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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
2/10

 コンピューター関係の仕事をしている父親の影響で、小さいときからプログラミングは得意だった。中学に上がる頃には、メール送受信のプログラムは簡単に作れたし、少し難しいプログラムも、参考書を見ながら何とか組み上げることが出来る様になっていた。

 だけど本格的にプログラミングを勉強しようと思ったのは、中学三年の秋だった。

 父親が職場から持ち帰ってきた業界紙に北山知佳の紹介記事があって、その代表的なプログラムの一部が掲載されていた。

 そのプログラムがとても美しく、涙が出るほど感動的で、そんなプログラムをいつか組んでみたいと思ったからだ。

 北山知佳は国の基幹システムを設計した五人のシステムエンジニアの一人で、プログラマーとしても有名だった。現在は月の研究所の所長として、宇宙開発用のシステム開発の指揮を取っている。

多くのプログラマーにとって、彼女は憧れの存在だった。


「将来は北山知佳と一緒に働きたい」


 それが将来の夢だった。

 北山知佳が区立南高校電算部の出身だと言う事は、プログラマーを目指す人ならだれでも知っている。色々な雑誌に紹介され、テレビの取材を受けたこともあったらしい。

 それは自慢の一つなんだけど、現在の電算部はそんな過去の栄光にすがって生きる、弱小文化部の一つでしかなかった。


 電算機普及センターで開かれているプログラミングコンテストの目玉競技は、二年生限定のフリーキングマッチだ。

 フリーキングマッチとは、攻撃用と防御用の二つのプログラムを使って相手を防ぎながら攻撃し、先に相手のコンピューターにアクセスできたほうが勝ちというハッキングの技を競う対戦型の競技のことだ。

 公平さを期すためにプログラムの仕様は細かく決められていて、他の学校より優秀なプログラムを作るのはとても難しく、実際の競技においては、高度なオペレーションの技術が必要だったから、難易度が高く、人気も一番だった。

今年はしのぶと二人でこの競技へ出場することになっていた。攻撃はしのぶが担当し、防御プログラムは自分で作ったのを使う。孝志にはメカニックとしてハードウェア全般を任せていた。

 メカニックの立会いは任意だから別に同席する必要は無いんだけど、授業が公然とサボれるもんだから、孝志は喜んでその仕事を引き受けてくれたのだ。

対戦はセンター三階の大会議室を使って行われる。向かい合わせに並べられた長テーブルにコンピューターを設置すると、部屋はほとんど一杯だ。そこに審判やら応援やら見学者なんかが詰め込まれるから、コンピューターが出す熱もあって、部屋の中はかなりの温度になる。部屋にある冷房では追いつかないから、持ち込みの冷房機も置いてあった。


 アイスで当りを引く程度のくじ運のよさが功を奏して、南高校電算部は一回戦のシード権を獲得した。

一回でも多く対戦したかったから、納得いかない結果だけれど、他の二人と一緒になって喜ぶ振りをした。

 でも、孝志にはばれていた。


「本当は一回戦も出たかったんだろ」


 中庭で弁当を広げながら、孝志はそう言って卵焼きを口に入れた。卵焼きに関して言えば孝志のほうが上手なのだ。何度も練習したけれど、いまだにうまく焼けたことがない。 だから弁当に卵焼きだけは入れないようにしていた。


「西川さんは戦い好きですもんね」

「それじゃ、わたしが野蛮人みたいじゃないのよ」

「違いましたか?」


 しのぶは、いつの間にか買って来ていたコッペパンにかじりついている。


「でも、くじを引いたのは西川さんですよ」

「孝志に引いてもらえばよかったかな」

「冗談だろ、俺のくじ運の悪さを知らないとは言わせないぞ」


 人の嫌がる仕事をくじで決めると、孝志は必ず当りを引いた。孝志が引いたら初戦で西岡に当たっていたかも知れない。そうなるよりは今のほうがいいに決まっている。 

 

