の美しいスイセンやフクジュソウにしましょう。
そうしたら、綺麗だから育てたいと言い訳できるもの。
「おかぁたま、だっこ」
お兄様から離れる移動手段に、お母様を使う。
「ふふふ、セリは、甘えん坊ねぇ」
お母様が私を抱き上げようとしゃがみ込むと、その前にクローバーが泥の付いた私の手を拭いた。
流石、出来るメイドは、仕事が早いわ。
フワリ。
プルンプルンのお母様の胸に顔を埋めて、私は、お昼寝と洒落込む事にした。
私が、三歳になった頃、執事のグロリオサが、ハスお父様に詰め寄った。
「セリお嬢様は、天才でございます」
あまりの鼻息の荒さに、お父様仰け反ってる。
「グロリオサ、お前、ケイトウにも同じ事を言っていなかったか?」
「いえ、旦那様、確かにケイトウお坊っちゃまは、史上稀に見る記憶力の持ち主。右に出る者がいない天才でございます」
「大袈裟な。で、セリは、何の天才なんだ?」
「人心掌握の天才でございます」
聞いてる私が、恥ずかしい。
ケイトウお兄様の膝に座らされて、お父様の執務室でおやつを食べているだけでも、レディーとしてどうなんだ?って感じなのに。
「お嬢様の素晴らしいところは、その観察眼でございます。メイド達の手荒れに心を痛められ、ハンドクリームをお配りになられました。また、最近腰痛に苦しんでいた私には、湿布薬を。更に、便秘に悩んでいたメイド長には、便通の良くなるお茶を。我ら、使用人達のセリお嬢様への忠誠心は、日々高まるばかりでございます」
あ、グロリオサ、後でメイド長に、ボコられるわね。
女性の便通事情なんて、公の場所で話す物じゃないわ。
「セリが皆に優しいのは良いことだが、だからと言って、天才は言い過ぎだろう」
「お嬢様が、全てを手作りされていると聞かれても、同じ事をおっしゃいますか?」
「手作り?」
あーん、もお、話を大きくしないでよ。
ハンドクリームは、市販の馬油とハーブを混ぜただけ。
湿布は、アロエを擦り潰してガーゼに塗っただけ。
便秘解消のお茶は、桃の葉を乾燥させたものを刻んだだけ。
どれも、娼婦時代の知識を使った簡単な治療法ばかり。
天才とか、正直、荷が重いんですけど。
「グロリオサ、おおげしゃよ(大袈裟よ)」
ピョンとお兄様の膝の上から飛び降りると、直ぐに抱っこし直されて、また、膝の上に戻った。
「おにーたま、はなして」
「離れる必要がどこにある?」
「おちっこ!」
「じゃぁ、僕が、連れて行こう」
トイレに付いてこようとするお兄様から、クローバーが私を奪い取ってくれた。
クローバー、グッジョブ。
「お嬢様のお世話は、私の仕事です。取らないでください」
お兄様もクローバーも、同い年で、たしか、今年十歳になったばかり。
それぞれ美しい天才のお兄様と働き者のクローバーに挟まれて、地味顔な私は、小さく溜息をついた。
私は、運命の五歳になった。
この年、私は、皇太子の婚約者になる。
理由は、一つ。
皇太子と丁度良い年齢で、最も位の高い公爵家の娘だったから。
我が家は、既にケイトウお兄様という立派な後継がいる。
私を嫁に出しても、なんの問題もなかった。
しかし、今の私は、ノーサンキュー。
地味な顔がお好みでなかった皇太子には無視され続け、最後には、冤罪で国外追放。
誰が好き好んで、お近づきになるというのだ。
私にだって、好みがある。
ずっと、ずっと、ずーっと憧れていた方と、今度こそ結ばれるのよ。
皇太子主催のパーティーには、年頃の似た子供達が呼ばれた。
側近候補とお妃候補。
殆ど出来レースだけど、死に戻りの私が、大人の思惑を打ち壊してやるわ。
ケイトウお兄様のエスコートで会場入りすると、既に煌びやかに着飾った少年少女でホールは埋め尽くされていた。
お兄様も、お友達を見つけて、談笑し始める。
私は、キョロキョロと周りを見回して、お目当ての方を探した。
ルドベキア・エーデルワイス様。
エーデルワイス公爵家の長男でありながら、ヒョロ高い背と骸骨の様に頬が痩けた容姿で敬遠されている。
だけど、厳しい皇太子妃教育で苦しんでいた時、皆が無視する中で、一人だけ声をかけて下さった優しい方。
国外追放される時も、コッソリと隠れて食べ物やお金を渡して下さった。
地味な容姿と根暗な容姿。
中身は全然違うのに、見た目だけで判断されて、共に辛い思いをしてきた。
今度こそ、私は、彼も幸せにしてみせる。
そして、私の幸せに、彼は、絶対必要なの。
「あの、もし宜しければ、コレを」
