第33話、始まりの竜は、意外にも下っ端気質なお調子者
SIDE:キショウ
ある意味思い返してみれば最も修行らしいと言えばらしい、背中をせっつかれながらの案内と言う名の坂道ランニング。
やはりこういった基礎……地道な鍛錬が嫌いではないのか、キショウは何度か噛み付かれつつも徐々にこつを掴めるようになってきていて。
(……ふむ。いかにも貧弱そうな見た目に反して基礎自体はしっかりできているようだな。矢張り、王と同じ『スクール』出身者か)
ソトミが『役』から解き放ち、勇者や英雄を育てるための施設を創ろうと思い至ったのが、この世界『リヴァイ・ヴァース』の始まりではあるが。
『スクール』は、そのモデルの一つである。
かつて悪『役』としてソトミたちと同じ世界に棲まい、『スクール』を襲撃したこともあったフォルトナは、不意に懐かしいものを覚えた。
そんなフォルトナに相対し立ちはだかったのは、キショウ程の年の頃の少年少女だったのだから。
少なくともキショウは、強くなるといった目的のためにするべきこと、した方がいいことに対して理解があり、努力できる精神を持っている。
たとえ、そんなキショウがソトミが初めに懸念していた通り、S級の悪『役』を奥底に隠し持っていたとしても、基礎の大切さと努力できる意志がある以上、鍛え上げていくことに何の問題もあろうはずはなくて。
真実はどうであれ面白いと。
だんだん痛みにも慣れ始めてきているらしいキショウの背中を見やりつつ、ついぞなかった笑みを浮かべていたわけだが。
そうやって誰かを鍛え育てんとするのも、フォルトナにとっては初めてのことであったため、それが周りにどう見られるのかを失念していたらしい。
ソトミの屋敷から一時間あまり。
山の中腹にある、所謂放し飼いにて育てている……『モンスターゾーン』に差し掛かった時。
フォルトナがその場所について説明するよりも早く、上空から飛び出してくる一つの影があった。
「……むぅっ」
「な、なんっ……いってええぇぇっ!?」
中空を舞うもの。
それは、両翼を広げれば、フォルトナの体躯ですら日陰にしてしまうほどの大きさがあった。
その羽ばたきで起こる圧と、急に上方が暗くなったことで思わず立ち止まってしまうキショウ。
当然、フォルトナは飛来してきた存在に気づいてはいたのだが。
気づいていたからこそ、敵意はないと判断し立ち止まってしまったキショウのお尻に物の見事に上下の牙が突き刺さる感覚。
失血こそなかったようだが、あまりの痛みに転げ回るキショウに、すまんと反射的に謝罪の言葉がついて出て。
『んん? おいらもしかしてやっちゃいましたかっ!? かしらが迷いビトをいたぶっているのかと思っておっとり刀で駆けつけたはいいものの、そのご様子だとどうやらおいらの勘違いでしたかね?」
そんなフォルトナを目の当たりにした影……その全身が深紅に染まる翼竜は、早とちりにあちゃぁと舌を出す勢いで何とも流暢な言葉でまくし立ててくる。
「頭はやめろと言ったろう。しかもオレのことを何だと思っているんだ。人聞きの悪い」
「あっ、最初に見たドラゴンさんっ!? 喋れる……っていうか、師匠のお知り合いですか?」
お望み通りその細すぎる首を締め上げてやろうか、などと思いかけたフォルトナであったが。
それに目ざとく気づき赤き翼竜が逃げ出すよりも早く、すぐに復活したキショウがどことなくキラキラした瞳で赤き竜を見上げていて。
『お、おぉ。かしらのひと噛みをくらってピンピンしてるたぁ、たいしたものだね。……ああ、そうか。ついにかしらが弟子を取ったって聞いてたけど、きみがそうなのかい?』
「はいっ。キショウですっ! フォルトナ師匠に今日からいろいろ教わってます!」
『そうかそうか。襲われてたんじゃなくて教わってたのかぁ。邪魔しちゃったようで悪かったね。おいらは『スカイ・カムラル・ドラゴン』のラキルってもんさ。かしらが昔ぶいぶいいわしてた頃の子分の一人よ。下っ端同士、よしなになっ』
「はい、よろしくお願いしますっ」
『ははっ。元気がいいねぇ。そりゃかしらも気に入るわけだな』
「おい、あまり余計な事を云うもんじゃねぇぞ」
『は、はいぃっ! 申し訳ないっす!』
「……?」
フォルトナは前世界……『役』に染まりきっていた頃。
魔獣達の王として多くの配下を引き連れ、幅を利かせていたのだ。
ラキルは、その時の配下の一人である。
この世界に来る資格と確たる意思を持ち、フォルトナからしてみれば自身の配下に収まるような人物、竜ではなく。
それこそ良いタイミングでキショウが現れなければ、いずれ共に世界を救う弟子として行動を共にしていたのかもしれなくて。
そんな過去のことか。
キショウのことを気に入っているなどといたフォルトナもまだ自覚していない事実か。
ぞんざいに殺気をぶち当てられ、縮こまるラキル。
直接それを受けたわけではないせいもあるだろうが。
確かにそんな圧に対しても気がついていないかのように、不思議そうに首を傾げているキショウを見ていると。
確かに大物、傑物の片鱗を醸し出しているような気がしていて……。
(第34話につづく)
次回は、9月30日更新予定です。