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絶ち糸の儀式 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 げえっ、やばい。ひも、足りるかな? これ。

 いや新聞紙をまとめて出そうとしたんだけど、しばるひもの目分量を間違えたらしくって……ギリギリすぎる。

 この……! もうちょい……! 上へ……! ずれて……! ふん……! ふーん!

 悪いこーちゃん、そっち側のひもの端持って!

 こいつを……! かど……! かどまで届けば……! ワンチャン……! ふーん!


 あー、しんどかった。サンキューこーちゃん。

 かどっこで結んだから、だいぶ固くできたと思うけど、これで解けたりしたらもうね。ふて寝モードですわ。

 ひもとか糸に限った話じゃないけどさ。切ったらもう、やり直しがきかないっていうの、きついよね。そりゃ結びなおしたりすれば補填はできるけど、新たに作られた結び目の部分は、もう本来の縛る仕事ができなくなる。結果、無駄な部分が生まれちゃう。

 考えてみると、すごいよね。このつながりってやつ。人間だって体内の血管すべてをつないだら、地球を何周もできるんだっけ? 原子、分子ほどじゃなくってもさ、物体を構成する単位の中でも、かなり小さいものだと思うんだよ。

 その糸に関して、少し不思議な体験を昔にしてね。そのときの話、聞いてみないかい?



 あれは小学校高学年のころだったか。

 学校でプリント提出の機会があったんだ。僕自身の課題うんぬんじゃなく、保護者が書いてくるパターンの奴ね。

 先生が回収を始めたのが、期限の前日だった。期限の説明自体は、配布したときに話してくれたはずなんだけどね。そのときの僕は何かあったのか、すっかりプリントのことをうっちゃっていたんだ。


 まずいと思って、机やランドセルの中をあさってみたけれども、見つからない。クラスの大半が出しに行くこの状況だと、席にいる方がかえって目立つ。

 しっちゃかめっちゃかに漁り、ついに見つけることができなくて、僕は「やばいやばいやばい……」と心の中であせり出した。

 すでに親へ出していて、取り越し苦労という線もなくはない。でも、僕の親はこのような提出物、せっつかれる前にささっと用意してしまう人だ。預かっているなら、僕だってささっと出して楽になりたい派の人間。

 でも、覚えがないということは……。


「ねえ、プリント見つからないの?」


 そう隣に座るクラスメートに声をかけられたのは、まだみんなが席へ戻りきらないタイミング。普段から、まあそこそこは話す女子だ。

 見栄はるのもなんだし、素直にないことを話すと、「ふーん」とあごに指をあてて、少し考えごと。やがて僕に向き直って、すっとあてていた指を向けてくる。


「それを見つけて、安心する方法。教えてあげようか?」



 放課後。彼女にいわれてやってきたのは、学校の敷地の裏手。校舎からは体育館の影となって、見えない部分だった。

 体育館の戸とフェンスに挟まれて、わずかに存在している草の生えた地面の部分。

 すでに先に待っていた彼女を見つけて、声をかけながら近づく。


「いったい、こんなところでなにを……てっ!」


 そばまで寄ったとき、右手の親指に痛みが走った。見ると指の付け根辺りに、針でつけたような小さい穴が開いて、かすかに血がにじんでいる。


「ごめんね、いきなりやったりして。でも君、たしかはんこ注射、死ぬほど嫌がってたでしょ。話をしたら聞いてもらえないんじゃないかって、いきなりやらせてもらったわ」


 彼女の手には、先端をむき出しにした安全ピンが握られている。おそらくは、あれが僕を差した得物なんだろう。

 僕の非難に頭を下げつつも、彼女は腰をかがめて、ピンの先でもって地面に傷をつけていく。掘っているというより、なぞっているというようなタッチだったよ。


「――よし、うまくいきそう」


 ある程度いじった後でそうつぶやき、彼女はピンを置いて、親指の先を先ほどまでなぞっていた地面に押しつける。

 数秒のあと、彼女の親指にくっついていたのは、真っ赤な色をした小さい蜘蛛だった。

 そこまで苦手な生物じゃなくても、進んで近くで見たい手合いじゃない。ちょっとのけぞり気味になる僕の前で、彼女は取り直したピンをためらいない、クモの尻から突き入れた。

 貫くほどじゃなく、本当に先っちょだけあてがったような形だ。クモは小さい手足をばたつかせ、生きていることを盛んにアピール。そのうち彼女がピンの先をはずすと、尻とピンの先端をつなぐ糸が、納豆のように長く引いた。

 彼女が腕を大きく広げても、糸はなお切れず。重力に引かれてだらりと垂れさがる始末だった。


 ――クモの糸がこのレベルほど持つのか?

 

 ぼんやり見とれている僕に、彼女は尋ねてくる。「プリントを探して渡す、でいいんだね?」と。

 

 僕がうなずくと、彼女はすっと垂れる糸を観察。やがてクモを地面に放ると、空いた手でチョップ一閃。ややピンの近めを絶ち、残った糸が風に揺れだした。


「うん……もう帰って大丈夫だよ。きっとプリント見つかるから」


 彼女はばんそうこうを一枚渡してきて、「じゃ」と一方的に別れを告げてくる。

 結局、何がしたかったのかわからずじまいで、僕はあの赤いクモも見失ったまま、家へ戻ったんだ。

 すると、お目当てのプリントは、本やクリアファイルが山積みになった勉強机の上に埋もれていた。そういえば少し前に、これらを整理したんだっけと思いつつ、プリントを手に取って、ふと思った。


 部屋の中が汚くなっている。それはいつものことなんだけど、たしか二日ほど前に親がこの部屋を掃除したはずなんだ。

 いくら不精者の僕だって、二日でゴミ部屋にしてしまうほど、節操なしじゃない。歯医者にいった後の歯磨きと一緒で、少なくとも数日間は気にして、手を入れるものだろう?

 それがこの散らかり具合は。以前のものと同じように思える。さらに追い打ちをかけるように、隣の部屋のテレビからある番組の主題歌が流れてきた。

 弟が毎週見ている幼児向け番組のものだ。けれど、その番組は三日前に放送したばかりのはず。もしや再放送でもあるのかとも思ったけど、別の部屋のテレビでニュースを見て、愕然としたよ。

 どうやら今は、三日前の日時にあたるらしかった。


 プリントは親に渡したものの、その日の夕飯もなんだか最近食べたもののような覚えがある。やっているテレビ番組も、やはり三日前の曜日のもので気味が悪かったよ。

 そのぶん、次の日に目覚めたときに、「昨日」からちゃんと一日進んでいてほっとしたさ。親からもプリントを無事に受け取ることができた。


「ね、ちゃんと持ってこられたでしょ?」


 その日にプリントを出した僕を見て、彼女はにっこり笑った。


 ただあの糸、やっぱり切っちゃまずかったのかもしれない。

 あの日から今に至るまで、僕は全然身長が伸びないんだ。こう見えて、小学校を卒業して数十年が経っているのにね。



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