第47話、演じることが生きることであるときっとはじめからわかっている
SIDE:キショウ?
後から考えると。
けっして罠であると言う彼らに必要以上に近づかずに、相手にもせずに会話をしていたのは。
その相手がしびれを切らし馬脚を現すその瞬間を待っていた故、であったのだろう。
「……って、うわ。何? モンスター?」
「一応ダンジョンとはいえ『遊園地』だからねぇ。マスコット、と言うのはちょっとばかり見た目がよろしくないけれど、この地を徘徊し訪れる者達を色々な意味合いをもって楽しませるキャスト、といったところかしら」
ユミと名乗った少女の教義めいた解説、お話を聞いているうちに。
目前の二人……少なくともキショウが邂逅した瞬間偽物だと理解っていてからずっとスルーし続けていた響かない語りかけも止んで。
気づいた時にはそこに二人の姿はなく。
その代わりに、亡者の呻き声のようなものが聞こえてきたかと思うと。
魔法陣のごとき紋様が敷かれたその場所が明滅してすぐ、漆黒ながら怪しく輝くヒトガタ……ゾンビのようでいて、粘菌系のごとき存在が二体、その場に蟠っていた。
どうやら、何らかの方法をもってはぐれた仲間、パーティメンバーに扮した彼らの正体を見破ると、本来の姿を取り戻し戦闘へと突入手はずとなっているらしい。
キャスト……故郷においての古代語で『演じるもの』などといった意味のある言葉にぴくりと反応しつつ。
この『スリー・サーキュレイト』なるダンジョンにおける、それを踏破せんとする探索者に対するもの……
言葉通りモンスターの『役』を負った者たちであると判断して、すぐさま迎撃の体勢に入る。
「……【水】よ、その穿つ力もって薙ぎ払え。【クレゥール・ウルガ】っ」
言うなればそれは、凝縮された水の弾丸。
二体のキャスト……正確に言うのならば『オブシディアン・ウォーカー』と言う名前があるのだが。
そんな彼らに向かって慈悲も迷いもないものの、演じるものであると分かっていたこともあって。
向かい近づいて来るよりも早く、その足元に着弾する。
「あら、思ったより容赦のない感じ……だけれど」
どこか楽しげに、訝しむかのようなユミの呟きが聞こえてきたが。
それはお互い演じる者だと分かっていた上で直接的に魔法をぶつけることなく足を払うように打ち込んだせいもあるのだろう。
水により創られた魔法であるとはいえ、地面をも割り砕く威力はあったはずなのだが。
どうやら未だ視界にしっかりと入る白壁も含めてダンジョンらしい不壊仕様であるらしく。
どこか歪な柔らかいもの同士が当たったかのような音がして、跳ね返るようにして黒き滲みる『オブシディアン・ウォーカー』へと直撃。
それこそ、そういった仕様であったのか。
相変わらず怨嗟のごとき声を上げ続ける二体は、活動限界を超えるダメージを受けたからなのか。
しかし、はっきりとカイとキショウの声だと分かる……敢えて分からせているような気がしなくもない演出を持って消えていく……。
「今、二人の声が……」
「ええ、あくまでもパーティの間に疑念と不安を抱かせるトラップだから。しかも状況によっては何度もかかるかもしれない類のものだし。こうやって後を引くような演出はつきものではあるのよね」
「あー、そ、そうなんですか」
正直、そうやってすぐさま少しばかり空気の読めない台無しなフォローが入っていなければ。
置かれた立場上、もしかして、といった不安に襲われ苛まれていただろうことは確かで。
呆れたような呟きをもらしつつもその内心では正直ほっとしていたわけだが。
それまではいなかったはずの、出店などが並ぶ広場における観客……影絵のごとき存在がちらほらと現れ始めて。
とりあえずのところ最初のバトルシーンは終わったのだと。
であるのならば、このダンジョンを踏破し脱出するためにどうすればいいのかと。
まずはお土産という名の探索に必要なための道具を求める必要があるのかと。
改めて意見をとユミの方を伺うも、何故かそんな一挙手一挙動を下から観察するかのような彼女がそこにいてびくりと跳ね上がってしまう。
「……ええと、その。どこかお店、覗いてみますか? ダンジョン探索に必要なものとか売ってますかね」
「ふふ。そう。あくまでそのスタンスで行くのね。まぁ、いいでしょう。私だって似たようなものだしね。……ああ、出店の話だったかしら。一応お買い物をするにはこの世界を徘徊するキャスト……じゃなかった、モンスターを倒して得られる『園内通貨』が必要になってくるの。ほら、陣の上のところに落ちてるでしょう、『M』の入ったコインが。あれがそうね」
ちなみに、チーフキャスト……ボスモンスターなどを倒した時に得られるのは、お札らしい。
そのお札には、このダンジョン『スリー・サーキュレイト』の創始者の姿が描かれていると言う。
相も変わらず、楽しいことばかりというか。
誰かにそうやって教えられることが嬉しくてたまらないのか。
細かいことなんて今は置いておきましょうと言わんばかりに慈愛のこもった笑みを湛えたままユミがそう言うから。
ひょっとしなくても『役』……いや、演じている事すら悟られているのだと理解しつつ。
『彼女』はそれに苦笑して、随分と過保護にすぎる教義、その修行に従うしかないのであった……。
(第48話につづく)
次回は、11月27日更新予定です。