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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
第六章 祈り沈むは幻想の
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第六章(02) 俺には、やるべきことがあるから

 フィオロウス大陸西『赤の花弁』地方。その北西。


 黙々と進む、奇妙な隊列があった。誰も一言も話さず、まるで縮むかのようにまとまって、森の中、濃くなる夕闇を進んでいく。


 『風切りの春雷』騎士団――こうして進み始めて数日が経っていた。必要なものがあれば、数人を街に向かわせるものの、人のいるところに極力近づかず、一行はただひたすらに歩いていた。

 どこを目指しているのかと言えば、明確な目的地は誰も知らない。知っているとすれば、隊長や副隊長だけで、はたから見れば彼らは目的地もなくただまっすぐに進んでいるようにしか見えなかった。騎士団の中には、それに不安を抱いている者もいるかもしれない。だが誰も文句を言わずに、一員として進み続けていた。


 自分達を騙したデューの魔術師……改め、そう騙っていた『遠き日の霜』の目から、逃げなくてはいけない。

 騙されていたという絶望、強力な支援を失ったという不安、そして怒り。各々胸の内に感情を押し込めて、ひたすら進んでいく。


 夜の闇が深くなれば、一行は物陰に潜むようにして休む。灯りは最小限。暗い中でも、団員の表情に疲労が見える――そんな彼らの間を縫うように進んで、メオリは暗い野営地から離れる。


 木々の間を進めば、開けた草原に出た。細い月は、まるで空が意地汚く笑っているようだった。草原は水底のようで、深く、深く、鬱屈に沈み込んでいる。


「……パウ、ここにいるんだろう?」


 広く、何もない場所に向かって、メオリは声をかける。返事はなかった。だから肩に乗せたシトラに目で指示を出せば、使い魔の鷹はふわりと羽ばたいた。何もない宙を前に、ぐるぐると飛び回り始める。

 メオリはその宙に手を伸ばす。冷たい壁に、掌が触れた。空間が波打つ、見えない壁に穴が開いて、眩しいばかりの光が溢れ出す。


 光に包まれるようにしてメオリがシトラと共に壁の内側に入れば、そこは先程とは変わらない草原。だが先程までなかったパウの姿があり、眩しい光の正体は、彼の魔法の輝きだった。


 パウは集中しているようで、目を瞑って片手を前に出していた。出現させているのは、魔法の水晶。発射すれば、水晶の切っ先は大きな岩に突き刺さり、しかし岩は砕けない――これは決してパウの力不足のためでないと、メオリは察した。あの岩には魔法がかかっている。的として使うのに、パウが何か施したのだろう。

 パウは続けて、新しい水晶を生み出す。より速く集中して。より硬度と密度を上げて。再び放てば、また繰り返す。


「腕を磨いているのか?」


 ようやくパウが魔法を止めた。息を乱しながら、彼が額の汗を拭っているところに、メオリは声をかける。そこでパウはメオリがいることに気付いた。


「……いまのままじゃ、だめなんだ」

「こうも結界を作るほどの実力があるのに」 


 素直にメオリは驚いていた。パウは大怪我の後遺症がある。しかしあの結界は並みの魔術師では作れないし、先程の連続魔法も、簡単なことではない。

 彼の片耳では、黄色の耳飾りが揺れていた。


「……どうにかして、ベラーを超えなくちゃいけないんだ」


 そっとパウが宙に手を差し伸べた。そこに、あの青い蝶がとまる。

 パウの赤い瞳に、青い輝きがはっきりと映る。それがメオリにとって、少し奇妙に思えた。だがそれよりも、


「あの『穢れ無き黒』相手に、何か対抗できる手段はありそうか?」


 パウはすぐに答えなかった。青い蝶を眺めたまま、険しい顔をしていた。やがてその表情は柔らかくなる。諦めにも似た表情だったが、少し違うらしい。


「さあ、わからない……でも、とにかく腕をいまよりも磨かなくちゃいけない……」


 眼鏡の奥、赤い瞳がきらりと輝いた。笑みが消えて、再び険しい表情が露わになる。


「俺には、やるべきことがあるから」


 そう言って、彼は再び的である岩を睨むのだった。手を構える。けれどもそこで思い出したように振り返る。


「お前、何しに来たんだ? ていうかよく見つけられたな、ここ」

「シトラは偵察もやる……別に大したことじゃない、様子を見に来ただけ」


 それにしても、こんなことをしているとはと思って、メオリは微笑んでしまった。


「……あんた、本当によくやるよ」


 急にそんなことを言われたからだろう、パウが不思議そうな顔をした。その表情にも、メオリは笑ってしまった。そして。


「――全部話してくれて、ありがとう」


 ――『遠き日の霜』の詳細やグレゴの正体。そして自分が何をしてきたのか、パウはすでに話していた。メオリだけではなく、騎士団の隊長であるネトナや、エヴゼイにも。

 ただし、全てを知っているのはこの三人と、先に話したアーゼだけだった。他の騎士団員へは『遠き日の霜』という敵組織だけしか伝えられていない……全てを伝えた際、混乱し士気が乱れる可能性を考え、ネトナが口止めしたのである。