私は、お水の入ったコップと自家製の胃腸薬をルドベキア様に差し出した。
「君は?」
突然声をかけてしまって、淑女らしくなかったわ。
だけど、冷や汗をかいている彼を放っておけない。
「申し遅れました。セリ・ディオンと申します。コレは、胃腸薬です。胃の辺りを抑えられて、とても苦しそうに見えましたから」
「あぁ、君は、ケイトウ・ディオン様の妹さんなんだね」
噂の地味顔に納得したのか、ルドベキア様は、私が差し出したお薬を受け取って下さった。
「僕の名前は、ルドベキア・エーデルワイスです」
「存じ上げております」
「僕が、『髑髏』って渾名されているのも?」
「私が、『空気』と呼ばれていることもご存知でしょう?」
ふふふふふ
騒がしいパーティー会場の中で、私達の周りにだけ、穏やかな時間が流れていた。
たわいもない話だけど、とても楽しかった。
帰るまで、お兄様は、私を必死に探したみたいだけど、とうとう見つけることはできなかった。
だって、私は、空気。
気配さえ隠せば、誰にも見つかることはないのですもの。
皇太子との顔合わせを、『迷子』でブッチした私は、帰宅後、こっそりと『下剤』になる薬草を口にした。
本当は、こんな危険なことしたくないけど、背に腹はかえられない。
体調不良を訴え、なかなか治らない下痢に、お医者様も首を傾げて『難病』の恐れありと診断を下した。
元々、皇太子は、私との婚約に乗り気じゃなかったし、ブッチした顔合わせのパーティーでは、家格は劣るけど、超美形の少女達がわんさか居た。
その中から妥当な子が何人か選ばれて、皇太子妃候補になるのに、さほど時間は掛からなかった。
私が寝込んでいる間、お父様もお母様もお兄様も、死んだみたいな顔をしていた。
ごめんね、皆。
ここを乗り切れれば、きっと、明るい未来が待ってるから。
寝込み始めて一ヶ月。
完全に、私が皇太子妃候補から外れた頃、一人の男性が我が家を訪れた。
それは、ルドベキア様。
幼いながら、ちゃんと訪問のお伺いを手紙でしてから、手順を踏んで来られた事に、我が家の印象もかなり良い。
見た目が少々・・・だけど、学業での成果も目覚ましく、話してみれば人柄の良さも伝わってくる。
そして、一番なのは、迷子になった私を最後までエスコートして下さった事。
私がミスリードを誘って、お兄様に会わないようにさせただけで、あのパーティー会場でも、必死に親元に返そうと頑張ってくださった。
私が感謝の気持ちを沢山皆に吹き込んでおいたお陰で、使用人達までもが、ウェルカムな空気を醸し出している。
「セリ嬢、体調は、いかがですか?」
「はい。まるで嘘のように治りました」
ニコッと微笑むと、ルドベキア様の頬も緩む。
「良かった。今日は、君に、これを持ってきたんだ」
花束と一緒に渡されたのは、一冊の本。
「ベッドの上ばかりだと、退屈すると思って」
開けてみると、そこには手書きの文字が。
「これ・・・もしかして、ルドベキア様がお書きになられたのですか?」
「うん。街で売っている本だと、持っている可能性もあると思って。僕は、小さい弟達にせがまれて、自分でお話を書くようになったんだ」
眠る前に語り聞かせていた創作童話を気に入った弟達は、いつでも読めるように本にしろと訴えたらしい。
「これは、その初版本。面白かったら良いんだけど」
ルドベキア様の本は、剣と魔法と夢の詰まった冒険活劇だった。
主人公は、『髑髏騎士』と呼ばれる色白でガリガリの男。
しかし、一度剣を持てば、バッタバッタと敵を倒し、困った人を見かければ、治癒魔法で病を治してあげる。
竜を友とし、大空を駆け巡り、世界の平和をたった一人で守る英雄。
その夜、私は、ルドベキア様が作った世界を夢に見た。
私は、骸骨騎士となったルドベキア様と共に旅をする竜になっていた。
ルドベキア様と私の婚約が正式に結ばれたのは、私が十ニ歳になった時だった。
未だに我が家との縁結びを諦めきれない王家からの横槍で、こんなに時間がかかってしまった。
皇太子妃の打診が来るたびに、体調を崩す私を不審がり、王室専属の侍医まで派遣されて検査されたこともある。
だけど、私が薬草を使って巧妙に偽装することから、とうとう諦めてくれたようだ。
医者が私に下した最後の診断は、『過度なストレスによる拒否反応』って事になった。
ほら、ストレスは、万病の元だから〜。
やっと王家の呪縛から解き放たれた私に、怖いものはない!
