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むっちゃんの恋

作者: つらら

「むっちゃん、まだかいな?」


ドアを叩きながら、重爺は震えていた。年寄りはトイレが近い。それに加え焼酎をだいぶ飲んでいた


我慢が限界に近づいたときドアが開いてむっちゃんが出て来た。


「堪忍してや、漏らすとこやないか」


重爺は泣き出しそうな顔だった。


「喋ってんと早よ入らんかい!」


一瞬男に戻った、むっちゃんの声はドスが効いている。

オカマのむっちゃんは怒ると凄い。


本名は、宮野本武蔵

男らしく育つようにと祖父が命名。

それが仇になったのか見事に期待を裏切り…オカマになってしまった。


たまに会う同級生が「ムサシ!」と呼んだら怒ってボコボコにしてしまう。


「わては、むっちゃんや!何回言わすねん!」


喧嘩が強いため下手なヤクザは手を出さない、最強のオカマだった。


カウンターに戻ったむっちゃんは温くなってしまったビールをひと息で飲み干し溜め息をついた。


元気の無いむっちゃんだった


マスターが新しいビールを出し、むっちゃんのグラスに注ぐ

むっちゃんはグラスを持ちもせず、黙って見てるだけだった


むっちゃんが恋をしてると言う噂は本当みたいだ。


悩んでいるのか溜め息を繰り返し、ビールが温くなる迄見つめ続けるむっちゃんだった。


そんなむっちゃんにみんなは声をかけるのをためらっていた


下手なことを言うと顔が曲がるほど殴られかねない。


会話の無い店に、テレビから阪神をけなす解説者の声が響いていた。



トイレから出て来た重爺はテレビに向かって文句を言う


「何や、今日はまたコイツかコイツの解説腹立つねん!阪神けなしたら大阪歩けへんの分かっとるんかいな!」


熱狂的な阪神ファンの重爺にとって、この解説者はジャイアンツと同じように、大嫌いだった。


テレビの解説者と重爺とのけなし合いが続いていた。


そんな重爺の声も、むっちゃんには聞こえてはいなかった。



剛は苛立っていた

何度リーチが来ても当たらない。


「舐めとるんかっ」


今日はツキが無いと

分かってはいても、途中で止められない剛だった。

財布の中は小銭だけになっていた。




店を出た剛は、行きつけの喫茶店に向かって歩き出していた



「レイコ!」


「はいよ」


剛が機嫌の悪いときは、すぐに分かるマスターだった。


運ばれて来たレイコをひと口飲みスポーツ新聞を読み出したときに、むっちゃんが入って来た。


「早いやん、また負けたん?」


「こんな時間に、ここに居てるんや、分かるやろボケ!」


むっちゃんは隣りに座りバッグから財布を出して何枚かの紙幣を剛に渡した。


剛は無言で受け取ると残ったレイコを飲み干し出て行ってしまった。


「むっちゃん、ええ加減にしたらどないや、あんな男に貢がんかて」

剛が出て行ってすぐマスターが言った。


「私が好きでしてるんや、ほっといて」


「そやかて、、」


マスターの言葉をむっちゃんは遮った。


「あの人は私が、おらなあかんのよ、私が…」


むっちゃんの言葉にマスターは、それ以上は言わなかった。


むっちゃんはアイスティの氷を音をたてて噛み砕いていた。




初めて出会った時も剛は文無しだった。

競艇で負け、残った僅かの金もパチンコで使い果たした後だった。


店に来た剛は既に酔っていた。

何も話さず飲み続ける剛をむっちゃんは黙って見ていた。


帰る時になって金が無いと言い、ママと喧嘩になりかけたがむっちゃんが立て替えて騒ぎにはならなかった。


それから、ちょくちょく来るようになったが、三度に一度は文無しだった。


その都度立て替えるむっちゃんに、ママも説教はしたが売り上げさえあればそれで良かった。


誰が見ても最悪な男だった

定職も無く酒癖が悪く喧嘩をする

むっちゃんを大事になんかしてはくれないし、惚れてるかさえ怪しかった。


それでも、むっちゃんは剛が好きだった


どうしよも無い男だと分かっていても、見放すことができなかった。


剛が愛しくてたまらない、むっちゃんだった。




「マスター、二階!二階ええか!」


マスターが返事をする前に剛は二階へ駆け上がって行った。


「またか…」


呆れ顔のマスターだった。


それから五分もしないうちにヤクザもんが入って来た。


