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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
第五章 神亡き闇にて
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第五章(03) きっともう一度、お前を信じられる



 * * *



 燃料が切れかかっているのか、テント内をぼんやりと照らすランタンの灯りは時折弱々しく揺れていた。薄暗さは時間の概念すらもぼやけさせ、全てを話し終えるまでどれくらいの時間がかかったのか、パウにはわからなかった。


 横になったままでは喋りにくいだろう、と、テーブルの脚に背を預けさせられるように上半身を起こされた。そうしてアーゼは、パウの正面に椅子を持ってくれば、腕を組んで座った。腰には剣を帯びたまま、見張るかのように足を組んで見下ろす。


 グレゴとは何か。自分が何に関わってきたか――毒による麻痺のため少し喋りにくさはあったものの、パウは幾重にも重なった帳を一枚一枚取り払っていくように言葉を紡いだ。初めて真実を人に語るにしては、緊張が一つも感じられなかった。だからといって達成感といったものもなく、本来そうあるべきだったものが、その通りになった――それを眺めているような気分だった。


 話す中、アーゼは一言も喋らなかった。話が進む中、顔色こそ血の気を失っていったが、全てを語り終える頃には元に戻っていた。無表情のまま、人の顔というよりも、仮面めいていた。


「俺のせいだ」


 最後にパウは繰り返した。


「あの巨大蠅は……そうやって生まれたんだ」


 長い話の終わり。沈黙が沈み込む。話し終えて、パウは口を閉ざし、アーゼを見つめる。アーゼもこちらを見据えていた。まるで石になったかのように動かない。口を開かない。

 終わりのないような静寂の中、ランタンがじじ、とかすかな悲鳴を上げた。


 アーゼがふと、瞼を下ろした。


 ――椅子が弾かれるように転がり悲鳴を上げた。突然立ち上がったアーゼは、片手を伸ばしたかと思えば、パウの胸ぐらを掴んだ。そしてもう片手は拳を作る。


 ……しかし、いつまでパウが待っても、アーゼは動かなかった。胸ぐらを掴む手ともう片手の拳には、自身の骨が砕けてしまいそうなほど、じわじわと力が入り続けている。けれども動かない。