既に一度は勉強した内容。
しかも、皇太子妃教育もバッチリ受けていたんですもの。
学園での成績は、常にトップ。
ただ、教師も、時々私を見失うほどの影の薄さ。
ここ最近、『空気』に会いたかったら、先に『髑髏』を探せと言われているらしい。
ほら、放っておいても私からルドベキア様に近づいていくから、皆も見つけやすいみたい。
こうして、自分自身の幸せを掴んだのは最高なんだけど、まだ、やらないといけない事があるのよね。
それは、皇太子への復讐。
あんな奴が次期王様なんて、この国、破滅するわよ。
それに、皇太子妃候補の面々は、全員顔だけで頭空っぽ。
二つ年下の第二王子の方が、実力、人望共に上。
どうにかして、奴らを引き摺り下ろさないと、わたしとルドベキア様との将来に影を落とす。
そこで、先ず私が始めたのは、学園内での人脈作り。
女性陣には、私が考案し、ディオン家総出で完成させた美容アイテムを使う。
効果抜群の美容液は、社交界でお母様が広告塔となって広めて下さった。
地味な私も、お肌だけは一級品。
リラックス効果のある香水や、吹き出物を抑える薬用化粧水も売れ筋よ。
そして、男性陣には、ルドベキア様の著書、『骸骨騎士漫遊記』の貸し出し。
いつかは、大手出版社から販売する予定だけど、今は、エーデルワイス家でのみ貸し出しを行っている。
そう、あくまでも貸し出し。
直筆だからね。
写本は、オッケーよ。
この本の人気は、実際にルドベキア様が学園内での剣術大会で優勝した本物の実力が支えている。
あのヒョロヒョロの体から繰り出される軌道の読めない太刀筋は、まるで冒険活劇の主人公みたいなカッコ良さ。
闘技場の最前列で叫ぶ私を、誰も叱ることは出来ないと思う。
こうして、私達二人は、いつしか人の輪の中心に立つようになった。
あんなに自信なさげに壁に張り付いて立っていた二人が、嘘のよう。
でも、私達だって、ちゃんと努力してきた。
ルドベキア様の体調管理は、私が万全を期したことで、バッチリ!
胃痛も、貧血も、筋肉量が増えない悩みも解決された。
ひたむきに剣術の練習をされたのもルドベキア様自身。
誰に恥じる事もない。
それでも、目立つ者を気に入らない人もいる。
その筆頭が、皇太子。
私より二つ上。
ルドベキア様と同い年。
何かと比べられる存在だけに、余計腹立たしいんだろう。
剣術大会でも、負けたしね。
この日も、わざわざ取り巻きを連れて、学生食堂までやって来た皇太子は、私達の悪口を声高に話す。
「最近は、人ならざる者が、学園に紛れ込んでいるそうだ。骸骨ならば、墓地に帰るが良い」
ワーワーギャーギャー。
それが自身の人気を落とす原因だと、なぜ気づかない。
私は、ウェイトレスを呼ぶと、皇太子の席に、海老のカクテルサラダにレモンをかけたものと、タコとアワビのソテー、サツマイモとバナナのケーキをお届けするように申しつけた。
「ほぉ、女の方は、なかなか分かっているようだなぁ」
貢物とでも勘違いしたのか、彼らは満足げにテーブルの上に並べた料理を平げ始めた。
よしよし、よーく噛んでお食べ。
食べ合わせの悪い食べ物オンパレードフルコースをね。
蛯に含まれる銅とレモンのビタミンCは、ミネラルである銅がレモンの薬効を打ち消すだけじゃなくて、毒素を発生させる事もあるわ。
タコとアワビは、特に消化しにくい食べ物ダブルパンチ。
お腹を膨らませるサツマイモと体を冷やすバナナの相乗効果で、さらに胃腸の動きを鈍らせたら、あら不思議。
今夜辺り、皆様、腹痛で苦しまれるのではなくて?