「おい!剛来たやろ!」


派手なアロハシャツを着たチンピラが、大声で言い放った。


「誰も来てへんがなまだ店開けてへんし」


「隠すとためにならへんぞ!」


凄むチンピラにマスターは冷静だった。


「来てへん言うてるやろ、いねや!」


それまで黙っていたスーツ姿のヤクザが口を開いた。


「来てへんのやな」


ドスの効いた落ち着いた話し方だった。


「何べんも言わしなや」


マスターはスーツ姿のヤクザを睨みつけ言いきった。


「わかった、今日は帰ったる」


スーツ姿のヤクザに促され、みんな出て行ってしまった。


暫くして二階から剛が降りて来た。


「悪かったな、助かったわ」


「なんぼや?」


そう言ったマスターは魚をさばいていた


「あぁ、たいしたことないて」


剛は言葉に詰まっていた。


「お前がな、借金するのは勝手やけど…むっちゃんに迷惑ばっかりかけんなや」


「あぁ、、そやな」


剛は、生返事をして出て行ってしまった


剛の後ろ姿を見るマスターの目は、スーツ姿のヤクザと同じ凄みがあった。


入れ違いに入って来た重爺はマスターの鋭い目を久しぶりに見た気がした。




部屋にいるむっちゃんの携帯が鳴ったのは、それからすぐだった。


「わかった、今どこやの?そしたら、そこで待ってて、すぐ行くさかい」


剛だった

話し方で、せっぱ詰まっているのが分かった。


馴れてしまったはずなのに…

むっちゃんは胸騒ぎがしていた。




剛は街外れの工場跡にいた。


「今度ばっかりは、アカンかぁ…」


剛はタバコを吸いながら独り呟いていた


ヤクザから借りた金は五百万に膨らんでしまっていた。


今度という今度は駄目だと思い始めていた。


「ムサシに…

泣いてもらおか…」


呟きながら、自分はクズだと思っていた




剛の企みを知らないむっちゃんは部屋を出ていた。




剛がタバコを三本ばかし灰にしたところで、むっちゃんがやって来た。


「大丈夫なん?」


不安な気持ちを抑えむっちゃんは聞いた


「あぁ、心配かけて悪いなぁ…」


いつになく、しおらしい剛に、むっちゃんの不安は大きくなっていた。


「なんぼあんの?言うてくれへん」


黙ったままの剛に、むっちゃんは言った


「五百や、、…」


うつむきながら剛が答えた。


「五百…」


剛がヤバイところから借金してるのは、むっちゃんと知り合う前からだった。


むっちゃんも薄々は知ってはいたが…

五百万とは…


簡単にどうにかなる金額ではなかった。




「助けてくれへんか?俺も今度は、懲りたさかい…今度だけ

助けてくれへんか」


こんな弱気な剛を見るのは初めてだった


いつものように威張っていて欲しかったそんな剛が好きなのに、、、情けない剛を見たくはなかった



剛は、むっちゃんに頭を下げていた。




「酒!今日は日本酒や!」

重爺は機嫌が悪かった、また阪神が負けていた。

そして今日も嫌いな解説者だった。


コップに冷や酒をつぎながらマスターはむっちゃんのことを考えていた。


いつもならこの時間来てるはずなのに…


昼間、剛のことがあったばかりだ。


(なんぎなことに、なってへんやろな)


嫌な予感は、あたることが多い

剛が店を出て行ったときから嫌な気がし始めていた。


自分のコップにも酒をつぎ、ひと息に呑むと電話をするために店の奥に入っていった。



「もしもし、兄貴いてるか?」


電話に出たのはアロハシャツのチンピラだった。




「ちょっと出てくるさかい、店頼むわ」


前掛けを外しながらマスターは重爺に言った。




事務所にはアロハシャツの他に三人の若者がテレビを観ながら談笑していた。


「兄貴は?」


「もうすぐ来ますさかい、待っとって下さい」


昼間の威勢はなく丁寧な物言いのアロハシャツだった。


「ほうか、待たしてもらうわ」


もう、ここには来ないつもりだったのに

カタギになり静かに暮らしていたのに…


ソファーに座ったマスターは、じっと目を閉じていた。




「分かったさかい、頭上げてよ!私が話してくるさかい」


頭を下げたままの剛

に、むっちゃんは言った。


「すまん、ほんますまん…」


同じ言葉を繰り返す剛に、むっちゃんは泣きたくなってしまった。


惚れた男の前では、気持ちが完全に女のむっちゃんだった。


(私が助けな、私しか…)


