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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
7/10

 教室で孝志と話す習慣が無かったから、全く声を掛けなくても不自然ではない。

 孝志のことは、なるべく気にしないようにしていたし、孝志も意識的に近寄らないようにしてくれた。それが嬉しかった。

 こんな風に思ったのは初めてだ。

 昨日あんな事があったから部室には行きずらかったけど、明日の準決勝を前に最期の調整をしなければならないから、思い切って部室のドアを開けた。


「遅かったな」


 来るべきか迷っていたから、ジュースを買いに食堂に寄った。だから珍しく孝志の方が先に来ていた。

 孝志は昨日の事など全く気にしていないように振舞ってくれた。


「あ、うん」


 それでも、何とかそれだけ返事をするのがやっとだった。

 孝志が気を使ってくれるのは有り難いんだけど、なぜだか素直になれないでいた。

 とても居心地が悪い。

 それでも、やるべきことがあったから、いつも通りコンピューターを起動する。


「勝てるとおもうか」


 孝志がやさしく話し掛けてくれた。それでも今の話題はそれしかなかった。


「無理だってさ」

「そうか」


 やっぱり孝志も、いつものように会話が出来ず黙り込んだ。


「しのぶちゃんは?」

「遅れるって」


 黙っているのに耐え切れなくなって、なんとか話を切り出したけど、しのぶをネタにしたこと直ぐに後悔した。


「どうして」

「さあ」


 それでもまた、会話は途切れた

 部室に漂う気まずい空気に押しつぶされそうになり、額に浮かんだ汗を拭こうとポケットに手を突っ込んだら、何だか固いものに指先が触れた。不思議に思って取り出したその固いものは、郁美のくれたメモリースティックだ。

 何も考えず、ただ機械的にそのスティック状の外部記憶メモリーをコンピューターの専用スロットに差し込んだ。画面にリムーバブルドライブのアイコンが現れる。

 メモリースティックの中には、京子が予想していたとおり、プログラムと攻撃パターンのデーターが入っていた。

プログラムの方は、多分郁実の防御プログラムだろう。


「すごい」


 北山知佳のプログラムを見たときのように感動した。こんなに美しいプログラムを見たのはあの時以来だった。

だから思わずため息をついてしまった。


「どうした」

「やっぱり北山郁美には勝てないみたい」


椅子の上で背伸びをしたのを、孝志は不思議そうに見ていた。

 郁美に貰ったメモリースティックの事を、孝志に話した方がが良いかどうか悩んだけれど、孝志ならきっと、そんなものは棄てておけといいそうだった。


「すんません。遅れました」


 しのぶが、お菓子で一杯になったコンビニの袋を下げてやってきた。ほとんどがスナック菓子で、大好きなコンソメパンチ味のポテトチップが顔を出している。


「遅かったな」

「混んでたんです」


 しのぶの返事に対して、嬉しそうに孝志が笑う。またもや昨日の風景が思い出されて、少し不快になった。


「西川さん、少しは落ち着きましたか?」

「私はいつも落ち着いてますけど」

「そうですか? だったらいいんですけど」


しのぶは、持ってきたお菓子をテーブルに置くために、京子の後を通ろうとした。


「あれ、これは」


開いたままのプログラムを見て、急にしのぶが立ち止まった。


「西川さん。これ」


 しのぶの顔は何時になく真剣で、とても迫力があった。


「貰ったのよ」

「誰にですか」

「えーと、ほら」


 しのぶは見た事も無いような怖い顔で睨んでいたが、ついにしびれを切らしたのか、自分から話し始めた。


「西川さん。これ、北山さんのプログラムでしょう」


 しのぶは怒っていた。


「なに? どう言うこと」


 緊張した空気が充満した。孝志は話についていけなくておろおろとしている。


「昨日の夜、逢ったのよ。そしたらそれをくれたんだよ」


そう言ってコンピューターに刺してあるメモリースティックを指差した。

 するとしのぶは、いきなりそれをコンピューターから引き抜いた。


「ちょっと、何するの」

「これは駄目です」


 接続を切断する前に抜き取ると、データが消えてしまう。そんなことをしのぶが知らないはずは無かった。

 それでも敢えて、しのぶはそうしたに違いない。


「返して。それはわたしが貰ったのよ」

「使うつもりじゃないでしょうね」

「そんな訳無いでしょ」


 使ってはいけないと解かっていた。そうやって試合に勝っても嬉しくなんかない。


「それを使えば西岡には勝てるのか?」


孝志が二人の会話に割って入った。


「こんなので、勝てるわけありません」


 しのぶはそう言って視線を床に向けた。


「そーなのか。でも、何でそんなものを彼女はわざわざ渡したんだ」

「試しているんです」

「試すって、どう言うこと」

「それは……」


 しのぶはそれ以上言わなかった。知っているんだと思うけど、言えないらしい。

 孝志は頭をかいていた。


「わたしだって分かっているよ。自分達の力だけで西岡に勝てなければ意味が無いってことくらい」


またもや郁美に振り回されている自分に嫌気がさしてきた。


「それ、返してくれない」

「だめです」

「私が貰ったのよ」


 しばらくにらめっこをしていたが、このままではどうしようもないから、しのぶの前に手を指し出した。


「絶対に使わないって約束するから」

「深田、僕も約束するよ。そいつは絶対に使わせない」

「分かりました」


 渋々と、しかも孝志がそう言うのなら仕方ないという表情をみせてから、しのぶはメモリースティックを返してくれた。

 受け取ったメモリースティックをポケットにしまって、コンピューターに向う。


「京子」


 孝志が心配して声をかけてくれた。


「大丈夫よ」


 京子はシャツの腕を捲くると、その腕を勢い良く振り回した。

いつまでもこんな気持ちを引きずってはいられない。


「ほら、はじめるわよ、最終調整。わたしたちは自力で西岡に勝つんだからね」

「そうだな」

「もちろんですよ」


 勝つ可能性は全く無いなんて言っていたしのぶも、笑ってそう返事した。

がんばろう。勝てなくても精一杯。 

そう決意を新たにした。

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