第31話、本来の、元々の意味合いで『役』になりきっていたのかもしれない
SIDE:ソトミ
ダンジョンの入口に戻ってきたわたしは。
その際に元の姿へと戻り、同じく変わっていられる時間が終わったのか、もう危険はないと判断したのか。
同じく元の姿に戻ったキショウくんを壁際に横たわらせて、ようやく一息つくことができた。
硬くて重い感じだったオーガモードのキショウくんとは違い、見た目そのままに軽くて柔らかくて、筋肉なんぞなさそうに見えたけれど。
「やっぱり、多重人格とかわたしたちのような種族とは違うのかもねぇ」
生命力、魔力ともに使いすぎて気を失っているとはいえ、あまり密着し続けているものよろしくないでしょう。
サマルェやテリアにみられたら何を言われるか分かったもんじゃないし。
……内心ではそんな言い訳をしつつも、気づいたことが自然と口からこぼれる。
初めにカイから、わたしたちのように人格が、キャラが魂が変わるようだと聞かされた時は。
同郷であることもあって、親戚か何かかしらと思っていたけれど。
人格のようなものが変わっても、キショウくん自体の体力や魔力の最大値は変わらず回復している様子がなかったため、少なくともキショウくんは魂の入れ変わりし種族、レスト族ではないように思われた。
レスト族であったわたしはかつて、もう二人の別人格というか、魂があった。
私たちの場合、必ずしもピンチの時に入れ変わると言うわけでもなかったけれど。
入れ変わる事で、一応別人扱いということで、その度にステータスが変わったのだ。
ところが、キショウくんにはその変化が見られなかった。
一応師事する立場として、キショウくんのステータス諸々を気にしながら見守っていたのだけど。
減りはしてもオーガ的な人格に変わった時も、変化がなかったのだ。
それは、すなわち……。
「ん、ぐっ。……あれ、ここは?」
「目が覚めたみたいね。ここはダンジョンの入口、スタート地点よ。わたしの魔法でとりあえず脱出したのだけど、どこまで覚えてる?」
見た目や能力は大きく変われど、キショウくんがキショウくんでなくなっているわけでないと言うことで。
恐らくは意識せず何者かの『役』になりきっているようなものなのだと予測できて。
「あてて……いや。えっと。あの、ピンク色の透明なやつにたくさんとっつかれた所までは覚えているんですけど」
「そこから先は覚えてない?」
「そ、そうですね。気づいたらここに」
レスト族であるならば、表に出ている人格を見守るような形で、外の状況を知ることができる。
基本的にわたしは内にこもっているのがほとんどだったから、ある意味経験則でもあるわけで。
「身も蓋もないことを言うようだけれど、それはキショウくんの思い込み、気のせいかもしれないわ」
「気のせい、ですか? ええと、何が……」
「ここまでのことを覚えていないってところがよ。あなたは自分に危機が訪れた時、それに対処するために意識を変えているのだと思うわ。それは一見すると別人格がいるように見えるけれど、実際はそう言う『役』になりきっているだけ。そんな感じのキショウくんだけの能力だって理解してくれればいいわ。それぞれの人格、キャラが何人いるかはまだ分かってないけど、多分そのキャラってキショウくんがよく知っている人物なんじゃないかしら。例えば今回、橙色な鋼の肉体と、大きな角を持つオーガ(巨人族)に変わったけれど、キショウくんはその人、知ってるんじゃない?」
「それは……う、ぐぅっ!?」
確かによく知っている。
寸前までそんな反応だったのに。
まるで思い出すのを自分で拒否しているみたいに頭を抱えて蹲るキショウくん。
「ちょっと大丈夫!? 【スピ・リカバー】っ!
瞬間、わたしはキショウくんが自身を守るために忘れている心の傷に触れてしまったことに気づき、慌てて精神を癒すための回復魔法を行使する。
「ああ、あったかい……」
「ごめんなさいね。無理に思い出さそうとして」
「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
心がないと思い込み、不安と恐怖に苛まれていたテリアを、よく癒すのに使っていた魔法。
これが効くということは、心が確かにそこにある証拠よって、よく諭したものだっけ。
しかし、これでキショウくんの記憶喪失が、虚言じゃなさそうなのは確定したわね。
それすら嘘であったのなら、そりゃもうどうしたって騙されますよ。
諦めるしかないレベルね。
それは正しく、トラウマを刺激しないための自浄作用で。
恐らくきっと、そのトラウマに少なくとも悪『役』だった頃のテリアが関わってそうなのは間違いなさそうで。
こりゃまた、改めましてその辺りのことどうにかして詳しく聞き出す必要があるかも知れないわね。
……でもまぁそれは、後に置いておくことにして。
「多分キショウくんは、自分の大切な人そのものになれる能力を持っているのね。だけど、キショウくんがその時その瞬間、忘れていると思い込んでいるから、暴走地がちというか、うまくコントロール出来ていないように見えたわね。とりあえずはなり変わった時に、キショウくん自身の自我を保つように意識するところからはじめましょうか」
「自分を保つ、か。できるかなぁ」
「できるわよ。何せこのわたしが教えるんですからね。伊達にここの長をはってないんだから」
「わかりましたっ。やってみます!」
一瞬弱気の虫が顔を出そうとしたみたいだけど。
一貫してキショウくんのいいところは、英雄、勇者的な存在になるための努力とやる気を惜しまないところよね。
「んじゃ、まだ時間あるしもう一周行っときますか? 入れば体力魔力も初期値までは回復するからね」
「はい、お願いしますっ」
故に連戦の提案をしても、いっそすがすがしいくらいにやる気に満ちていて。
「いい返事ね。それじゃあアドバイスをひとつ。『ヘッド・スクイーズ』、ピンクのゼリー状のモンスターなんだけど……」
あまりにもいい気概、気前だったから。
気づけばわたしは、そんな風に甘やかしてしまうのだった。
まぁ、厳しい指導は他の師匠たちが何とかしてくれるでしょう、なんて思いながら……。
SIDEOUT
(第32話につづく)
次回は、9月22日更新予定です。