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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
第三章 嵐の中の翼
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第三章(05) 魔術師達が姿を消しているらしいんだ



 * * *



 翌日になり、パウはメオリが泊まっている宿屋にまっすぐ向かった。

 そして「昨晩、宿屋で確かな情報を聞いた」と告げて二人で向かったのは、ミラーカが教えてくれた森だった。


「――穏やかな森だな」


 メオリの言う通り、森は静かで平和そのものだった。柔らかな風に木々が揺れると、森に差し込む午前の日差しが、きらきらと輝くように揺れる。

 綺麗に整えられているわけではないものの、人の通り道として作られた道を歩いて、パウとメオリは森の中を進んでいた。杖をついているため遅いパウに、メオリは文句を一つも言わずにあわせる。それがパウにとってはありがたかったし――「巨大蠅は森にいる」という話をして、彼女がすぐに行こうと言ってくれたことも、ありがたかった。少しだけ、彼女はそれもただの噂なのではないかと訝しんだが「本当である可能性を簡単に捨てられない」と言ってくれたのだ。


 黙々と二人は森の中を進んでいく。森の緑は眩しく、ミラーカの羽の青色もより鮮やかに思えた。メオリの使い魔であるシトラは、木々の上を飛んでついてきている。何かあれば、まずはシトラが発見できるはずだった。


「……結構進んだ気がするけど、シトラも何も見つけられていないみたいだ」


 どのくらいの時間が経っただろうか。メオリがふと、上空のシトラを見上げた。それを感じてか、シトラは大きく鳴いて返事をする……森に入ってから、もう何度も見たやりとりだった。

 つと、メオリは少し申し訳なさそうな顔をして、パウの顔を覗き込んだ。彼女は薄く苦笑いを浮かべていた。


「……やっぱり、これも噂だったのかもしれないな。この森、平和そうだし、シトラも何も見つけてないみたいだし」


 けれどもこの情報を教えてくれたのは、街の人間や、旅人ではないのだ。

 メオリには言わなかったが、この森にグレゴがいると言ったのは、ほかでもない、隣をふわふわと飛んでいる青い蝶なのだ。


「まだ全部見たわけじゃないだろう」


 そう答えて、パウは正面を見据えた。ぼんやりとした形のある道は、まだ先まで伸びている。シトラもその瞳で上空から見ているといっても、見えないところもあるだろう。


「……そうだな」


 メオリも正面を向いてくれた。

 その瞳は鋭く先を見据えていた。彼女は深く溜息を吐いたものの、疲労のものではなく、気を引き締めるものだった。


「――とにかく、巨大蠅に繋がる手がかりを見つけられたら」


 より彼女の瞳が鋭くなって、そこに怒りが潜んでいることに、パウは気付いた。


「それで、師匠を殺した奴を見つけ出せたら……」


 ……少し怖いと、感じてしまった。

 彼女は静かに、怒っていたから。

 ――彼女は知らない。全ての発端が、自分であることを。


「そういえば、お前の師匠は最近どうなんだ?」


 と、不意にメオリは明るい声で尋ねてきた。


 師匠――ベラー。どきりとして、パウは強張った顔を隠すことなくメオリに向けてしまった。

 ベラー。自分を利用し裏切り、そして姿を消した――。


「……どうした?」


 表情を強張らせたままでいると、彼女は不思議そうな顔をする。

 パウは慌てずに冷静を装った。


「いや……最近会ってないから、忘れてた、というか」

「なんだそれ」


 メオリに笑われてしまう。しかしパウには、気に留めている余裕がなかった。師匠の話をされるとは、思っていなかったのだ。驚くしかなかった。

 だがさらに驚くことを言われた。


「失踪はしていないんだな?」

「――えっ?」


 失踪。間違いなくメオリはそう口にした。

 心臓を掴まれたような感覚に、パウは立ち止まってしまった。

 失踪しているのだ、ベラーは。グレゴ研究所が崩壊した後、姿を消してしまった。

 ――まさかメオリは、何か知っている?

