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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
10/10

 結局如月女学院は、四分丁度という大会新記録で優勝した。

 表彰式での我妻恵子の勝ち誇った顔は正直むかついたけど、三位決定戦は余裕でものにできたから、案外すっきりした気持ちで閉会式を迎えることができた。


「よし、残念会だ」


 会場を出るとすぐ、孝志が提案した。


「いいですね」


 しのぶが手をたたいて賛同する。


「京子は?」

「行きますよね、西川さんも」


まあ、こう言ったことは理由があれば良いだけで、とにかく帰りにファミリーレストランでお茶をしようと言う事だから、軽い気持ちで了承した。


「行きますか」


駅に向って歩き始めた時、ポケットのメモリースティックを思い出した。


「ごめん、先行っててくれる」

「どうしたんだ」

「忘れ物」


何とか二人を先に行かせると、会場の入口まで引き返えし、後から出てくる参加者の中から目的の人物を探しはじめた。

 西の空に浮かぶ雲がわずかにオレンジ色に染まって、涼しげな風が髪の隙間を通りすぎていった。


「あら、あなた」


 あらかたの参加者が出終わって、先に帰ったかと諦めかけたとき、ちょうど出てきた吾妻恵子に声を掛けられた。


「京子ちゃん。待っていてくれたの」


その後から、長い髪をなびかせた郁美が顔を出す。


「なれなれしく呼ばないで下さい」

「良いじゃない、減るもんじゃないし」

「いやです」


 郁美に飲み込まれないように胸を張って近づいたけど、彼女の存在感に押し返されそうになった。


「あの、お話が……」


 一緒に居る恵子をちらりと見たら、郁美はすぐにその意味を理解してくれた。


「恵子、悪いけど先に行っていて」


 恵子が視界から見え無くなってから、ズボンのポケットですっかり温まっているメモリースティックを郁美に返した。


「これ、お返しします」

「あれま。役に立った?」

「いいえ」


 そのもの自体は役に立た無かった。間接的に力になってくれた気はしたけど、それを言う必要はないと思った。


「そう。それは残念。でも、よくがんばったと思うよ」

「おかげさまで」


 負けたのは悔しかったけど、強い相手と戦えたのはうれしかった。それだけは伝えておきたかった。


「やっぱりあなたには勝てそうに無いや」

「そりゃそうよ」


 郁美は自信たっぷりにそういった。


「私は北山郁美なんだもの」


その自信が何処から繰るのか聞いてみたいと思った。その根拠が「自分だから」というのはあまりにも自信過剰だろう。でも不思議と彼女の言葉はしっくり来ていた。


「そうだよね」

「でも、私の攻撃を二十分も耐えたのは、京子ちゃんがはじめてよ。だから、京子ちゃんなら、いつかまた私を超えれるかもしれないと思うわけ」


 もう、ちゃん付けで呼ばれる事は気にならなくなっていた。

 北山郁美が自分の事を認めてくれた。それがどれだけすごい事か、今すぐ理解は出来ないけれど・・・・・・。

 でも、嬉しかった。


「期待しているからね」


 三年になればまた別の競技で対戦できる。


「待っていてよ。頑張るから」


 宣戦布告ともとれる言葉を吐いてから、少しだけ後悔した。北山郁美と対等に戦えるだけの力をたった一年で身につけられるのだろうか。

返事代わりの笑顔を見たとき、初日の朝の事を思い出した。


「そう言えば、前にどこかで会った?」

「やっぱり憶えていないんだ」


 郁美は頬っぺたを膨らませて抗議した。


「小学五年の時……。忘れちゃった?」


 そう言えば小学五年のときにも、同じような大会に出たことがあって、同学年の女の子と戦った事があった。その子は大層強かったけど何とかその子を打ち破って優勝した。その相手が一番強かったから、名前は今でも覚えている。たしか――。


「ええっ?」

「思い出したかな」

「でも……」

「あの頃はいろいろ有って、名字が今と違ったからね」 


それで思い出せなかったんだ。あの頃と違ってすごく綺麗になっていたし。


「京子ちゃんは変っていないんだもん」


 どうして私がわかったのかと聞いたら、郁美は笑ってそう答えた。

何だかちょっと傷ついた。


「それ以来、打倒西川京子だったの」


 だからこの次は、西川京子が北山郁美を倒すのだと郁美は言った。 


「じゃあ、行きましょうか」


 郁美がまたもや腕を組んできた。


「どこに行くの?」

「あれ、聞いてない? 南高校の残念会とうちの祝賀会は合同でやるんだよ」

「聞いてないよ」

「でも、もう決まってるんだから」


郁美はそう言うと、腕を組んだまま歩き始めた。


いつものファミリーレストランでは、孝志と恵子が向いあって火花を散らしていた。


「どうなってるの」

「知るかよ」


 孝志の横に座わって事情を聞いたが、孝志も知らなかったらしい。恵子も怒っているようだから、犯人はしのぶだろう。


「いいじゃないですか、どうせ郁美さんのおごりだし、パーっと行きましょう」

「あれ? また私が出すの?」

「当たり前です」


 郁美と顔を合わせないようにこっちばかり見ているしのぶの顔は少し赤かった。やっぱりしのぶは郁美のことが好きなんだ。


「しのぶちゃん。私の隣りにおいで」

「え、遠慮します」


しのぶをからかう郁美の横で、恵子は大きくため息をついている。その表情は一見諦めとも取れたけど、口元はゆがんでいるようにも見えた。


「やっぱエビフライでしょ」


 そう尋てきた郁美に小さく頷いたら、彼女は満足そうに笑った。


「何かあったのか」

「なにも」


 心配そうに尋ねる孝志の手を、テーブルの下でそっと握る。

 照れる孝志がまた、妙に可愛いかった。


「ありがとう」


その言葉は多分、孝志だけでなく、ここにいる全員に言いたかった事なんだけど、何となく照れくさかったから孝志にだけそっと言った。

 孝志は一瞬驚いていたけれど、多分分かってくれたんだとおもう。ただ笑って、握った手を強く握り返してくれた。


 窓の外はもう薄暗い夕暮で、丸い月が、綺麗に輝いていた。

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