 怒りと困惑。そして――やるせなさ。アーゼの顔はひどく歪んでいてた。


「……お前は、決して、悪くない。知らなかっただけだ」


 声が絞り出されると、彼の手から力が抜けた。パウは元のように座り込む。アーゼもゆっくりと、熱が冷めるかのように座り込んだ。


「でも『どうして』と、思うんだ……」


 決してアーゼは怒鳴らなかった。


「どうしてその研究に疑問を持ってくれなかった? どうしてその師匠とやらを疑わなかった? なんでそんな魔法薬を作ってしまったんだ?」


 徐々に顔を上げれば、彼はパウを睨む。


「……どうして黙っていた?」

「認めたくなかった、俺自身で、俺を」 


 その疑問には、淡々と答える。するとアーゼは苛立ちにか目を細めた。嘲笑も見えたような気がした。


「それでこんな状況になって、やっと喋ったってわけか」

「こうされなくとも、喋るつもりだった」


 変わらずパウは淡々と告げる。


「話したいからこそ、ここでデューの魔術師達を待つことにしたんだ……それが、俺のするべきことだと気付いたから。それから……全てを受け止める準備ができたから」


 アーゼに盛られた毒の効果が多少薄れてきたのだろうか、最初よりかもとのように話せるようになっていた。だがまだ声は弱々しく、それでもパウは正面からアーゼを見据えた。

 果たしてアーゼのその瞳に、自分はどう映っているのだろうか。目の前の青年は、再び瞼を下ろした。

 長く深い溜息が吐かれた。


「……お前、以前に比べて、だいぶ変わったな」


 ようやく立ち上がれば、アーゼは腕を組んでパウを見下ろした。


「そうだな」


 その言葉に、パウも自身で肯定する。やっと夢から覚めたのだから。

 アーゼはパウに背を見せると、テントの隅にあった荷物を漁り出した。


「――簡単には、信じられない。お前が何をしてきたかも。あの巨大蠅が人間だったって話も。そこの蝶も人間だったって話も。全部」


 調子の悪いランタンの隣では、青い蝶がとまって羽を輝かせていた。羽に当たった光はテント内に反射し、羽の動きに合わせて揺れる。


「でも……全部本当の話なら……まず、お前は騙されていただけだ。その後の行動に問題があるけど……でも、なんだよ、全部俺のせいだって、まるでかっこつけるみたいに」


 アーゼは小瓶を取り出しパウの前まで戻れば、蓋を開けてパウに握らせた。


「解毒薬だ……さすがに自力で飲むくらいはできるよな……? 腕は上がるか?」


 こくこくと頷いて、パウは小瓶を口元まで持っていった。中身の半分を身体の中に流し込んで一息つく。解毒薬は苦く、冷たかった。じわじわと身体に染みわたっていく。


「……気付くきっかけは、いくつもあった。単純に騙されたわけじゃないんだ。俺が……目を瞑り過ぎていたんだ。そのことを、俺自身が悪いと思っているから」


 言葉を紡いで、パウは「それに」とミラーカを見上げる。


「彼女をこんな姿にしたのは、間違いなく俺だ。より多くの苦痛を与えたのは、俺なんだ。だから一緒に師匠に復讐して……俺も、彼女に償う」


 改めてアーゼもミラーカを見つめ、そしてパウへと視線を戻す。困惑しているかのような、怪訝に思っているのか、そんな表情がかすかに浮かんでいた。もしかすると、憐れみだったのかもしれない。


 ――ミラーカについても、アーゼに話した。かつて師匠に「処分」を頼まれたグレゴであったこと。自分が秘密の研究を始めた結果、この青い蝶が生まれたこと。正体は他のグレゴと同じく人間であり、師匠の妹であること……。

 ふわりと舞い上がったミラーカが、花弁のようにパウの膝に降りてきた。薄い羽を染める、空の透明さ。海の深さ。吸い込まれ、落ちていきそうな青色。


 彼女への具体的な「償い」についてまでは、アーゼに話さなかった。

 この約束は絶対であり、第三者が少しでもかかわるべきではない。そう思ったためだ。


「……時間がほしい」


 不意にアーゼは言う。額に手を当てて、まるで疲れが一気に出たかのようだった。


「お前の話を整理する時間がほしい……それに、まだ聞きたいことも多い。とりあえずさっさと薬を飲んでくれ、正直、他人に毒を盛るのは……気が気じゃなかったんだ。悪かったとは思ってる。でも……」


 そんなアーゼを見て、パウは笑みを浮かべてしまった。そういえば、とふと思い、パウは彼に教える。


「そうだアーゼ……魔術師に中途半端に毒を盛るのはやめておいたほうがいい、自己治癒できる」

「……は?」


 ばっと手を下ろし、アーゼは目を見開いた。少し間をおいて。


「おい、まさか、薬で動けなくなってると思ったけど……演技だったのか? 本当はもう解毒薬なんてなくても……?」


 まだ半分ほど残っている解毒薬を、アーゼは子供のように指さす。


「いや、俺は魔法は一つも使ってない……」


 薬の残りを、パウは身体の中に流し込む。毒を盛られたとはいえ、集中できるほどの気力と意識はある、薬がなくとも魔法で治癒できるほどのものだったが、それでも毒を受け入れ、手渡された薬を飲みほした。


 アーゼは唖然としていて、けれども口角を徐々に上げていった。呆れの笑みを浮かべた彼は、また深く溜息を吐いていた。しかし。


「……話してくれて、ありがとうな。まだ完全に信じたわけじゃない。けど……きっともう一度、お前を信じられる」


 そう言われてしまえば、今度はパウが驚きに唖然とするほかなかった。

 果てに笑みを浮かべる。


「そのくらい用心深い方がきっといい」


 これで自分も、アーゼを信じられる。そう思えた。

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