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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
第七章 霖雨の花畑
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第七章(02) 青い花畑



 * * *



 鷹の頭と翼を持つ四足の獣が、空を駆けていく。足を馬のように動かし、翼を大きく羽ばたかせ、冷たい空気を切り裂いていく。


「今日の夜には、アニスト村に着くはずだ!」


 四足の鳥の獣シトラ。その背の先頭に跨るメオリが振り返り、昼間の青空に自慢げに声を響かせる。後頭部で一つに結った茶髪が、尾のように揺れていた。


「どう? ちゃんと五日で着いただろう?」


 『風切りの春雷』騎士団を離れて五日目。確かにメオリは宣言した通りに、五日で目的地に到着しようとしていた。彼女の後ろで、パウは素直に感心する。『赤の花弁』地方から、この『白の花弁』地方の辺境まで。簡単に為せることではない。


 ――『白の花弁』地方。その辺境。アニストという村の周辺にグレゴがいるという情報があった。

 『赤の花弁』地方のグレゴは騎士団に任せた。自分達は、この『白の花弁』地方にいるグレゴを退治して、彼らのもとに戻らなくてはならない。

 こうも移動に日数がかからなかったのは、ひどく助かることだった。なにせ『遠き日の霜』よりも早く行動しなくてはならなかったし、グレゴ退治に成功したのなら急いで騎士団に戻らなくてはならない。


 だがパウはかすかに眉を顰める。先を見つめるメオリの顔色に、違和を感じる。血色が悪く見えるのは、この冷たい風によるものではない。

 無理は禁物だ。そうパウが口を開こうとすれば。


「夜に着くのなら、夕方辺りで地上に降りよう」


 パウの背後から声が飛んでくる。アーゼが頭を横に出していた。


「アニスト村周辺にいるかもしれないってことは、夜に着いて、そのままグレゴと鉢合わせるかもしれないんだ……余裕を持っていった方がいい」

「でも、急いで行かないと。それこそ、グレゴがいるのなら」


 メオリは少しだけ厳しい顔をした。シトラも、まるで「そんな心配は必要ないけど」というように声を漏らしていた。翼をまた大きく羽ばたかせれば、滑空する。


「俺もアーゼと同じ意見だ。慎重に行くべきだと思う……今日村に到着しなくてもいい、近くで十分に休んでから行くべきだ」


 パウも赤い瞳をメオリに向けた。

 向かう場所は、グレゴがいるかもしれない場所だ。だからこそ、余裕を持ち、慎重に行きたいという思いもあった。到着してすぐに、あるいは到着間際に襲われたのなら、ひどく手を焼くかもしれない。だがそれ以前に。


 ――これ以上、こいつに無理をさせられない。


 パウは決して口に出さなかった。口に出してしまえば、メオリはきっとはねのけてしまうだろうから。

 二人にそう言われ、メオリはしばらくの間黙っていた。シトラが再び声を漏らす。それはどこか、心配しているかのようだった。


「……わかった。多数決。私の負けだ。それじゃあ今日は、夕方には地上に降りよう」


 やがて彼女は渋々頷いたのだった。


 話し合いの通り、日暮れ頃、三人を乗せたシトラは地上に降りた。目的地であるアニスト村からまだ離れた木立で、一行は簡単に野宿の準備を始める。アーゼが適当に集めてきた枝に、パウが魔法で火をつける。そうして食事の準備をするが。


「助かった、お前がああ言ってくれて」


 最中、パウはアーゼに礼を言った。アーゼがきょとんとして顔を上げたものだから、パウは顎ですぐそばの木を示す。

 その根元では、メオリが丸くなって眠ってしまっていた。シトラも見張りを忘れて眠ってしまっている。


「あいつ……相当無理をしてるみたいだから」


 本来なら、五日ほど空を飛んでも、メオリもシトラも問題ないのかもしれない。その状態ですぐに戦うことだってできるのかもしれない。

 アーゼもちらりとメオリを見る。


「顔色、良くなかったからな……魔法であの大怪我がどうにかなったわけだけど、全部元通りってわけじゃないんだろ?」


 その口振りに、今度はパウが手を止めきょとんとする。


「お前、余裕を持っていくために到着を明日にしたわけじゃなかったのか」

「それもあるけど、メオリの様子がおかしいからさ。このまま飛んでいくのは……良くないんじゃないかと思って」

「よく気付いたな」


 はっきり言って、アーゼがメオリの異変に気付くとは、思っていなかったのだ。それほどまでに二人が親しいとは、パウは記憶していなかったのだ。だがどうやら違うようだった。


