表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/86

第60話、忘れていたわけではないと、主は声高に主張する




根源の名前そのままの、一見単純にも思える魔法。

ウルガヴ】の魔精霊……その中でも下位にあたる獣型の魔精霊を生み出し呼び出したのか。

どこからどう見てもスライムにしか見えないそれは、しかしふわりと浮き上がり緩慢な動きで牛頭の怪物に迫りゆく。



「グゥオッ……オオオオォォォッ!」


刹那の停滞に僅かばかり戸惑う様子を見せた牛頭の怪物であったが。

すぐに気を取り直し、目前に障る水の膜めがけて勢い込んで大仰な戦斧を振り下ろす。


粘度の高い水が弾け散る音がして、あまりにあっけなくその命を終えたかと思いきや。

二つに分け隔てられたそれは後ろ手に回り込み、死角から牛頭めがけて包み込むように張り付いていく。



「『ヘッド・スクイーズ』っ!」

「グガボォ!?」


それは、生き物の頭に張り付き生気や魔力を絞りとらんとする魔精霊……いや、魔物の名前。

本来ならば血肉を吸い取ったかのような色合いをしているのだが。

海色をたたえるそれは取り付いた対象から何かを吸い取ることなく牛頭の怪物、その顔の周りに有り続けて呼吸を奪う。


奇しくもフォルトナが口にした、なりふり構わずの水の魔法を使った攻略法。

牛頭の怪物は戦斧を取り落とし、顔を掻き毟るようにして張り付く水を取り払おうとする。

だが、先程の一撃を受けても止まらなかったように、まさしく意思ある様子で牛頭の怪物にまとわり続けて。



「……」


このまま、みだりに近づいたりせず呼吸ができずに力尽き果てるのを待つ。

訓練としては、キショウが見ているかもしれないことを考えても最悪の、できれば使いたくはなかった一手。


もっとやりようがあったのではないか。

キショウの実となり糧となる戦いざまを考えることはできなかったのか。


余裕がなかったのは事実だが、しかし今はそんな事を考え反省するくらいには、使いたくなかった一手が鉄板であると自信……慢心していたのは事実で。




「【(ウルガヴ)】のお嬢さん! まだよっ!」

「……っ!」


思ったよりも近いところから聞こえてくるユミの声。

何だか久しぶりに聞くような気もするその声は、訓練であるからしてぎりぎりまで口を出さずに見守ってくれていた証左だったのだろうが。

いよいよもって口を出したのは、それだけ切羽詰まっていたからなのだろう。

慌てて気を取り直して構え直すも時既に遅く。



「グゥガアアアォォォォッ……!!」


それは、今までと同じようで異なる物理的な暴威、攻撃的な魔力の込められた咆哮。

このダンジョンの、大勢を相手にするレイドボスの面目躍如とも言える広範囲の全体攻撃。



「がっ……ぁっ!」


切り裂かれ掻き毟られても活動を止めることのなかったスライム……召喚された『ヘッド・スクイーズ』も、成す術なく吹き散らされ細かく飛び散り染みとなって。

重力の魔法か、あるいは伝説の音系魔法か。

本能的に前面に生み出した水の盾などものともせず、ウルハを押し潰さんとする。



(まずっ……!)


そのまま何もせずに受け入れていたら、そこで終わっていただろう。

咄嗟に力を受け流し、激しく吹き飛ばされることで致命傷を回避する。

ろくに受身も取れずにゴロゴロと転がって。

全身の痛みに呻きつつも、起き上がれば。

まとわりついていた『ヘッド・スクイーズ』を完全に取り払った牛頭の怪物が、得物の戦斧を拾い上げこちらへ向かってくるところで。



(このままじゃっ……出てきちゃうよ。何とかしないとっ)


近づく、死の気配。

ズキズキと思い起こされるのは、キショウが目の当たりにした今際の記憶。

目には見えない、風か音か。

その暴威を身に受けて、螺旋に捻じれ引っ張り捏ねくり回されたかのような額の傷。

牛頭の怪物が一歩一歩近づくたび、その痛みがぶり返され大きくなっていくような気がして。


どうにかして、今はキショウの内なる世界に待機しているであろう仲間たち、魂の片割れ呼ばなければ。

その時の絶望から生まれた『あの人』が前に出てきてしまうかもしれない。



ソトミは、キショウが創造主に忘れ去られ時の狭間の世界へ落ちて迷い込んだのだと思っているが、真実は異なる。

主が、手に負えぬと手放すほどの邪な悪『役』。

彼の人だけは、表に出してはならない。

それが、四人の同居人にして運命共同体の不文律。


それなのにも関わらず、ウルハの意識は吸い込まれ誘われるように闇へと向かっていく。



(くぅっ。こんなことなら緊急時の連絡手段、話し合っておくべきだった……っ)


と言いつつも現状、キショウの内なる世界に棲まう魂、人格たちが顔を突き合わせて話し合う術はなく。

もうどうしようもないくらいに高まった眠気にも似た闇への誘いに。

抗う術もなく、従うままに飲み込まれんとする、その瞬間。



「……まぁ、初回の訓練としてはまずまずってところカナ」


もうずっとずっと耳にしていなかった気もする。

あっけらかんと緊張感のない、だけど美味しいところをよく分かっている、そんな声が聞こえてきて……。



     (第61話につづく)









次回は、1月20日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