 そうでなければ、どうして急に「失踪」なんて言葉を口にするのだ。

 しかし、どうやら事情が違うらしい。


「ほら、最近みんな、消えてるじゃないか」

「……消えてるじゃないか?」


 全く訳がわからず、顔をかすかに青ざめさせたままパウが首を傾げれば、メオリも立ち止まって首を傾げた。


「まさか、何も聞いてないのか? そういえばあんた、私の師匠のことも知らなかったな……」


 メオリは腰に手を当てた。そして教えてくれた。


「いま、おかしなことに……魔術師達が姿を消しているらしいんだ。それも、腕の立つ者ばかりが。『千華の光』の者だって……連絡が取れないんだって」


 初耳だった。唖然として、パウは口をわずかに開けてしまった。

 対してメオリは、ゆっくりと歩き始める。


「それで……巨大蝿が正体不明のままで、その噂と被害の話だけが出回っているんだ。デューは巨大蠅について調べたいし、実態が分かれば対策をとりたいんだけど……そういうわけで、上手くいってないらしいんだ」


 先を歩く彼女の後頭部で、一つに結った髪が揺れていた。我に返って、パウも杖をついて追う。


「コサドアが殺されただけじゃなくて、そんなことに……」


 本当に知らなかった。世界で何が起きているのか、全く知らなかった。そう漏らせば、メオリは振り返る。


「あんた、最近デューに戻ってないだけじゃなくて、他の魔術師から話を聞くこともなかったんだな、そんな顔して……」

「……放浪してたんだ」


 答えれば、彼女は一瞬不思議そうな顔をしたが「まあ、あんたらしいんじゃない?」と納得してくれた。

 メオリが空を見上げれば、またシトラが鳴いた。木々の緑の向こうに見える空色の中、翼を広げた影が旋回していた。

 その影を、瞳で追いながらメオリは続ける。心なしか表情を暗くして。


「連絡のつかない魔術師達って、もしかしたら、あんたや私や……師匠みたいに実は巨大蝿について調べてたりね。それで……」


 俯いてしまったものの、彼女は歩みを止めなかった。

 巨大蠅を調べに向かい、何者かに殺された師匠コサドアのことを思い出しているのだと、パウにはわかった。だから彼らも連絡がつかなくなってしまったのではないか、と。

 確かにそう思っているようだった。何故なら。


「――まあ、あんたの師匠のベラーは、大丈夫だろう」


 彼女はそう、笑ったから。


「本当にすごい魔術師だって、有名だもの」

「……あの人は、大丈夫だろう」


 パウはそう返すしかなかった。

 けれども思う――自分の師匠のことも心配してくれるとは、メオリは優しい、と。

 しかし他人の師匠も気にするほどに、コサドアの死に対して、思うところがあるのだと。


 それからパウは、何も話さず先へ進んだ。メオリも何も言わず、時折シトラとやりとりし辺りを探りながら進んで行く。


 ――魔術師が消えている。


 進む中、パウは考える。

 恐らく、メオリが思った通り、何者かに殺されている魔術師もいるのかもしれない。コサドアのように。

 だが全員がそうではないだろう。


 ――『遠き日の霜』か……?


 なんとなく、そう思ったのだ。腕の立つ魔術師や『千華の光』の魔術師が消えているなんて。

 グレゴ研究所には、ベラーをはじめとした名の知れた魔術師、『千華の光』の魔術師がいたのだから。


 ――彼らが、姿を消したのか?


 蝿化したグレゴが十数体逃げ出してしまった――今回の騒動で『遠き日の霜』の存在が知られるのは、時間の問題であるような気がした。

 だからその前に、デューを離れたのかもしれない。

 嫌な予感がして、パウは杖を強く握りしめた。

 ――魔術師至上主義組織『遠き日の霜』とデューの戦いが始まる気がした。

 そのために姿を消して、どこかで準備をしているのかもしれない。そう考えざるを得なかった。『遠き日の霜』は、いつの日にか魔術師でない人間をまとめて排除することを考えていたから。そしてデューには、魔法で全ての人々を救うという思想があるから。


 ……もしこの想像の通りであれば、もはや自分一人でどうにかできるものではない。

 事があまりにも大きくなりすぎた。『遠き日の霜』だって、一体どれくらいのメンバーがいるかわからない。

 そもそも現状、身体はこのざまだ。一人でグレゴを退治するのは苦労する。誰かに手伝ってもらわないと、ひどく難しい。


 ――やはり一度デューに戻って、全てを話すべきなんじゃないのか。


 意地になっていた。自分がきっかけなのだから、このグレゴ騒動は自分だけでどうにかしなくては、と。

 だがメオリから、世界で何が起きているのか話を聞いて知った――強大過ぎる敵を。事が大きくなりすぎていることを。

 けれども。


 ――責められるのが怖かったんでしょう?


