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贖いのオリキュレール  作者: ひゐ
終章 幻を抜けた先
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終章(01) もうどこに行ったらいいのかも

 フィオロウス国の東部『青の花弁』地方。


「本当に助かります! 我々だけでは、どうにもならなかった……」


 まだ半壊した状態と言っていいものの、以前に比べればずっと元の姿を取り戻した村で、一人の住人が瞳を潤ませている。その前に立つのは、一人の青年。


「まだ物資は来ますし、人手も来るはずです……村を完全に元に戻すまで、時間がかかってしまうのは申し訳ないけど、デューや俺達『風切りの春雷』騎士団が一日でも早く元の生活に戻れるよう、手伝いますから」


 その青年――アーゼは、住人に笑いかける。ちらりと村を見たならば、騎士団員が村の復興を手伝っている。デューの魔術師の姿もそこにあった。


 ――『遠き日の霜』が滅び、魔術文明都市デューを取り戻して半年以上が経った。しかしグレゴが暴れ回った爪痕は未だに各地に残されていて、この村のように復興が遅れている地域も多い。また『遠き日の霜』が滅んだといっても、その思想を持つ残党もまだフィオロウスの各地に潜んでいる。そのため、デューの魔術師と『風切りの春雷』騎士団は未だに手を組み、フィオロウスが抱えている問題一つ一つに取り組んでいた。

 アーゼも騎士団員の一人として、各地の復興を手伝ったり、残党と戦ったりしていた。


「ところで、一つ聞きたいんですが」


 その中で、彼は必ず、質問することがあった。


「……人を探してるんです。黒髪で、眼鏡をかけた男で、片足を悪くしていて杖をついている魔術師なんですけど。紫色のマントを身につけていて……青い蝶を連れているはずなんですが」


 大抵は「見ていない」と答えが返ってくるその質問。

 しかしアーゼは諦めず、彼を探していた。

 あの日、姿を消してしまった友人。

 死んだのかもしれない、と思うことこそあったが。

 ――あの彼だ、そんなことはしないだろうと、思えて。


 ただやはり、誰もその姿は見ていないようで。

 けれども、その日。


「……あれ? それって」


 住人が首を傾げつつも、答えた。


「それっぽい人を見かけたって、村の他の人から聞いたことがあります……森の奥に、猟師のための山小屋があるんですけど、いまどうやらそこに……あなたが言ったような人が居座っているらしいんです」


 前に食料を探しに森に入った人間が出会ったと、住人は説明する。


「名前まではその人も聞かなかったそうですけど、魔術師であるのは間違いないみたいなんです。実はその時、その人、足を滑らせて怪我をしていて、でもその魔術師に治してもらったって」

「本当、ですか? その山小屋って、どこに……!」


 そんな特徴的な姿で魔術師だなんて。

 彼以外、誰がいるというのだろうか。

 思わずアーゼは目を輝かせ、切羽詰まったように答えをせかす。そんなアーゼの様子に少し驚いたのか、住人は瞬きをして続けた。


「ただ、青い蝶? って言いました? そんな話は聞いたことないです。だから人違いかもしれません……あっ、でもその魔術師、どうやら片手の小指がなかったらしいんですけど、あなたが探してる人って、そうなんですか?」


 どんな情報でも、そこにいるのは、あの魔術師かもしれない。

 アーゼは一人、教えてもらった山小屋を目指して森の中に入った。


 聞いた話によると、ここも以前、グレゴによって食い荒らされた場所らしい。そういった場所はデューの魔術師が魔法で環境を整えていくのだが、ここはもうほとんど整えられているように見えた。もしかすると、例の魔術師がやったのではないか、と思う。

 環境を整える魔法は難しいそうだが、もし彼であったのなら、造作もないだろう。


 相変わらず、魔法について、アーゼは詳しくない。しかしデューの魔術師達と行動するうちにわかってきた。

 自分と一緒に初めてグレゴ退治に出向いてくれたあの魔術師は、規格外の実力の持ち主だったのだと。


 ただ彼は、変わりつつあって。

 果てに姿を消して。


 けれども、煙突から煙をたなびかせる山小屋が見えてきて、アーゼが深呼吸一つしたあとに扉を叩いてみれば。


「――すまない」


 懐かしくも思える声が、中から聞こえた。


「勝手に使って、悪かった……もうじき、ここを出る予定だ。わがままを言って悪いが、それまでは――」

「パウ」


 気付けば口の中が乾いていた。それでもアーゼが名前を呼べば、中からの声は途切れた。


 しばらくして、扉が鈍い音を立てつつ開く。黒髪の青年が現れる。ゆっくりと顔を上げたのなら、眼鏡をかけた顔が現れるものの、向かって顔の左半分は前髪で隠れてしまっていた。

 彼は顔を上げていたものの、眼鏡の向こうの赤い瞳は、下を向いたままだった。だがその瞳も、ようやく正面を見据える。


「……アーゼ」


 パウは少し目を細めただけで、笑わなかった。



 * * *



「――デューはどうにか復興中だ、カーテレインさんが中心になって。でも『遠き日の霜』の件があるから、組織の作り直しにはネトナさんは他の騎士団員みたいな、魔術師じゃない人間も関わってるんだ。今後も、そうしていくつもりだって」


