第4話、誘われるがままの初戦闘は、意識する前に微睡みに誘われて
文字通り手を引かれるままにカイに案内されたのは。
三階……ソトミの屋敷のちょうど真ん中に位置する来客用らしき一室であった。
来客は来客でも必ずしも歓迎されているわけではない客用の一室で。
当然監視の目があったりするわけなのだが。
そもそも、監視されているなどとは夢にも思わないキショウは、こんな自分でも誰だか分からないヤツにこんな凄い寝床を用意してくれたとあって感謝しきりであった。
天蓋付きのベッドなんて、相当なお金持ちの偉い人が使うものだろう。
羽毛らしき掛け布団はとても柔らかそうで。
今すぐ飛び込んでしまいたい衝動に駆られるキショウである。
「気に入ってくれたみたいでよかったョ~。んじゃお次は早速稽古場かな。キミがどれほどできるのか見せてもらうョ」
「……はっ」
そこでニヨニヨ笑顔のカイに声をかけてもらえなければ、間違いなくダイブしていた事だろう。
キショウは顔を赤くし居住まいを正し、置いておく荷物も特にないので、言われるがままに部屋を後にする。
そしてすぐにキショウ達を追いかけてきていたクルベと鉢合わせした。
「わお、ちょーどよかった。今から一戦するから、ルベ兄審判やってくんない?」
「……ああ、構わない」
頷き、クルベは表情を変えぬままキショウを見やる。
「あ、すいません。よろしくお願いします」
「別にいい。元よりそのつもりだった」
観察していた事に何を思ったか、恐縮した様子で頭を下げるキショウ。
クルベは、その戦闘スタイルも相まって相対するものの特徴を掴む事に長けていた。
故に、カイと同じくこれからキショウの力を測ろうとしている。
一見すると、どこにでもいるような少年。
悪『役』を与えられる程の動機や過去は、一目見た限りでは感じられなかった。
かつての『役』の欠片も見えなくなってきているテリアがそんなキショウを避けているのも気にはなるが。
クルベとしてはソトミの勘違いなのではないか、というのは拭えなかった。
それは、ソトミほど自分達に役を与えた神に良くも悪くも傾倒しているわけではない、というのもある。
(邪な色は見えない……だがこの色は)
むしろかつてクルベ自身を破ったような英雄……『勇者』の色に見えた。
しかもそれは、目覚めたばかりであり、一度進む方向を間違えば英雄並の悪役が生まれるかも知れないのも確かで。
これからカイが試すと言うのだから、もっと詳しくはっきりと分かるのは確かだろう。
その後は無言のまま、二人についていって……。
※
引き続きカイに連れられ、クルベとともにやってきたのは。
ソトミの部屋があった六階よりも更に上、屋上バルコニーの一角だった。
自由な空を除けば、正方形の壁に囲まれた場所。
舞台の範囲を示すように、一回り小さく白線のようなものが引かれている。
その白い四角の中には、精緻に魔法陣が刻まれていた。
滲む七色の光を放ち明滅しているそれを、興味深そうに見つめふらふらと近づいていくキショウ。
「……おれ、これ見たことあるかも」
「ほうほう? んじゃ、どんな効果があるか知ってる?」
「動きを封じたり、力を弱めたりするんだ。しかもそれは、そうしたい人だけに効果が出る……」
キショウは、そんな事を口にしながら意識がぼうっとしてくる事に首を傾げていた。
何でそんな事を知っているのか。
思い出そうとすると更に頭がぼうっとしていく。
「ブブー。ざんねんちがいますー」
しかしそれは、擬音付きのカイの一言でかき消された。
はっと、我に返ってそうなの? と聞き返すと、何だか得意げにカイが解説を始めた。
「この魔法陣は、上に立ったものの疲労やダメージを吸収する効果があるのだヨ。つまり理論的にはいつまでも戦えるって寸法なのサ」
厳密に言うと、ダメージ以外のものは通るので、いつまでもと言うわけにはいかないが。
実力者があったり手加減が下手だったりする者達が修練するのにはうってつけであった。
「てなわけで、さっそく一戦しよーか。キミはこっちね」
「あ……う、うん」
言われるままに陣に入り促されるままに立つと、間を置き対面する位置にカイが立つ。
「とりあえず手始めは魔法ありって事でいーかな?」
「え? 魔法っ?」
ここでは一番偉い人であるらしいソトミだけでなくカイまで魔法が使えるんだ。
同い年くらいに見えるのに凄い。
絵魔師とか言っていたし、もしかしてクルベも使えるのかと。
キショウが審判をしているクルベの方へと視線を向けた……その瞬間だった。
物凄い衝撃とともに視界がぐるんと回ったのは。
「あ……えっ?」
一拍遅れてやってくる、ついぞ体験いた事のない酩酊。
痛みがない事が、より一層キショウを混乱させる。
やがてキショウは、誘われるままに意識を失って……。
(第5話につづく)
次回は、7月8日更新予定です。