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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
9/10

「肝心な日に遅刻なんて許さない」


 そう自分で言っておきながら思いっきり寝坊をした。

 前の日の夕方のあの出来事が原因で、なかなか眠れなかったからなんだけど、遅刻したことには変わりない。

 走って待ち合わせの場所に向かうと、二人は当然のようにそこにいた。


「ごめん」


 拝むように頭を下げるが、孝志としのぶは怒った振りをして笑っていた。


「ジュースごち」


 こんな事なら遅刻した人がお昼のジュース代を出すなんて事言わなきゃ良かった。

息切れを整えようと深呼吸したとき、目の前にあまり見たくない顔が現れた。


「ごきげんよう。西川さん」

「げ、吾妻恵子!」

「今日は正々堂々と戦いましょうね」


 ふと、郁美から手渡されたメモリーが頭に浮かんだ。恵子はそのことを知っているのかもしれない。正々堂々という言葉に力が入っているように感じられた。


「負けないよ」

「せいぜいがんばってくださいな」


 恵子は軽く手を振りながら、いつもと変わらない堂々とした足取りで試合会場に入っていった。


「相変わらず偉そうだな」


 既に見えなくなった恵子の背中に向かって孝志が言った。


会場に入っても前回のほど緊張はしなかったけど、胸の高鳴りは前より大きかった。

 如月女学院はすでに設営を始めていて、郁美がちょこまかと動いているのが見えた。


「ほら、ぼっとしない」


 いつものように孝志が背中をたたいてくれたから我に返った。

 設営完了の合図を出したとき、相手はすでに準備を終えていて、郁美がこちらに向って手を振っている。


「おい、手振ってるぞ」

「あんたにじゃないの?」

「なに怒ってるんだよ」


 昨日勢いで告白しちゃったとは言え、郁美に取られるんじゃないかと言う不安は残っていた。彼女に勝てるものが一つも無いから、自信を持てないんだと思う。

だから怒っているのは、孝志に対してではなく、自分に対してだった。


「防御プログラム作動完了」


 審判員にそう報告すると、相手も少し遅れて準備完了を知らせてきた。


「さて、準備はいいかな、しのぶちゃん」

「いつでも」

「頑張ろうね」

「もちろんです」


 気を取り直して声を掛けると、しのぶからいつもどうり元気のいい返事がきた。


「そんじゃ、南高校電算部。いっきまーす」


 前回と同じ使い古された掛け声が会場に響いていく。そのおかげで、不安な気持ちはどっかに行ってしまった。

しのふが攻撃用プログラムを起動すると同時に、相手の攻撃がやってきた。思ったよりおとなしい攻撃で、つい気が緩む。


「案外ぬるいね」

「油断しちゃ駄目ですよ」


 しのぶの額にはすでに汗がにじんでいた。


「相手は明らかに手を抜いていますけど、わたしなんかじゃとても敵いませんから」


 しのぶが本気で攻撃を仕掛けているのは見ていて分かる。だけど相手へのダメージは思ったより少ないようだ。いや、全く効いていなかった。

 相手の攻撃はさっきより激しくなってきている。その変化があまりにもわずかだったから、つい見落としてしまいそうだった。

 本当に油断はできない。

 防御は少しずつ確実に崩され始めた。

 その時、ポケットの中にあるメモリースティックを思い出した。あれさえあれば勝てるかもしれない。

 そう考えてポケットに手を入れると、中にあるメモリースティックに指先が触れた。

 けれどその腕は、何も言わずにただ首を左右に振っている孝志の手に止められた。


「分かってる。分かっているけど……」


 北山郁美には負けたくない。

 ただそれだけの想いだった。

彼女に勝てないのが悔しかった。

彼女に負けるのが許せなかった。

 多分そうなんだ。

それだけなんだ。


「京子」

「分かってる」


 メモリースティックを掴んでいた手は、びっしょりと濡れていた。

 防御はあとわずかで破られる。

 負けるのは目に見えていた。

 中央の時計がまもなく二十分を超えようとしいてた。

 まだ終わっては居ないのに、自然と涙がこぼれてくる。


 時計が止まった。


 如月女学院のブースにある回転灯が回り始め、会場から大きな拍手が沸き起こる。

 負けた。

やっぱり郁美には敵わない。

とても悔しかった。勝てないって分かっていたはずなのに、悔しくてしょうがない。


「お疲れ」


 孝志が、静かに肩を抱いてくれた。

腕で涙を拭いてから、コンピューターの電源を落としていると、しのぶが悲しげな笑いを浮かべながら近寄ってきた。


「わたしたち頑張りましたよね」

「そうだね」


 頑張った。

 でも、勝てなかった。

 何時の間にか、北山郁美に勝つことが自分の夢になっていた。いや、夢というよりは目標なんだけど。

 郁美がまた大きく手を振っていた。

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