 また騎士団員にはグレゴにより被害を受けた者も多い。発端であるパウに怒りの矛先が向かう可能性も、無きにしも非ずだった。


「……ま、デューに言わなかったことや、妙だと思ったのに疑わなかったことへの文句は、あるけど」


 と、メオリは視線を落とす。

 その結果、起きたことがあった。

 しかし再び目線を上げれば、パウはまっすぐにこちらを見ていた。

 その様子。もう目をそらさないという、輝き。


「でも……もし自分があんたと同じ立場だったのなら、いまのあんたみたいにできたか、わからない」


 その強い輝きがどこから生まれるものなのか、不思議で仕方がなかった。

 きっと、自分にはできないこと。


「ほんと、あんたはよくやるよ……」


 繰り返す。歩き出せば彼の前に立つ。そして正面に伸ばすは腕。そこにシトラがとまり、パウを見据える。


「特訓、付き合うよ……魔術師相手の方がいいだろう?」


 もう片手にメオリが魔法陣を出現させれば、使い魔の鷹が光を帯びる。メオリの後頭部で結った髪が揺れた。橙色の瞳は強気に満ちる。


「それに、あたしもあんたを見て、仇のために腕をあげなくちゃと思ったよ……相手は相当強いみたいだからな」


 しかしパウは、身構えることもなく、ぽかんとしてメオリを見つめていた。


「……やっぱり、こういうのは嫌いか?」


 気が抜けたかのように、メオリは苦笑いを浮かべる。


「いや、そうじゃない」


 どうやらパウは、少し驚いてしまったようだった。だが次の瞬間には、眼鏡の奥の瞳に、鋭い光が宿る。


「助かる……手加減はしないぞ」

「こっちこそ」


 パウが手を構えれば、魔法陣が展開する。

 どちらが先に動くか、重々しい空気が流れる。緊張に草原が揺れた。


「そうだメオリ」


 と、不意にパウが。


「悪かった」

「もう謝らなくていいよ。できることをしよう――!」


 鷹が空高くに舞い上がった。水晶が放たれた。

 結界の中、外からは見えない手合わせが、内側で眩しく輝く。



 * * *



「ネトナさんが、そろそろ落ち着くべきだろうって言ってた」


 正午前、アーゼが教えてくれた。その話は騎士団中に伝わり、疲れの表情に安心が見え始める。

 しかし使い魔の鷹が、不穏な情報を運んできた。


「――妙な街があるみたい」


 先頭を行く隊長ネトナ。その隣、シトラの鳴き声を受けたメオリが足を止め、目を瞑る。手を目元に持って行けば魔法陣が帯のように開いた。


「……人がいない……なんだこの街は……?」


 使い魔の目を通して先の光景を見る彼女は、不可解に表情を歪めていた。

 ひとまず一行はその街の方へ向かって行った。もしその街がグレゴによって何らかの被害を受けていたのならば、自分達の使命を果たさなくてはいけない――騙され利用されていたとはいえ、元からその使命を背負って、騎士団は活動しているのだから。

 やがて街らしきものが見えてきた。何かが起きている煙も、生活の煙も見えない。緑に覆われた屋根が見えてくる。


「はぁーん、これは捨てられた街だな!」


 街がよく見え始め、副隊長であるエヴゼイが声を上げた。

 街は明らかに誰も住んでいないであろう様子だった。植物が征服し、雨風にさらされた家々はそのまま。全てが廃墟と化して、長いこと森の奥で眠っていたのだと察せられた。


 グレゴによるものでないことに、パウは安心の溜息を吐いた。

 ……しかし妙である。ここは大きな街だ。その街を、こうも捨てるだろうか。


「何故この街は捨てられた? 捨てられたのならば、地図から消えていてもおかしくないが、こんなに大きな街……」


 ネトナが地図を広げて、厳しい顔を更に険しくさせていた。けれども騎士団員達を見て、判断する。


「物資を得るのは少し難しいかもしれないが……地図から消えた街なら、隠れるのにも都合がいい。しばらくはここで過ごすぞ! 色々と計画も立てたいからな」


 そう高らかに指示を出すものの、女騎士の声はその厳格さを失わなかった。


「だが油断はできない……まずは街を調べるのだ! 一応誰かいないか確認し、この街で何が起きたのか、わかったことがあれば伝えるように。危険があればすぐに伝えろ!」

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