 怒鳴りたい気持ちもあったが、アーゼは大人しく席に着いていた。出されたカップに、両手を添える。中では温かな茶が湯気を立ち上らせていて、水面に映る自分は、ひどく困惑した顔をしていた。


「……ここまで来る途中の森、手入れがされてた。あれは、お前がやったのか? パウ」


 アーゼが尋ねれば、小さな山小屋の中の片付けを進めていたパウが、振り返らず答える。


「ここを勝手に使わせてもらってるんだ。だから、できることは」


 紫色のマントを、いま彼は身につけていない。マントは椅子にかけられていた――以前に比べ、ひどくぼろぼろになったそれ。深いその色は、すっかり汚れてしまっていた。


「そうか……相変わらず、すごいな」


 アーゼが黙ったのなら、パウも何も言わない。だからアーゼは言葉を探して続ける。


「すごいといえば、メオリもいますごいぞ……まだ各地にいる『遠き日の霜』の魔術師を、片っ端から捕まえてるんだ。エヴゼイさんも、復興に役立つ魔法道具をいろいろ作ってて……でも、全然終わらない」


 そうアーゼは苦笑いを浮かべるものの、パウは彼に背を向けたままだった。そして言葉探しにアーゼが黙ってしまったのなら、沈黙が沈み込む。


 パウは自分から何か話そうとしない様子で、ただ片付けを進めていた。ゆっくりと作業しているが、どうやら先程彼が言った「もうじきここを出る予定だ」というのは、本当にもうじきらしい。今日中にここを離れようとしているらしかった。


 それを見て、アーゼは思ってしまう。

 またこいつは、姿を消すつもりなのだと。


「……なあ、パウ」


 だからそろそろ、言わなくてはいけないと、彼の背を見据える。


「……メオリも、ネトナさんもエヴゼイさんも、みんなお前のことを心配してたんだ。お前はあの日、やるべきことをやったんだろ? なんで、いなくなったんだ」


 ――返事はなかった。パウはただ、淡々と片付けを進めるだけだった。

 聞こえていなかったとは思えない。無視をしていると言うのも、何か違う気がする。まるで答える気力がないかのように見えたのは、ずっとパウが下を向いているためだった。

 それから。


「なあ、パウ」


 やはり聞かなくてはいけないと、アーゼは口を開く。

 なんとなく、わかっていた。

 彼がこうなった原因が。


「――ミラーカは、どうなった?」


 ずっと彼と一緒にいた青い蝶。

 元は人間で少女だったというグレゴ。

 恐ろしい力も持っていた彼女。

 その輝きが、いま、どこにもない。


 ――ぴたりと、パウの動きが止まった。

 少しの緊張に、アーゼは瞬きをする。もしかすると、聞いてはいけないことだったのかもしれないと思えて。

 ところが、振り返りこちらを見たパウは――相変わらず俯いたままだったが、慌てた様子も何もなく。

 よく見れば、少し微笑んでいるようにも見えた気がしたが。


「死んだ」


 声は淡々としていた。感情はなく、ただ事実を告げるために発せられた声だった。


 ――聞きたいことは他にもあった。いまの声で、さらに疑問が湧いてくる。

 けれどもアーゼは、何を聞いたらいいのか、否、何を尋ねていいのかわからず、口をかすかにあけたまま固まってしまった。


 荷物を持つパウの右手を見れば、小指がないことに気がついた。それもまた一つの疑問で、恐らくデューでの戦いの際に何かあったのだろうが、それすらも尋ねていいのか、わからない。


「……どう、して」


 ようやくの思いで言葉を絞り出すが、あらゆるものへの「どうして」になってしまった。

 ただパウは答える。パウがアーゼの言葉の意味を選び、答える。


「人間だったから」


 ミラーカの話を、彼は選ぶ。声は変わらず、事実だけを告げる人形のようなものだった。


「怪物でも、神様でも、なんでもない。人間だったから……」


 最後の方の声は、小さくなっていったが。

 ようやくパウが席に着いた。アーゼの正面に座れば、先程茶を注いだカップを手に取った。そこでアーゼは気付く。自分の手の内にある飲み物が、すっかり温かさを失っていることに。


「……それで、お前は」

「でも、探してるんだ、あいつを」


 そろそろと探るように、アーゼが顔を上げたところで、全てを言い終える前に、パウからの返事があった。

 改めてアーゼがパウを見据えれば、片方しか見えない赤色の瞳に、深い色が沈んで見えた。

 きっと今の言葉が、彼が姿を消した答えなのだろう。


「――死んだんじゃ」


 ところが、アーゼは言葉を抑えられずにはいられなかった。

 あの日何が起きたのか、わからない。パウから話そうとしないこともあり、深く尋ねていいのかもわからない。

 けれどもいまの彼の言葉は、あきらかにおかしくて。

 口にして、アーゼは後悔してしまったが、やはりパウは表情を変えなかった。


「どこを探しても見つからない。いろんな場所を回ったのに」


 瞬きすらしない。


「もうどこに行ったらいいのかも、わからない」

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