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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
第八章 閃光と羊達
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第八章(11) あの醜い『神様』とやらは

「……おや、先を読まれたか」


 自分を睨みつけるプラシドと向き合い、ベラーは気付く――プラシドが小脇に抱えていたのは、少し大きな瓶だった。中では青い蝶が羽ばたいている。


 ――いつの間にか、自分達が動いていることに気付かれたらしかった。でなければ、プラシドがこうもミラーカを回収しているはずがない。

 ゼクンに出会ったのも、偶然ではなさそうだった。牢が空になっていることに気付いていた。思ったよりも早い段階で、脱獄に気付かれたらしい。


 プラシドの瞳に、憎悪が浮かんでいた。それを見て、ベラーは思わず笑ってしまう――感情的になっているのが、少し愉快だった。


「君の魔法封じは強力だったよ」


 両手を広げ、溜息を吐く。


「――一時間くらい前かな、解除できたのは」


 そう言えば、プラシドが口を堅く結ぶのが見えて、ベラーはまた笑う。やがて目を細めて。


「――返してもらおうか、全て」


 ――黒い水晶がいくつも放たれる。鳥よりも速く飛び、標的を目指す。

 プラシドは更に怒りと憎悪に顔を歪めた。その姿は瞬くように消えてしまう。瞬間移動魔法。刹那、宙に現れたかと思えば、片手を構え、水晶の雨を振らせた。


 けれどもベラーの黒水晶を前に、魔力で構成された物質は何もなせない。ベラーが盾を作り出せば、プラシドの魔法は盾に触れる前に消えていく。無駄であることはプラシド本人もわかっているはずなのに、何をしているのか、とベラーは呆れるが。


「いつまで笑っていられるか、楽しみだな」


 不意に真横で声がした。すぐに飛び退けば、それまでベラーがいた場所を冷たい刃が空気を裂く。

 プラシドがそこにいた。黒水晶の盾があるため、近距離での魔法の行使は不可能であるはずだった。

 そうであるにもかかわらず、突然現れたプラシドのその場所は、瞬間移動魔法で現れることも不可能な間合いで。


 反射的に、ベラーは通常の水晶をプラシドに放つ。いくつかが、プラシドの持つ奇妙な剣で弾かれてしまった。どうやらあれは、魔力でできたものではないらしい。が、一つの水晶が、青い蝶の入った瓶を抱える腕を走った。血が零れ、青い蝶の入った瓶はごとんと落ちて廊下を転がる。


 続けてベラーは魔法を放とうとしたが、プラシドは一歩下がり、瞬間移動で姿をくらませてしまった――いまの間合いであれば、瞬間移動魔法されてもおかしくなかった。可能な距離だった。けれども、先程のは?


「お前でも焦ることはあるんだな」


 廊下の向こうにプラシドが立っている。


「もちろん、あるとも。私も人間なのでね……」


 そう答えつつ、ベラーはプラシドを観察する。奇妙な剣は、まるで水晶でできているように見える。剣の形をしているが、柄の先まで丸ごと水晶から象ったように思える。魔法で作った剣……であればその奇妙さに納得できるが、先程の瞬間移動魔法と同じく、黒水晶の盾に近いにもかかわらず、崩れなかった。

 とすると、ただの剣である可能性が高いが、どうも引っかかる。

 そもそもプラシドは、あの剣をどこから取り出した。


「お前が人間を名乗るなんて」


 プラシドが吐き捨てるように言う。


「……牢で見張りが惨殺されていたらしい。お前がやったんだろう?」

「そこにいる私の弟子からは、殺す必要はないと言われたんだけどね? やはり……殺しておくべきだろう? 目を覚まされて報告されたら、計画をだめにされてしまうかもしれないから……だから、二度と目を覚まさないようにしておいたんだけど」


 ――空気が冷たい。それから、ほのかに甘い匂いが漂っている気がする。


「船を落として、そこでフォンギオと合流するつもりだったのか?」


 ゆっくりとプラシドは歩き出す。そのプラシドの姿が揺れているように見えたが、


「興味があるのかい? 君が失敗する物語だよ。まさか、そこまで悪趣味だったとは」


 黒い水晶、一つを放ってみる。プラシドは頭を振って避ける。黒水晶は壁に刺さって消える。

 ――あのプラシドは幻の類かと思ったが、そうではないらしい。黒水晶の影響は何もなかった。

 ――甘い香りが、少し濃くなってきている気がする。


「何をしているのかわからないけど――君はおしゃべりで、時間稼ぎがしたいらしい」


 この香りは、何かに作用している。魔法によるものではないのだろう。薬品だろうか。世界が少し、ぼやけて見える気がする。視覚に作用するものか?