 午後の第一試合。

 会場に足を踏み入れると、高まる気持ちを抑えるために大きく深呼吸をした。


「なに緊張しているんだよ」


 入り口付近で立ち止まっていたから、コンピューターやモニターといった、対戦に必要な機材を台車に乗せて運んできた孝志に、背中をドンと叩かれた。


「痛いなもう」

「ほら、さっさと準備をする」

「はいはい」


 試合開始までそれほど余裕はない。準備に与えられた時間は十五分だ。それまでに起動準備を整えておかないといけない。


「孝志の方はどう?」

「こっちはいいぞ、深田は?」

「大丈夫です」


 最初の対戦相手は、宿敵である区立西高校電算機研究会だ。

 この大会が始まって以来の対戦成績は実に二勝十七敗。南高校の完全な負け越しで、しかも十二連敗だったりする。

 今年こそはという思いをこめて組み上げた防御プログラムは完璧だし、しのぶの攻撃プログラムもすばらく良い出来だった。

 まさに最強の盾と最強の矛。負ける気はまったくしなかった。


「緊張してこない?」

「なんだよ、お前らしくない」


 直接競技に参加しない孝志には多少の余裕があるだろうけど、初めて参加することも手伝ってか、試合開始の時間が近づくにつれて緊張が高まってくる。

 余裕をかまして大会のパンフレットを開いている孝志の向こうで、しのぶはただ黙ってモニターに映し出されているスクリーンセーバーを眺めていた。


「しのぶちゃん、緊張しない?」

「え? はい」


 しのぶは元気で明るい、というのが素直な印象なんだけど、時々、物思いにふけるところがある不思議な女の子だった。


「相手は素人だな」


 大会パンフレットを見ていた孝志が、西高校のページのメンバー紹介の欄を指差した。


「どうしてよ」

「ほらここ」


 西高校のリーダーにはプログラミング歴四年と書いてあった。多分中学に入ってからはじめたんだろう。プログラム歴十年の孝志にしてみれば、素人同然と思えたらしい。

 ちなみに西川京子の欄には十三年と書いてある。今回の大会参加者の中では一番長いはずだ。


「わたしは二年なんですけど」


 スクリーンセーバーを見たままの姿勢でしのぶが横から口を挟む。

 しのぶは高校に入る直前に、中学時代の友達に影響されてプログラミングを始めたらしい。だけど孝志が足元にも及ばないほど、凄腕のプログラマーになっていた。


「しのぶは天才だからな」

「相手も天才なんじゃない」

「そうかなぁ、そう見えないないんだけど」


西高校の制服は、カラーの部分だけが水色の白いセーラー服で、紺色のスカーフが特徴だ。本来は清楚なイメージなのに、西高校のリーダーはとても派手に見えた。


「見かけで判断するのはやめなって」


 孝志の言いたい事は分からなくないけど、少なくとも西高校で選ばれたんだからそれなりの技術を持っているはずだ。西高校は公立の中では比較的情報教育に熱心なことで有名だった。


「あれ、これって斉藤だよな」


 孝志は西高校のリーダーと並んで載っている名前の上に指を置いた。斉藤聖子という名前は確かに聞いたことがある。


「誰だっけ」

「ほら、同じ中学の――」

「あー!」


 中学で同じ電算クラブに所属していた斉藤聖子は、確かに腕のいいプログラマーだ。性格的な相性が良くなかったから、仲の良いお友達にはなれなかったけど、お互いの腕を競い合った仲で、対戦相手としてはまあ申し分ない実力の持ち主だ。

 二年近く会ってなかったから、すっかり忘れていた。


「聖子が次点なら、やっぱり相手のリーダーは天才なんじゃない」

「そうかなあ、性格の問題のような気がしないでもないけど……」


 意外と早く準備が終わったので、試合開始まで対戦相手の様子をみていた。


「あいつら手際悪いな」


 西高校は、セッティングに手間取っているようで、まだコンピューターを起動できる状態にもなっていない。


「勝ったな」


 手際が悪いからと言って弱いわけじゃ無いけれど、相手のチームワークはお世辞にも良い状態ではなかった。聖子の自分勝手な性格が変わってなければ、相棒はよほど我慢強い人でないとつとまらない。

