第67話、『役』に染められ縛られていても、根本の信念は変わらず
―――サマンサ・アーヴァイン。
今となってはもう使うこともない、従霊道士……魔物や魔精霊を呼び出し使役することに長けた一族の名前。
何よりも大切なはずであった、子どもたちを置いてまで悪『役』に身を窶すこととなった理由など、その名とともに遥かに昔のことでとうに忘れてしまったが。
カイロアが感じ取ったその匂いは、その悪『役』真っ只中であった頃に大きく関わっていたであろう子どもの匂いであった。
抗い難き『役』に沿って攫ってきた相手か。
あるいは、従えし魔物魔精霊をけしかけ戦いを挑んだ相手か。
少なくとも、キショウ自身に会った記憶はなかったから。
恐らくは、キショウの内へと棲まう人格、魂のひとりなのだろう。
キショウ自身は、ソトミと同郷であると言っていたが。
実はサマンサも、時代……あるいは『役』に即すならば物語が違うだけで、剣と魔法と魔精霊で溢れる幻想の世界出身であるのは確かで。
サマンサは、相変わらずじゃれあっている一人と一匹を脇目に該当しそうな人物をピックアップしていた。
(それこそ、【月】の根源に愛されし子ども……じゃないわよね。ぼうやにその魔力は感じないし、彼ならもう既に今もぼうやが目指している英雄、勇者として活躍しているはずだし)
月の女神の棲まう槍を持ち、【雷】の神型の魔精霊を相棒とする英雄。
そんな彼に寄り添う、テリアのモデルとなった【水】のお姫様。
世界の礎となる命を背負わされた【火】の救世主。
世にも珍しい『音』の魔法を操る、ただ人の皮をかぶった怪人。
『役』を全うせんと、サマンサが相対することとなった様々な子どもたち。
彼らは皆出自と居所ははっきりしていて。
そもそもが、わざわざ『リヴァイ・ヴァース』へやって来る理由もなく、恐らくは違うのだろうが。
サマンサが悪『役』として関わってきたのは、英雄へと邁進する者たちばかりで。
それでもカイロアが、覚えがあると言う事はすなわち、そんな彼らとも深く関わっているのだろう。
「すべての答えがある肝心の場面は……まだぼうやには刺激が強すぎたみたいね。覚えてないのもぼうやなりに自分を守っていたってことなんでしょう。この子の記憶を見せる力ならば話は簡単かしらって思ってたのだけど、そううまくはいかないわねぇ。いきなりけしかけちゃって、ごめんなさいね」
「あっ、いえいえ。びっくりはしましたけど、これも訓練の一環なんですよね。むしろ何だか中途半端になってしまって、こっちこそすみません」
事前に何も説明もなしにカイロアをけしかけたのはいただけなかったと。
キショウがその時その瞬間に受けた心的外傷を鑑みても、もっと慎重になるべきであったと。
素直に頭を下げるも、キショウ自身も複数の人格が生まれるそのきっかけを知りたかったのは確からしく、お互いがお互いで頭を下げ合うようになってしまって。
相変わらずの良い子ねぇ、なんて思いつつも。
そうであるのならば、次策をとばかりに。
心地よさげにばむばむ鳴いているカイロアを返還し引っ込めて、その代わりにと明滅する魔法陣の上に椅子とテーブルを召喚する。
「うわっ。すごい。これも魔精霊さんなんですか? 少しだけ【木】の魔力? 感じます」
「ええ、そうね。正確には生まれたて、まだこれらに宿ったばかりのものだけど。呼び出したり引っ込めたりするのに必要なのよ。ま、とにかく座ってちょうだい。お茶とお菓子も出すから。たまには、こういう訓練もいいでしょう?」
休むのも訓練のうち、と言う訳でもないが。
キショウはこの世界にやってきて何だかよく分からないままに訓練漬けになっていたのは確かで。
茶目っ気たっぷりにそう言うサマンサに、キショウは子供らしく喜色満面でいて。
「それじゃあ早速だけれど、ぼうやの内なる世界に棲まう子たちについて確認したいのだけど」
「あ、はい。昨日カイ師匠と訓練した時におれも何となく認識できたんですけど、ひとりじゃないんですよね」
「ええ、他のみんなと情報を精査しあった限りでは、ぼうやとは別に4人の子達がいるみたいね。未だ隠れてる子がいなければ、だけど」
「四人……もいるんですか。まだ話したりとかはできないからか、あまり実感はないですけど」
「あのソトミちゃんですら本人含めて三人だったらしいし、実感というかぼうや自身に何ら影響がないってのも中々にすごいことよねぇ」
厳密に言えばレスト族であるソトミと、キショウでは違うのだろうが。
複数人内に棲まわせておいて、特に不調を来す様子もないのは、それこそキショウの才能なのかもしれなくて。
「コミュニケーションを取れるようになるのはもちろんだけど、表に出る人を選べるようになれば色々と捗りそうねぇ。そう言った意味で私が選ばれ任されたのならば、ちょっとばかり気合い入れてみましょうか」
「ほいっ、よろしくお願いしまふっ」
カイロアが伝えてくれたように、出会って関わったことのある人物がキショウの内にいるのならば。
その人物限定で、狙って呼び出すこともできるかもしれない。
サマンサは手づから作ったカップケーキを、実に美味しそうに頬張るキショウを微笑ましく見守りながら。
早速とばかりに。
サマンサ自身未知の体験とも言える召喚魔法、その文言を紡いでいく……。
(第68話につづく)
次回は、2月18日更新予定です。