 それから、この、冷気。


「――小細工しなくては、お前には勝てないからな」


 不意にプラシドが突っ込んでくる。ベラーは手を構えるが、プラシドの姿は、まるで空気に溶けるように急に揺らいで消えた。

 次の瞬間、背後に気配を感じて、ベラーは振り返りつつ、距離をとる。だが完全には間に合わなかった。いつの間にかそこにいたプラシドが、剣を振るう。身体は避けられたが、腕に切り傷が走る。それでもベラーは、魔力を波状に放ち、プラシドを風で押すように払い遠ざける。続けて通常の水晶を放つが、プラシドは剣を滑らせ、全てを弾いた。ガラスが割れたような音が、耳に痛いほどに響く。


 黒水晶を放てば、プラシドは距離が詰まる前に、瞬間移動で姿を消してしまった――その様子に、ふむ、とベラーは考える。

 いまは、嫌われてしまった。

 さっきは何故、逃げることなく簡単に避けた。

 それから、先程のプラシドの剣の技術。彼にそんな才能があったとは思えない。恐らく魔法で肉体を強化しているように見えた。筋力、動体視力、そのほかにも様々。

 斬られた腕の傷口から、だらだらと血が滴る。冷たい剣で切り裂かれたそこは、熱い痛みを帯びて蝕む。

 だが斬られたときの、異様な冷たさ。やはり、ただの剣ではない。かといって、魔法道具でもない――。


「……ああ、君はやっぱり、器用だね」


 ――気付いて、ベラーは口の端をつり上げた。プラシドは、また距離をおいた場所にいた。

 空気が冷たい。冷たくて――湿っぽい。

 プラシドは何も言わなかった。ベラーを見据えたまま、またゆらりと歩き出す。


「これはどうだろう」


 と、ベラーは手を構える。光り輝く魔法陣が花開いたかと思えば、黒い水晶一つが、生えるように出現する。

 放たれる。風を切る音は高かった。プラシドへ向かう。

 けれども、その途中で姿を消す。プラシドが眉を顰める。その直後。


 ――プラシドの脇腹から、黒い水晶が突き抜けて現れた。ベラーの魔法は、貫通はしたものの、そこで止まる。

 濁った声をプラシドは漏らす。剣は手放さなかった。それでも膝をついたかと思えば、姿が揺らめく。溶けるように消える。


「……どうして」


 血を吐きながらの言葉は、ベラーの背後からした。

 ――振り返れば、そこにプラシドがいた。脇腹に刺さったままの黒水晶を、なんとか素手で抜こうとしている。

 これほどまでに深く刺されば、どんな魔術師も、しばらくは魔法が使えない。

 黒い水晶は、一撃で魔術師をしとめられる。

 ――ベラーは、放った黒水晶を途中で瞬間移動させた。移動先は、自分の背後の廊下。

 そこにプラシドが隠れていて、忍び寄ってきていると察したからだった。


「なかなか、おもしろいことをする。私に対して同じことを考えた魔術師自体はいたけど、構想で終わっていたよ……でも君は、随分器用だった。机上のものも、実現させられるほどに」


