第82話、身構えていたけど、結局いちばん穏やかなものだったから
SIDE:キショウ
「日替わりでこうやってあたしたちが一体一で贅沢にも師匠的なことやってるわけだけど。あたしの見立てでは、この状況が続くのは長くて2ヶ月くらいでしょうね。それ以降は……このままの流れでいくと、あたしたちの誰かについていって、いわゆる英雄になるための最終試験に同行してもらう方向になるんじゃないかしら。そもそもあたしたちがあんたを弟子にとることになったのも、その最終試験に弟子を少なくとも1人は連れてかなくちゃならないからだしねぇ」
「最終試験、ですか。そう言えば来たばかりの頃にそのような話を聞いたような気もしますね」
サマルェ自身の抑えきれない欲望を押し付けることはただただひかれるだけだから。
近い年頃の女の子たちと仲良くしたいのならばまずは馬から、主人格であるキショウから懐柔すべきであると。
男が……しかもふとした瞬間に『かわって』しまうタイプが苦手であろうとも師匠として耐え忍ぶべきであると。
前日にソトミから滾滾と諭されたのが功を奏したのか、サマルェは三色のポーションを炬燵テーブルの上で弄びつつ、師匠としての教義的なものを始めるでもなく、そんな先の話をしだす。
キショウは、その飲んだりするのにはあまりよろしくない色合いをしているポーションをふとした瞬間に掛けられたりしやしないかと。
内心でびくびくしつつ、すぐそこにいる彼女に対して未だ慣れぬままに、もうすっかり板についてしまった敬語なんぞ使っていたが。
ソトミが話していたであろうそれは、確か未だ師匠として教えてもらえる機会にない、憧れのあの人……テ
リアとともに故郷へ向かう、と言うもので。
きっと随分先のことなのだろうと。
まだこうやって顔を付き合わせることもなかったから、なんとはなしにそう思い込んでいたわけだが。
サマルェ師匠の話を聞く限り、師匠みんなの卒業試験とやらに同行できる権利を有しているらしい。
「ええ。あたしも含めてあんたについた師匠たちは、お姉さまのいるこの世界から離れたくないからって弟子を取ることもなかったし、最終試験を受ける気もなかったのよ。それが、空前絶後のS級悪『役』だとか、お姉さまたちと同郷だとか、クソ兄貴に不幸にも忘れられちゃったとか、テリア姉が……あぁ、これはまだオフレコだったわ。まぁとにかく、みんながみんないろいろあって、まぁあたしの場合はお姉さまにお願いされたからしょうがないかなって部分はあったんだけど。そのうちにあたしの生まれ故郷『ジムキーン』に行ってちょっとばかり救世してもらうことになると思うから。あ、その役目はあたしであくまであんたは付き添いだけどね? とはいえ、下手すれば世界を救うどころかこっちがのまれかねないけっこう殺伐とした世界だから。最小限身を守る術があった方がいいかなって、今回あたしの虎の子のポーションを与えてやろうと。つまりはそう言うことなのよ」
キショウがその事について詳しく聞くよりも早く。
矢継ぎ早に何かを誤魔化すみたいに倍になって言葉が返ってくる。
いくつか非常に気になるフレーズがあって、正しくも師匠に教えを請う弟子のごとく聞き返したかったわけだが。
みかんやらお煎餅やらを移動して、代わりにずずいと差し出された三つのポーション。
それこそがサマルェ師匠による本日の修行内容なのだろうと判断し、まずはそれをじっくり観察……秘められし魔力をじっと見ることから始めることにして。
「この灰色のは、【金】の属性ですか? 後は……ちょっと分からないや。七色のやつは……【闇】属性なのかな。透明なのは、【風】属性のような気もしますけど……」
「ほほう。わからんと言いつつなかなかやるわね。前の二つは正解。さいごのは惜しいねぇ。70点ってとこかな。『透明』ポーションは、【風】属性から派生した、いわゆる十二の属性外魔法なのよ。古代語の意味そのまま、【音】属性ってやつ。ちなみに、お姉さまが一番好きで得意な属性だから、おぼえておくよーに」
【音】属性と聞いて。
思い出したのは、実際この世界に来て『変わって』、使った機会はなかったはずなのに、自身の身の内にある声に魔力がこもる少女の存在で。
「そうか、音は目に見えないから……」
「ええ、音の魔力に包まれて姿を隠蔽するポーションよ。前のふたつ、『全鋼』と『身代(デ・イフラ』と組み合わせることですんごいことができるの。せっかくだから、勇者を目指してるらしいあんたにその方法、考えてもらおうかしら」
それこそが、今日という日の訓練内容だと言わんばかりで。
そう言われてしまえば、キショウとしては勢い込んで頭を悩ませるしかなくて……。
(第83話につづく)
次回は、4月27日更新予定です。