地味な顔の女は、地味な仕返しを致しますのよ、オホホホホホ。
「セリ、なんだか楽しそうだね」
「ルドベキア様と一緒の食事は、いつも最高に楽しいですわ」
私は、地盤を固めつつ、こうして地味な攻撃を時折織り交ぜる素敵で楽しい学園生活を過ごした。
人脈とは、なんとも恐ろしいもの。
前回の人生では見えなかったものが、見えてくる。
派閥だけじゃない。
人と人の相性や、長い月日を重ねた結果の確執。
時には、他人の秘密も『貴女だけに』という修飾語付きでやって来るまでになった。
今、密かに噂になっているのは、皇太子が平民の女に入れ上げて、宝物殿の宝石を一つ横流ししたというもの。
彼女の名は、チューベーローズ。
危険な快楽を餌に、何人かの令息を既に虜にしているという。
以前の人生でも、彼女の名前は挙がっていた。
でも、皇太子まで虜にしたとは、初耳だった。
「もぉ、私、胸が苦しくて」
ヨヨヨッと儚げに泣くのは、今世で皇太子妃筆頭に名前の上がるオミナエシ・ブルーム侯爵令嬢。
筆頭と言うことは、まだ、確定したわけじゃないってこと。
王家、まだ、私を狙っているのか?
「そんなに泣いては、美しい目が、赤く腫れ上がってしまいますわ」
私は、彼女の涙を、優しくハンカチで拭いてあげる。
ごめんなさい。
私が逃げたばかりに、貴女が苦しむ事になってしまって。
でも、まだ筆頭で良かった。
彼女の経歴にバツが付かないから。
皇太子が失脚したら、別の素敵な殿方をご紹介するわ。
「オミナエシ様。チューベーローズさんの事は、きっと先生方が、どうにかしてくださいますわ」
そして、私がね。
今頃、皇太子と彼女は、街の相引き宿で、仲良くヤッてる最中。
チューベーローズは、男達を虜にする為に、秘密裏に、催淫剤を探していた。
だから、私は、空気のような存在感で、彼女の荷物の中から薬を取り出して別の物と替えておいた。
それが、どんな効果を発揮するかは、乞うご期待よ。
ある日新聞を賑わせたのは、皇太子のあってはならぬゴシップだった。
相引き宿で平民の女と密会している最中に、錯乱状態に陥り、病院に搬送されたと言うのだ。
宿主は、まさか皇太子が自分の宿でイケナイ事をしているとは思いもよらない。
薬物使用による事件として、警邏隊まで呼び寄せた。
運ばれる最中も、全裸で暴れた男女。
それを目撃した者の口に戸を立てる事などできない。
あっという間に噂は広まり、新聞にデカデカと掲載されるに至った。
「良かったわ、本当に死ななくて」
私は、ある草に水をやりながらホッとため息をついた。
名を明かせぬソレは、フキやタラノメに似ていて、用法を守れば、鼻水を止める役割もある。
だけど、多すぎると命の危険もあった。
薬と毒は、紙一重。
何事も、使い方を間違えないよう、人間自身が気をつけなくてはならない。
これで、あの皇太子が跡を継ぐことはなくなった。
あぁ、じゃぁ、もう皇太子じゃなくて、ただの第一王子?
王籍も剥奪かしら?
まぁ、どうでもいいわ。
終わったことですもの。
「セリ」
「ルドベキア様!」
「新しい作品が出来たんだ。読んでもらえるかい?」
「えぇ、勿論!だって、私は、貴方のファン一号なんですもの」
私の二度目の人生は、彼と共に、まだまだ続く。
『骸骨騎士漫遊記』
ここに描かれる国々に、いつか二人で旅をするのが今の夢なのよ。