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第8話、刹那見た夢を、断固否定したい悪夢だと信じて




―――それは夢。


キショウの、過去の記憶。

学校スクールに入学して友達を作り、その中の小さな輪のまとめ役……リーダーとして過ごしていたキショウ。


幼くもなまじ力があって。

悲しみを打ち消す英雄……勇者に憧れ目指していたからこそ、どんな困難にも立ち向かって行けると、疑う事なく思えていた。



だが、キショウはその夢叶う主人公にはなれなかった。

瞬きをするくらい短い間に、キショウの夢を引き裂き、全てを奪った存在が目の前にいる。


それは全身血塗れで満身創痍の人の型。

左足は大腿からもげ、右手は何かとてつもなく重いものに押しつぶされたかのような有様で。

まともならばさぞ美しいであろう相貌は、生ける屍のごとくその半面が朽ち果てていて。

ただ、螺旋の渦を描く意思あるその瞳だけが、生を主張していて。



キショウの全てを奪った相手。

その姿になって尚、キショウには抗い叶う術はない。


でも、それでも。

震えの止まらない膝を抑えながらも相対しているのは。


人の型の足元に転がる大切な『もの』を取り返さなくてはならなかったからだ。

例え、その事で命失おうとも叶わない。

魂消る絶叫を上げ、キショウは駆け出す。




それは、人の型にとってみれば無駄とも取れる行動。

事実、人の型は虚を突かれ、驚いていた。


慌て放った闇色の魔導。

渦を巻き、あらゆるものを吸い込むはずのそれ。

大切な『もの』に向かって、キショウが前のめりに倒れた事で狙いが外れて。

キショウの額上を掠め、螺旋に抉るもその勢いを止められない。



最後の最後で力ないものと侮った故の油断。

見た目そのままに、満身創痍であった人の型は、その瞬間間違いなく敗北を覚悟していたが。

キショウは、人の型を見てはいなかった。

足元に転がる大切な『もの』だけを見ていて。



「……っ」


心無いはずの人の型に、初めて灯る感じた事のない感情。

いてもたってもいられなくなって、訳も分からないままに手を伸ばす人の型。

……しかし、人の型のぼろぼろの手がキショウに届く事はなかった。



それは偶然か、運命か。

今までの戦いの余波により、大地が、建物の天井であった地面が脆くも崩れ去ってしまったからだ。



結局、最後まで人の型とキショウの視線が、合う事はなくて……。





             ※      ※      ※




「……」


不意に覚醒したキショウは。

知らない部屋……自分のために用意されたらしい一室、そのベッドで寝かされている事に気づかされる。


ついさっきまで見ていたはずの夢は。

ただの夢なのかそれとも記憶を失っているはずのキショウの過去や思い出が溢れ出たのか。


ただ一つ、キショウが思い出した事。

夢であろうと現であろうと『そうじゃない』と否定したいものだったという事だ。



キショウは、この不思議な世界にやってきて、様々な人たちと出会って間違いなく失っていた記憶を取り戻し始めている。



海のように青くて長いあの髪を。

人形のように美しいあの少女を。

キショウは確かに思い出していた。



だからこそ、さっきまで見ていたものを否定したかった。

キショウの心に溢れ出した記憶には、絶望そのものではなく。

彼女は絶望から救ってくれた象徴であったから。




「……どした? 目覚めたかと思ったらニヤニヤして。さっきまでうなされてたみたいだけど気のせいだったのカナ?」


はっとなって身を起こし声のした方に視線を向けると、そこにはカイの姿があった。

一連の思考を見透かされたようで、キショウは少し顔を赤くして咳払いしつつ話題を逸らす。



「こんなふかふかのベッド記憶になかったから良く眠れたのかも……それよりおれ、どうしたんだっけ?」

「あー。ちょっとボクが張り切りすぎちゃったみたいだね。どこまで覚えてる? 『時魔法』で瞬間移動した事とか、『金属性』魔法で剣を生み出したりとか、ソトミちゃんと同じ炎の奥義使ったりとか、けっこうすごかったョ」


弟子? になるための試験として(キショウは了承した覚えがないのがミソ)カイと戦い、当然のごとく突然現れた斧にびっくりして、成す術なく吹き飛ばされた所までは覚えている。



「えっと……全くぜんぜん覚えてないや」


あの大きくて痛そうな斧だけじゃなくて、そんな事までできるんだカイ君は。

などと自分がやってのけたのだとは微塵も思わないキショウである。



「うーん、やっぱりかぁ。ボクとしては是非弟子に、と言うか、世界を一つ救うの手伝って欲しいんだけど。……しょーくんさぁ、自分の中にもう一人の自分がいる、なんて種族だったり、自覚あったりしない?」


いつの間にやら呼び名が親しげなものに変わっていたが。

それがあまりにも自然だったので、特に気にした風もなくキショウはそれに答える。


「もう一人の自分、ですか? でもおれ、自分の事もまだはっきりよく思い出せないし、分からないよ」

「そかそか。あー、えっと、ソトミねぇみたいな例外もあるんだけどさ、悪『役』の設定としてはよくある事なんだよね。普段は人畜無害なんだけど、心の中に悪『役』を飼ってて、悪さする時とかに出てくるんだ」



変貌したキショウを見た限りでは、キショウを守っただけとも言えるが。

悪『役』であると決めつけた方が面白……ではなく、抗議したければまた出てくるだろうと打算の働いているカイである。



「あの、前から言おうと思ってたんですけど、その悪『役』って言うのはどういう意味ですか?

ソトミさんもおれにそう言ってましたけど……」


記憶が曖昧なので、もしかしたらソトミやカイの言う通り自身が悪者である可能性は捨てきれないのだが、キショウの感覚としてはそれは当然否定したい事ではあった。

ろくに自分の事は思い出せない癖に、間違えてこの世界にやって来てしまったのだと言う、確信めいたものがあったからだ。

だが、キショウのなんとなくイメージする悪者とは、何だかニュアンスが違う気がして、そんな問いかけをしたわけで。



「ん? ソトミねぇそんな根本的なコトまで説明してなかったの? まぁ、彼女には彼女の考えがあるだろうし、直接聞いてみるのもアリだと思うけど……よし。んじゃ弟子への教え、第一弾として教えてあげるよ。まぁ、今日は来たばっかでいろいろあったし疲れたでしょ。また落ち着いてからにしようと思うんだけど」



恐らく、気を失ったキショウの様子を見守るため、目覚めるまでカイはここにいてくれたのだろう。

言われ窓の外を見れば、すっかり暗くなってしまっている。


そうなると、無理に話の続きをと催促するわけにもいかず。

結局後日、と言う事になって……。




      (第9話につづく)









次回は、7月14日更新予定です。

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