涙をこらえ、むっちゃんはヤクザの事務所に向かった。


むっちゃんを見送った剛は携帯を出し、相手を呼び出していた。




事務所のドアが開きスーツ姿のヤクザが入って来た。


アロハシャツと他の三人は椅子から立ち上がってスーツ姿のヤクザに挨拶をした


「待たして悪かったなぁ」


スーツ姿のヤクザはマスターに声をかけた。


「なんで、あんなオカマに肩入れするんや?ワケありか?」


ニヤニヤしながら尋ねるスーツ姿を睨みつけマスターは怒鳴りつけた。


「そんなんやないわい!!」


事務所が静まり返るような声だった。




マスターとスーツ姿のヤクザとの話し合いは上手くいかなかった。


マスターにも言い分があるが

ヤクザにはヤクザの決まりごとがある。


元ヤクザとはいえ、今はカタギのマスターに頼まれて剛の借金を待つことはできない。


二人が睨み合ったまま時間だけが過ぎて行った。



吸わずに燃えていたタバコをもみ消してマスターが口を開いた。


「店、担保にしてもアカンか?」


マスターの目が鋭くなっていた。


「物好きやなぁ、、そこまでするんか」


にやけた顔のスーツ姿にマスターが言った。


「どうなんや!!のまれへんのか!!」



肩をすくめるような素振りをしてスーツ姿が答えた。


「ええんやな!後悔しても知らんぞ」


マスターは黙ったまま頷いていた。


剛の借金はマスターが肩代わりすることで話しがついた。




マスターが立ち上がったとき

むっちゃんが事務所に入って来た。


「マスター!なんで?なんでここに」


「話しついたよってもう心配せんかてええで」


マスターは優しく、微笑みながら、むっちゃんに言った。


「そやかて、マスターに関係ないやん、アカンて、そんなんアカン!」


むっちゃんにそう言われてもマスターの表情は穏やかだった


「もうええんや!話しは終わりや」


まだ納得しない、むっちゃんをマスターは外へ連れ出した。


二人が出て行ったのを確かめたスーツ姿のヤクザは携帯を取り出し誰かと話し始めていた。




「そうか、やっぱりそうなったか」


剛は笑いをこらえながら話していた。


「おもてたように、なったなぁ」


電話を終えた剛は、声を出して笑っていた。





店に戻っても

むっちゃんはまだ言っていた。


「マスター、なんでやの!大切な店をなんで!」


「もうええがな、ただの気まぐれや」


「そやかて…」


「あいつらに来てほしないだけや、またここに来られたら、うっとうしいがな」


「ごめんなマスターほんま、かんにんして、ごめんなさい」


むっちゃんは涙を浮かべ謝っていた。


「泣かんときや、さぁ一杯呑もや」




そんな二人のやりとりを酔った重爺は微笑ましく見ていた。




その頃、剛はスーツ姿のヤクザと一緒だった。


「うまいこと行ったがな」


剛は上機嫌だった。

思ったようにことが進み嬉しくてしかたなかった。


「あんまり、調子こくなよ!」


スーツ姿は、あくまで冷静だった。


「わ、分かってるがな!分かってるて」


スーツ姿にたしなめられて剛は慌てて言った。



借金返済のあてが無い剛が考えた策だった。


スーツ姿のヤクザもマスターの店がある土地が欲しかった。


二人の利害関係が一致して知恵を絞って考えた。


むっちゃんの気性

マスターの性格


二人が考えたように上手く行った。


「権利書が手に入るまでは…お前に自由は無いんやぞ!忘れたらアカンぞ!」


スーツ姿はドスの効いた声で言い、剛を睨みつけていた。


偉そうに言われ面白くない剛だったが、もう暫くの辛抱だと自分に言い聞かせ、黙って頷いていた。


(もう、ひと芝居せなアカンしな)