 それは昨晩、ミラーカに言われた言葉だった。

 グレゴの研究に加わった際、どこかで疑問に思っていれば、誰も死なずに済んだかもしれないのだ。


 自分の過ちが、恥ずかしかった。

 けれども口にするのは、誰かに打ち明けるのは怖くて。

 しかし自分の過ちはあまりにも大きい。このまま逃げるわけにはいかない。

 だからこそ、自分の手でなんとかしなくてはと思って。けれども一人では難しくて。

 ……だが、自分の過ちを告白するのは、やはり怖くて。


 ぐるぐると、頭の中で恐怖と善、そして後悔とどこに向けたらいいのかわからない怒りが渦巻く。耐えられず全てを投げ出したかったが、決して頭の中から出ていくことはない。

 そして。


「……」


 青い蝶が無言で肩にとまった。ミラーカはやはり、言葉を話すとメオリに使い魔でないことがばれてしまうとわかっているらしく、終始黙ったままだった。

 その美しい青色。


 ――彼女と約束したのだ。

 逃げ出したところで、彼女は追ってくるだろう。

 そして約束することを選んだのは、自分自身でもあって。

 自分自身からは、逃げられない。


 ……頭の中で渦巻いていたものが、少し落ち着いたような気がした。

 自分がグレゴに関わっていることを告白するかどうかは、まだどうしたらいいのかわからない。けれども逃げられないことを自覚すれば、不思議と落ち着いたのだった。


 ――いつか、言おう。


 できれば早いうちに。もう、そうするしかないのだろうから。

 ふわりと、優しい風が吹いた。その風に乗ってミラーカはパウの肩から離れると、もとのように宙を羽ばたき始める。


「それにしても、綺麗な使い魔だな」


 振り返ったメオリが、ミラーカの羽ばたきを見つめる。が、少し難しそうな顔をした。


「でも、蝶だなんて」


 その羽ばたきを目で追いながら彼女は腕を組む。


「蝶だと速く動けないし、攻撃手段も少なさそうだし……あんた、ちょっと変わった奴だとは思ってたけど、随分不思議なものを使い魔の形にしたなぁ」


 使い魔は魔術師を手伝うものの、武器でもあるのだ。だから、まさに鷹や虎といったそれらしい姿を選ぶのが基本だ。不思議がられても仕方がない。


「けどすごく綺麗……この子、そういえば名前は?」


 メオリはそれ以上不思議がらず、ミラーカに手を伸ばす。だがミラーカはふわりとその手を避けた。そうして急ぐように、メオリを追い越し先へと飛んでいく――まるで、何かに吸い寄せられるように。

 ……耳を澄ませば、何か音が聞こえた。それは低く響いてくるかのような、轟音の欠片。

 思わずパウは身構えた。メオリも気付いて、先を見据える。けれどもこの音は。


「……滝か?」

「滝だろうね。水の音だ。変なのだったら、シトラが教えてくれてるよ」


 シトラは何も問題ないと、飛び続けている。

 青い蝶に続いて歩いていくと、音は大きくなっていった。やがて予想した通り、滝が見えてきた。大きな滝だった。滝壺は深そうだが、水面は空色を返して美しかった。

 思わずパウは、立ち止まった。

 ――昨晩、ミラーカは滝を指さしていた。

 そのミラーカは、先を進んでいたものの、ふわふわとパウのもとに戻って来た。


 ここか、と小さくパウは呟いた。

 それ同時に、音を抑えた羽ばたきがメオリのもとに下りて来た。シトラが降りてきたのだ。メオリの肩にとまる。


「……何かいる」


 メオリは振り返って、小さな声で言った。そうして二人は樹の裏に姿を隠し、先にある滝に目を凝らした。

 ……滝が落ちているほとり。そこに影が一つあった。

 グレゴでないことはすぐにわかった。人の形をしていた。


「――もしかして、巨大蠅の幻を操る者か……?」


 メオリが人影を睨む。だがその人影が動けば、黄色の光がきらりと輝いた。


「『千華の光』の耳飾りか?」


 よくは見えなかったものの、直感でパウにはわかった。

 人影の正体は、女のようだった。『千華の光』であるのなら、見知った魔術師かもしれないが、顔はよく見えない――。


「――あれって……!」


 そこでメオリがぱっと顔を明るくさせた。そしてパウが慌てて制止しようにも間に合わず、彼女は樹の裏から飛び出したのだった。


「パウ! スキュティアだ! 魔術師スキュティアだよ!」


 メオリが彼女に手を振れば、その彼女ははっと気づいて、しかし笑顔を浮かべて手を振り返す。

 メオリが飛び出してしまったのだ、パウも続いて樹の裏から出て魔術師のもとへ向かえば、その顔が段々と見えてきた――かつてデューで見たことのある顔だった。


「あなたは確か……コサドアさんのところの……」


 メオリを見つめる彼女。どうやら、メオリと彼女は顔見知りのようだった。パウにとっては、顔こそ見覚えがあるものの、面識のある魔術師ではない。しかしスキュティアという名は、聞いたことがあった。

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