 かつかつと、ベラーはプラシドへ進む。プラシドは血を流しながらも、未だにベラーを睨んでいた。重々しくも立ち上がれば、奇妙な剣を振るう。

 ところが、ベラーが手をかざせば、白い光が生まれた。それで剣を受け止めれば、剣は溶けていく。

 滴るのは、水。


「空気中の水分を集めて凍らせたのか? 魔力で構成されたものじゃないからね、私の水晶が意味をなさないわけだ」


 強固な氷でできていた剣は、魔法の熱に、溶けていく。


「私を前に、魔力で構成されたもの以外で戦おうとする者は多い……道具だけではなく、小細工も。あの幻は……水と光をうまく使い、鏡のようにしたものだね?」


 あの幻は、そこにある水分に自分の姿を映しているだけのものだった。

 幻をそこに投影するには、魔力による仕組みが関わってくるが、恐らく、最後に投影される場所だけは水分の幕があり、光を映すだけだった――そう考えれば、黒水晶の影響を受けなかったのも頷ける。

 そうして、自然の力で生み出した幻を本物だと思わせ、その間に忍び寄る。攻撃は氷の剣で行う。それがプラシドの手段だった。


 もっとよく観察すれば、異様に揺らいでいることに気付き、正体を見破ることもできたかもしれないが。


「……補助で、視覚に影響を与える薬を気化させていたな?」


 まだ視界が少しおかしいように思える。

 もうプラシドは何もできない。ベラーは手で自らの目を覆って、治癒する――少しして目を開ければ、視界は全て戻っている。歪みや揺れはない。


 ――魔術師というのは、魔法が使える故に、あらゆることを魔法で行う。

 火をつける際は、火を放てばいい。火打ち石は必要ない。

 だが、いまプラシドが行ったことは、火をつけようとして「火打ち石を魔法で打ち合わせる」ような方法だった。

 しかしそれにより「魔力で構成されたもの以外」での立ち回りを成功させた――。

 単純であるが、魔術師には簡単には思いつかない。魔法が使えるが故に。そして決して簡単ではないものだった。


 ぎり、とプラシドが歯ぎしりする。黒水晶を抜こうとしている手は、血塗れだった。その手を勢いよく払えば、血が飛んだ。同時にプラシドは顔を歪めながらも魔法陣一つを広げ、血を凍らせ、矢とする。


「なんだ、まだ魔法が使えたか」


 ベラーは再び熱の魔法を発現し、同時に黒水晶をまた一つ、プラシドに放った。胸に突き刺さる。プラシドの身体は吹っ飛び、床に転がる。

 まだ息はしていた。


「く、そ……お前の、ような奴、に……」

「……君は死ぬというのに、あの醜い『神様』とやらは、君を助けてくれないらしい」


 ベラーは笑ってプラシドを見下ろしていた。廊下に血色の染みが大きく広がっていく。

 ――水晶が、プラシドの首に向けて放たれる。漆黒の水晶。光すらも、反射しない。まるでそこに異様な裂け目ができたかのようにも見える、黒色。

 醜い悲鳴が上がって、黒水晶の表面は血に濡れた。ベラーにも少し、血がかかる。


「君はそうだな、うまくいっていると、慢心していたのだよ……もう少し慎重さがあれば、あと一カ所くらい、私を斬りつけられたんじゃないのか?」


 声はもう届かない。ベラーは少し乱れた髪を整えながら死体に背を向ける。


 向かったのは、廊下の隅に転がっていた瓶。中では青い蝶が力なく羽ばたいている。打ち込まれた魔法薬が、未だに効いているのだろう。


 それから、壁際に座り込んだままでいる弟子に、視線を向ける。

 まだ目を覚ましてはいなかった。


 ベラーはしばらく、そのまま固まってしまった。

 どうするべきか、考えていた。


 ――パウが捕まったと聞き、本来の作戦から別の作戦へ変更した。

 プラシドに敗北し、牢に放り込まれる予定は、本来なかったのだ。一人で船を墜落させる予定だった。

 ところが、パウが来たことにより、作戦を変えた。

 ――プラシドに奪われたものを取り返すだけでなく、パウやミラーカも回収するために。

 だが。ミラーカはこのまま回収するつもりだが。


「……君はもっと、おもしろいものを見せてくれるか?」


 窓の外を見れば、緑が見える。もう、墜落する。

 ――懐から取り出したのは、白い耳飾り。片耳につける。


「――フォンギオ様、状況は?」

『――一度着陸させる』

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