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月の輝く夕暮に(2005)  作者: 瑞城弥生
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 約束の時間より二十分も早く着いたのに、待ち合わせ場所にはもう孝志がいた。

 駅前の広場にあるベンチに座って、コンビニのおにぎりを頬張っている。その姿がとても滑稽で、気付かれないよう忍び足で近づいてから声をかけた。

「おはよう。はやいね」

 驚いてむせ返った孝志が、ペットボトルのお茶を急いで流し込みながら、必死になって胸を叩く。


「ごめん。大丈夫?」

「何だ、京子か。脅かすなよ」


 隣りにすわって、まだむせている孝志の背中をさすると、いくらか落ち着いたのか、食べかけのおにぎりを口の中に放りこんだ。


「今、朝ごはん?」

「ああ。今朝は夜勤明けだったからな」

「ふ~ん、大変だね。お弁当は?」

「それは作ってきた」


 高橋孝志の母親は隣町の病院で看護師をしている。夜勤も結構あって、そんな時、孝志は自分でご飯を作っていた。一度ご馳走になったことがあるんだけど、意外においしい。


「それで朝ご飯を食べそびれたのさ」

「なんだ、言ってくれれば作ったのに」

「本当か? そう言うことは早く言ってくれよな」 


 冗談で言ったつもりだったのに、孝志は本当に悔しがった。一人分作るのも二人分作るのも大して手間は変わらないから、今度機会があったら作ってあげると約束した。


 夏にはまだ早いのに、太陽は容赦なく赤外線を撒き散らしていて、直射日光が当たるベンチに座っていると、じわじわと汗が滲み出してくるのが分かる。


「暑いね」


 屋根とまでは言わなくても、ちょっとした木陰があればすこしは涼めるのに、この広場は妙に開放的で、太陽の光を遮るものが何一つ無い。


「ここを設計した人さ、冷房のある部屋から出たこと無いんだよきっと」


孝志は建築関係の仕事にすすむつもりだったから、あの建物は造りが良いとか、デザインが悪いとか、いちいちうるさい。それを聞き流すのは結構大変な事だった。

 ベンチ前は商店街へと向う通路になっていて、普段なら通勤客のほうが多いのだろうけど、今日は制服姿の高校生で一杯だった。先週衣替えがあったから、白のセーラー服とワイシャツ姿がほとんどだ。

 南高校は私服通学が認められているので、今日はジーパンに白いシャツだ。色気も萌えもあったもんじゃない。時々セーラー服が羨ましく思えてくる。

 通学服が規定されていないんだから、別にセーラー服を着て通学してもかまわないんだけど、一人だけそんな格好をしていたら何処ぞのコスプレと勘違いされたうえ、あやしい男どもに追いまわされそうで嫌だった。

 高校生達が向かっているのは、駅前の商店街を抜けて、東へ一キロほど歩いたところにある区立電算機普及センターだ。今日から三日間、高文連が主催するの全国高校生プログラミングコンテスト第十三地区大会が開かれることになっている。


「遅いな」

「まだ時間じゃないでしょ」


駅前広場の真中にある大きな時計は、太陽電池と風車を併用したハイブリッド型で、とてもエコロジーな代物だった。けれど頭に乗っている飛行機型の風車が回っている姿を今まで一度も見ていない。

時計の長針は5の数字を指していた。待ち合わせは七時半、つまり長い針が6の数字を指した時である。

 律儀というか几帳面というか、しのぶはいつも約束の時間ぴったりに現れる。今はまだ集合時間の五分前だから遅刻ではないし、どちらかというと孝志の来るのが早すぎただけなのに、孝志は不満げに「遅い」と「暑い」の言葉を交互に繰り返していた。


「うっとうしい」

「だって暑いだろ」

「暑いって言ったら余計暑いでしょ」


 新しい集団が駅の改札口から現れた。急行が到着したのだろう。その中には、大会に参加する高校生も沢山いた。


「いないなぁ、深田のやつ」

「しのぶは急行じゃないし」


 しのぶが使っている駅には、急行列車は停車しない。乗っているとしたら次の各駅停車だろう。そうなると、やはり今回も時間通りに現れることになる。


「お、西岡だ」

「どこ」

「ほら、あそこ」


 西の高台から街を見下ろすように建っている私立の女子高――如月女学院高等部を、他校の生徒は「西岡」と呼んでいた。親が特別な地位にいないと入学を許可されないという少し変った女子高で、生徒のほとんどは大企業のご令嬢だったりする。

 情報分野での教育水準は世界一と言われるだけあって、如月女学院が参加を始めてからの十年間、高文連のプログラムコンテストは彼女たちが上位を独占し続けていた。


『打倒西岡』


 如月女学院以外の高校が掲げるスローガンは、ここ数年そればかりだった。

 タータンチェックのプリーツスカートに深緑のブレザーが如月女学院高等部の基本スタイルだ。いろいろバリエーションがあるみたいだけど、ほとんどの生徒がその組み合わせで、だらしなく着崩している人はほとんど居ない。校則が厳しいのではなく、それぞれが気を使っているのだそうだ。

 それを聞いたとき、いずれ会社のトップに立つような人は、服装一つにしても心構えが違うんだ、と感心した。

 その有名な制服を身にまとった二人組のうち、背の低い方が気になった。

 真っ黒なロングヘアーをなびかせながら歩くその姿はとても凛々しくて、彼女自身の背の低さを全く感じさせなかったし、自然と身についている気品のようなものが周りの注目を集めていた。

 彼女はこっちに気付いて振り返ると小さく会釈をして行った。


「知り合いか?」

「ううん、全然」


 前にどこかで会ったのだろうけど、いくら考えても思い出せない。


「しっかし可愛かったな」


 孝志が商店街に消えていく彼女の後姿に向かってため息をついた。一瞬見せた彼女の笑顔は、確かに可愛いかった。

 でも孝志がそう思うのは気にいらない、二の腕の肉をつまんでそのままぎゅっとひねってみた。


「いたたたた。なにすんだよ」

「あ、ごめん」


 すばやく手を引っ込め、何事も無かったように駅へと視線を移す。孝志はぶつぶつと文句を言いつづけているが、全く聞こえない振りをしてやった。

やきもちなんてかっこ悪い。

 解かってはいるけれど、自然と湧き上がってくる気持ちだから仕方が無かった。


 各駅停車が到着し、改札口から人の塊が流れ出てきた。

 そこから飛び出してくる一人の少女。わずかに青みを帯びた短めのワンピースはしのぶのお気に入りだった。


「来たみたい」

「誰が」

「しのぶちゃんよ」


 第十三区立南高校電算部二年生で、三人目の部員である深田しのぶは、ベンチの前で急停車すると、挨拶もしないでいきなりお茶を飲みはじめた。


「遅刻じゃないですよね?」


お茶を飲み終えてからの最初の一言はそれだった。挨拶を吹っ飛ばすのはいつものしのぶと変わりない。


「セーフみたい」


 時計の長針が6の数字とぴったり重なっている。


「今日も時間通りか」

「当然でした」


 呆れ顔で立ち上がる孝志の目の前で、標準より大きいと思われる胸を張り、しのぶは孝志にVサインを突きつけた。

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