第65話、悟り気づかぬままに、過去視の魔性に誘われる
SIDE:キショウ
『スリー・サーキュレイト』などと呼ばれるらしい、カイの故郷のあるダンジョン。
その中で流れる時間は引き伸ばされ、2~3倍ほどになっていたそうだが。
ダンジョンの中に入るための転移のショックで『入れ代わって』しまい、感覚では心の奥底の方へひっこんでしまっていて。
そこで、実は複数いるらしい人格たちに出会い顔を付き合わせることもなく。
意識が浮上してきて自身の瞳の裏から外の様子が伺える、なんて貴重な体験をしたものの、気づいた時にはダンジョン攻略もクライマックスで。
キショウの感覚としては、半日くらいの感覚でカイの訓練日と、休日を消化してしまって。
全く休んだ気もしないままに『リヴァイ・ヴァース』へと帰ってきて。
ソトミの言うところの一日の締めにしてご褒美であるデザートも、結局またしても食べ損ねてしまったわけだが。
それでも、問答無用で次の日はやってくる。
【木】の日の担当は、サマンサ。
悪『役』の時分から、ありとあらゆる魔の者を呼び出し使役し従えるという稀代の召喚士である。
「召喚と、いわゆるソトミちゃんやぼうやたちの『魂の入れ代わり』は別物ではあるのだけどね。自分の身体に呼び出した子を憑依させるようなこともあるから……『もう一人の自分』を主人格であるぼうやが知りうる、自覚するためには私が適任だって言われてしまえば、張り切ってやるしかないわよねぇ」
「あ、えっと。よろしくお願いしますっ」
開口一番の、これから厳しい訓練が始まるとは到底思えないほんわか、おっとりした様子のサマンサ。
思えば、会ったその時からまるで自身の子どもに対するような振る舞いや呼び方であったが。
彼女に呼び出される、いわゆる召喚獣たちにしてみても彼女はまさに母のごとき存在であり。
キショウにしてみても、サマンサに子供扱いされることは、自身が未だひよっこな子供であるのを自覚していることもあって、それほどは気にはならなかった。
むしろ、ここに来るまでの自分自身の事を思い出しているようで思い出せていないキショウにとってみれば。
人間関係……友達どころか家族、両親のことですら曖昧で。
そんな彼女に対して、母性のようなものを覚えてしまったのは、自然の流れと言えばそうなのだろう。
さながら、親鳥についていく雛のように。
キショウが連れてこられたのは、ソトミたち師匠の住まいにしてこの世界の中心……そう言えば正式な名前は聞いたことがなかった王城のごとき建物の、尖塔を除けば最上階であろう『リヴァイ・ヴァース』が一望できるバルコニーであった。
なんとはなしに常に目に入っていてそれほど違和感はなかったが。
『リヴァイ・ヴァース』の空は、青とも赤ともつかぬ不思議な色合いをしていた。
夢を見ているその瞬間、たとえ空を飛んでいたとしても空の色など気にならないような薄く目立たない色だ。
ずっと見ていると、たった今が現実なのか夢なのか分からなくなってきそうで。
ぼうっとしだしたキショウを呼び戻すように、どことなく愉しげな様子のサマンサから声がかかる。
「さぁて、ぼうやはこの場所に来たこと、あったかしら?」
「え、ええと。このお屋敷以外の場所はフォルトナ師匠と回りました。でもここは初めて……の気がしないのは何故なんでしょう」
「ソトミちゃんから、この世界、この建物自体がぼうやたちの故郷を模したものだってことは聞いていて? ここは故郷にあった学園……『スクール』内にあった施設のひとつで、魔法を扱いやすいように補佐してくれる場所ね。ほら、足元に魔法陣が描かれているでしょう? 魔法決闘の授業とかで使用したこと、あるんじゃないかしら」
「魔法の補佐、ですか。言われてみればそんな覚えもあるような気が……でも、他にもどこかで……っ!?」
まるではかったかのようにフラッシュバックする映像。
言葉失い、その記憶に従うかのように這いつくばるキショウ。
いつの間にか、その手が触れる魔法陣が敷かれた地面に、崩壊の予兆を感じさせるひび割れがあって。
その生まれいでし隙間へまろび落ちようとする、自身の命より大事なものを転がるようにかき抱いて。
見えなくても解る、つむじの向こうに在る夜空の色よりも濃い、理不尽なほどに恐怖を体現するナニカ。
それは、ある意味キショウが、この世界へやってくることとなった一番のきっかけで。
思えば、本来のその時その瞬間は。
脆くも大地が崩壊し落ちていって、その存在すら忘れ去られてしまったことで、そのナニカを目の当たりにすること、叶わなかったから。
今度こそはと。
キショウゆっくり、ゆっくりとその顔を、視線を上げて……。
(第66話につづく)
次回は、2月10日更新予定です。