「まあ……騎士団で旅してる間に、何回か手合わせしたり喋ったりしたしな、それで調子の良し悪しがわかるようになったっていうか? あいつ結構……わかりやすいよな」


 夜風が木々を揺らし、囁きを奏でた。焚き火がぱち、と声を上げて小さく踊る。アーゼは小さな鍋を火にかけ始めていた。騎士団での生活で、簡単でも栄養のあるスープの作り方を覚えたのだという。持ってきていた材料を中に入れて煮込み始める。


「そういやあいつ……無駄に力強くないか? 魔術師って、全員お前みたいなひょろひょろだと思ってたのに、メオリって……ネトナさんくらい力がある気がするんだけど、何か魔法使ってるのかって聞いたら、そうじゃないらしいな」

「なんだ? もしかして、何か力比べでもして負けたのか?」


 どうも悔しそうな様子があるアーゼに、パウは思わず笑ってしまう。


「あいつの使い魔は鷹だからな。鷹に追いつくために、鍛えてるんだと思う。使い魔を連れた魔術師は、自分が使い魔に合わせるからな」

「だからあいつって素早いのか! それでついでに、筋力もあるってことか……」


 簡単なスープとパンを食べる。メオリは起こさなかったが、起きた時に食べられるよう、彼女の分は焚き火の横に分けておく。


 食事を終えて、つと、パウは空を見上げる。昼間もよく晴れていたが、夜もよく晴れていた。月は眩しく、星はまるで何かを訴えようとするかのように輝いている。穏やかな夜だ。巨大蝿の影も、魔術文明都市が陥落し大陸が混乱している気配も、何もない。


 見上げていると、肩に青い輝きが降り立った。パウは微笑んで、その光に手を伸ばす。

 ミラーカ。何も言わずに、羽を動かしている。その青い輝きは、夜空の星々を見てもどこにもない。地上にも見当たらないだろう。


「お前も早く寝ろよ! 明日……もしかすると、グレゴと戦うかもしれないんだからな!」


 いつの間にか、アーゼは寝る支度をしていた。毛布を広げ、つと、目を細める。


「……なんだか、お前と最初に旅した時みたいだな……あの時はグレゴの奇襲にあったな」


 そんなことを言ってしまったものだから「縁起でもないこと言っちまったな」と誤魔化し笑う。しかしそこで、ようやくパウが話を聞いていないことに気付いたのだった。


 パウは手に留まったミラーカを見つめ続けていた。そのどこか恍惚とした様子に、アーゼは思わず息を止める。

 思い出したのは、あの無人街の教会での出来事。騎士団員達が、彼を恐れるようになってしまった原因。


「パウ」


 とっさに名前を呼んだが、パウは振り向かない。


「パウ! おい! 話聞いてるのか?」


 少し声を張り上げれば、ようやくパウははっとしたようにこちらを見た。


「ああすまない……寝るよ、ちゃんと」


 そう答えてくれたからこそ、アーゼの不安は薄れるものの、やはり脳裏に、あの時のことが過る――恐ろしいほどの青色と、あの気配が。

 そしてその中で微笑みながら立つ、彼の姿が。


 ……皆のように恐ろしくは思っていない、といえば、嘘になる。

 あれは、異常だった。


 ――パウをよく見ておけ。


 それは、この旅に出る際、騎士団の隊長であるネトナに言われた言葉。


 ――あれは……気にかけなくてはいけない。嫌な予感がするのだ。

 ――あれは不安定で、そう……。


「アーゼ?」


 と、今度は逆に名前を呼ばれて、アーゼははっとする。思わずパウとミラーカを凝視していたことに気付いたアーゼは、深く溜息を吐いて毛布に包まった。


「そういえば……『白の花弁』地方の辺境には、綺麗な花畑があるっていうのを、思い出してな」


 誤魔化しに言葉を紡ぐ。思い出したのは嘘ではない、ミラーカの青色を見て、ふと、思い出したのだった。


「昔親父から聞いたことがあってな……ああ、親父って、この地方の人間だったんだが……有名らしいけど、知ってるか?」

「いや……知らないな」

「……まあお前、興味なさそうな顔してるし、興味ないことはとことんないって顔だしな。でも、結構綺麗らしいぞ、こんな状況だけど……残ってるといいな」


 話していくうちに、アーゼはグレゴの存在を思い出してしまっていた。果たして、その花畑は無事なのだろうか。そもそも村は無事なのだろうか。そんな不安を胸に、しかし目を瞑ったのだった。


 ――あれはきっと、ひどく弱い部分のある人間だ。

 ――だからこそ……すがっていたように見えたのだ。


 ネトナの言葉が、頭の中で響く。


 一方パウは首を傾げていた。


「青い花畑……」


 それを見たことはあった。夢の中で。ミラーカの作り出した幻覚の中で。


「――アニスト村の、青い花畑」


 それまで黙っていた青い蝶が突然言葉を発する。


「海の色、空の色」


 まるで、知っているかのように。

 夜空に舞い上がる。青い輝きは、どこか無邪気に思えた。

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