剛は一気にビールを呑んだ。




次の日の夕方、剛は駅からむっちゃんに電話をかけた。


「俺や、借金はやっぱりどないもならへんさかい、もうおしまいやわ」


「あんた!何言うてんの!しっかりしてよマスターに迷惑かかるやないの!分かってんの!なぁ!」


剛は受話器を遠ざけて笑みを浮かべながら聞いていた。


次に入って来る列車のアナウンスの声が響いた。


「駅やな、なんでなん、どこ行くつもりなん!剛!なぁ!」


むっちゃんは必死になって剛に問いかけた。


むっちゃんの最後の言葉を聞かずに剛は電話を切ってしまった。


電話が切れたのを知り、むっちゃんは部屋を飛び出して行った。





駅に着いたむっちゃんは剛を探した。


(なんでなん、なんで立ち直ってくれへんの)


心の中で同じ言葉を呟きながら剛を探していた。




剛は一番奥のホームにある待合室に座っていた。


「どこいくつもりやの!」


むっちゃんの問いかけに剛は黙ったままだった。


むっちゃんは我慢しきれず剛の腕を掴み待合室から連れ出した。


「もうアカンのやな!どないもならへんのやったら、、うちと死ぬか!!」


むっちゃんの予想外の言葉に剛は慌ててしまった。


(違う、違うがな、何でオカマと一緒に死ななアカンのや)


剛は心の中で叫んでいた。


「おい!待てや!待ってくれや!!」


剛は必死になって、むっちゃんの腕を放そうとしたが、むっちゃんの力のほうが強かった。


「私も、、疲れたわ疲れてしもた、、」


「もう、ええやんか今まで好きなことして来たんやし、なぁもうええやろ、、」


(お前が良くても、俺は嫌や!何でオカマとなんか、、)


剛は声に出して叫びたかったが、むっちゃんの性格を考えやめてしまった。


(黙って、おらんようになったほうが良かったなぁ)


剛は後悔し始めた、 むっちゃんを上手く言いくるめ土地の権利書を少しでも早く手に入れようと思ったのに。


(誰がこんなオカマと、オカマなんかと死んでたまるか!)


剛の右手はポケットの中のナイフを探していた。




剛の左手を掴んだまま、むっちゃんはホームの端に歩いて行った。


剛の右手はナイフを握りしめていた。


むっちゃんが振り向いた瞬間、剛が右手を突き出した。




むっちゃんの胸に、ナイフが…




刺さるはずだった




むっちゃんが剛の左手を思いきりねじ曲げたせいで態勢を崩した剛は、線路に落ちそうになってしまった。


そして右手首を蹴り飛ばしナイフは線路に落ちてしまった。


「いてー!!」


叫び声をあげた剛は泣きそうな顔だった

喧嘩でも、むっちゃんのほうが上だった




「あんた…わてを、わてを刺すつもりやったんか!!」


涙と鼻水を流しながら剛は首を振って謝った。


「堪忍や!堪忍してくれ!堪忍して…」


剛の最後の言葉と、むっちゃんの蹴りが同時だった。


むっちゃんの蹴りを腹にくらった剛は、ホームにへたり込んでしまった。


剛を見下ろすむっちゃんの顔は…

ムサシになっていた


そのムサシの目にも涙が滲んでいた。






「おい!何してんねん !早よせなしばくぞ!!」


「わかってるがな、ちゃんとしてるがなほんま、いらちやねんから」


二人のやりとりを聞き重爺は笑っていた


剛はマスターの店で働くようになっていた。

借金は毎月返済することでマスターが話しをつけてくれた。


スーツ姿のヤクザとは、昔兄弟分だったので何とかことが収まった。


自分を刺そうとした剛をむっちゃんは許していた。


裏切られても不思議と憎しみはなかった


どうしてだか…


むっちゃん自身にもよく分からなかった


むっちゃんは深く考えるのが嫌いだし、先のことを考えるのも面倒な性格だった


性格はムサシのままだったのかも知れない。




威勢のいい声が入り口から聞こえた。


「暑いなあ!ビール!冷たーいビール頂戴!」


汗で化粧が落ちてしまった、むっちゃんだった。





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