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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
8/10

 久しぶりに孝志と一緒に帰宅した。

 アルバイトをしている孝志は、いつも部活を切り上げて先に帰るのだけど、大会期間中は休みを貰っていたから最期まで部活に付き合ってくれている。


「大丈夫か」


 ぼっとして歩いていたから、赤信号で渡りそうになって、孝志に頭を叩かれた。


「セクハラ」

「何だよそれ」


 二人で笑った。 


「しのぶさ、北山さんのことになると何だか変だよな」


 また郁美の話だったけど、不思議と嫌な気分じゃなくなっていた。


「昔のこれよ」


 右手の小指を立てて、孝志の前に突き出してみた。


「まさか」

「どうだかね。北山郁美はそんなような事を言ってたけど」


 郁美の行動をどう取ったって、それ以外の答えは見つからなかった。

 しのぶは郁美を好きで、でも別れたんだ。

郁美が如月女学院に進学する事で終わったんだろう。身分も違うし、学校とかが離れてしまったらそう言うのは長くは続かないみたいだし。

 女同士の恋愛も、何だかぴんと来なかったけど、でも……。

 彼女の唇のあの暖かさは、何時までも忘れることは出来なそうだった。


 空がオレンジ色に変わりはじめていた。


「ねえ、寄り道していかない」

「どこに」

「いいところ」


 郁美に連れて行ってもらった夕焼けスポットに孝志を案内した。


「おまえ、スカート」

「いいって、減るもんじゃなし」


郁美に言われた言葉をそのまま孝志にかえしてジャングルジムに駆け上がる。孝志はしぶしぶその後を追いかけてきた。

 昨日と同じ、とても綺麗な景色だった。


「いいな、ここ」

「北山さんのお気に入りスポット」

「ふーん、あの人案外センチなんだ」


 昨日より風が強く、波も高い。潮風が吹き上げて、抑えていないとスカートがめくれあがってしまいそうだった。


「頑張ろうね。明日」

「もちろんだよ。あいつらには目にものを見せてやらないとな」


孝志と一緒なら、勝てる気がした。

 いいやただ、安心させてくれる存在というだけなんだろう。でも、元気が出た。


「寒くないか」


 孝志が肩を抱いてくれた。そんな事をされたのは初めてだ。この美しい景色の為か、それがあまりにも自然だったから、そのまま孝志に寄りかかった。


「わたしね、やきもち妬いていたみたい」


 その言葉に気づかない振りをして、孝志は海に輝く太陽を見ていた。


「きっと孝志のことが好きなんだ」


 それでもまだ孝志は海を見ていた。

 でも、肩に乗っている孝志の手は、さっきより力が入っている。

 力強く引き寄せられてバランスを崩し、落ちそうになって慌てた時、暖かいもので唇をふさがれた。

 それが孝志の唇だと気付づいたとき、頭が真っ白になって――でも、そのまま目をつぶって身を委ねた。

 宙に浮いているような感覚が、全身を包んでいく。

 それはほんの一瞬の出来事だったのに、何故だかとても長く感じられた。


「僕もだよ」


やがて離れた孝志の口からは、そんな言葉が聞こえてきた。

 初めてのキスは、部室で食べたコンソメパンチの味がした。

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