 西高校のリーダーはそこまで出来た人ではないようだった。

 結局、試合開始の三十秒前になって、西高校はやっと準備完了の合図を審判に送った。


「何だ、間に合ったのか。残念だな」

「そう? わたしはうれしいけど」

「やっぱり戦いが好きなんですね」

「違うって」


 所定の時間までに設定できなければ不戦敗という規定もあるけれど、西高校は何とか最悪の事態を切り抜けた。因縁の対決をそんなな風に終わらせては納得できない。とにかく対戦して、打ち負かしてやりたかった。


「両者スタンバイ」


 審判員の合図とともに、先ずは防御ソフトを起動させる。


「京子! 出番だぞ」


 孝志が後ろから合図を送ってきた。


「任せなさい」


 モニターにコンソールを表示させ、プログラム起動のコマンドを入力する。ものすごいスピードで流れていくメッセージは、プログラムが順調に起動している事を示していた。

最後に表示されたOKの文字は、準備完了の合図だった。


「起動完了です」


 審判にそう告げたのは、相手とほとんど同時だった。


「さてと。準備はいいかな、しのぶちゃん」

「いつでもオッケーですよ、西川さん」


 しのぶはおなじみのⅤサインで答えた。

 電算部に入ってから知り合った深田しのぶは、一年以上たった今でも「西川さん」と呼び続けた。その理由を聞いてみると、単に呼びやすいからと言うだけだった。何か違う気もするけれど、本人がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。


「それじゃ、はじめますか!」


 自分自身の緊張をほぐすため、シャツの腕を捲り上げる。


「南高校電算部2年、深田しのぶ。いっきまーす」


 しのぶが使い古された掛け声とともに、攻撃用プログラムを起動した。

目の前にあるモニターには、防御用プログラムのパラメーターが表示されている。もちろんしのぶが操作する攻撃用プログラムの動きも見ることが出来るように作ってあった。


「来たよ」


 相手の攻撃用プログラムも起動されたようで、早速防壁に突っ込んできた。相手の攻撃パターンを解析し、自分のプログラムの防御パラメーターを変更しながら応戦する。しのぶも同じく相手に向かっていった。

 コンピューターの演算結果を瞬時に判断して対応しなければならない。集中力と判断力がとても重要だった。


「しのぶちゃん。どう?」


 競技中は、手もとめられないし、モニターから顔を離さすことできない。それでも口だけは動かせた。


「見かけによらず強いですね」

「やっぱり天才だったか」


 悔しそうに孝志が舌打ちした。

 西高校の攻撃担当は聖子だった。彼女の行動パターンは中学の時から知っている。この一年でどの程度腕を上げたか少しは期待してみたけれど、それほど強くなっているようには感じなかった。

 聖子に負けるなんて考えられない。けれど西高校に勝つためには、相手の防御を突破しなければならなかった。

 しのぶだけが頼りなのだ。

 両者の中央に置いてあるデジタル時計が五分を超えた。フリーキングマッチ最速記録は二年前に西高校が出した四分五十四秒だ。その記録には及ばないが、六分以内で勝負を決めたかった。


「しのぶちゃん、後一分だよ」


 そのタイムリミットが近づいて、少しあせってきた。


「分かっていますって、西川さん」


 しのぶはさらりとそう言い放つと、さっきより早い手つきでキーをたきはじめる。

 下二桁が三十二になったとき、時計の数字がぴたりと止まった。


「やった?」

「みたいだな」


 目の前にある赤い回転灯が勢いよく回り始め、場内から拍手が沸き起こった。


「やりい」


 嬉しくなって孝志に抱きついた。


「おい、京子」


 孝志が照れながらそういうものだから、なんだか恥ずかしくなって孝志の体を突き離した。倒れた孝志を飛び越えてしのぶの手を取ると、それを大きく振り回した。


「しのぶちゃん、すごいね」

「いいえ、まぐれですよ」


二人してそこいら中を跳ね回った。


「どういうことだよ」


 孝志はぶつくさ言いながら立ち上がり、コンピューターの片付に取り掛かっていた。


「ほら、撤収だぞ」

「はいはい。全くのりが悪いんだから」


 しのぶの手を離して、渋々マシンの電源を落としに向かう。しのぶは高いテンションのまま自分のマシンの片づけをはじめていた。

 西高校のブースで悔しそうに頭を抱えている聖子が見えたから、大きく手を振ってあげると彼女は怒って視線をそらした。

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